第二十二章「セイレキ二〇一〇年~気仙沼その一」

 第二十二章「セイレキ二〇一〇年~気仙沼けせんぬまその一」


 わたしとヴェドラナのヒミツを少し。


 子どもの頃に、本当にあったことよ。


 気仙沼では二人で海で遊ぶことがよくあったのだけど。


 岩だらけの入り江の中に、ひときわ大きな岩があってね。


 ある日、ヴェドラナが海中から穴が岩の中まで続いているのを見つけたの。


 ヴェドラナは泳ぎが大得意。わたしもそこそこ。好奇心もあったわ。わたしとヴェドラナは潜水して海中の穴を進んでいった。


 息をとめていた時間は三十秒くらいだったかな。


 わたしとヴェドラナは、大岩の中の空間に辿り着いた。息ができたから、空気はあったんだと思う。


 暗闇の中で、竜の石像が鎮座ちんざしていたわ。


 ほこら? こんな、人の目から隠れるように?


 その時、わたしは大変なことに気がついた。


 わたしとヴェドラナはその頃二人でいると何だか気が大きくなって、油断していたんだと思う。穴を抜ける途中で岩にぶつかったのかな? ヴェドラナが左足首を切って、血を流していたの。


乃喜久のぎく。たいへんかも。動けない」


 ヴェドラナから恐怖が伝わってきたわ。もう一度潜水して、泳いで穴を抜けないと帰れないのに? わたしがヴェドラナを抱えて泳ぐ? わたしの体力と水泳の能力じゃ無理だわ。


(助けてほしい!)


 わたしが心の中でそう願った時。何が起こったのだろう。大岩全体が震えだして。そして、竜の石像がまばゆい光を放ちはじめたの。


 言葉が、わたしとヴェドラナの心の中に響いてきた。



『この地の祈りを、あなたたちに。願いを、言葉に』



 不思議な光の中で、わたしたちは……。


 「たましい」について考えてみたことはある?


 竜の光に触れた時、わたしには人間の「たましい」の一番奥深いところには、一人一人、それぞれの「最初の言葉」が眠っていることに気がついたの。


 「最初の言葉」は、その人にとって一番大切な「願い」の言葉でね。眠っているその言葉を、起こしてあげる必要があったわ。起きて!


 わたしの「最初の言葉」は、



――つながりたい。



 だった。


 ヴェドラナの「最初の言葉」は、



――いやしたい。



 だった。


 忘我ぼうがからの帰還。わたしがハッとして、再び光の中で傷ついたヴェドラナをどうしようかと考えはじめると。


「ぬらっと参上……って、どわ!? なんだ、この光は!?」


 サーフパンツにスイムキャップ、ゴーグルとフル装備の男の人が水から上がってきたわ。


言史ことふみくん!? 何しにきたの!?」

「何しにきたの!? は、ねーだろ。この状況で。助けにきたんだよ!」


 入り江でわたしたちが海に潜るところまで見ていて、戻ってくるのが遅いから来てくれたんだって。


 大岩の揺れが大きくなる中で。


 言史くんは防水のショルダーポーチをしていて、中から包帯を取り出した。


「俺は、ライフセーバーのトレーニングを積んでるんだ。正義の味方だからな!」


 不安しかなかったわ。言史くん、大きいことを言って失敗するパターンが多かったから、今回もダメかもって思っちゃって。


 言史くんはケガをしたヴェドラナの左足首に止血措置をほどこし、包帯を巻いていく。


「これで、大丈夫かな? 実際に処置するのは初めてなんだよな」


 自信なさそうなこと言わないで! ヴェドラナに。ヴェドラナに何かあったら、わたしは!


 ヴェドラナが目をつむって言史くんの処置を受けている間、わたしは言史くんの裸の上半身に、たくさんの傷があるのに気がついた。胸の傷は、ひときわ大きい。


 戦って、生きてきたから? 正義の味方を、目指してきたから?


「おし。ぬらっと、助けるぜ!」


 顛末てんまつから語れば、大岩が崩れ去る前に、言史くんはヴェドラナを抱きかかえて、海中の穴を泳ぎきった。


 わたしも、ヴェドラナも、言史くんも助かったわ。


 あの、海中の祠が何だったのかは、今でも分からない。


 でも、そのあとにヴェドラナと確認し合って理解していることがあるわ。


 わたしとヴェドラナに、不思議な力――本質能力エッセンティアが目覚めたのは、この時、祠の中で竜の光を浴びたあとからなの。


 ここからは、後から分析したわたしの仮説。


 本質能力エッセンティアがひいお祖父じいちゃんの言うように、「土地の祈りがカタチを帯びたもの」なのだとしたら、あの海中の祠はもともとは土地神様をまつっていたものなんじゃないかって。


 日本の歴史における「神社じんじゃ合祀ごうし」については知ってる?


 日本では明治期に、各地域に一つの鎮守ちんじゅの神社だけを残して他の多くの祠や森を無くしてしまうという動きがあったの。海中から続く大岩の中の祠は、本当はなくなるはずだった小さい祠の一つだったのではないかしら。


 あの竜の石像は、そんな明治の世界の流れから逃れるように、海中に隠されたものだったんじゃないかって。


 わたしとヴェドラナは、そんな世界から隠されたものに導かれて、本質能力エッセンティアを授かったのだとしたら。


 また、改めて思う。


 わたしに。


 わたしとヴェドラナに、いったい何ができるのだろう?



  /第二十二章「セイレキ二〇一〇年~気仙沼その一」・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る