終わった世界のルークス

甘夢 鴻

現在 知らない家


「ほら結花ゆか、口開けて」

 知らない家のソファに腰掛けている少女は、応えない。代わりに、申し訳程度に口元が開いただけ。

 ぼくは空いている方の手を使って、ほんの少しそれを助ける。彼女に負荷がかからないように細心の注意を払いながら口を開かせて、ようやく人差し指が入るくらいの隙間ができる。

 そこへ小さくちぎったパンをゆっくりと入れ、緩やかに噛ませ、飲み込ませる。

 それが終わったら、もう一度。また一度。

 長い時間をかけて量が半分になったところで、今度は自分が食べる。

 パサパサに乾燥していて正直不味い。普通に暮らしていた頃は軽く湿らせてトースターで焼き、しっかりと焼き目をつけていながらもサックリしていて美味しかった。

 当たり前のように食事をしていたときは、たかだかパン一枚に対して美味しいとか美味しくないなんて感じたことはなかったのに……こうして思い返してみると、今ではあの食感がたまらなく好きだったとさえ感じる。

 もう一度、隣に座る幼馴染を見る。子供と大人の間に当たる中学生の身体は、簡単に生死を隔てるこの世界ではあまりにも弱々しく見える。その表情からは、喜怒哀楽のいずれも感じることはできない。虚ろな光の無い目で、重力のままに下げられた首から地面を見ている。果たしてその心が、本当に地面を認識しているかどうかも分からないけれど。

 数分もしないでパンを全部を食べ終え、一息つく。

 すると、途端に多大な無力感が全身に絡みついてきた。

 自分にもっと強い力があれば。しっかりと、彼女を守れるだけの力があれば。

 手の平を思わず見つめる。


『結花はミニスを持ってていいよね……』


 今よりもさらに子供だった自分の情けない声が、耳に蘇る。


『どうして?』

『ぼくなんて、なんの力もない……』

『私のだって、十分で止まる血を五分にするとか、そんな程度だもの』

『でもそれは、ちゃんと役に立つじゃないか』

『本当に些細なモノよ。ミニスなんて、どれもそんなものじゃない』

『そうだけど……』


 そう。ミニスとは、そんなものだ。血も出てないような切り傷を治すとか、一センチだけ高くジャンプできるとか、手先がほんの少し器用になるとか。

 それは、遥か昔の人類が長い研究の末に発見した、些細な力だった。

 ちゃんとした形は持たず、空気に微かな変化が生じる程度。僅かに光るとか、空気が歪むとか流れが変わるとか、微細ながらも不自然なそういったところから発見できたものらしい。

 だけど、全ての人がミニスを使えるわけではない。中には、自分のように使えない人もいる。

 でも……ミニスなんて今更か。

 こんな、――こんな崩壊した世界でミニスなんかがあっても、何の役にも立たないのだから。

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