白雪姫はタイムカプセルに乗って

はし

あほのはなし

俺の友人は未来から来たそうだ。


彼女はもともと発明家で、ある時タイムマシンを作り出したのだとか。

誰にも信じてもらえなかった彼女はある日、タイムマシンに乗ってこの時代に来たらしい。

ちなみに付け足しておくと、彼女は変わった性格でもなければ、中学生がなると言われている病気にもかかっていない。

いたって平凡な少女である。

特徴と言えば、たまにでる頑固さと、目元の涙ぼくろくらいだろうか。

どうしてこの時代に来たのかと問うと、オリオン座が見てみたかったそうだ。

「私のいた未来では、もうオリオン座は見られないんだ。オリオン座のひとつのベテルギウスが消えてしまったから」

彼女は言う。オリオン座を見るためだけに来たのならもう帰ればいいのに、と言ったところ、

「きみは私にいなくなってほしいの?」

と眉を下げられたので、それ以上は何も言えなかった。

彼女と出会ったのは中学一年生の時。見慣れない景色や初めて見る人に緊張していた俺は、前の席の彼女と一気に仲良くなった。

それから流れるように同じ部活に入り、仲を深め、同じ高校に進学し、現在の高校三年生に至る。

彼女が未来から来たと打ち明けられたのは去年の秋。学校からの帰り道にはカシオペア座が輝いていた。

「私さ、未来から来たんだあ」

それぞれのクラスの文化祭準備からの帰り道。

たまたま下駄箱で会った俺たちは、なんとなく並んで歩き出した。空はもう暗く、飛行機の光がたまにちらちらと光る。

「…いきなり何の冗談」

俺はあきれながらつぶやく。右隣を歩いてた彼女がこちらを向いたのが目の端に映る。

「嘘じゃない。私は未来から来たんだ」

重く、力を込めた声に俺は目だけ彼を見る。

その瞳はしっかり俺を見つめていて、嘘をついているようには見えなかった。

その日から、彼女は会うたびにその嘘を言うようになった。

高校では彼女は部活に入らなかった上、クラスも同じにならなかったため、たまたま廊下で出会い、立ち話をするときなんかに必ずそれを言う。

「私は未来から来た」

それを言うとき、彼女は俺の目をじっと見据える。どうにか信じてもらえるように、そんな思いが感じられた。

「それ言うの飽きないよね」

久しぶりに聞いたそれに、俺はハッと鼻で笑った。進路も決まり、あとはのらりくらりと高校生活を過ごすだけの帰り道だった。

もし受験真っ最中の時期にこんな冗談を言われたら、ストレスでぶちぎれていたかもしれない。

そう思うと毎回彼女がこの嘘を言うタイミングはよかったとも思える。人を気遣う彼女ならではだろう。

嘘じゃない。と言う彼女は、赤い鼻をズッとすすった。出会ったころ同じくらいだった目線は、いつの間にか見下ろすくらいになっていた。

噂では彼女は進学せず、就職するそうだ。

子供っぽい彼女は何も考えず自分のいけそうな学力の大学に進むものだと思っていたので、少し驚いた。

そのことについて少し訊きたかったが、六年の付き合いとはいえ、やはりプライベートな部分もありそうなので、やめておいた。

俺はマフラーを鼻元まで上げ、空を仰いだ。分厚い雲に覆われた空は今にも雨が降り出しそうだ。

「どうしたら信じるのさ」

彼女はふてくされたように言う。

「未来のことを教えてくれればいい」

いつもの言葉を返す。未来から来たと信じてほしいなら、時間はかかるが未来のことを話して、本当なら信じるに値するだろう。

でも、彼女は決まって言う。

「未来のこと話したら、未来がその通りにならなくなっちゃうかもしれないじゃん」

この返しも何度目のことだかわからない。

確かに未来が変わってしまう、と言うのも納得できなくもないが、それは未来から人が来てしまってる時点でもうアウトなんじゃないだろうか。

一度そのことを話し、三時間ほど熱く論議したことがある。

今となってはくだらないが、彼女曰く、彼女が来た事も今の一つであるので、彼女がいることは平気なのだとか。滅茶苦茶である。

「なら、タイムマシン見せて」

俺は言った。二年ほどこの会話を繰り広げてきたが、このアプローチは初めてだった。

彼女は少し目を見張り、すぐにふっと細めた。

「うん。いいよ」

上がった口角とは対照的に下がった眉が、何とも寂しげだった。


「未来から来た?」

目の前の友人は口に運んだパンを止めた。

「なにそれ?俺聞いたことないよ?」

それにしても未来からって…。口元を抑える友人に顔を顰める。笑い上戸なこいつは未来から来た彼女とは違い、幼稚園からの仲だ。

しかし中学は別々だったため、俺の友人双方が出会ったのは高校でのことである。

彼らは両方明るい性格だったためかすぐに打ち解け、俺がいなくてもよく話をしている。

昼休みのこの時間はこいつと駄弁るのが俺の日常であった。

「なんだろ、某アニメのパロかな。」

くつくつと笑う彼は耳まで赤くなっている。でもこれは当たり前の反応かもしれない。

高校生がそんなファンタジーなことを言い出せば、頭を疑われるかこのようにばかにされるかのどちらかだろう。

俺のようにまじめに聞くのはなかなか珍しいのかもしれない。

でも、実際に彼女の口からその言葉を聞けば、俺のような反応をするのだっておかしくはないと思う。

「去年から言ってるんだぞ。冗談にしてもしつこい。何か理由があるのかもしれない」

「でたよ過保護」

友人は目を細めてこちらを見た。口角が上がっている。

「さあ…そんな嘘つく理由って何だろうなあ。」

ブドウパンを咥えた彼は考えるように天井を見上げた。俺もつられて顔を上げる。嘘をつく理由、か。

「わかんないけど、ほんとなんじゃん?」

パンを食いちぎった彼は言った。考えるのがめんどくさくなったんだろう。

「そんな顔すんなよ!だってさ、未来から来たっていう割に未来のこと教えてくれなければ、その嘘つく前と態度も変わらないんだろ?それって仲良くなったから、自分のことを知ってほしくなった…とかじゃないの?」

この前一緒に帰った時のことを思い出す。寂しそうな彼女の横顔。未来に帰ると言っていたっけ。

「ほんとに未来の人だったら、いつか帰っちゃうのかな…」

そうしたら今のうちに肉まん奢ってもーらお!と楽しそうなこいつにはもう相談しない。


「あれ、また会ったな」

下駄箱で会った彼女は前会った時のように、分厚いダッフルコートを着込み、ふかふかの耳当てをしていた。

「三日ぶり」

俺が言いながら近寄ると、彼女は耳当てを外した。俺の声が聞こえるようにだろう。

「もうすぐ卒業だねえ」

彼女はゆっくり歩きだす。俺もそれに合わせてゆっくり歩く。

「ああ、あと十日かな」

ここまで来ると学校に来るやつらは全然いない。

「なにしてたの?」

ちょうど同じことを思っていた俺は目線を下げた。俺を見上げていた彼女とちょうど目が合う。

俺は前を向いた。

「図書室で本を読んでた」

「こんな時間まで?」

辺りはもうすっかり暗くなっており、部活動も終わっていた。人通りも少なく、むしろ彼女のほうがこんな時間までいたのが心配だ。俺に会わなかったら一人で帰ったのだろうか。

「あそこの本、制覇して卒業する予定」

「くだらない目標だな」

ふふっと笑う彼女はこの六年で一気に女らしくなった。緩い三つ編みがふわふわ揺れる。

「お前は何してたんだ」

「え?ああ私?私は…」

言い淀んだ彼女は、コツ、と大きく一歩踏み出した。

「タイムマシンの設計図書いてた」

こちらを振り向き笑う彼女の唇は、林檎のように赤かった。


「あいつが嘘?どんな?」

図書室のカウンターに座る彼は声を潜めることもせず言った。明るい茶髪が印象的である。

「未来から来たんだと」

俺が言うと、目の前の男は意味が分からないとでも言う様に眉をひそめた。

「そんなの聞いたことねえよ」

あいつそんなこと言うやつだったかな、彼はつぶやく。彼は彼女と高校で仲良くなったらしい。

俺とも部活がたまたま一緒だったため、俺の幼馴染と茶髪の彼女合わせて五人で仲良くしていた。

こいつが今図書室にいるのも、その彼女の委員会待ちである。

彼女と彼は三年間クラスが同じだったため、たぶん、今では俺よりも彼女のことを知っているのだろう。

俺と彼女が仲良くなれるほどなのだ。三年間はでかい。

「何でそんな嘘つくんだ」

「わからないから聞いてるんだろ」

俺が言うと、彼は顎に手を当て、うーんと悩みだした。

「考え方を変えてみようぜ」

言いながら目はどこを向いているのかわからない。

「どういうことだ」

「なんでそんな嘘をつくのか、は置いといて、どうしてその嘘をお前についたのか、ってな感じに」

その嘘つくの、お前にだけなんだろ?と彼は続ける。確かにその通りだ。

「…で、どうしてだと思うんだ」

「んなのわかるわけねえだろ。お前のが付き合い長いんだから、お前のほうがわかるだろ」

言うと、茶髪をがしがしとかきむしった。

ガラリ、と扉の開く音がする。

「ごめんね、先生につかまっちゃって…」

言いながら入ってきたのは茶髪の彼女だ。背中まである長い髪がゆらゆら揺れている。

「それか、同じ女にしかわかんないことなのかもな」

いつのまにか頬杖をついていた彼はにやり、と笑った。


「ほら見て、あれがアンドロメダ座だよ」

空を指さす彼女はニコリ、と笑った。

制服は中学のロゴが入ったジャンパースカートだ。

寒がりの彼女にしては珍しく、マフラーと手袋と言う軽装で、真っ赤な耳が痛々しかった。

「その近くに…ほら、ペルセウス座がある。あれが勇者様でね、アンドロメダ姫を助けるんだ!」

少し興奮気味な彼女は両手を胸の前でぐっと握った。

「お前まだそんな子供っぽい話好きなのか」

「うるさいな。子供っぽいんじゃないよ。私はギリシャ神話の話をしてるの」

下唇を突き出す彼女は魚顔だ。

「深海魚みたいな顔してる」

「女子に向かって失礼だな!」

言いながら笑った彼女は、見まごうことなく、俺と同じ時代に生きていた。


「私も知らないな、聞いたことない」

図書室の席に着いた彼女は言った。手には先ほど彼氏さんのほうからプレゼントされたホットココアが握られている。

本当に仲のいいカップルだ。

「やっぱり俺にしかその嘘はついてないのか」

「お前、あいつになんかしたんじゃねえの?」

彼女の横に座った彼はからかうように言った。

「俺はなにもしてない」

「さあ、お前ちょっと冷たいとこあるからなあ。あいつのこと傷つけたりしたんじゃねえの?」

「そんなこと!」

するわけない、と続けようとしたが、感情的になりすぎたか、勢いよく立ち上がったために椅子が大きな音を立てて倒れた。

図書室が静まり返る。

俺は気まずくなり、椅子を静かに戻した。

「単純に考えて、気にしてほしいから、とか」

静寂を破ったのは、ココアに口をつけていた彼女だった。こちらをじっと見つめている。

「…どういうことだ」

「だってこうして、気にしてるじゃないですか。かまってほしい…みたいな?」

そんなかわいいことをあの人がするだろうか。

話し方が乱暴で、女子らしさの欠ける彼女。

ただ、好きな星の話をする時だけは、目をキラキラと輝かせ、饒舌になる。その時だけは、少し見とれてしまうこともある。

「だってあの子、あなたのこと大好きじゃないですか。」

ね?と、同意を求めるように微笑まれても、俺に頷くことはできない。


図書室を出、下駄箱に向かう。昨日彼女に会った時と同じくらいの時間だ。

思った通り、靴を履きかえる彼女がそこにいた。

「あ、また会った。最近よく会うね」

「昨日ぶり」

狙った、とは悟られないように平静を装う。

「どう、本は読み終わりそう?」

彼女はこちらを見上げる。その顎の角度にも慣れてきてしまった。

「え、ああ、まあ」

嘘をついた。あいつらと話していた内容に触れてほしくなかった。でも彼女がついている嘘に比べたらかわいいもんだろう。

よかったねえ。笑う彼女は後ろ手に組んで歩き出した。視線は灰色がかった曇り空に注がれている。まだ晴れには遠いだろう。

「…あのさ」

「ん、どうしたの」

彼女がこちらを向く。いつの間にか距離が開いていて、彼女の真黒な目が見えなかった。

「タイムマシンって…」

「ああ、順調だよ」

俺と同じように彼女は言った。くるりと体を反転させ、足を止める。

「そろそろ招待状を書かないとなあ」

「招待状?」

「うん。見せてもいい人にだけ渡すんだ。ほら、誰かれ構わずに見られるのは恥ずかしいし」

へへ、と彼女は笑う。

「あのさ、それで」

俺はぐっと息をのむ。

「お前は、それに乗って未来に帰っちゃうのか」

ずっと思っていたことだった。彼女がタイムマシンを作るといった日から。

「当たり前だよ。そのために作ってるんだから」

彼女は至極当然のように言った。

その言葉に、胸がずん、と重くなるのを感じた。

「お、まえの親はどうするんだよ。ていうか、親はお前の親なのか?」

そういえば聞いてない質問だった。一年もこの話をしているのに、最近になって初めてする質問が多かった。

それだけ、彼女にまともに向き合っていなかったということなんだろうか。

「もしかして、私が未来から来たっていうの、信じてくれた?」

ふふっと彼女は笑った。俺はうつむき、唇をかむ。俺は、信じたんだろうか。彼女のことを。

俺が何も言わなかったので、彼女が口を開いた。

「いまの両親はね、私の発明品の効果で私を娘だと思い込んでるんだ。私が未来に帰れば、すぐに私のことを忘れて、幸せに暮らすよ。」

続けて何かつぶやいたが、わからなかった。

「寂しくないのか」

噛んだ唇は少し潤って、舌がよく回る。そのせいだ、こんな変なことを聞いてしまったのは。

「寂しく、ないよ。きみとの思い出もあるし。とおーいみらいで、きみに会えないことを祈ってるよ」

彼女の冗談(おそらく)にも付き合わず、俺は一番したかった質問をした。

「俺も連れてってくれよ」

ひゅっと、彼女が息を吸ったのが分かる。

あの時と同じ表情だった。タイムマシンを見せてくれと頼んだときと、同じ。

困っているような、怖がっているような表情。

「ほら、お前がそんなに未来未来言うから、見たくなったっていうか、だから」

「無理だよ」

彼女は視線を下げる。彼女の好きな星が見えないからだろうか。

「きみは連れていけない」

そういうと、彼女は勢いよく走り出した。

彼女の頬がぬれていたのは、気のせいだろう。


「明日で卒業だね!」

飽きもせずにブトウパンをむさぼるこいつは、俺の悩みなどどこ吹く風だ。

「そうだな」

適当にあしらうと、幼馴染は首を傾げ、かじっていたブトウパンをずいっと俺に突き出した。

「もしかして、まだあの嘘のこと考えてるの?」

変なところで勘の鋭いこいつは、俺の考えてることを見抜いたようだった。

「もう、気にしないであげなよお。エイプリルフールかなんかのノリじゃないの?」

目の前のこいつなら本気でそんな嘘を一年つきそうだが、彼女に限っては考えられなかった。

「でも不思議だな。あの子がこんなにお前を悩ませる嘘つくなんてさ」

幼馴染はブドウパンのブドウをほじくりだした。

「どういうことだ」

「だってさ、あんなにお前のこと考えてて、お前のために行動するような子が、そんな悩ませるようなこと言うかなあ」

正直俺には彼女がそんな風に俺のために行動してくれたことなんて一つも知らなかった。

俺がそのことを告げると、

「そりゃそうだよ。お前が気にしないようにって、こっそりやってたんだもん」

あ、じゃあ言っちゃダメだったかな。ばかな幼馴染は今更気づいたように口を手で覆った。

そんなに俺のことを思ってくれていたなど知らなかった。

だがしかし、それほど俺を好いていてくれているなら、どうして俺が一緒に未来に行くといったのを断ったのか。

「へえ、振られたんだ。それでそんな不機嫌なんだなーお前。あの子のこと大好きだもんな!」

少年のような笑顔で笑う彼を、全身全霊で殴った。別に照れ隠しなんかじゃない。


「卒業おめでとう。私は今日、未来に行くよ」

帰り道、彼女を待ち伏せした俺は、何食わぬ顔で隣を歩き出した。

タイムマシンのことについてどこから切り出そうと、雲に覆われていた空を見つめていた俺は、その一言に肩がすくんだ。

「あ、そ」

「それではい、これ」

彼女が背負っていたリュックサックから取り出したのは、水色の封筒だった。

「なに?」

「タイムマシンを見せてあげる招待状!」

そういえば、この前に招待状を書かなくてはとか言っていたことを思い出す。

封筒を開けようと手を突っ込んだおれを彼女が制した。

「あのね、これは少なくとも一か月経ったら見てほしいの」

俺の手を掴んだ彼女は言う。

「一か月?」

「うん。もちろん見なくてもいいよ。それともう一つ、この封筒を見たら、もう私とお前は二度と会えなくなる」

「はあ?」

そっと離れた手を見つめる。手袋をしていない彼女の手は白くて寒々しかった。

「ちょっと意味わかんないんだけど…。お前は今日、未来に帰るんだよな?一か月後に招待状を開いても、タイムマシンは無いんじゃないか」

「平気。きみに見せるために、レプリカを作ったんだ。それに私も乗ってるけど、それは私じゃないから」

「それと、会えないっていうのは」

「ああ、会えなくなる。タイムマシンをきみが見たら、私たちは永遠にサヨナラだ」

「お前が未来に帰ったら、もう永遠にサヨナラじゃないか」

「それもそうだ」

くくっと笑う彼女の心境が読めない。

「さよなら。六年間ありがとう」

彼女との最後の会話は、暗い空の下だった。


「好きです。付き合ってくれませんか」

目の前の少女は言う。目元のほくろで、高校で別れた未来人を思い出した。

「あの、返事は…」

もじもじと手をすらせる。ハエの動きに似ていた。

「ごめん」


「へえー、振ったんだ!結構かわいい子だったのになあ」

大学生活二年目。俺はまだあの幼馴染とぐだぐだしている。

「好みじゃない」

「あーいいなあイケメンは!俺もそんなこと言ってみてえよー!」

相変わらずのブドウパンは以前より食べるペースが遅い。

「そういえばあの子はどうしてるのかなあ。やっぱ、未来に帰っちゃった?」

くふふ、と笑う幼馴染を殴って静かにする。

「あいつは…」

言い淀む。結局あの別れから一年たったが、あの封筒は開けていない。

二度と会えないから、何て少女じみたことは考えてない。はず。

「会いたいなあ。大人っぽくなったりしてるかなあ」

幼馴染は遠くを見つめながらぼんやりしている。

大人になった彼女を想像してみる。髪は伸びたのか、切っているのか。化粧をするようになったのか。ピアスはあけたのか。

見てみたい。素直にそう思った。


幼馴染と大学を出たのは十時だった。もうすぐ夏になる時期だが、もう暗い。

星がきれいに見える。

あの人がいたら、星座の話が聞けたんだろうか。

別に星の話には特別興味はない。ただ、彼女のキラキラした笑顔を、また見たくなった。

怒った表情、悲しげな表情、笑った顔、変顔。今まで見た彼女の表情が頭をよぎった。

会いたい。

その時、昼間の彼女の顔が頭によぎる。

「好き」

俺の六年間の彼女への思いが、今更わかった。

恋だのなんだのばかにしていた俺は、彼女への気持ちに気づいていない一番のばかだった。

今すぐ伝えたい。会いたい気持ちが募る。

俺は走って家路につく。

あの封筒を開けなくては。


部屋につき、高校生の頃使っていた鞄を探す。

黒いショルダーバックは軽くほこりをかぶっていたが、中はあの時のままだった。

水色の封筒を取り出し、手紙を引っ張り出す。

封筒と同じ水色の便箋には、やや右上がりのあの人の字が書かれていた。

「きみが約束通り一か月後にこれを読んでるのなら、久しぶりだね。

いきなりで申し訳ないけど、これはタイムマシンの招待状なんかじゃない。ごめん。

ちなみに私は未来から来てもいない。きみと同じ年に生まれて、今日まで生きてきた。普通の人間。

ただ、ちょっと難しい病気にかかっているんだ。

私はお前がこの手紙を読んでる頃、たぶん死んでると思う。

生きてたらお前がこの手紙を読むまでの一か月の間に、きみのとこに会いに行くから。

高校卒業できるか心配だったけど、きみと卒業できてよかったよ。

私の病気の手術は難しいらしい。成功率なんて怖くて聞けなかったけど、母さんたちの表情で無理なんだなあってわかった。

それが、私たちが高二の時。

部活なんて当然入れなかった。また、きみと一緒に部活したかったよ。

もう一度言うけど、私は未来からなんて来てない。

これから未来に行くんだ。

ばいばい。幸せに生きろよ。」

頭が真っ白になった。

でも、気づいた恋心はなかなか諦められるもんじゃない。

俺は彼女の家に走り出した。


彼女の家は近い。が、大学からほぼずっと走り続けていたため俺の息は完全に上がっていた。

時間が相当遅くなっていたが、躊躇うことなくチャイムを押す。

「はい…」

出てきたのは、昔少し話したことのある彼女の母親だった。

「あらきみ…中学の時、あの子のこと送ってくれてた子よね?」

微笑んだ目じりは彼女そっくりで、俺は挨拶もせず話す。

「あのっ…その、おれ…」

「あの子に、会いに来てくれたのね…」

女性は目を細め、口元をほころばせた。

「明日の朝、来てくれるかしら」

もう今日は遅いから。女性は言うと、気を付けて、と残し、扉を閉じた。

これ以上はどうしようもないので、とぼとぼと帰路につく。

思っていた以上に汗だくになっていた俺は、手のひらで頬をぬぐった。

中学の時、彼女を送った道を行く。懐かしい景色はところどころ変わっていて、無性に切なくなった。

彼女と歩いた時のように、空を見上げる。

あの時より街灯が増えていて、星は見えづらい。

その中でも、はっきり見える星座があった。

それは、彼女がおしえてくれた星座だからだろうか。

彼女の時代にはないと言っていたあの星。

彼女にあの星がない空なんて、見えるはずがない。

顔をこする。拭いても拭いても流れ続けるこれは汗か涙か。

そんなことに興味はない。


翌日の朝、俺はまた彼女の家を訪れた。

彼女の母親は俺を車に乗せ、走り出した。

車内で俺たちは一言も声を発しなかった。妙に長く感じたが、おそらく三十分ほどだろう。

ついた先は病院だった。仰々しい建物に見入る俺を女性がせかした。

「きっと、あなたのこと待ってたのよ」

ついて行った先は病室だった。名札には彼女の名が刻まれている。

「私はここで待ってるから。ゆっくりしてってね」

俺は頷き、扉をスライドさせた。

瞬間ふわりと風が吹く。生ぬるいそれは、俺を歓迎しているようだった。

その個室には、小さな洗面所にサイドテーブルほどの机、それにたくさんのチューブにつながれた彼女がベッドに横たわっていた。

「…ひさしぶり」

俺は言う。彼女には聞こえているのかわからないけど。

ベッドのそばに立ち、彼女の手を取る。初めて握った彼女の手はほんわりと暖かかった。

「俺、お前との約束守って手紙見なかったぞ。…忙しくて、一年くらい放置してたけど。ひどい男だな」

彼女はピクリとも動かない。

「でも、お前もひどいよ」

握った手を撫でる、優しく、優しく。

「未来から来たなんて言って、俺に気にしてほしかったのか。そんなかわいいとこあったのか。ばかだな、俺はお前のことばっか考えてたのに」

彼女の手を額に当てる。今起きたら、きっと怒られるな。タコみたいに顔を真っ赤にして、手を振りほどくんだろう。

「おかしいな。こうして想像するお前は生き生きしてるのに、本物のほうは俺を見てもくれない」

彼女の前髪が風に揺れる。真っ赤な唇が動くことはない。

「ねえ俺、言ってなかったことがあるんだ。ずっと気づかなかった。言ってれば、違う未来になってたのかな」

唾をのむ。彼女の耳元に顔を寄せる。彼女に聞こえるように。聞こえますように。


「俺、お前が好きだ」


彼女の顔を覗く。先ほどと変わった様子はない。

「お前が起きるまで、俺何度でも言うから。覚悟してろよ」

フッと笑うと、彼女の頬にうっすらと赤が増した気がした。

「え…」

俺は顔を近づける。やはり変化はない。俺のはかない願望だったようだ。

「未来で待ってろよ、未来人」

呟くと、彼女のまつ毛が震えた。

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