都市巡りのキュウビ

ガイシユウ

絶対市場都市アゴラ

神の眼に慈悲は無い

「神の眼さまッ! 神の眼さまッ!」


 一組の夫婦がそう叫んだ。彼女たちの前にあるのは、巨大なレンズのような球体。ぎょろぎょろと蠢いて、中に取り付けられたセンサーが動いている。


「果たしていか程でしょうか。わが子は、いか程でしょうか」


 大きな機械の眼の視線は、夫婦の間に立つ、少年へと向けられた。レンズの中のカメラは縮小と拡大を繰り返し、角度を変え、水晶体も、光彩も幾重にも取り替えて、その少年を見定めていく。


「ソノ少年ノ価値ハ、『十三万五七八九ウェート』デアル」


 神の眼と呼ばれた機械が、プラスチックのような声で告げる。夫婦はその答えに安心したように、息を吐いた。


 審査官の『ミドルマン』は、見慣れた光景を、今日も背後から見ていた。此処は、市場都市『アゴラ』の中心に聳え立つ『テスト四六の塔』の最上階だ。

 荘厳なる雰囲気を醸し出す、最終品質管理室であるこの部屋は、どこか宗教めいた、教会のような空間でもある。広々とした空間と、贅沢の限りを尽くした内装もさることながら、やはりこの部屋の『眼玉』は、この巨大な『神の眼』と呼ばれる装置だ。大人の倍以上の大きさの機械の眼球。それが神の眼。全ての物を正しく分析し、解析し、価値を見定める『最終品質検査長官』。

 

 アゴラがここまで、発展したのも、全てこの機械が発掘されたお陰だろう。神の眼が起動してからというもの、この都市の利益は高まるだけだった。物の価値が完璧に分かるというのは、その品物が売れるかどうかが分かることでもある。しかし、それ以上にこの眼が、高い価値を下したものを、人々はろくに自分で考えずに、買うのだ。何故なら、物の価値を正しく判断できる『神の眼』が言ったからだ。そして、この都市は発展続けてきた。


「これにて、貴方様方のお子様の検査は終了いたしました」

 

 安堵の息を漏らしていた夫婦に、後ろからミドルマンは声をかけた。ミドルマンの背後からは、二人の部下が現れた。


「それでは、外までお送りいたしますので」

 と、部下たちが夫婦を連れていく。夫婦の表情は、どちらも安堵と安心と満足で満たされていた。『たった』十三万五七八九ウェートの子供を連れて、夫婦は退室して行った。


「ミドルマン検査長官!」

 退室した夫婦と入れ替わるように、血相を変えた一人の部下が洋書を抱えて、入室してきた。

「どうした」

「いえ、それが、こちらを!」

 部下が洋書を差し出す。ミドルマンはそれを面倒そうに受け取り、内容を確認する。


『注意サレタシ! 注意サレタシ! 中央国家ヨリ、アゴラヘ警告! 第一級犯罪者、『qb』ガソチラノ国境ヲ目指シテイルトノ、情報ヲ入手!』


 内容を把握した瞬間、頭を殴られたような衝撃を受けた。あのqbがこの都市に侵入しただと。あの第一級犯罪人が!


「直ちに捜査網を張れ。場合によっては『億万(ミリオン)超者(ダラー)』にも協力を願う。連絡を入れておけ」

「ハッ!」

 敬礼をして、部下は部屋から走って出ていく。シミのような黒い不安は、脳内をなめる様に広がっていった。


◆◆◆


『ロゼ』は、薄暗いトンネルの中を早く列車が抜けることを願いながら、窓から顔を出して、乗車していた。

 とりわけ、今回のような大都市への旅行ともなれば、心も躍る。市場都市アゴラは、老舗の旅行雑誌でも、粗末な学生の雑誌でも、『行ってみたい観光地ランキング』には絶対に三位以内には絶対に入っているほど、有名なのだ。


 神の眼と呼ばれる『アーティファクト』を掘り当てたことから、この都市は栄えたという。神の眼の持つ、絶対の品質検査により、この都市は年々利潤を生み出し続けている。

 しかし、その裕福さゆえに、この都市に悪事を働こうとする輩は後を絶たない。泥棒や、国家規模のテロ、神の眼を求めての闘争。諸外国からすれば、金を生み出すに等しい行為をする神の眼は、喉から手が出るほど欲しいことだろう。

 

 だが、今のところ、アゴラは平和である。戦場にも成らず、泥棒も入ったこともない。何故なら、この街には完全な警備網が敷かれているからだ。と、窓の向こうの景色が黒一色から、青空と木々の緑と、小金色の街並みへと移り変わる。黄色を基調とした街が、窓の向こうに広がっている。


「………すごい」ロゼは思わず感嘆の息と共に、そう呟いてしまった。


「君も初めてなのかい? この街に来るのは」

 と、相席相手に声をかけられて、ロゼは気恥ずかしくなってしまう。


「は、はい」


 気後れするような返事を、ロゼはした。何故なら、向かいに座っているのは、それが一種の芸術品ではないかと思うほどの、少年だったからだ。


 金色の髪は長く伸ばされて、しなやかで、艶やか。顔立ちは、ともすれば少女と見間違うほど、中性的。服装はどこか遠い国の服のような、大きめの白い羽織りを上に着て、その下に黒いシャツと、黒のズボン。


 目を引く格好であるのは間違いないのだが。それ以上にロゼの目を引いたのは、膝かけ代わりに彼の膝の上に敷かれた、金色の尾だった。


 ふさふさとした稲のような色をしたそれは、間違いなく彼の尾だった。それと同じように彼の耳は側頭部ではなく、上のほうについていた。全体像は毛が金色だということもあって、狐のように感じられる。

 

 どうやら彼は半獣人らしい。自分の近くには居ないから、見たことがないが、人間と獣人の間で、生まれるのだという。実際は獣人になるか、人間になるかのどちらかだが、ごく稀にどちらの遺伝子も引き継いで生まれてくるのだ。


「何?」


じぃっと彼を見つめていたのだろう。相席の少年は、小さく笑ってロゼに問うた。


「い、いえ、その」

「オレもこの都市に来るのは初めてなんだ。生きてる間に一度は、行ってみたいとは思ってたんだよね、ここ。君も、ここに観光に?」

「いえ、取材です。この街にある神の眼っていう、『アーティファクト』の取材」

「あぁ、なるほど。そういえば、この都市では金を払えば『究極検査』ってのをしてくれるみたいだね」

「究極検査?」

「―――知らないの?」


「えぇ、まぁ。まだ新米なので」と、ロゼは否定しながら、頭の中の情報を漁っていた。昨晩は取材後に巡るレストランを決めていたせいで、神の眼のことは、中央の塔にある、程度しか知らないのだ。


「アゴラの住人が受けるチェックと同じものを受けられるんだ」

「それが究極検査なんですか」

「そう。噛み砕いて言えば、その人の『価値』を神の眼に見てもらうのさ」


 こうしてね、と片手で『b』を作って少年は言う。

「神の眼はあらゆる存在の価値を正しく見定めることが出来る『アーティファクト』だ。その対象が物から者に変わったのが『究極検査』。命の値段を知ることが出来るってわけ」

「―――何だか、嫌な話ですね、それ。命の価値は無限大なのに」

「あの都市は一つのでかい『市場(マーケット)』なのさ。そこにある全ての物に、値札が付けられた、商品ってわけさ」

 

 塔のてっぺんには、大きな旗が立てられている。数字が書かれている。いや、ただの数字ではない、とロゼは目を凝らしてよく見た。


「うそ、あれって………」

 

 我が目を疑い、ロゼはそう漏らすしかなかった。なぜなら、そこに書かれていたのは、『アゴラの値段』だったのだから。

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