第十章「セイレキ二〇一一年~仙台その一」

 第十章「セイレキ二〇一一年~仙台せんだいその一」


 セイレキ二〇一一年の春。


 大地震と津波の混乱の中で、ヴェドラナとそのご家族はスロヴェニアに帰ることになった。


 しょうがなかったわ。ヴェドラナはともかく、日本はユーレさんの治療が続けられるような状況じゃなかったから。


 お別れの日、仙台駅のペデストリアンデッキのところまで見送りに行ったの。


 わたしの本質能力エッセンティア、「真心まごころつながるワクワクのピース」の糸の有効範囲は、体調とか精神状態で少し変わったりするけれど、だいたい半径一キロくらいなの。それ以上離れてしまうと、もうお互いのことを伝え合うことはできなくなるわ。


 ヴェドラナと糸を繋いでいられる時間も、もうすぐ終わる。


 でも最後だからこそ、わたしは糸ではなくて、言葉を使ってヴェドラナと話したわ。


「何もかも失って。ヴェドラナも帰っちゃう」

さびしいって、思ってくれてる?」

「当たり前でしょう?」


 ヴェドラナはわたしの左手を手にとって、てのひらに、指で文字を書いたわ。え? 「さくら」っていう漢字? どういう意味?


乃喜久のぎくって、本当は地球全部でも上から数えた方が早いくらい頭がイイって、私ずっと思ってた」


 何か大事なものをギュッと封じ込めるように、わたしに握らせてくれる。


「ねえ。乃喜久。あなたはカンペキな防災システムを作って。


 私は世界から病気をなくす。地球を、もっと住みやすい場所にするっていうのはどう?」


 どれくらい本気だったのかは分からない。ヴェドラナはまっすぐにわたしのを見つめて、そう言ったんだ。


「糸が途切れても、決して途切れないような『約束』をしましょう。


 わたしと乃喜久は、


 この世界を――、



 全ての存在の傷がいやされて、全ての存在に居場所がある場所にする。



 私。私と乃喜久なら、できる気がしてる」


 手を振って、ヴェドラナは去っていった。


 ユーレさんの車椅子を押してるヴェドラナの背中が、わたしが現実世界で見た子どもの頃のヴェドラナの最後の姿。


 ヴェドラナがかけてくれた言葉が、今でもわたしの中で木霊こだまし続けている。


 ヴェドラナは別れ際に。


 わたしのことを、「信じてる」って言ったんだ。



  /第十章「セイレキ二〇一一年~仙台その一」・完


  /第一部「歴女と聖女」・完


  第二部へつづく

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