黒霧様

男二九 利九男

第1話 衝撃



なあ・・・。最近、面白いこと知ったんだよ・・・。



この学校の裏山にさ。神社ってあるだろ?


あの神社って、よく変な噂がたつだろ?


山の近くに幽霊が出るとか、何かの呻き声が聞こえるとか・・・。


そういう話を大人達にするとさ、絶対に近づくなよっていうじゃん。


あれってさ。あの神社に何か封印されているからだと思うんだ。


何でそう思うのかって?


そりゃあ。凄く怪しいからに決まってんじゃん。


それにな。俺ってあの神社の神主の息子だろ?


でさ、俺んちに残ってる文献とか調べたわけ。


そしたら、何かを封印する方法が書いてあったんだけど。


隣のページに、変な生きものが書いてあったんだよ・・・。


面白そうだろ?


今度の日曜日に俺とお前、あと優樹も入れて調査に行こうぜ。


え?興味がない?そういうなって・・・。


絶対、楽しいって!じゃあ、また日曜日な・・・。





 俺は、今この村で噂の神社に来ていた。ちなみに今は、夏休み中だ。「アチィ・・・。」優樹は、Tシャツのえりで仰ぎながらそう言った。「はあー・・・。」俺と優樹は、親友の海斗が来るまで真夏の真っ昼間から待機している訳だが・・・。「おせえな・・・、あいつ・・・。」かれこれ、約二時間の遅刻である。俺は、ア〇エリアスを飲んだ。


 「悪いな!遅くなって、優樹、直人・・・。」噂をすれば何とやら・・・。海斗は、遅刻したとは思えないテンションで現れた。「おせえぞ!海斗。」優樹は、少し怒ってそう言った。「まあ!まあ!そう怒るなって。」海斗は、ヘラヘラしていた。俺は、ため息をついた。「・・・それじゃあ、行こうか。」二人は、「おう。」と同時に返した。





 神社に到着した。「・・・気持ちワリィ。」まず、目に入ったのは異様な数の鳥居が並んでいる階段だ。その鳥居には、一つ一つに薄くはなっていたが、お経がびっしりと書いてあった。「行くのか?」優樹が不安そうに言った瞬間、俺たちは目を合わせた。この神社に来たのは、実は初めてだ。正月は、もう一つの神社に行っていたからだ。


 「と、とりあえず、み、見るだけ見て行こうぜ?」海斗は、震えた声で言った。「そ、そうだな!は、早く、行こうぜ。」俺は、無理やり笑顔でそう言った。「お、お前ら、ビ、ビビってんのか?」優樹も同じように、そう言った。そして、俺たちは階段を登り始めた。


 「まだ・・・かよ・・・?」俺は、余りの階段の長さに息を切らした。階段は、所々ボロボロでつるこけで覆われていた。・・・俺は、ずっと目に入る鳥居に嫌気がさしていた。「やっぱり、帰ら・・・ねえ・・・か・・・?」優樹も同じように言った。「多分・・・、あと・・・半分・・・だと・・・思う・・・。」海斗は、お地蔵様を指差して言った。「マジかよ・・・。」俺は、ため息交じりに言った。





 「やっと、着い・・・。」そこには、神社とは思えない光景が広がっていた。そこに石畳や灯籠とうろう、本殿と言ったものはなく、あるのは洞窟のみであった。「何だこれ・・・?」海斗は、洞窟を見回した。「どうし・・・。」優樹は、洞窟が目に入った瞬間、固まった。


 「は!」俺は、我に返った。よく見るとその洞窟には、5本もの注連縄が巻き付けてあり、そのどれにもお札が貼ってあった。「・・・そう言えば、上げってくる途中、蝉の声聞こえたか?」海斗と俺は、耳をすませた。・・・確かに聞こえないな。聞こえない、というと語弊があるが正しく言うと聞こえている。しかし、それはこの裏山からのものではなく、他の山のものだ。


 「・・・それに、ここって500年以上誰も来てないらしいぞ。なのに・・・。」と海斗は、洞窟を指差して言った。「・・・注連網がダメになってない。」確かに言われて見ると、注連網もそうだが地面の草が生えていない。それどころか、洞窟の周りにそって草が生えてなかった。


 「・・・入るか。」今まで見た光景で肉体的にも、精神的にも疲れているが、・・・ここまで来たんだ。入るしかない。俺がそう言うと、二人は納得したように頷いた。そして、俺たちは中に入った―――。





 「うわあああ・・・。」俺は、鳥肌が立った。中に入ると、目の前には何やら厳重に封がされている箱があった。それを中心に、隙間にお経が書かれた、二重書きの円が書かれていた。内側には、五芒星が書かれ、その先端には松明が五つあった。「やっぱり、気持ちワリィ・・・。」優樹は、冷や汗をかいた。壁一面と五芒星の周りには、びっしりとお札が貼ってあった。


 「はあああ・・・。」俺は、深いため息をついた。マジかよ・・・。「調べるか・・・。」海斗は、自分を奮い立たせるように言って箱に近づいた。「・・・さっさと、調べて帰ろうぜ。」優樹は、嫌々だったが箱に近づいた。


 その箱は、地面に杭で固定され、蓋は外れないように釘で固定されていた。箱の周りには、外と同じ注連網のような縄が巻き付けられ、伸びている縄は壁に固定されていた。よく見ると、箱の表面には地面と同じ五芒星が書いてあった。・・・俺は、何故かここに来た記憶があった。


 「なあ・・・。そろそろ帰ろうぜ。」優樹は、耐えきれずにそう言った。「ちょっと待って・・・。」さらによく見ると、箱には家紋のようなものが七つ彫ってあった。その一つに、見覚えがあった。「もう何もねえだろ・・・。」言いだしっぺの海斗も、痺れを切らして言った。そう言えば、おじいちゃんが何か・・・。





 「おい!」優樹は、俺を無理やり引っ張った。「あ!」その時、五芒星が少し崩れてしまった。。すると、何か光が出てきた。そして、静かに消えた。「何だ今の・・・?」次の瞬間、人間でも、獣でもない異形のものとしか思えない声が響いた!その悲鳴とも、唸り声ともとれる雄叫びが俺たちの鼓膜を貫いた。


 「ぐお・・・!!?」俺は、耳をふさいだ。耳をふさいだまま再び箱を見ると、「な・・・!?」・・・俺は、その異常な光景に目を疑った。なんと、箱から黒い突風が吹いていた。「う・・・!」余りの腐敗臭に俺は、鼻を押さえた。段々と、風が人間のような形を帯び始めた。


 雄叫びが「アアアア・・・。」という、枯れた不気味な声に変わり始めた。「ひっ・・・!?」そして、黒い風の中から人間の何倍も大きい女の手が出てきた。突然、風が止み松明の炎が消えた。「お前ら!大丈夫か!?」突然の出来事に俺たちは、パニックに陥った。





 「うわあアアアア!!!」優樹の叫び声だった。「ひいい!!?」薄っすら見える暗闇の中、俺は信じられないものを見た。あの手の正体は、確かにだった。正し、それは五本の首に首と同じ数の頭、全長3メートルはあろう胴体からは、場所に関係なく手足がバラバラに生えていた。腹からは、一部腐っている臓物が溢れ、蛆が大量に湧いていた。腐敗臭は、そのせいだろう。


 「離せ!離せ!この化け物!」優樹は、暴れていたが化け物は動じていなかった。「あ、ああ・・・!」海斗は、腰を抜かして失禁していた。だが、俺はビビッてはいたが、何故か冷静だった。俺は、この光景を何度も見ている・・・!。


 すると、化け物の真ん中の一番大きい頭の口が耳元まで割けた。俺は、ゾッとした。「ヒヤアアアアアア!!!」化け物は、優樹を!!「はっ!」俺は、我に返った。(や、ヤバイ!次は、きっと俺たちが・・・!)俺は、海斗を連れて逃げようとした。(なっ!体が動かない・・・!?声が出ない・・・!?)俺は、金縛りにかかった。


 「痛い!痛い!やめろ!やめてくれええええ!!」優樹の断末魔が響いた。だが、化け物は当然のように動じていなかった。(やめてくれ・・・!俺があの時、止めていれば・・・!)俺は、涙をこぼした。「や・・・め・・・!」優樹は、下半身のところまで食われた。あれでは、もう助からないだろう。そして、化け物は優樹を食い終わり、俺に手を伸ばした。(誰か助けてくれ・・・!)俺の涙が落ちた―――。





 「うっ!」突然、目の前が光に包まれた。俺は、目がくらんだ。「ア、アアアア・・・!アアア・・・!」化け物は、もがき苦しみ始めた。(に・・・て・・・だ・・・さい・・・!)若い女性のような声が聞こえた。「だ、誰だ!?はっ!」金縛りが解けていた。


 「なっ!?」光が人の形を成し始めた。「速く逃げて・・・!」は、出口を指さして言った。化け物は、そのに襲い掛かった。だが、壁に杭で固定されていた縄が化け物に巻きついた。また、あの雄叫びが響いた。「行きなさい!」光がそう言った。


 混乱してはいたが、今にも外れそうな縄を見て俺は海斗を連れて逃げることにした。「逃げるぞ!海斗!」俺は、海斗を背負った。「でも・・・、優樹が・・・!」海斗は、まだ現実を受け止め切れていないようだった。「・・・いいから行くぞ!」俺は、出口へ急いで向かった。


 「何だあれ・・・!?」俺は、海斗を担いで全速力で山を下りた。そして、振り返るとのある頂上から黒い霧が出ていた。それは、山全体を覆い始めた。「・・・海斗、大丈夫か?」俺は、海斗を降ろした。「ああ・・・。」海斗は、元気のない声で言った。俺は、何も言えなかった。・・・とりあえず、村のみんなに伝えることにした。





 「なんじゃと!?この大馬鹿共!」俺と海斗は、じいちゃんに怒られ、拳骨をくらった。「ごめんなさい・・・。」・・・優樹が死んでいるので当然だ。「まったく・・・。」じいちゃんは、頭を抱えた。俺たちは、何も言えなくなった。


 「・・・で?お前たちは何を見た?」じいちゃんは、真剣な表情で言った。「え?えーっと・・・、なんかデッカイ女の化け物だった。」恐怖のあまり、ほとんど覚えていないのでそうとしか言えない。「・・・全身を見たのか?」俺は、頷いた。


 「・・・あの化け物は何?」俺は、息をのんだ。「名は、黒霧様という。」「あ!」海斗は、知っていたようだ。「海斗の一族は、黒霧様を封印したようだからのう。知っていて当然じゃ。・・・まあ、そこまでは知らされていないようじゃが。」海斗は、悔しそうに唇を噛み締めた。





 「名前は分かったけど結局、何なの?」俺は、質問を続けた。「・・・あれは、悪霊じゃよ。」・・・普段ならツッコミを入れるところだが、あれを見れば納得がいく。「悪霊?心霊写真とかに写る?」にしても想像しているものと全く違うが・・・。「違う。もっと、危険なものじゃ。」じいちゃんによると、悪霊はまれに融合することがあるらしい。


 「・・・退治できるのか?」俺は、そう聞いた。「一体だけなら簡単だがのう・・・。融合するとそうもいかん。」なるほど、倒せないこともないのか。「じゃあ、何であの化け物は倒してないんだ?」そこが疑問だな。「・・・倒せないんじゃよ。」じいちゃんは、困ったように言った。「ありゃあ、神の領域だ。」じいちゃんは、続ける。


 霊には、人間に直接危害を加えない正霊せいりょうと悪霊の二つが存在するらしい。そのどちらも、融合と離別、憑依、漂流を繰り返す。だが、それらは信仰されることがある。つまり、霊は“神”へと昇華する。神となった霊は、通常の除霊では倒せず、倒す方法も残されていないことが多い。ゆえに、封印されていたらしい。


 「金縛りにかかったはずじゃが?どうやって生き延びた?」じいちゃんは、なにか知っているようだった。「若い女性の声が聞こえて・・・そしたら、目の前に光が・・・。」すると、「目の前に光!?」じいちゃんは、身を乗り出して聞いてきた。(ち、近い・・・!)俺は、少し汗が出てきた。「う、うん。そ、それで、化け物が苦しみ始めて・・・。」じいちゃんは、考え込んだ。





 「こりゃワシ1人じゃ、どうしようもできないのう・・・。」じいちゃんは、ため息交じりに立ち上がった。すると、黒電話をいじり始めた。「・・・村長さんに?」俺は、そう聞いた。「いや、もっと頼りがいのある人じゃよ。」・・・もっと頼りがいのある人?「もしもし・・・。」じいちゃんは、電話に出た。


 数分後・・・。「よし!お前たち、身支度をしろ!」じいちゃんは、黒電話を置いた。「え!?どこ行くんですか?」海斗は、驚いた表情で言った。「京都じゃよ。」じいちゃんは、それを聞いて唖然あぜんとしている、俺たちをよそに身支度を始めた。


 「じ、じいちゃん!?人が死んでんだぞ!?ふざけてんのか!?」俺は、じいちゃんのあまりの態度に声を荒げた。「・・・あの化け物を放っておけば、もっと死者が出るが?」おおよそ、祖父が孫に向けない冷たく、殺意に近い鋭い視線をこちらに向けた。「わ、分かったよ・・・。な?海斗?」「そ、そうだね。じゅ、準備をしよう・・・。」俺たちは、振るえる声で言った。





 準備を済ませて、じいちゃんの家を出た。「ああ・・・、五郎さん・・・。」外で村長さんや優樹の両親、村のみんなが集まっていた。「・・・黒霧様の封印が解けた。」じいちゃんがそう言うと、村のみんなはざわついた。「五郎さん、優樹は?いるんでしょ?」優樹のお母さんは、じいちゃんを問いただすように言った。


 「・・・。」じいちゃんは、無言になった。「五郎さん!答えてください!ねえ!」優樹のお母さんは、じいちゃんを揺さぶった。「・・・黒霧様に食われたそうだ。」俺は、じいちゃんの後ろで強く握りしめた。「え?嘘でしょ?ねえ!ねえ!」優樹のお父さんは、優樹のお母さんを止めに入った。「・・・すまん。」じいちゃんがそう言うと、優樹のお母さんはへたり込んで静かに泣いた。





 「・・・黒霧様が復活した以上、対処せねばならん。なので、ワシはこいつらを京都に連れて行く。」また、みんながざわついた。「あの方々に会いに行くんですか?」村長がそう聞いてきた。・・・あの方々?「そうです。」じいちゃんは、何か知っているようだ。


 「・・・理恵さん。」じいちゃんは、優樹のお母さんに声を掛けた。優樹のお母さんは、顔を上げた。「優樹くんのかたきは必ずとる。だから、待っててくれんか?」じいちゃんは、笑顔でそう言った。「ありがとう・・・!ありがとうございます・・・!」優樹のお母さんは、涙を流して喜んでいた。


 「でも、二人だけでも無事でよかった。」みんなもそう思ってくれているようだ。「・・・はい。」・・・あれは、運が良かったとしか言えない。「それじゃあ・・・、行ってきます。」じいちゃんは、そう言った。こうして、俺たちは京都へ向かった。





 翌日・・・。「ふああ・・・。」俺は、京都のとある旅館にいる。「おはよう。」海斗が起きてきた。じいちゃんは、電話をしていた。「はい。それじゃあ、また後で・・・。はい、はい。失礼しまーす。」じいちゃんは、電話を切った。「・・・誰からの電話?」・・・大体、予想がつくが。


 「霊癒会れいゆかいの人からじゃよ。」・・・れいゆかい?「じいちゃんが言ってたがいる?」俺は、そう聞いた。「そうだ。」じいちゃんは、どうやら霊媒師らしい。じいちゃんのような霊媒師は、霊癒会と言った会に参加するらしい。ちなみにじいちゃんは、滅霊協会めつりょうきょうかいという霊癒会よりも遥かに大きいところにいたらしい。


 「ふーん・・・。何時ごろに行くの?」俺は、そう言った。「14時じゃよ。」6時間後か。・・・まだまだだな。「ふーん・・・。分かった。」俺は、朝食を済ませゆっくりしたのち、旅館の周りを散策することにした。「気を付けていけよ。」海斗は、そう言った。





 「おお・・・。」京都の街並みは、多くの人がテレビで見たであろう光景が広がっていた。石畳に木造の建物、時代劇で見たような光景で時間が止まっているように感じた。が、現代の格好をした若いカップルが目の前を通り過ぎた。・・・そうでもないな。


 「こんにちは。」2人の舞妓が笑顔で声を掛けてきた。「こんにちは・・・。」俺は、舞妓に見とれてしまった。「うふふ・・・。かいらしいわあ。」そう聞こえると俺は、顔の温度が上がったような気がした。そのまま散策を続けた。


 すると、「うわ・・・。」明らかに空き家のボロボロの建物が目に入った。・・・黒霧様の件もあるので、俺は早々にその場を去ることにした。「え?」突然、空き家の玄関が開いた。「・・・マジかよ。」俺は、全力で逃げる準備をした。





 玄関の奥から、よろめきながら出てくる白装束しろしょうぞくの女が現れた。その女はやせ細り、肌は異常に白く、舞妓のおしろいよりも遥かに白かった。うつろな目で空を見上げていた。その目は焦点があっていなかった。


 俺は、ゆっくりと後退りをしていた。(今のうちに・・・!)だが、女は目線をこちらに向けた。「え?」次の瞬間、女は四つ這いになり、目から血の涙を流し、その態勢で走り始めた。「何だよそれ!?」そう言って、俺は全力で走り出した。


 「お巡りさん!助けてください!」俺は、パトロール中の警察官に声を掛けた。「どないしたんや!?」「あいつどうにかして下さい!」四つ這い女を指さした。「あいつって、どなたはんどすか?」警察官は、キョトンとしていた。「クソッ!!そうだった!」俺は、また全力で走った。「クソって・・・。」警察官は、傷ついたように言った。





 「はあ・・・!はあ・・・!」俺は、息を切らしながら走っていると・・・。「うお!?」人にぶつかった。「すいませ・・・え?」そこには、着物姿の絶世の美女がいたのだが・・・。「あんた、どもない?」美女は、本格的な京都弁で言った。「え?あ、はい。」俺は、唖然あぜんとした。何故なら、全力で逃げていた四つ這い女が普通の女性に片手で、しかも触れただけで押さえつけられているのだから。


 よく見ると、美女は四つ這い女の顔にお札を押し当てていた。「それは!?」お札に家紋のようなものが書いてあったのだが、それが黒霧様の封印されていた箱のものと同じだった。「陰陽道、見たことあるようね。ちょい待ってね・・・。」美女は、念仏を唱え始めた。


 念仏を唱え始めたのと同時に、四つ這い女は苦しみながら消えて言った。「あんた、巫女はんが憑いとるんね。もしかして、五郎はんのお孫はん?」美女は、優しい声でそう聞いてきた。お札は、ひらひらと落ちた。「え?ああ・・・、はい。どうして俺の名前を?」俺は、唖然としてそう言った。「立ち話もなんやから、茶菓子屋によろうか。」といって、俺と美女は近くの茶菓子屋によった。





 美女の話によると、この人の名前は神崎かんざきさんというらしい。おじいちゃんとは、滅霊協会からの仲らしい。「へえー・・・。そうだったんだ。」俺は、納得するように言った。「そうそう。若い頃は、あの人とよおデートしたわ。」神崎さんは、懐かしそうに言った。


 「え!?マジか・・・。」俺は、少しうらやましいと思った。「何や、悔しそやね?そないにおじいちゃんが羨ましかった?」神崎さんは、笑顔でそう言った。「えーっと・・・。」俺は、耳が熱くなった。「あら、顔が赤くならはったね。」俺は、さらに熱くなった。


 「そう言えば、協会にいた頃のおじいちゃんはどんな人でした?」俺は、そう聞いた。「うーん・・・。真面目で優しくて、かっこよかったわ~♪」神崎さんは、うっとりしてそう言った。(本当に付き合ってたんだな・・・。)俺は、納得した。


 「失礼ですけど、神崎さんは結婚されているんですか?」俺は、そう聞いた。「本当に礼儀正しいわね。あの人ん若い頃にそっくりやわ♪」神崎さんは、嬉しそうに言った。(デレデレだな・・・。)「それが、まだなんよ・・・。」神崎さんは、ため息交じりにそう言った。「・・・どうして、別れちゃったんですか?」俺は、続けて質問した。「分かれへんかって言いやどしたんは、あの人なんよ。」神崎さんは、悲しそうな表情で言った。


 「また、どうして?」俺は、そう聞いた。「・・・近藤はんが黒霧さんになってからかしらね。」・・・俺は、何も言えなくなった。「う・・・!」俺は、吐き気をもよおした。「・・・お連れんこと思い出どした?かんにんどっせ・・・。」神崎さんは、申し訳なさそうに言った。「いえ・・・。」俺は、そう言った。もう13時半になっていたので、神崎さんにお礼を言ってその場を後にした。「五郎はんによろしくね。」神崎さんは、笑顔でそうに言った。





 数十分後・・・。「あ、直人。おかえり、遅かったな。何か面白いことでもあったか?」海斗は、いつものように陽気に言った。「ただいま。大変だったよ・・・。幽霊に襲われるしさ・・・。」俺は、ため息交じりに言った。じいちゃんは、霊癒会に行く準備を黙々としていた。珍しく、スーツを着ていた。


 「マジで!?よく無事だったな・・・。」海斗は、驚いたような感心しているような表情で言った。「うん。神崎さんっていうおばさんのおかげでな。」俺は、そう言った。「・・・美人だったろ?」おじいちゃんは、手を止めてこっちを向いた。


 「うん。少しだけ、じいちゃんに嫉妬しっとしたよ。」俺は、少し微笑んでそう言った。「そうか。悔しそうだな。」じいちゃんは、珍しく笑顔で言った。再び身支度を始めた。「なあ・・・、お前のじいさんってあんなにノリよかったか?」海斗は、囁いてそう言った。


 「え?家に居る時は、いつもこんな感じだぞ。」俺は、すました顔で言った。「そうなのか・・・。知らなかった・・・。」海斗は、衝撃を受けたように言った。「そう言えば、“じいちゃんに嫉妬した”ってどういう意味だ?」・・・今日は、やけに質問されるな。


 「・・・じいちゃんと神崎さんは、若い頃付き合ってたんだよ。」俺は、真顔で言った。「マジで?ってことは・・・。」海斗は、何かを察したように言った。「ああ・・・。しかも、神崎さんは独身らしいぞ。」「ってことは、やっぱり・・・。」なるほど・・・といった、雰囲気で俺たちは頷いた。「おっほん!下らない話は、そこまでにしてさっさと行くぞ。」じいちゃんは、誤魔化すようにそう言った。「はーい。」俺たちは、ニヤついてそう言った。こうして、霊癒会の緊急会合に向かった。





 数分後・・・。旅館を出て、とある神社についた。「ようこそ、いらっしゃいました。神谷様でございますね?どうぞこちらへ、皆さんお待ちかねです。」と巫女のお姉さんがお辞儀をして出迎えてくれた。「おお!加奈ちゃん久しぶりだね。いつもご苦労様。それじゃ・・・。」じいちゃんは、笑顔でそう言って神社の隣にある屋敷に向かった。


 おじいちゃんは、屋敷の玄関でガラス戸をノックした。「・・・いないのかな?」俺は、そうつぶいた。数分待ったが、誰も来る気配がなかった。じいちゃんは、戸を開けた。「すみません!神谷ですが?」じいちゃんは、大きな声でそう言った。


 さらに数分待って、じいちゃんぐらいの年齢と思われる中年の女性が現れた。「あら。神谷はん、着ていらどしたん?すんまへんどしたナー。いっこも気づかいなくて・・・。」とおしとやかにそう言った。「ああ、神村かみむらさん。」じいちゃんは、そう言った。神村さんは、どうぞと言って中に通してくれた。





 神村さんに案内され、とある部屋の前に着いた。「失礼します。」俺たちは、そう言ってふすまを開いた。。「皆さん、お久しぶりです。」じいちゃんは、深々とお辞儀をした。「おお!小僧まためんどいを起こしたでうやな?まるっきし、その孫はワレの若い頃にそっくりやな。」じいちゃんが頭を上げたのと同時に、80代ぐらいのサングラスを掛けた。老人は本格的な大阪弁でそう言った。


 「いやああ・・・。面目ないです・・・。神武しんぶさん。」じいちゃんは、冷や汗をかいて頭をさすった。(じいちゃんが子ども扱いかよ・・・。)俺は、唖然あぜんとしていた。神崎さんは、楽しそうにクスクスと笑っていた。・・・何この雰囲気。そう思いながらも俺たちは、用意されていた座布団に座った。


 「失礼ですが、その子たちが例の・・・?」向かいに座っていた30代ぐらいの男性はじいちゃんにそう聞いた。「優一君も久しぶりだね。・・・ああ。そうだ。」じいちゃんは、重い口調でそう言った。海斗は、うつむいていた。「誰じゃったかのう?」その隣にいる90歳くらいの老婆は、全く覚えていない様子で言った。(大丈夫かな?このおばあちゃん・・・。)俺は、少し不安になった。





 「ユリ子さん。あの巫女様が憑いているって言った五郎さんのお孫さんですよ。」優一さんといった、男性は優しくそう言った。「・・・ああ。本当じゃ。そうか。おぬしが・・・。」ユリ子さんは、俺を見た瞬間納得したように言った。「・・・やっぱり、その・・・っていうのがが見えるんですか?」俺は、その場にいた陰陽師と思われる人たちに質問した。


 「・・・そういうことになる。」奥に座っていた神武さんと同じ歳と思われる老人は、初めて口を開いてそう言った。霊癒会一同は、頷いた。「あの・・・おじいさんが会長ですか?」俺は、そう質問した。「ああ・・・、そうだ。名は神波良達夫かみはらたつおという。」神波良さんは、静かにそう言った。


 「神波良さん。巫女様って何ですか?」俺は、そう聞いた。和室は、異様なほど静まり返った。「・・・誰にも言わないと約束できるか?」神波良さんは、俺の目を睨み付けるようにそう言った。そう言った瞬間、室内の空気が重くなった。「何故ですか?」俺は、固唾かたずを飲んだ。


 「50年前にワレらねんうに、遊び半分でぇ黒霧様の祠に近づおった馬鹿がおってな。その日から、黒霧様の話をしてええんはちょっと祠のやる村におる二十歳を過ぎた者って、陰陽師だけぇって決められとる。安全のためにな。」神武さんは、そう説明した。・・・何も返す言葉がなかった。「なるほど・・・。分かりました。お願いします。」海斗を見つめてそう言った。海斗は、納得したように頷いた。





 「・・・巫女様というのは、今から500年前にお前たちの村にいた一人の少女のことだ。」神波良さんは、そう説明し始めた。「少女?」俺は、首を傾げた。「とても、美しい少女だったらしい。不思議な力を持っていたそうだ。」「不思議な力?」俺は、そう聞いた。「未来予知だったか・・・そんな力を使えたようだ。」神波良さんは、続けた。


 「その人が黒霧様になったんですか?」・・・少しだけわかってきた。「いや、そういう訳ではない。」神波良さんは、否定した。「え?それじゃ・・・。」俺は、また分からなくなった。「確かに巫女様が恨みを持って当然、と言っていいほど村人に残虐に殺されている。だが、恨みを持っている霊がお前たちを助けるのか?」・・・確かに言われて見ればそりゃそうだ。


 「え?じゃあ、黒霧様の正体って何ですか?」俺は、何か嫌な予感がした。「・・・巫女様の殺された理由だが、お前たちの村は干ばつが激しかったらしい。」・・・やっぱり、そういうことか。「・・・生贄にされたんですね。」「そういうことだ。」俺は、ため息をついた。海斗は、自分の軽い行動を悔いているのだろう、強く唇を噛み締めていた。





 「巫女様が生贄にされる随分前から、雨乞いの儀式は続いていたそうだ。」神波良さんは、そう言った。「・・・どうして巫女様も巻き込まれたんですか?」俺は、さらに質問した。「・・・自ら望んだそうだ。これで最後にして欲しいと・・・。」俺は、申し訳ない気持ちになった。


 「君は、霊導海斗君と言ったかね?」神波良さんは、海斗に話しかけた。「え?はい。そうですけど・・・。」海斗は、話しかけられるとは思っていなかったように驚いた。「君にこそ、この話を聞いて欲しい。」と真剣な表情で言った。


 「巫女様が殺される原因は、ある男にある。」神波良さんは、意味深なことを言った。「はあ・・・?」海斗は、そう言った。「雨乞いの儀式を始めたのは・・・。」神波良さんは、一瞬だけ戸惑って続けた。「。」俺と海斗は、しばらく呆然ぼうぜんとしていた―――。

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黒霧様 男二九 利九男 @onikurikuo

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