ヤクザ、説明する


「ヤーさん……」


「ヤーさんじゃない、矢沢だ。君は相変わらず人の名前をまともに呼ばないな」


「誉めないでくれよ。照れるじゃねえか」


「安心しろ、誉めてない。……そんなことより、君たちは何をしてるんだ?」


 ヤーさんが香坂さん、華恋、バカ、俺を順番に見た後、訊ねてくる。


「バカがこの船で異世界に行くとか妄言をほざき出したから、現実を教えてただけだ」


「異世界? ……ああ、あれのことか」


 俺の説明で納得した様子のヤーさん。どうやら、ヤーさんもバカを騙すのに一枚噛んでいたようだ。


「バル……何とか君」


「おお、編集長! 丁度良かった! このロリコンが我が騙されてるなどと戯言を抜かすのだ! この船が異世界に行くことを証明してくれ!」


 バカがヤーさんに助けを求める。対してヤーさんは、


「バル何とか君、悪いが異世界に行くというのは君をここに来させるための嘘だ」


「何……だと」


 バカが信じられないといった表情で香坂さんの方に振り向く。


「ええと……ごめんね?」


 そんなバカに両手を合わせて苦笑しながら謝罪する香坂さん。


「クソがああああああああ!」


「マ、マー君!」


 バカが吠えながらその場に崩れ落ちる。しばらくは再起不能だろう。静かになったので良しとしよう。


 これでこの場でまともなのは俺、華恋、ヤーさんの三人になる。ヤーさんに色々と訊きたいことがある俺としてはありがたい。


「なあヤーさん、この旅行に関して色々と訊きたいことがあるんだが、今いいよな?」


「ああ構わない。元々ここに来たのは、君にこの旅行について説明するためだからね」


「それは良かった。……ならまず最初の質問だ。ヤーさん、この旅行の目的は何だ? 慰安旅行じゃないことはもう分かってる。どうせJSもいないんだろ?」


「そうだな。この旅行は慰安目的でも、ましてや君の欲望を満たすためのものでもない。この旅行の目的は、締め切り間近の作家に原稿をあげさせることだ」


 ヤーさんは淡々と続ける。


「我々編集者は常々、締め切りを守らない作家――つまりはクズ共に頭を悩ませていた」


「おい」


 今一編集者としてとんでもないことを口走ったぞ、この腐れヤクザ。


「君たち作家が当たり前のような顔で締め切りを破る陰で、どれだけの編集者が頭を丸めてるか知っているか? 我々が関係各所の方々に見限られないために、日夜土下座の練習に励んでることを知っているか?」


「あのさ、真面目に話してるとこ悪いんだけど、卑屈すぎて泣けてくるからこの話やめねえか?」


 もう俺の涙腺は限界が近い。隣で聞いてる華恋に至っては、顔が涙でグシャグシャだ。


 しかしそんな俺の懇願は相手にされず、ヤーさんは無慈悲に口を開く。


「だが我々にも限界は訪れた。丸刈り要員も底を尽き、関係各所の方々ももう普通の土下座では許してくれない。だから我々は考えた。どうすれば作家に締め切りを守らせることができるかと」


 どうしよう……罪悪感で胸が引き裂かれそうだ。


「そして我々は考えた末、『締め切りを守らないのなら、締め切りを守らざるを得ない環境に放り込めばいいじゃないか』という結論に辿り着いた」


「ちょっと待て。どうしてそうなる」


 ヤーさんたちをここまで追い込んだ俺たち作家に責任があるのだろうが、それにしたって結論がぶっ飛びすぎではないだろうか?


 しかしヤーさんは俺の懸念など露知らず、話を進める。


「そして今回、我々は君たちクズを集めてこの旅行を計画したわけだ。一番の問題だったのは、クズ共がこの話にまともに応じるかどうかだったが、適当なエサで釣ることでこうして全員揃った」


 言いながら、ヤーさんは甲板を見回してしたり顔になる。


「あんたらには、大切な作家を騙したことに対する罪悪感はないのか?」


「正直、上手く騙せて良かったと思ってる」


「最悪だな!」


 最早ウチの編集者には良心というものがないようだ。


「ちなみに君の幼馴染は、君のお目付け役として呼ばせてもらった。君は目を離すと何をしでかすか分からないからね」


 こちらのことを見透かされてるみたいで腹が立つが、自分でも妥当な人選だとは思う。


「なら華恋はどうして呼んだ? あいつは場合によっては俺以上に問題を起こすぞ」


「師匠!?」


 華恋が悲鳴じみた声を出してるが無視する。


「それは承知している。だが彼女は今後、我がレーベルの売れっ子作家になる可能性を秘めている。なので今回はクズ共を通じて、作家がどういったものかを学んでもらうためにここに呼んだ」


 これまた妥当な判断だ。華恋は将来、十中八九大物作家になるだろう。今のうちから作家がどういったとのか、知っておいて損はないはずだ。


「締め切りを守らないクズ共を反面教師として、彼女には締め切りを遵守する健全な作家になってほしい」


「え、学ぶってそういうこと?」


 俺の予想の斜め上を行く理由だった。


 まあこれで大体の事情は分かった。あと訊くべきことは、


「それで、結局この船はどこに行くんだ?」


 目的地くらいだろう。


『締め切りを守らざるを得ない環境』なんてものが本当にあるのか、怪しいしな。


 だがヤーさんの口から出た言葉は、俺の想像の遥か上を行くものだった。


「我々のレーベルが少ない資金を注ぎ込んで買った島。通称、監獄島だ」


「何だ、その不安しか感じられない物騒な名前の島は」


 というか、なぜレーベルが島などを買ってるんだ? 他にもっとするべきことがあるだろうに。


「周囲を海で囲まれた孤島。ここなら逃げ出したくても逃げ出せないだろう。出るための方法はただ一つ、原稿をあげることだけだ」


 何かサバイバルゲームの謳い文句みたいなことを言い出すヤーさん。


 ……ん? ちょっと待てよ……。


「なあヤーさん、まさかとは思うけど……原稿あげるまで帰れないなんてことはないよな?」


「…………」


「おいこっち見ろ、ヤーさん」


 明後日の方向を見て決して目を合わせようとしないヤーさん。怪しさ百パーセントだ。


「私はまだまだ色々とやらなければならないことがあるので、これで失礼する」


「あッ! 逃げんなこら!」


 俺は怒声を飛ばしてヤーさんを止めようとしたが、ヤーさんは相手をすることなくその場を去るのだった。




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