第23話

 その頃、大会会場のアーデルハイトとマーズは、軍のメンバーと併せて会議をしていた。

 会議の内容はティパモール殲滅についてのことだった。

 もはやティパモールは、ヴァリエイブルにとって害悪な存在だった。その存在を殲滅することで、国内のテロリストを一網打尽にすることが狙いだ。


「一先ず、ティパモール中心に空爆を落とすことで、それを作戦の開始と見なす。それからは各自作戦へ突入する。一人たりとも生かしてはならない! いいか、一人たりとも、だ!」


 指揮官を務めるグレッグ・パーキンソンはそう言って激昂した。


「なんだ、あの作戦は……。まるでティパモールの人間はヒトじゃないとでも言いたいのかあいつは」

「あれでも一応上司ですから、それが聞かれたら即斬首刑ですよ、マーズさん」


 マーズとアーデルハイトはそんなことを誰にも聞こえない程度の小さな声でひそひそと会話をしていた。

 だとしても、彼女たちは彼の命令が気に入らなかった。

 確かに、ティパモールは治安がべらぼうに悪い場所としては世界的にも有名である。だから、ヴァリエイブルも忘れたい、もしくは切り捨てたい場所であるのは理解できる。

 しかし、だからといってそこに住む人間凡てを殺すというのは間違いではないだろうか? とマーズは考えていた。

 しかし、マーズには断ることが出来なかった。

 彼女たち――起動従士は、別名こうも呼ばれている。



 ――人間兵器



 決して、彼女たちが直接攻撃できる存在でもなく、普通の人間だと同じというのに、彼女たちは『兵器』として扱われる。

 それが、彼女たちにとってどれだけ苦痛なことか、計り知れない。


「……それじゃ、解散!」


 その言葉を聞いて、マーズは考えをやめる。そして、立ち上がりアーデルハイトとともに命令された通りの場所へと向かった。

 そこは一昨日アーデルハイトたちがリリーファーを見るために来た倉庫だった。


「ここにどうして……?」

「ここに、リリーファーを保管しておいたのよ。地上に『アレス』を置くわけにもいかないしね」

「私のリリーファーもあるんですか」

「勿論。ペイパスからきちんと許可も貰ったわ。にしても、ペイパスのリリーファーはやっぱりヴァリエイブルとは違うのねー。……名前は『アルテミス』だったかしら」


 マーズの言葉にアーデルハイトは頷く。

 アーデルハイトは、目の前にあるリリーファーと漸く対面を果たした。

 全てが黒で塗られた躯体に、一本白のラインが走るリリーファー。

 名前を、アルテミスという。


「……久しぶりね、これに乗るのも」


 そう言って、アーデルハイトはアルテミスの躯体に触れる。


「いつ頃から乗っていないのだっけ?」

「四月に訓練学校に入ってから……となるから二ヶ月くらいですかね。平和な日々を送らせてもらいましたよ。元々、そんな平和な人生を送れるだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったんですけれどね」


 アーデルハイトの自嘲じみた発言に、マーズは鼻で笑う。

 マーズもアーデルハイトも、それを望んだ時から自分の人生が苦難の連続になることなど、承知の上でこの世界に入った。

 そんなものが障害になるなど、今更思うわけもない。例えば、幼少期から戦争の苦痛を知らない人間ならば、そんな職を選ぶこともないし、選んだとしても夢と希望に満ちあふれたものとなっていることだろう。

 だがしかし、そんなものはこの世界において、ただくだらないものとなっていた。

 正直なところ、起動従士に夢も希望もあったものではない。

 だが、起動従士としてはそういうことで諦めてはいけなかった。諦めてしまえば、国民の凡てが苦しむこととなる。即ち、起動従士の命は、国民の最後の希望ということでもあるのだった。


「……さてと、私たちはやることをやらなくちゃね」

「そうですね」


 そう言って、それぞれリリーファーに乗り込んだ。



 ◇◇◇



 その頃、崇人。


「……お前がタカト・オーノか。変わった名前をしているが、変わった顔立ちでもあるな」


 崇人の目の前に、音もなく現れたのは精悍な顔立ちをした男だった。黒い髪は真ん中で分けられており、整った髪型に仕上がっていた。服装はほかのメンバーと同じだったが、どことなくそのメンバーとは違うというのが感じられた。


「……お前は、なにものだ」

「私は、この『赤い翼』のリーダーでね、名前は事情で言えないが、リーダーと呼んでくれ」

「リーダー、急にどうしたんで?」


 ずっと崇人の監視をしていた男が、小さくお辞儀をして、畏まった口調で訊ねた。


「ちょっと予定が狂ってな。……少し聞きたいことがあるんだよ、タカト・オーノ」


 そう言って、リーダーは崇人に訊ねた。


「お前……この世界以外の別世界の存在を、信じるか?」

「……何を言っているんだ?」

「質問に答えろ。信じるか、信じていないか。答えは二択だ。サルでもできる問題だろう?」


 リーダーはシニカルに微笑む。

 崇人は小さく、首を横に振った。


「……つまり、それは『否定』。別世界など信じていない、という答えでいいね?」


 崇人は答えない。リーダーはそれを見て、そんなことなど関係ないとでも言いたげな顔をして話を続ける。


「我々は、いや、特に私は、この世界で居ても意味はないという結論にたどり着いてね。我々が長年住んでいた土地を離れることは充分辛いことだが……しかし、殆どこの世界に近い世界があれば、特に問題もないのではないか。そうも思うようになってね。探していたのだよ。『別世界』というものを」

「……それで? 実際に見つかったのか。その、『別世界』ってやつは」

「話を急かすんじゃない。……まあ、結論から言えば見つかった。しかも、そこは魔法もない、リリーファーもいない、まったく別の概念がある世界だった」


 崇人はただ頷く。


「そこで我々はどうするか……ここでひとつの結論を考えついた」


 そう言って、リーダーは人差し指を立てると、その先から小さい火がついた。


「このように魔法というのは、五大元素のおかげで成立する。即ち、それさえあれば魔法が行使出来るわけだ。そして、その世界には魔法が存在しない。イコール、魔法を使える人間がいない……これが意味していること、解るね?」

「……その別世界とやらに魔法で戦争をぶつけるってわけか」


 崇人の言葉に、リーダーは大きく頷いた。その顔は笑っていた。


「そんなことが……実際に出来るとでも思っているのか!? 別世界への干渉だなんて……ふざけている」


 崇人はそれを自分で言って、非常にくだらないことだと思っていた。しかし、だからといってここで正直に告げると、凡てが水の泡になりかねない。戻るなら、この世界と元の世界の間に悪い関係は持ち込みたくない。そう思っていたからだ。


「……そうか。残念なことだよ。だがね、一つ気になる情報を、聞いたものでね、それも君に聞いてみたい」


 リーダーは崇人に近付き、耳元でこう囁いた。


「――なんでも最近、外世界から来た人間が確認されている。それも、その人間がリリーファーに乗り込んだと聞くよ。……もしかして、その正体というのは……君かな?」


 それを聞いて、崇人は固唾を飲んだ。

 このリーダーと自らを名乗った人間は、凡てを知っているのだ。つまり、これは凡てテストに過ぎない。素直に従えばよしとしたのだろうが、警戒した場合はどうするのか。無理矢理にでも服従させるのか、否か。


「さぁ……答えてみてよ。ねえ?」


 崇人はリーダーの猫なで声に、最早理性を保つことなど出来なかった。

 そして、崇人はゆっくりと――頷いた。

 対して、リーダーは小さくため息をついて、


「……なんだ。やっぱり知っていたんじゃないか。まったく、君には手を煩わせてしまうね。初めに君を捕まえる時にも、そして今の詰問においても」


 リーダーはシニカルに微笑む。


「それは……恐らく元の世界を守るためだろう。安心したまえ、未だ私たちは確実にその方法が見つかったという訳ではない。だが……見つければ直ぐに侵攻を開始する。なにも、奇襲をするという訳ではないがね。奇襲は私の流儀にそぐわない」

「テロ集団がそう言っても変わりゃしないけれど?」

「……生意気な口を言えるのも今のうちだぞ、タカトくん。今君は捕虜となっている。そして……彼らの世界で仲介役を勤めてもらうのだからな……!」


 そう言ってリーダーは高らかに笑い、そしてそのまま『消えた』。一瞬の間、目を逸らしていただけにもかかわらず、完全に消えてしまった。


「……お前、このことを知っていたんだな?」


 未だ椅子に座り、下手くそな口笛を吹く男に言った。


「ああ、知っていたよ。けれど、それは言うなとリーダーに口止めされていたからね……。俺は、君に悪いことはしないと言った以前にこの『赤い翼』の一員だから、規律には従わなくてはいけない」

「規律、ねえ……。ともかく、俺は至極イライラしているのは確かだ。どうして、そんなことをする?」

「それは先程も言ったが、俺は組織に身を置いているのでね。そんなことは無理なんだよ」


 崇人は長いため息をついた。

 一先ず、このことをどうアーデルハイトたちに伝えればいいか――そんなことを考えることしか、今の崇人には出来ないのであった。



 ◇◇◇



 その頃。

 ヴァリエイブル軍は本格的にティパモール殲滅作戦を開始した。

 先ず、リリーファーが先行して出撃し、ティパモールを一掃する。

 その後、重兵器を用いて歩兵軍隊が『ゴミ掃除』をするということであった。


「……思うんだけれど、『赤い翼』を倒すためだけにこれをする必要があるのかしら?」

「正直なところ、ないと思いますけれどね」


 アーデルハイトとマーズはリリーファー内にある通信機器でそんな話をしていた。

 おそらくは、殆どの人間がこの作戦に違和感を抱いていることだろう。しかし、それに不平不満を言うものはいない。なぜなら、それがそういう国で、そういう時代だからだ。


「……まあ、上の言うことを従えってのは確かにこの国の規律っちゃ規律だが……こいつはちょっとやり過ぎな気がするのだよ」

「ですが、逃げるわけにもいかないでしょう?」

「そうだ。お互いがお互いを監視するために、二人も起動従士を呼んだのだから。きっとそんな汚いことを考えているのだろうよ。上層部とやらは」

「そんなもんですか。ペイパスも似たようなもんですがね」

「お互い、変な上司を持つと苦労するね」

「そうですねえ」


 そう言って、通信を終了した。

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