第10話

「おい、どうしてこうして見つけられなかったんだ!?」


 レイリックが崇人たちを連れて一階のホールに現れたとき、残りのメンバーは敬礼をもって返した。


「申し訳ありません……、見つけられなかったんです」

「言い訳は結構!! どうして見つけられなかった!? おかげで私が手を煩わせることになってしまったろう!!」

「ほんとうにもうなにも言えません」


 レイリックはそう言って男の肩を幾回か叩き、崇人たちを強引に床に座らせ、他の人質同様両手を縄で縛り上げた。


「……これからどうなっちゃうんだろうね……」

「マーズになんとかしてもらうしかないな」


 ふたりは小声でそう話し、一先ずはそれに従うこととした。

 そして。

 玄関ホールから、轟音が響いた。


「な、なんだ!?」

「来たか……もしや、こんなにも早く!?」


 男たちは一瞬こんな考えをした。

 ――裏切られた。

 まさか、自分たちは囮。ティパモール独立運動を収束させるために、わざとこれを起こさせた――!


「なんてことだ! まさかこれは囮ということか、あいつ……結局、我がティパモールを救うことを約束したのは、嘘だったというのか!?」

「ティパモールを救うことを約束した?」


 崇人はその発言を聞いて、レイリックに訊ねる。

 最初レイリックはさっきと同様に封じようとしたが――ため息をついて、答えた。


「ああ、そうだ。今回のテロを成功させた暁には、ティパモールを独立させてやると言われたから、約束したから、今回のテロを実行した。それに、たくさん助けてもらったからな」

「その人物の名前は――」


 ――誰だ? と言い切る前に。

 一発の銃声が響いた。そして、レイリックは口から血を吐き出した。


「がはっ……!」

「おい!」


 崩れ落ちそうになるレイリックをなんとか崇人が押さえ込む。彼女の胸からは血が溢れ出ていた。


「結局……騙されていたわけだ。私たちは……! ティパモールを、虚仮にしたんだ……! あいつは……、あいつらは……!」

「もういい。しゃべるな。これ以上しゃべったら……!」

「私はティパモールの独立のために活動してきた。生きてきた。それが出来ない、しかも裏切られた。私の生き様すらを、踏み台にされた。そんなのならば……死んだほうがましだ。いや、死なせてくれ。そうでないと、私はティパモールの先人たちに顔が立たない」


 そう言って、レイリックはゆっくりと目を閉じていく。


「おい! レイリック――!」


 そして――彼女は、死んだ。

 息を付かせる間もなく、アレスがホールに登場した。それから少し遅れて武装警察が軍を成して現れ、テロリストたちを包囲した。

 人質は全員解放され、テロはこれを持って終了となった。



 ――はずだった。



 ◇◇◇



「……どういうことだ?」


 崇人はマーズと家に戻り、マーズに事の顛末を説明した。


「つまり、レイリックは、あのテロリストたちは、何者かに指示されてテロ行為に働いた。そうだと考えられる」

「狂言という可能性は?」

「有り得る。しかし、そうじゃない可能性だって考慮出来る」

「考慮できる、ってなあ。そしたらなんでも考慮できることになっちまうぞ。例えば、犬が猫である可能性だってその超発展した原理から行けば言えることだ」


 そう、マーズは冗談交じりに崇人の言葉に答えた。


「そうかもしれない。だが……」

「信じたい、と?」


 マーズの言葉はニヒルな笑いが込められていた。崇人は殴りかかるほどの怒りを覚えたが、そんなものをマーズにぶつけてもどうしようもない――そう判断して、怒りを飲み込み、頷いた。


「まあ、君の気持ちもわかるさ。私だって……そういう人間を救ったことがあるからね」


 マーズはそう言ってソファに寄りかかる。その目はどこか悲しそうにも見えた。

 そして、何かを思い出したかのように、言った。


「……んで、どうするんだ?」

「何が?」

「ほんとうにリリーファーに乗らないのか。インフィニティにも乗らないのか。この世界を捨ててでも……あんたは生きていくのか」


 最初はその言葉に、崇人は答えることができなかった。


「なんで」

「……?」

「なんっ……でそこまで! 的確に人を傷つける台詞が言えるんだよお前はああああああ!」


 崇人はマーズに一言物申したかった。

 それが、これである。

 崇人はマーズがそう『崇人の心を的確に傷つける』言葉ばかり言っていたことにイライラしていたのだった。

 マーズは突然の崇人の咆哮に驚き、暫く何も言えずにいた。

 少しして、マーズは答える。


「……君のことを傷つけてしまったのなら、それは謝る。だがね、この世界で、君は唯一の世界最強のリリーファーを操縦することが出来る。それを知ってしまったら、この世界としては放っておけないんだよ。君にもそれくらいは解るだろう?」


 そのことは崇人にも解っていた。

 しかしながら、崇人にだって自分の世界がある。彼はその世界を蔑ろにしてはいけないと思っていたし、必ず、近いうちに、帰ろうと思っていた。つまり、この世界で長く生きてはいけない。この世界で長く生きては、何時か必ず帰るときに帰れなくなるかもしれない、と崇人は考えていた。

 バタフライ・エフェクトという言葉を知っているだろうか。

 掻い摘んでいえば、ほんの僅かな変化でも、そこからありえないほど大きな変化を最終的に|齎(もたら)してしまうということだ。

 つまりは、崇人がこの世界に長くいすぎることで、元々この世界が進むべき方向性が大きく変わってしまうことも、考えられるのだ。崇人はそれを危惧していた。しかしながら、崇人が今居る世界は、選択された世界なのだから、この世界での方向性も単に間違っていないということである。


「……まあ、今決めることもない。ともかく、決めて欲しいことはたったひとつ。これだけを決めてもらえればいいよ」

「なんだ?」

「明日、リリーファーシミュレーションセンターにもう一回行くことだ」

「シミュレーションセンターに?」

「メリアに謝るんだ。そして、もう一度シミュレートマシンに乗ること」

「……ノーと言えば?」

「ここから出て行け」


 それじゃ、一択しかないじゃないか――とは言えず、崇人はただ頷くことしか出来なかった。



 ◇◇◇



 そのころ、白の部屋では、少年と部屋が会話していた。


「……結局、あのテロは失敗に終わったね」

「残念だったね。ほんとうに、ほんとうに、もう少しだったのだけれど。最後に主犯が口を滑らしてしまったからね」

「おっと、“主犯”ではないんじゃないかな。意味的には、彼女は『ピエロ』だろ?」

「そいつは失敬」


 少年は幾つかあるテレビの画面を見る。そこには崇人とマーズの姿が映し出されていた。


「……まあ、これでインフィニティ計画にずれが生じる訳でもないし、特にこのままで進められるんじゃないかな?」

「ああ、あとはティパモールとレグオス遺跡の『あれ』を起動させれば、なんとかなるかね」

「誰にやらせるつもりだい?」


 少年はテーブルに置かれた林檎を一口齧る。


「……引き続き、彼にやってもらうつもりだよ。なぜならば、使い道がいいからね。それに役職も素晴らしい」

「たしかにね。……まあ、頑張ってもらうとしようか。どうせ『人間』にこの計画を止められるわけはないのだからね」


 そして少年は林檎をもう一口齧って、それをテーブルに置いた。

 少年は、笑っていた。

 これから起きることが、すべて解っているとでも言うように。



 次の日。

 崇人とマーズはシミュレーションセンターへとやってきていた。シミュレーションセンターは相変わらず静かだった。建物全体が静寂に包まれていて、なんだか不気味な雰囲気をも醸し出していた。


「……なんだ、メリアは居ないのか?」

「居ないみたいだな」


 マーズと崇人はそれぞれそう言った。

 シミュレーションセンターは小さい建物ではあるが、中はそれを思わせないほどの広さである。しかし、今はその広さが仇となっているに過ぎなかった。


「……ほんとうに居るのか?」

「おかしいわね……メリアはここに住んでいるはずだから居ない訳はないんだけれど」


 ここにすんでいるとは思いもしなかった崇人であったが、それを呑み込んでまだ進む。しかし、彼女の姿は未だに見えることはなかった。


「ふうむ……、いないって訳はないだろうしなあ」

「どうしてそれが言えるんだ?」

「あいつは極端な外嫌いなんだよ。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけれどね……、あいつはかつて別の国にいたんだよ」

「……密出国したのか?」


 その概念は崇人の世界でもあったから、崇人はよく理解していた。それをする意味を。それは、リスクが高い。にもかかわらず、それを行う意味を、だ。

 崇人の言葉を聞いて、マーズは頷く。その表情はどこか重々しく見えた。


「あれは……どれくらい前だっただろうね」


 そして、マーズの話は始まった。


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