第三章 全国起動従士選抜選考大会編
第13話
オーバー・ベイビーという単語を聞いたことはないだろうか。名前の通り、『増えすぎた子供』という意味を持つ単語であり、それは社会現象にもなりつつある。
オーバー・ベイビーとは、要するに『捨てられた子供』のことである。子供を親が捨ててしまうのだ。しかしながら、理由は数あれどそれは宜しくないのは百も承知であるし、それを親自身も理解している。
だが、だからこそ、自らの現実と比べてみて、その結論を選択することだって、有り得るのだ。
解らなくもない。例えば、考えてみたことはないだろうか? ひどく貧しい家庭に生まれたたくさんの子供たちを、養うのは勿論産んだ親だ。だが、大量に子供を産んだことで家計が圧迫されることとなる。
その場合、OBSS――『|過剰増加児童支援機構(オーバー・ベイビー・サポーティング・システム)』によりオーバー・ベイビーと認定され支援されることとなる。しかしながら、その場合、彼ら彼女らの基本的人権はOBSSへと移譲される。
世間的にはOBSSはオーバー・ベイビーの管理・社会復帰に貢献しているため高い評価を得ているが、実際にはOBSSがやっていることは人道的行為とはかけ離れた行為であることは間違っていない。
そして、そんな組織だとは知らずに(もっと言うなら真逆の意味に捉えられているにもかかわらず)、そこに入れられてしまう。悲しいことではあるが、これが今のヴァリエイブル帝国の大きな『必要悪』の一つでもある。
「――というわけで、ヴァリエイブル帝国にはこのような社会問題もある。しかしながら、これが居なければもう一つの社会問題である『オーバー・ベイビー』は解消されなかっただろうし、それらの管理が怠ってしまうこともあっただろう。だが、少なくとも、この時代において、OBSSはオーバー・ベイビーの管理に続けて、仕事も分け与えている。帝国とOBSSはある種持ちつ持たれつの関係にある……ということだ」
黒板の前に立ち、教卓に置かれる教科書を見ながら、一人の男は長々としていた語りを漸く中断させた。
中断した要因は言わなくても解るくらいに簡単な事だった。授業の終了を知らせるチャイムである。
チャイムを聞いた男は小さく舌打ちをして、話を再開させる。
「うむ。もう少し区切りのいいところで終わらせたかったが、次がつっかえてしまうし仕方あるまい。今日はここまでとする。では次回は、『レギオン・ユーモルド』について詳しく行う。よく予習をしておくように」
そう言って男は教科書(といえるか怪しいほど分厚い。まるで、『辞書』だ)を抱えて教室を後にした。男はリリーファー起動従士訓練学校で『国史学』の授業担当をしているアトウェル・クバイドだった。
「だーっ……やっと終わったあ……」
崇人は授業が終わると同時に机に突っ伏した。
「タカトくんずっと寝てたじゃない……」
そう言って笑いながら、エスティはノートと教科書を机の引き出しにしまう。
「だって、歴史って使うか? 今を生きているんだからさ」
「そんなこと言ったらクバイド先生に千本ノックもとい千本ファイアされるよ?」
「そいつはきついっ!!」
崇人はそんな話をしながら、この前のことを考えていた。
自らに目覚めた、パイロット・オプション『満月の夜』。それは、即ちここに居る人間とは確実に別の存在であることが露呈したことを意味している。
「そういえば、タカトくんはちゃんと決めたよね? 大会に出るかどうか。次の授業で決めるんだよ?」
「あー……そうだったっけ。出るよ。それは約束する」
「ほんとうにっ?」
「ああ、ほんとうだ」
国王に頼まれて仕方なくではあるがな――とは言えなかった。それを言おうとしたら今回のことは全て話さなくてはならない。
ああ、スパイってのはこういう大変さがあるんだろうか。崇人はそんなことを思っていたが、スパイってのは少なくとも意味が違うということには崇人は未だに気づいていない。
「ねえねえ、一緒に出れればいいね?」
「……一緒に?」
崇人はその部分が少し突っかかった。
「そうだよ。大会に出れるのは各クラス最低三名で、団体戦とかの関係もあるから、三人固定だけれど……どんなに多くても四人までしか行けないんだよ」
エスティが言ったことは、つまり五人以上希望者が出た場合は何らかの方法で選出されるということだ。
それは困ったことになる。しかし崇人は最初から知っていたはずだった。このクラスは起動従士クラスで、起動従士になるべく入ってきた学生だらけだということを。それならば、優秀な成績を修めれば、一発で起動従士に選ばれるこの大会に出るチャンスを逃すわけがない。つまり――崇人はそこまで考えていなかったということになる。
(そいつは予想外だった。……でも、出れなかったらどうするんだ。まさか、あの国王権力で捩じ伏せて強引にとか……いや、それは流石に有り得ないか)
崇人がそんなことを考えていると、教室の扉が開かれ誰かが入ってきた。余談だが、この学校には『担任』という制度はない。代わりとして各クラスには授業補佐員が分けられており、それが担任としての役割を担っている。どうして、担任という制度が廃止されたかといえば、簡単なことである。現在、学生と学校を結ぶシステム(例えば連絡網など)は、全てスマートフォン等の情報端末にて賄われているからだ。アンケート等もこれによって取られる。しかしながら、ある例外を除いて授業補佐員がホームルーム授業として現れることがある。
それは。
「……はい、おはようございます」
授業補佐員ファーシ・アルバートは手元に持っている情報端末を見ながら、話を進める。
「君たちもここに入ったのだから知っているとは思うけれど、これから『大会』のメンバーを決めます。メンバーは最大五名までです。えーと……今年からしくみがちょっち変わったのかな? というわけでさっさと希望聞いても大丈夫かな?」
ファーシはクラスに向けて訊ねるが、クラス内で特に目立った言動は見られない。
「それじゃ、いいね。えーと、手を挙げてください」
その声と共にエスティと崇人は手を挙げた。
崇人はそれと同時にクラスを見渡す。手を挙げているのは、どうやら崇人とエスティを含め、ちょうど五人だったようだ。
「それじゃ、ちょうど五人なのでこれで確定とします。よろしいですねー?」
その言葉とともに、クラスは拍手で満たされた。
再び、崇人はクラスを見渡し先程手を挙げていた三人(崇人とエスティは除いている)とはどういう人間だったかを思い起こした。
クラスの窓際の席に座っている、金髪の男性がヴィーエック・タランスタッドだ。金髪ということはアースガルズ人の血を引いているということである。アースガルズ人はこの国では差別対象にはなっていない。だが、彼は何度か苦行を味わったらしいことはエスティらと話していてどことなく知っていた。
次に、クラス中程でスマートフォンのシューティングゲームのハイスコア更新に勤しんでいる黒髪の女性はアーデルハイト・ヴェンバックである。彼女はリリーファー実技でエスティと並ぶほどの実力を持っている。崇人は彼女が手を挙げたのを見て頼もしいと思いつつも、少し厄介だとも思っていた。
そして最後の一人が――ヴィエンス・ゲーニックである。彼は確かに実技・学修どちらも優秀ではあるが、性格に問題がある(特に崇人とはそりが合わない)。
「案外いいメンバーになったかもね?」
エスティは崇人の方に身体を寄せて、ひそひそと言った。
確かにそうかもしれない――崇人はそう答えた。
しかしながら、彼にはひとつ疑問があった。
ここまで癖の強いメンバーを、どうまとめ上げ、どう意見を一致させればいいのか――それについて、だ。
「なんとなく大変なことになりそうだけれどな……」
崇人は溜息をついて、独りごちるも、その言葉は誰にも聞こえることはなかった。
「これから、第一ミーティングを始めます」
アリシエンスの声とともにミーティングが開始された。メンバーは先程大会に選出された五人のメンバーである。
しかしながら、ひとりひとりメンバーを見ていくと彼らがこの大会に出る気があるのか疑うものであった。
例えばヴィーエックは窓からずっと外を眺めていて、まさに『心ここにあらず』といった感じで、アーデルハイトはやはりさっきみたくゲームに熱中している。ヴィエンスとエスティ、そして崇人だけが会話に参加しているといった感じだ。
今いる場所は視聴覚室で、ここはよく学生が自由に使ってもいいために勉強会などをするためには格好の場所として知られている。そして今、崇人たちはここで大会に向けてミーティングをしている次第だ。
「『大会』まであと三週間となります。とりあえず、ここで大会とは何なのか、もう一度確認しておく必要がありますね」
そう言って、ホワイトボードにアリシエンスはすらすらと書き始める。それは『大会』の概要であった。
『大会』は皇暦六百二十年、ヴァリエイブル帝国建国五百年を記念して開催されたものである。その目的は『戦争をショービジネス』とするためだった。
長き戦争が終わり、大きな戦争が終わったあと、その大きな戦争に使われた軍事技術は使い道を失った。そして、その軍事技術は戦争が終わったあとも進歩し続けた。
その受け皿として用意されたのが『大会』だった。『大会』によって戦争をショービジネスとして変化させ、進化する軍事技術をサンプルとして見せる。それによって、軍事技術を欲しがる組織も増え、技術を開発する組織も、結局はwin-winな関係となる。
それがいつからか各国の小競り合いがはじまり、『戦力の確保』をするために大会への参加者で優秀な成績を収めた者をヴァリエイブル帝国が直々に取ることになり、これが現在までに続くシステムとなっている。
「……そして、大体大会に出場する人間が三十五人ほどで、去年もそれくらいだったからきっとそんなものだと思うのだけれど」
「リリーファー起動従士訓練学校って七つもありましたっけ?」
訊ねたのはエスティだった。
「この国には五つしかないわ。あとは、ペイパス王国から二チームが参戦するということは聞いているわ」
「ペイパスからって、大会はヴァリエイブルのみじゃありませんでしたか?」
「今年の大会はハリーニャ・エンクロイダーさんが見に行くらしいから、それもあるんでしょう。ペイパスとはあまり嫌悪な仲を作りたくもないでしょうし」
この時代、各国は大きい戦争は起こしていないものの、国同士の小競り合いが多発している。そのため、各国は皮相上の軍事同盟を結ぶ。あくまでもそれは見かけ上のものなので、特に関係はない。関係はないというわけでもないのだが、実際にはそれは紙切れ同然であるので、その同盟を理由に戦争を拒否することなどは出来ない。
「そういうわけで、結構世界というのはややこしく出来ているものなのよ……。それは、私が起動従士に現役で乗っていた頃よりも、ね」
「先生が起動従士になられていた頃というのは、ちょうどいつごろの話なんですか?」
「そうねえ……たしか私が引退したのはマーズさんが就任する一年前だったかしら。マーズさんが選ばれた時の『大会』は素晴らしかったわ。私は王様から招待されたのよ。そして、起動従士を引退した人は自ずとこの学校に入って後任を育てるようになってね……。おっと、話がずれてしまったね、とりあえず話を続けると、『大会』には個人戦と団体戦が存在します。その中でも協調性があり、かつ個別の戦力として認められる優秀な技能をもって評価されます。君達は、それを狙っているのでしょう?」
エスティとヴィエンスは頷く。崇人もゆっくりと頷いたが、他のふたりは頷くばかりか話を聞いているかも怪しい。
「一先ず、それを狙うのならば、無論対策は必要でしょう。例えば、ペイパスにも当たり前ですがリリーファーは存在します。それに噂だとヴァリエイブルよりも高度な技術を有しているとも聞きます。……しかし、それは『リリーファーの技術』に過ぎません」
「……リリーファーでダメなら、|起動従士(じぶんたち)自身が技術を高めればいい……、先生はそうおっしゃるのですか?」
「エスティさん、まさにそのとおりです」
アリシエンスは小さく微笑む。
「そのとおり。リリーファーの技術が高くても、それを操るのは所詮人間です。最近は、完全にコンピューターで制御したリリーファーも開発されているそうですが、それでも操縦者は人間に変わりません。つまり、過ぎた技術があったとしても、それを操縦者が完全に理解していなければ、意味がないし、それは寧ろガラクタに過ぎないということなのです」
ガラクタは言いすぎかもしれないが、確かにその通りだった。使うものが良くても、それを使う人間が馬鹿なら馬鹿なりにしか扱えない。使う人間が天才ならばそれは最大限に効用が保たれることだろう。
「そういえば、個人戦はどうなのをやるんです?」
崇人はふと気になったので訊ねた。
「ああ、それは――」
と、アリシエンスが説明しようと思ったその時だった。
「個人戦は例年通りならば各ステージを無作為に大会側が選ぶ戦闘になる」
アリシエンスに代わって答えたのは、ゲームをしていたアーデルハイトだった。アーデルハイトは今までゲームをしていたスマートフォンをポケットに仕舞い、テーブルに肘を置く。
「ステージは全部で五個だ。雪山エリア、砂漠エリア、ジャングルエリア、都市エリア、海中エリアだ。この中でも難しいのは海中エリアだろうな。雪山エリアは、雪が弱まったタイミングを狙って攻撃したり、雪が強まればそれを利用して隠れればいい。ジャングルエリアもそれは同様だ。砂漠エリアは砂漠といいつつも砂山も紛れているから、それを利用すれば戦法が大きく広まる。都市エリアは言わずもがなだが、問題は海中エリアだ。海中にも隠れる設備は確かに存在するんだが、そもそもリリーファーはコックピットの空気を循環する装置があるから、どこにいるかはバレてしまうんだ。だから、海中エリアでは隠れる戦法は一切通用しないと見たほうがいい」
「……アーデルハイトさん、詳しいようだけれど、大会の経験は一度だけ?」
「……そうだけど、正確には兄上の付き添いで言ったから二回目になる」
アーデルハイトはアリシエンスの言葉に答える。
崇人ははじめ、彼女はただ適当に、なんとなくここに出るだけの人間なのかと思っていた。つまりは、それほどこの大会にかけている思いも薄いのかと思っていた。
しかし、今の話を聞いて、崇人は彼女もやはり起動従士を目指す人間なのだ――ということを再確認した。
「……そして、団体戦についてなんだが……これも話しても?」
アーデルハイトはアリシエンスに許可を求める。アリシエンスも特に問題はなかったので、「どうぞ」と小さく頷いた。それを見て、アーデルハイトは話を再開した。
「団体戦は簡単なことだ。ある一つのフィールドを用いて、5VS5の戦いをするってことね。ここではやっぱり協調性が大事でしょうね。これがなくちゃ戦うこともままならないでしょうし……。ともかく、これが私の知っている限りの『大会』の情報かな」
「ありがとう、アーデルハイトさん」
アリシエンスは小さく微笑んで、ホワイトボードに小さな紙を貼り付ける。そこには今アーデルハイトが言ったことをある程度集約したものが書かれていた。
「それって元から用意していたんですか?」
訊ねたのはエスティだった。エスティの言葉にアリシエンスは再び微笑む。
「別に用意していたわけではありませんよ。……この場で要約したもの、と言えばいいでしょうか」
アリシエンスの言葉を聞いて、エスティは頷く。
「まあ、そう難しいことではありません。確かにステージは選ぶことができません。ですので、運を味方につける必要もあるのです」
「運を味方に……とかいいますけれど、そんな簡単に」
「できますよ。『幸運を掴み取る腕』ってのは、自らが鍛えるものなのです」
「ですが……!」
「ひとまず、今回はお開きとしましょう。……おっと、それと最後に自己紹介でもしておきましょうか? けれども、みんな同じクラスだし大丈夫かしら?」
アリシエンスの言葉に特に反応もなかったので、アリシエンスはそのまま立ち上がり、扉へ向かった。
「それでは、これに終わりにします。もし、ミーティング等で使いたかったら、ここを使う旨を誰かに伝えてください。わかりましたね?」
その言葉に全員が頷き、それを確認してアリシエンスは頷きを返し、外へ出ていった。
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