(9)
かれんは再び、マリンピア日本海のチケットの半券をマジマジと見つめた。
どうして、このマリンピア日本海のチケットが発行されたのは「一週間前」なのだろうか。
希恵が「手塚さんが『ちょうど職場でマリンピアの券を4枚もらったから、希恵ちゃんの友達と一緒に行かないかって連絡がきた』」とかれんに連絡してきたのは、マリンピア日本海に行く十日以上前だ。
十日以上前に「職場でマリンピアの券を4枚もらった」というのであれば、チケットの発行日も十日以上前のはずだ。
なのに、なぜ、チケットが発行されたのは「一週間前」なのだろう……。
(――もしかして、手塚さん、職場でもらったって言うのはウソだったの?)
まさか、見た目に
第一、そんなこと思ったら希恵に悪いし……、とかれんは首を横に振ったが、かれんの頭の中に昴の声が聞こえて来た。
「自分と同じような立場の人を悪いって思うのは確かにイヤな感じもするけど、そういう先入観とか価値観に捕らわれ過ぎると、物事の大切な部分が見えてこないよって、いつも言ってるじゃない。僕、かれんちゃんのそういうところ、いつも心配なんだ」
昴がいつも言っているセリフ。
つまりは今の自分のような状態のことを言っているのだろうか、とかれんは思った。
(――じゃあ、手塚さんが「職場でマリンピアの券を4枚もらった」って言うのは、本当にウソだと言うの?)
でも、手塚はどうしてそんなウソをついたと言うのだろうか……。
その日の夜、昴が店主をしている「マーズレコード」を訪れたかれんは、「手塚がマリンピア日本海のチケットの入手方法についてウソを言っているのではないか」と昴に話した。
「――さすが、かれんちゃんだね」
かれんの話を聞いた昴は、笑みを浮かべると紅茶を一口飲んだ。
この昴の反応、どうも自分の考えは正しかったらしい。
でも……とかれんは思った。
普段の昴なら、「かれんちゃん、さすがだね! かれんちゃんはすごいよ!」と大げさに褒め称えて拍手くらいするはずなのに、何というか、今の昴は普段より大人しい。
「だから、私にチケットの半券を手渡したの? そんなに遠回しなことしないで、『手塚さんが職場の人からチケットをもらったのはウソだ』って言えばいいじゃない」
かれんは少々むくれながら、自分も昴が入れてくれた紅茶を一口飲んだ。
「だって、チケットのことがわかったってことは次のこともわかるかもってことだからね。僕の考えは間違っていないとは思うけど、間違っていても間違っていなくても大ごとだし、僕の口からは言えないよ」
「えっ? 大ごと?」
昴はそんな重大なことに気付いているということなのだろうか、とかれんは驚いた。
「でも、希恵ちゃん、今度手塚さんと二人っきりで会うんだよね? で、『観察』もしてみるって言ってるんだよね? 多分、そこで気づくかもしれないし、決着がつくかもしれない。
そうしたら、今のかれんちゃんみたいにどうして手塚さんがチケットのことでウソを言ったかもわかるよ。
この謎は僕がどうこうするよりも希恵ちゃんが解き明かした方が良いと思うし、そうするべきだと思う」
「――ねえ」
かれんはいつになく真剣な表情で昴の方を見た。
「何? かれんちゃん?」
「昴が何を隠してるか訊くのはもう諦めたけど、これだけは訊いても良い? 希恵はその謎を解き明かしたら幸せになれるの?」
昴の話だけ聞くと、大ごととか決着とか言葉があまり穏やかではない。
かれんは「希恵が悲しい想いをしないか、今後幸せになれるのか」、そこが心配だった。
「幸せか……」
昴は呟くように言うと、一旦口を閉じてまた話し始めた。「それも占い師さんの言葉通りだと思うよ。謎が解けるのは『未来が上手く行くようになる方法』ではある。でも、謎が解けて希恵ちゃんが幸せだと思うか思わないかは、希恵ちゃん自身が決めることだと思う。他人の思っている幸せが希恵ちゃんの幸せとは限らないからね」
「ちょっと、言っている意味がわからないんだけど……」
かれんが呆れたような表情をしたが、昴はただ笑みを返した。
(――何か、今の昴、ヘンだな)
かれんは昴がいつもと比べて「どこかがヘン」なような気がした。
さっきも「今の昴は普段よりも大人しい」と思ったが、何というか、いつもよりも表情が「ニコニコ」とした感じではない。
静かに笑みを浮かべる……。
そんな言葉が似合うような表情をしている。
いつも子供っぽい昴が、いきなり自分よりも五歳も十歳も大人になったような感じだ。
(――昴、一体、何を考えてるんだろう?)
「でも、かれんちゃん、『手塚さんがウソをついている』ってところまで良く持って行ったよね。いつものかれんちゃんなら『大切な友達の好きな人が、そんな意味のわからないようなウソをつくわけがない』って思いそうだけど」
「それは……」
それは、昴がいつも「先入観とか価値観に捕らわれ過ぎると、物事の大切な部分が見えてこないよ」と言っているから。
かれんは言おうとも思ったが、口を閉じてしまった。
マリンピア日本海の日付の矛盾を見つけた時、自分は一瞬、騙されそうになった。
騙されそうになったとは言っても、手塚に騙されそうになったのではない。
自分に騙されそうになったのだ。
自分の思い込みで自分を騙して、「まさか、手塚がそんなウソをつくわけがない」とそこにある真実を見過ごそうとしていた。
そんな自分を、昴のあの言葉が引き留めてくれたのだ。
「そういう先入観とか価値観に捕らわれ過ぎると、物事の大切な部分が見えてこないよって、いつも言ってるじゃない。僕、かれんちゃんのそういうところ、いつも心配なんだ」
かれんは昴のこの言葉を聞くたびに「そんなに自分は先入観とか価値観にとらわれ過ぎているのだろうか」と首を傾げていた。
でも、今ならわかる。
確かに自分は先入観や価値観にとらわれ過ぎている人間だ。
昴は何かあるたびに、ずっと自分にそのことを忠告してくれていたのに、今頃気づくなんて……。
昴の言う通り、先入観や価値観を排除したら、真実がちゃんと見えたではないか。
かれんは昴に「昴の忠告で……」と正直に言おうとも思ったが、閉じてしまった自分の口はなかなか開こうとしなかった。
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