#02【拡散希望】灰姫レラ、ちょっとだけキャラ変えてみた (4)

 台本づくりと言われて桐子が想像していたのは、何時間も無言のまま真っ白なノートと格闘したり、浮かんだアイディアをお互いにぶつけて喧々諤々の言い争いを繰り広げるような極端なイメージだった。

 しかし、実際のプロデュース会議は全然そんなことはなかった。

 最初は新しい灰姫レラについて河本くんと少し話し合って決めた。話し合いと言っても、桐子の素を出すと決めていたから、自分と河本くんが持っている『香辻桐子』のイメージを書き出すだけの簡単な作業だった。

 その後はオープニングで話すことを河本くんが決めてくれて、それを桐子が自分の言葉で文章にした。言葉のチョイスや表現で迷っても、すぐに河本くんがアドバイスをしてくれたので、スムーズに進んだ。

「うん、多少文章が硬いけど、よく書けてると思うよ」

 書き上がったオープニンの台詞を読んだ河本くんが、ノートの端に赤ペンで花丸を描く。

 まるで小学生扱いされてるみたいだけれど、褒められたことは桐子も素直に嬉しかった。

「私、いつも国語の作文とか考えすぎて時間切れになっちゃうんです。それがこんなにスラスラ書けるなんて、もしかして河本くんって、普段から兄弟に教えてたりするんですか?」

「兄弟は『今は』いないかな」

「今は?」

 反射的に聞き返してしまってから、桐子は無神経なことを言ってしまったのではないかと唇を噛む。

「あー、その、ちょっとだけ複雑な家庭で、実は中学からずっと一人暮らしなんだ」

「中学生で一人暮らしなんて、マンガみたいで凄いです! あ、でも『ずっと』ってことは、今も色々大変なんですよね……すみません」

「ははっ、全然だよ。料理も洗濯も慣れたし、『家族』といる時の方が今の千倍は大変だったからね」

 河本くんは事も無げに笑う。彼の大人びた雰囲気の理由が少しわかった気がした。

「香辻さんは、兄弟いるの?」

「えっと……妹が一人います。私と違ってすっごく優秀なんで、教えられることなんてないんです……」

 ここに居ない妹と自分を比べて卑屈になってしまう。事実なのだけれど、わざわざそんな事を河本くんに言う自分が嫌になる。

「誇れる妹さんでいいね。ま、家族話はこのぐらいにして台本作りに戻ろうか」

 そういって河本くんはピックアップした動画の一つを再生し始めた。

(気を使わせてしまいました……って、また落ち込んでないで集中集中! 集中です!)

 桐子はアイスティーを一口飲んで気分を切り替えた。


 振り返り部分は、過去の動画を見ながら河本くんが質問をして、それに桐子が答える形で台本を作っていった。

「このゲームで印象に残ってるのってどこかな?」

「えっとですね、最初のほうだと――」

 実際の配信映像と記憶を頼りに桐子は、河本くんのインタビューに応じていく。

「あ、ちょっと止めて下さい! ここ、ここでボタン操作を間違えたんです!」

 口下手を自覚している桐子がスラスラと解答できていた。

(雑誌の取材みたいで……人気者の気分です!)

 最初は自分の秘められたインタビューパワーが覚醒したんじゃないかと思ったけれど――。

「うん、その失敗談いいね。他にも何か覚えてない? 逆に上手くいって嬉しかったところでもいいよ」

 何のことはない、桐子実力ではなく河本くんの質問と誘導が上手いだけだった。

 そうやってインタビューを続け、どんどん台本用のネタが集まっていく。

 自分一人だったらうんうん唸っているだけで、台本の『台』の字も書けていなかっただろう。

(誰かと一緒に、何かを作るのって……いいな……)

 ドキドキする胸を、桐子はそっと押さえる。

「――それなら、ここのシーンを切り出して……香辻さん?」

 今まで感じたことのない高揚感が全身を包んでいた。

「お腹でも減った?」

「ち、違います!」

「じゃあ、退屈で眠くなったとか?」

「そんなこと、絶対まったくありません! 私、こういう風に誰かと何かを作るのが初めてで……すっごく楽しくて……う、浮かれてました」

 真剣な河本くんに嘘は付きたくなくて、桐子は恥ずかしい胸の内を吐露する。

「そうだね、一人で集中してものを作るのも楽しいけど、こうやって誰かと一緒にものを作るのは楽しさが何倍、何十倍にもなるよ」

 そう言って河本くんは笑ったけれど、なぜか少し寂しそうに見えた。

「河本く――」

「あれぇ~、河本くんと香辻さんじゃん!」

 桐子の迷いのある声を、聞き覚えのある華やかな声が吹き飛ばした。

 近づいてくる人影がある。店員さんではなかった。

 ベージュのカーディガンに胸元にふわっとした赤いリボン、膝上のスカートからはスラッとした脚が伸びている。爪の先から毛先までお洒落が行き届いてキラキラと輝いているようにみえた。桐子と同じ学校の制服とは思えないし、並んで立ったら陽のオーラで自分なんて消し飛んでしまうだろう。

「二人でお勉強?」

 夜川さんは興味津々と言った様子で、桐子に話しかけてきた。

「あっ……っ……」

 細い紐で喉をキュッと締められてしまったかのように声が出ない。

(返事しないとっ!)

「うっ……」

 何か言わなくちゃと思えば思うほど舌が痙攣したみたいに上手く動かず、掌に吹き出した汗を握ることしかできなくなる。

「いま香辻さんに勉強を教わってるんだ」

 固まってしまった桐子に代わって、河本くんが答える。

「夜川さんはおやつの時間?」

「あははっ、そんな感じ。友達と勉強のはずだったんだけど、季節のピーチたっぷりパフェの誘惑には勝てなかったよ」

 そういって夜川さんが振り返ると、離れたテーブルに同じ制服の女子が三人座っている。顔を知らなかったけれどリボンは一年の色なので、三人とも別クラスの女子生徒だ。

「なるほど、糖分補給しつつダベって終わったと」

「河本くん、わかってる~」

 夜川さんは楽しそうに笑って、河本くんの肩をポンと押す。

「週明けは数学のテストあるよ」

「分かってるって、大丈夫大丈夫~。土日でちょろっと勉強すればなんとかなるなる」

「僕の記憶が確かなら、夜川さんは英語のリーティングも先生に指されると思うけど」

「げっ、そうなの~。やだな~」

 二人が普通に話しているのを桐子は見ていることしかできなかった。

(すごいな、河本くん……夜川さんとも普通に話してる……やっぱり私とは違う……)

 コミュ力を比べて凹んでしまう自分がまた嫌になる。

「そうだ、よかったら。一緒に勉強していく?」

(はっ?!)

 予想もしていなかった展開に驚いた桐子は、手持ち無沙汰で飲んでいたアイスティーのストローをギリギリッと噛む。

(な、なんで夜川さんのこと誘うの?!)

 今すぐにでも裏切り者と叫んで逃げ出したいけれど、突然立ち上がる勇気もない。

「うーん、二人とお話してみたいけど今回はパス。この後もみんなでカラオケ行く予定だから」

「それは残念」

 河本くんは全然残念じゃなさそうにあっさり言う。夜川さんの方もそれが当たり前のように手をひらひら振る。

「それじゃ、あたしらは先にいくね。またがっこうで~」

「うん、月曜にね」

 夜川さんはそのまま去ってはくれずに、桐子の方にも声をかけてきた。

「香辻さんも、まったねー」

「はっ……はい……」

「ばいば~い♪」

 桐子は相手の目も見れずに俯いてしまったけれど、夜川さんはまったく気にせず軽い足取りで友達のところに戻っていった。

 夜川さんたちは何か笑いあった後、会計を済ませてファミレスから出ていった。

 それからようやく桐子は呼吸を思い出す。

「……はっ、はっ……はぁ……はぁ…………」

「香辻さん?」

「すみません、ちょっとお手洗いに……」

 河本くんの返事を待たずに、席を立った桐子はレストルームに駆け込んだ。

 誰もいなかったので、洗面台を占拠してレバーを全開にして蛇口から水を出す。

 飛び散るのも構わず、手を水に突っ込んで冷やす。

(なんでこんな……)

 呼吸を深くしてから、水をひとすくいパシャッと顔を濡らす。

(大丈夫……大丈夫です……私は『灰姫レラ』なんだから……)

 鏡の中のブサイクに言い聞かせてから、ハンカチで顔と手を拭う。ブサイクはそのままだったけれど、呼吸だけは落ち着いた。

 それから席に戻ると、河本くんはアイスコーヒーを飲みながら待っていた。

「どうする?」

「やります! 今日中に放送しないといけませんから!」

 桐子が無理やり元気をよく声を出すと、河本くんは嬉しそうに目を細める。

「その調子だよ!」

「あっ! でもその前にです! なんで夜川さんを『勉強』に誘ったんですか?」

 本当にもう大丈夫だと示すように、桐子は大げさに口をふくらませる。

「ああした方が、僕と香辻さんが『変な風に』思われなくてすむからね」

「変な風に?」

「デート中なら、別の女の子を席に呼んだりしないでしょ」

 河本くんは当然のことのように説明してくれたけれど、桐子にとっては電子レンジの中で玉子が爆発したみたいな不意打ちだ。

「で、で、で、で……でと……デートって……」

 穴という穴から蒸気が吹き出したみたいに身体が熱くなり、胸に残っていた息苦しさが消えていく。

「で、でもです! もし夜川さんが参加するって言ったら」

「それは絶対にないって分かってたよ。友達が待ってたからね」

「うぐぐ……」

 自分はこんなにテンパっているのに、河本くんには余裕あるのが桐子はちょっと悔しかった。

「もういいです! 早く続きです! 台本つくっちゃいましょう!」

「そうだね。じゃあ、【#41】の途中から――」

 何事もなかったかのように河本くんは台本づくりを再開する。

 まるでオモチャをねだる子供と、それをあしらう大人のような人間力の差だ。

(本当に同じ高校一年生なんでしょうか……)

 桐子がジトッと疑いの目を向けても河本くんは気づいてもいないようだった。


 そこからの台本づくりは順調に進んだ

 18時半には台本のほとんどの部分が完成し、最終調整をしながら早めの夕食をとった。桐子はシーフードグラタンを、河本くんはデミグラハンバーグをそれぞれ注文した。

「うん、オッケーだね。この台本でいけるよ」

 そう言って台本が書かれたノートを桐子に渡し、自分は食後のコーヒーに口をつける。

「はー、やっと終わりました~」

「まだ配信が始まってすらいないけどね」

 一息つこうとする桐子に、すぐさま河本くんが釘を刺してくる。

「分かってます…………本当にこれで大丈夫でしょうか?」

 桐子は受け取ったノートに手を当てる。河本くんへの質問というよりは、自分への問いかけだった。

「心配なら、きみに心得を授けよう」

 そう言って、河本くんは頑固なラーメン屋店主みたいに大仰しく胸を張る。

「Vチューバー心得ひとつ! コメントと喧嘩しない!」

「えっ?」

「はい、くりかえして」

「えっと……コメントと喧嘩しない?」

 よく分からない勢いのまま、桐子は復唱する。

「Vチューバー心得ひとつ! 人や物をけなさない!」

「人や物をけなさない?」

「もっと声張って!」

「はいっ! 人や物をけなさない!」

 やけくそ気味の大声に河本くんは満足そうだけれど、店員さんや他のお客さんの注目を集めてしまう。

「Vチューバー心得ひとつ! 視聴者が少なくても卑下しない!」

「視聴者が少なくても卑下しない!」

「Vチューバー心得ひとつ! 恥をかくのを恐れない!」

「恥をかくのを恐れない!」

「僕からは以上! あとは生配信を頑張ってね、香辻さん!」

 満足そうに頷いた河本くんはテーブルの上に手を置く。

 桐子はとっさにその手を掴んだ。

「……一緒に来て下さい」

「えっ?」


「一緒に来て、灰姫レラの生配信を手伝って下さい!」

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