第13話
「この度は突然の訪問、すまない」
そう言って頭を下げる銀色の髪に紫水晶をはめ込んだような美しい瞳を持った、美しい青年。
「私はエストレア王国王太子、カーティス・クロード」
そう言ってカーティスは銀時計を見せた。そこには双頭の龍が彫られていた。間違いない。これはエストレア王国の国章であり、王族だけが持つことを許されているものだ。
「後ろに控えているのは私の専属騎士、ガルーシア・ジョン・アルバーノ」
黒色の髪と瞳を持つ青年は軽く頭を下げて、ソファーに座るマウロ、驚きに目を見開くアンドレア、頬を紅色に染めるベティに冷たい視線を向けた。
「よ、ようこそ。カーティス殿下」
顔を引き攣りながらもマウロは何とか声を発することができた。
「私はスチュワート公爵家当主、マウロ。妻のアンドレアと娘のベティです」
「もう一人、あなたには娘がいましたね」
紹介された面々に一度は目を向けたカーティスが口元に笑みを浮かべながら言った。
「ダリアですね。あの子は昨日から体調を崩しておりまして」
「そうですか。では、見舞いに行っても?」
「ご遠慮願いませんか。カーティス殿下」
アンドレは妖艶な笑みを浮かべて言った。カーティスはアンドレアに視線を向ける。後ろに控えているガルーシアが眉間に皴を寄せているこちに気づきもせず、彼女は続けた。
「あの子は、王族の方たちの前に出せるような子ではないのです」
「・・・・公爵家の人間なのにですか?」
カーティスは変わらず、口元に笑みを浮かべてはいるがその目は笑ってはいない。
「作法がなっていないのです」
「それはつまり、あなた方は公爵家の人間である彼女に相応しい教育を受けさせてはいないということですか?」
まるでネグレクトを疑うようなカーティスの発言にアンドレアは一瞬、目くじらを立てたが直ぐに妖艶な女の仮面を被った。もちろん、そんな仮面に騙されるような男ではないのでカーティスの心はより一層冷えていっただけだったが。
「失礼な物言いはよしてくださいませ。私たちは、彼女に適切な教育を受けさせていますわ」
「ならば、先ほどの『作法がなっていない』という言葉と矛盾するな。つまり、君たちは王族である私に嘘をついたということかな」
「違いますわ、カーティス様」
アンドレアの代わりに口を開いたのはベティだった。母親に続き、またもや王族の許可もなく口を開き、あまつさえ馴れ馴れしくも彼の名前を呼んだのだ。
カーティスはちらりと気づかれないようにマウロを見た。あまりの不作法にマウロは開いた口が塞がらないまま固まっていた。
「お姉さまは、馬鹿なの。それにね、とても我儘で傲慢で、意地悪なのよ。私もよく虐められるの」
「どんなふうに?」
「怪我をさせられたり、お茶会でわざと転ばせて恥をかかせたりしたの。酷いお姉さまでしょう」
「そうだね。確かに酷い」
目を潤ませていたベティがカーティスの賛同を得られたことに満面の笑みを浮かべる。
「いくら高名な教師をつけようとも、その家族に常識がなければ、つくものもつかない」
きっぱりと冷たく言い切ったカーティスにアンドレアとベティは固まる。
「王族の許可もなく薄汚い口を吐き、さらに王族であるダリアを貶めるなど」
「な、何を言っているんですか、カーティス様。お姉さまが王族何て」
「冗談でしょ」とから笑いをするベティにカーティスの眉間のしわが濃くなる。
「気安く名前を呼ばないでくれるかな。知らないのなら教えてあげるから、その軽い頭によく叩き込んでおけ。ダリアの祖父母は元はウッドミル王国の王妃と王。現王は彼女にとって従叔父に当たる。さらに、彼女の母親であるフローレンスはエストレアの第一王女。現王は叔父にあたる。つまり、私の従兄妹だ。分かるか、愚か者ども。彼女はウッドミルで第4位、エストレアでは第2位の王位継承権の持ち主だ」
ベティはよほど信じられなかったのか「嘘よ、嘘よ、嘘よ」と繰り返している。アンドレアに関しては二人の不作法に驚いていたマウロのように空いた口が塞がらない状態だ。因みに当のマウロは既に思考を放棄している。
「理解できたところで、これ以上は口を開かない方がいい。お前たちが口を開くごとに罪状が増えていく。話は以上だ。私は自分の従兄妹殿に会わせてもらうよ」
そう言って立ち上がったカーティスは家人の許可もなくずかずかと邸の奥へ入っていく。使用人たちはどうしていいか分からず右往左往している。カーティスはそれらを無視して、事前に調べさせていた邸の見取り図とダリアの部屋の位置を頭に浮かべて邸の中に進んだ。
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