第二十五章「戦争」

 第二十五章「戦争」


 夜明け前。


 わたしはピアノを奏でながら。


 お母さんの子守唄を思い出していた。


 最後の戦いだ。でも、傷つけるための戦いじゃない。


「お姉ちゃん」


 地下のピアノでプログラミングの最後の調整を終えて螺旋らせん階段を上がってくると、イナちゃんが抱きついてきた。


 スラヴィオーレの人たちは、戦いの前に五十六の避難ポイントに避難してもらっているの。スラヴィオーレ城もそんな「避難所」の一つよ。


「大丈夫よ。ミティアくん、無事に帰ってくるからね」

「お姉ちゃんも、だよ?」

「そう。そうだね! ありがとうね!」


 ミティアくんがコぺリアで見つけた地図帳には人口統計も載っていてね、ちゃんと全ての人のことを考えてプログラミングができたわ。この世界の人口は、ユーステティア帝国とスラヴィオーレを合わせても二万人あまり。やっぱり、歴史上の十日間戦争の頃の旧ユーゴスラヴィアとスロヴェニアの人口を合わせた数よりもかなり少ないわ。


 間もなく、出発の時だ。ミティアくんには、スラヴィオーレだけじゃなくユーステティア帝国全土の避難所ポイントも全て前もって覚えてもらっている。


 もう一度、自分で自分に確認。


 あくまで全員助けるために、がんばるんだぞ。


 ミティアくんはイナちゃんと何かを話していた。たぶん、大きい戦いの前に話しておきたい兄妹きょうだいの話をしてるんだと思う。


「お兄ちゃん。気をつけて」


 うん。どんなお守りよりも、イナちゃんの「気をつけて」がきっと一番ミティアくんを守るよ。


「じゃ、イナ。またな!」


 やがて、優しいお兄ちゃんの顔から戦う騎士の顔になって、ミティアくんがこちらに歩いてくる。


 竜を待機させていたお城の屋根の上にいっしょに向かう。途中、ミティアくんは何も喋らなかった。


 徳兵衛とくべえにミティアくんといっしょに乗って、糸をオンにする。


 また、心と心が繋がってゆく。


 ミティアくんは緊張していて、でも同時に勇ましい気持ちもあって。そして、土台にはやっぱり他人への優しさが変わらずにあった。うん。がんばろうね。


 夜明けの光を、機械竜たちが飛び立つ合図として設定プログラミングしていた。機械竜たちは一度出立したら、できるだけユーステティア帝国の竜騎士ドラグナイトたちも傷つけないように戦ってくれるはずだわ。


 スラヴィオーレ城を防衛するという名目で、通常の竜と竜騎士たちの大部分にはお城に残ってもらっている。本心は、傷ついてほしくないから。戦う人間の戦力は最低限にして、できれば、わたしとミティアくんと機械竜で戦局を支配コントロールしたい。


 やがて、光が世界を照らし始めた。リュヴドレニヤにも、太陽は昇るのだから。


 夜明けの光と共に、機械竜が飛び立ってゆく。地上も、騎士たちが駆けはじめる。


 続いて、わたしとミティアくんも出陣する。一度大きく翼をはためかせてから、徳兵衛が飛び立つ。


 機械竜たちをひきいて、わたしとミティアくんが最初から最前線に向かう。


 ヴェドラナもわたしが何を考えているかを想像しているはず。必ず、ヴェドラナが得た六日間の情報をわたしに伝えるために、あちらも真っ先に前線に出てくるはずだわ。


 竜が飛ぶスピードはとても速くて、体感としては一気に国境までいける。


 平和と戦争の境目って、あっという間で。


 すぐに、戦場である国境付近まで辿り着いた。


 地上では帝国軍の進行を前に、スラヴィオーレの国境防衛部隊が迎え打つかたちで、既に戦闘が始まっていた。


 槍をもったウェアウルフと剣をもった兵士たちが、互いの命を狙い合う。


 トロールの棍棒こんぼうの一振りで、何人もの人間が吹き飛ばされる。


 かと思えば、人間たちが数人がかりでモンスターに剣を突きたてる。


 喧騒けんそう。怒り。そして、血。


 争い合っている。


 経済。宗教。他にも色々。


 歴史を勉強して、それぞれの戦争に戦う理由があったと頭では分かっている。でも、どうしても心で想ってしまう。どうして、みんなで仲良くできないの? って。


 できるだけ負傷者がでないうちに戦争を終わらせたいという想いを胸に、徳兵衛で飛び続けると、やがて前方に光を見つけた。帝国の聖女がる黄金竜だ。


 ヴェドラナ!


 いた!


 わたしは、ヴェドラナに向かって左腕を伸ばした。


 リュヴドレニヤにきて最初の戦闘以来、六日ぶりに。


 わたしとヴェドラナの糸が繋がった、その時。


 ヴェドラナが駆る黄金竜の後方から、すさまじい速さで一頭の黒竜が飛び出してきた。黒竜にはローブをまとった男が大剣を片手に乗っている。


 黒竜が迫ってくる。はやい。


 ヴェドラナから六日間の情報を受け取って分析……が、間に合わない。


 男は大剣の一振り目で、ミティアくんの聖剣の光を消して・・・


 返しの二振り目で、わたしを狙ってきた。


 あせる。


 何?


 何なの?


 糸での防御も間に合わない。


 男の動きは、強く、速く、洗練されていて美しくすらあった。


 男が大剣をわたしに向かって振り抜いた時、わたしはどこか他人事のように。



――剣で斬られると、痛いというより熱いって本当だったんだ。



 なんて考えていた。


 頭が、じーんってしてる。


 切断されたわたしの右腕が、宙に舞っている。


 目に映るソレが、わたしの腕だったなんてどこか実感が持てない。


 血が、たくさん出ている。


 わたしの、血なの?


 意識が、遠のく。


 わたしは、徳兵衛から落下した。



  /第二十五章「戦争」・完

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