第八章「セイレキ二〇一一年~気仙沼その三」

 第八章「セイレキ二〇一一年~気仙沼けせんぬまその三」


 炎に焼かれた世界を見たことはある?


 比喩ひゆじゃなくて、本物の炎に。


 わたしとヴェドラナは、手を繋いで、震えながら壊れていく世界を見ていた。


 避難した公民館の三階までは、黒い塊で浸水。


 屋上で百人くらいが、こごえながら夜を過ごした。


 夜中。海水と混じっていた油に火がついて、海が燃え始めた。火は、少しずつ公民館に近づいてくる。みんな、天に向かって祈るしかなかった。


 わたしは遠くに、たくさんの船の姿を見つけたわ。


 主には漁船。壊れている船と。避難ひなんしている人が乗っているのか、まだ浮かんでいる船と。


 その時、わたしが思ったこと。



――全員分の船があればイイのに。



 子どもの頃にやっていたロール・プレイング・ゲームに出てきたみたいな、空飛ぶ船が、全員分。余裕よゆう綽々しゃくしゃくと、空から助けにきてくれればイイのに!


 結末を語れば、今もわたしはこうして生きている。


 奇跡が、起こったのよ。


 誰かが、救助を呼んでくれたらしいの。ここにはいない、遠い場所にいる誰かよ。


 公民館の屋上に避難してるからっていうSNSの呼びかけに気がついて、救助要請の情報をネットで拡散してくれたんだって。


 暁の頃、空に二重の虹がかかっていたのを覚えている。


 でも、不思議。後で色々な人に聞いたのだけど、誰もこの二重の虹のことを覚えていないの。ヴェドラナですら。


 わたしの、記憶違い? 幻覚でも見ていた?


 後で、ひいお祖父じいちゃんに聞いた話なんだけど、「二重の虹」は藤宮の一族にとっては吉兆なんだって。


 「吉」とは、良いこと。


 巡る「縁起」が、良い、ということ。


 翌朝、京都から救助のヘリコプターがやってきて、公民館の屋上に逃げ込んだ避難民たちは、炎が届く前に全員救助されたわ。もちろん、わたしもヴェドラナも、ユーレさんもよ。


 あの時の、空からヘリコプターが舞い降りてくる光景を、今でも覚えている。


 光の糸が。


 そのままでは喪われてしまう存在たちを、引き上げる、ということ。


 それが、わたしが最初の着想を得た時でもあったわ。


 一番悲しかった出来事と、夢を見つけた出来事が同じで。


 起こらなかった方が良かった出来事だけど、その後色々な人が助けてくれたこともあって、今ではちょっとだけ、前を向けているかもしれないわ。



  /第八章「セイレキ二〇一一年~気仙沼その三」・完

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