第34話

 ステーションは『ステーション』の名を冠しているが、実際には荒屋に近かった。ゴミが散乱していて、床には張り紙の残骸がこびりついている。


「こんなところに電車が来るのか……?」


 思わずマーズは呟いたが、一段下がったところに線路が引かれているし、電線もあることから、ここは電車の駅に間違いなかった。


「しかしここに電車が来るのか否かと聞かれたら愚問だろ。ルミナスが言ったんだ。それを信じるしか選択肢はない」

「それはそうなのだけれど」


 マーズはそう言って、身震いする。崇人はそれを見て、ふと思った。考えてみればこの部屋は非常に寒かった。地下――というより閉鎖された空間――だったからかもしれない。

 閉鎖された空間は、暖かさを感じにくくなる。

 それは崇人が元居た世界でも、この世界でも、どの学者が言っていたかは覚えていないが、有名な事実である。学説として証明もされている。ただし、それは『閉鎖』というものの定義を明確にする必要こそあるのだが。


「そういうことより、本当にここに電車が来るの? まったく解らないのだけれど」

「ルミナスさんも言ってたし、来るんだろ」

「あら、随分と彼女を信じているようね」

「信じている、たって……あそこで居たステーションの存在を知っている人間はルミナスだけだぞ? 信じるも何も判断材料が彼女の話しかないんだから」

「そして、あなたはルミナスの発言を信じた、と」

「…………」


 そういうことだった。

 確かにルミナスひとりの発言を信じるのも不可解にも思えるが、彼女がティパモール紛争(正確には『赤い翼』によるテロ活動)における功績は計り知れない。だから彼女の発言を信じるのも道理だった。


「確かに彼女が行ったことは偉大よ。それで勲章も受けているからね。けれど……あまり信じ込むのもどうかと思うわよ、タカト・オーノ」

「それは、同居人としての誼(よしみ)かい?」

「違うわ。騎士団長としての自覚が足りない、と言っているのよ」


 マーズはすぐに崇人の言葉を否定する。

 電車の警笛が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。光が崇人たちの体に当たる。それはとても眩しかった。


「あれが私たちの乗る……?」


 エスティは訊ねるが、その答えを知る者は今誰もいない。

 そして、電車はホームにゆっくりと停車した。

 一両編成のこじんまりとした列車だった。行き先表示には『特別列車』と記されており、とても軍人が乗るようなものには見えない。

 ――と、そんなことを考えていると運転席にある扉が唐突に開いた。

 そして、そこから出てきたのは――少女だった。大きさは崇人より拳三つ分くらい小さい。しかしその格好は立派な運転士だった。


「えーと……?」


 エスティや、その他ハリー騎士団の面々が困惑していると、その運転士は口を開く。


「何をしているのよ、早く乗ってちょうだいよ!」


 声を聞いても、彼女が運転士とは到底思えない。なんというか――どう見てもどう聞いても幼児のそれにしか見えないし聞こえないのだ。


「えーと、どうしてここにいるのかな?」


 マーズが膝を曲げ、少女の顔を見て話す。

 しかし少女は被っていた帽子を外すと、それでマーズの頭を攻撃した。


「いいから乗れ! 私は専属運転手だ!」


 マーズは苛立ち殴ってしまおうかと思ったが――その容姿をもう一度見て何とか思いとどまった。

 仕方なく、彼らは乗り込むことにした。

 目的地は機械都市カーネルということは知っているが、果たしてこの電車はどこまで行くのだろうか――気になって崇人は訊ねようとしたが、


「この列車は機械都市カーネル行き、直通列車でございまーす」


 どうやらカーネル直通のようだった。


「カーネルに直接向かう……って、何かあったらどうするんですか!?」

「しらん、軍人だろ。それくらい何とかしろ」


 エスティの問に、無機質に答え運転士は運転席へと戻っていった。

 確かに、崇人たちは軍人だ。それは否定できない。

 だが、まだ新米だ。新米の騎士団にこのような命令が下った時点でおかしかった。

 だからマーズと崇人は薄々嫌な予感がしていたが――彼女たちのそれが命中するのは、少し後の話となる。

 電車がゆっくりと動き出し、暫くすると外に出た。工場の敷地内に出たのは恐らくカモフラージュのためだろう。


「まあかくしてこれでカーネルへと向かうわけだが……何か質問でもあるか? 知っていることならなんでも私が話してやろう」


 そうマーズが言ったので、崇人が手を挙げる。


「カーネルってのは、ラトロが権力を握っているのか?」


 その問に、マーズは首を傾げる。


「確かにそういうのが外部……私たちヴァリス王国の考えだ。しかし実際には違う可能性がある。カーネルといえばラトロ、だからラトロが権力を握っているのだ――とかそういう考えに回り込ませるためのダミーと考えている連中も中にはいるよ」

「結局、どっちだか解らない……と?」


 そういうことになるな、と言ってマーズはシニカルっぽく微笑んだ。


「なんだ、つまりは結局知らないってことじゃないか」


 崇人がマーズの答えを聞いて、ぶつくさ言う。

 しかし、マーズの反応は冷ややかなものだった。


「知らないよ、そりゃ。だって、あの街は言論統制が当たり前の街だ。カーネルに入るにはパスポートで入国審査よろしく入『街』審査を行うからね。まったく、あの街はただのヴァリエイブル帝国領カーネルではない。もはや、『カーネル』という国にすらなっているよ」


 マーズはそう言ってため息をつく。


「カーネルってそこまで権力が一国家ほどに強いんですか?」


 次に訊ねたのはエスティだった。


「だって、そうじゃない。最新鋭のリリーファーを作る唯一の研究所がある都市よ。一国家と対等に対話できるのだから、それなりの権力があっても間違いではないわ」

「一国家と対等な権力を持つ都市……それだけ聞けば恐ろしいですね」


 エスティがマーズの言葉を聞いて、思わず身震いさせた。

 機械都市カーネルという場所の恐ろしさ。

 尊敬と畏怖の念を込めた各国と、ラトロを含むカーネルとのせめぎ合いが最近活発化しているのも目を見張るところだ。

 ふと、崇人は外を眺める。

 外は煙を吐く煙突が犇めきあっていた。煙突を見て、漸く首都とは違った場所に出たのだと、崇人は察する。


「この辺は新興の工業都市だよ。名前はララーニャ。けれど、ここの工場から出る煙がひどいって噂でね。鉱毒もそれなりにあるらしいよ」

「それなり、って……。鉱毒は『それなり』で片付けられるほど曖昧な問題でもないと思うがな」

「そういうもんよ。時に人は人を傷つける。自分の利益のために、他人の利益を平気で奪う人間がいる。世の中ってのはね、奪うものと生み出すものがいるの」


 マーズの言い分も尤もだが、それは少々抽象的な考えだろうと崇人は考える。

 ララーニャについて崇人が昔から知っているわけでもないが、この都市が工業都市になって経済が潤ったのも事実だろう。

 経済が潤うことで、富を得るのもまた真理だ。

 そしてそれを手にするのも道理だ。

 どこだかの経済学者が『人口は幾何級数的に増加するが、富は算術級数的にしか増加しない』などと言っていたのを崇人は思い出す。確かにそうだとするならば、社会制度の改良だけではそれを改善することは出来ないだろう。

 人類みな幸福を提言する宗教のチラシを、この世界に来て見た記憶がある。

 しかし幸福というのは決まっている量であり、それを増やそうとしてもそう簡単には増えない。しかし人間というものはあっという間に増えてしまう。崇人の居た世界の、崇人の住んでいた国では出生率が1.40人を切っていても世界的な出生率は非常に高いから、それでも幸福の平等な分散とは程遠いものになる。

 幸福の平等な分散は、世界にあるいまだ解かれ得ない問題の中の一つに数えられている。その解決方法は経済学者が何度も解こうと努力しているが、いい結果には至っていない。


「……おっと、」


 マーズが不意に立ち上がったので、崇人はふとそちらを見た。

 マーズは失笑しながら、後方へと歩いていく。


「どうやら、鼠が迷い込んでいたようね」


 そして、後方にある運転席の扉を容赦なく開いた。

 そこに居たのは、ひとりの人間だった。そして、その姿は崇人とエスティには見覚えのある人間だった。


「ケイス……!?」


 エスティはそう言ってケイスにゆっくりと近づいていく。


「君たちを騙していたつもりはない。僕は、ケイス・アキュラであるが、君たちに見せているあの姿は仮の姿だよ。この姿こそが……僕の本当の姿だ」

「……どういうことよ」


 エスティの声は無意識のうちに震えていた。

 対して、ケイスはこれ見よがしと言わんばかりの顔をして答える。


「僕はね、『新たなる夜明け』というテロ組織のメンバーだ。おっと、けれど君たちと争う気はない。戦闘経験の豊富な面々が居るのに、僕が単身戦うとなればその結果は戦わずしても解るだろうしね。無駄な戦いは好まないんだ」


 ケイスは呟く。


「……何がのぞみだ?」

「さっすが。騎士団長は、話が早いね」


 崇人の言葉に、ケイスは軽く受け答える。


「じゃあ、単刀直入に言うよ。提案だ。これは、希望ではなくあくまでも提案ということになる。それをキチンと理解していただけると有難い」

「了解した」

「ありがと。それじゃあ、話せてもらうよ。我が『新たなる夜明け』は『ハリー騎士団』と協力関係を結びたい。特に、今回の機械都市カーネルに関連する戦いに関して……という但し書きが必要となるけれど」


 その言葉を聞いて、崇人の顔が強ばった。


「……そもそもの話をしていいか。『新たなる夜明け』とは、一体何者だ? いや、なんの組織だ?」

「僕ら『新たなる夜明け』は君たちがティパモールで戦った『赤い翼』の別組織……大きい捉え方をするならば、残党と言ったほうがいいかもしれないね」

「赤い翼の残党? それでよく俺たちが応じるとでも思ったな」

「残党はあくまでも大きなカテゴリーだと言っただろう。別組織、だ。赤い翼はあれほどの人数がいるが、そもそもひとつの組織として磐石にあったわけではない。赤い翼は幾つかの小さな組織が集まって出来たものだ。ヴァリエイブルと似たようなものだよ。その中でも、ティパモールに強い執着を持ちながら故郷を捨てる計画を立てていたのが、あいつの赤い翼だ。僕たち『新たなる夜明け』はティパモールに執着はしているが、それでもヴァリエイブルとの共存を目指すために何とかしている。強いて言うなら赤い翼とは真逆の立ち位置にある組織だ」

「逆の立ち位置……そう言われて信じるとでも思うのか。まずそちらの手の内を明かしてもらわなくては……。なぜ、ハリー騎士団と組もうと考えた?」


 崇人が訊ねると、ケイスは一枚の紙を取り出した。そこには何か絵が描かれていた。

 それは小さな箱だった。箱は真ん中でセパレートされており、その中には小さなボールが置かれている。


「……これは?」


 崇人はこの不可思議な絵に興味津々となり、訊ねる。


「これはカーネルが開発した最新鋭のリリーファーエンジンだと言われている。このボールと箱の素材は反発係数が弄られており、これによって無限のエネルギーを生み出すことができるという」

「永久機関だと!? 馬鹿な……、そんなものがあるというのか……!?」


 崇人はそれを聞いて、思わず電車の真ん中に置かれている簡易テーブルを叩いた。絵がふわりと浮かんだ。


「ピークス-ループ理論に聞き覚えはないかい?」


 その言葉を崇人とマーズを除くハリー騎士団の面々は聞いたことはなかった。

 そして、その言葉を聞いたことのあるマーズが呟く。


「ピークとなる値をループさせることで、エネルギーを循環させ、かつエネルギーをその循環により増やしていく理論……だったかな。あくまでも人伝えに聞いただけに過ぎないがな」

「そのとおり。そして、ピークス-ループ理論を導入したエンジン、それがこれ。――PR型エンジンだよ」


 ピークス-ループ理論はメリア・ヴェンダーが提言した理論の事である。エネルギーを循環させることで、限界値以上の値を引き出していくという理論だ。崇人の昔いた世界ではそんなことは有り得ない。等価交換――字を当ててごとく、『等』しい対『価』で『交換』するそれが大前提として成り立っているのだ。

 だが、この世界は崇人の居た世界とは違う。魔法もあるし、このような巨大ロボットもある。少し科学が進んだだけの世界かと思えば、様々なイレギュラーな存在もあるから、ピークス-ループ理論だとか、無限のエネルギーを生み出すとかそんなことは崇人も今となってはあまり驚かなくなってしまった。


「PR型エンジンは、ピークス-ループ理論を導入して、初めてエネルギーの循環とそれからの無限のエネルギーを引き出すことに成功したエンジンだ。……まあ、とはいえ処理にも限界はあるから厳密に言えば無限ではないのだろうけれど」


 名前詐欺には間違いないかな、とケイスは呟く。

 それを聞いて崇人は不満気な表情を浮かべる。


「……それで、そのPR型エンジンを見てどうすればいいと?」

「そこからが本題さ」


 ケイスはそう言うと、ニヤリと笑った。


「ぼくらはこのエンジンを使って何か恐ろしいことを行おうとしているのではないか……そう考えているのだよ。その恐ろしいことは、きっと僕らが考える斜め上をいくに違いないけれどね」


 ケイスがそう言うと、ぼんやりと外を眺めた。小高い丘にある塀に囲まれた町。それこそが機械都市カーネルだった。カーネルは、直ぐそばまで迫っていた。


「別に嫌なら嫌で構わない。ただ、僕らもカーネルに潜入するのは事実だ。仮に鉢合わせたときに無駄な戦いで無駄な血を流すのも嫌だからね……」

「なるほど。つまり、今回の同盟は鉢合わせや無駄な戦いを抑えるため、更にはお互いの利権が合致するだろうとそちら側が睨んだから……そう解釈して相違ないな?」


 崇人の言葉に、ケイスは頷く。どうやら交渉が成立したようだった。


「それでは、既にステーションに待機させている。彼らと合流しよう。僕が保証する。これで彼らはなにも君たちには手出ししてこないということをね」



 ◇◇◇



 その会話が終わってからステーションに着くまではそう時間はかからなかった。

 サウスカーネル・ステーションはカーネルの南にある。カーネル・ステーションを態々通過したのは二つの理由が挙げられる。

 ひとつは、直接乗り込んでは『戦争』とみなされ、ヴァリエイブルが圧倒的に不利な状況に立つこと。

 二つ目としては、サウスカーネル・ステーション近辺には軍事基地があるから、リリーファーをそこから乗ればよいなどといった軍事的利便が良いということだ。

 サウスカーネル・ステーションへ降り立った崇人たちハリー騎士団とケイスは、駅舎を出て北へ向かった。一直線に伸びる道路を進むと、目の前に異様な光景が広がっていた。

 それは人がたくさんいる光景。

 人数にして一個小隊レベル。

 それが一列に並んで、崇人たちを待ち構えていた。


「なんだ、あれは……?」


 崇人が怪訝な顔でそちらを見ると、ケイスが一歩前に出て、崇人たちの方を向く。


「あれこそが、僕たち『新たなる夜明け』の面々だ」


 崇人たちが『新たなる夜明け』の列に近づいていくと真ん中に立っているひとりの男がこちらに近付いてきた。

 黒いウェットスーツに身を包んだ男だった。首元にはボビンのような筒があり、それは隊員全員のウェットスーツについているようだった。男の顔は思ったより若いものだった。


「……お初にお目にかかる。ハリー騎士団の方々、私は『新たなる夜明け』のリーダーである、ヴァルト・ヘーナブルという。以後、お見知りおきを」


 ヴァルトは頭を下げて言った。それを聞いて、崇人たちも頭を下げる。


「お……いや、私はヴァリエイブル帝国国王直属騎士団の一つ『ハリー騎士団』騎士団長のタカト・オーノだ」


 崇人が仰々しい(初めてのことなので、少々ぎこちなく見える)挨拶を済ませると、ヴァルトは煙管を取り出してそれに火をつけた。


「これから仕事をするパートナーというのもあるし、そういう仰々しいことは無しにしよう……と思うのだが、どうかな?」

「ああ。それはいい」

「心が広いようで、感謝する」


 ヴァルトと崇人の短い会話も終わり、崇人を先頭にして彼らは歩き出した。

 暫く歩いていくと、リリーファーが既に収められている南カーネル基地へと到着した。サウスカーネル・ステーションから歩いて十分あまり。住宅街の中に突如としてそれは出現した――ただしそれは、如何にも普通にある雑居ビルの形として、だが。

 雑居ビルに入ると、カウンターにいる女性が崇人の方へと向かってきた。


「ハリー騎士団の皆様ですね。……えーと、奥の方々は?」

「協力を取り付けた面々だ。仕事をする上でやりやすいと思ったので、今回協力に至った」


 左様ですか、と女性は言って崇人にカードを手渡す。


「こちらはカードキーとなります。そちらのエレベータへはそれを使うことで乗り降りが出来ます。では」


 そう言って、女性は再び窓口へと戻る。

 崇人たちは女性に頭を下げ、エレベータへと向かった。

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