(10)
翌週。
かれんは仕事をしながら、家に帰って母親や莉子と話をしながら、昴が言っていた「いろいろと考えている」という言葉をふとした拍子に思い出していた。
(――昴、一体何を考えているんだろう?)
昴は「莉子ちゃんと妙子おばさんのケンカの件は、案外すぐにアッサリ解決するかもしれない」と言っていたが、それは本当なのだろうか。
(――それに昴、僕なりに考えて調べてみるよ、とも言ってたし)
昴が「考える」だけならまだしも、「調べてみる」とはどういうことをするというのだろうか。
まさか、昴が妙子おばさんや莉子ちゃんを「張り込み」とかして調べるとか……。
いや、そんなことはない、とかれんは首をブンブンと横に振った。
あの昴が刑事や探偵のように「張り込み」なんて、そんなことは絶対にしないだろう。
昴は恐ろしくフットワークの遅い男なのだ。
いつでもどこでもマイペースだし、慌てたり焦っている姿なんてほぼ見たことがない。
まあ、昴は「何でも出来る人間」だから、どんな時も慌てず焦らず過ごすことが出来ただけなのかもしれないが……。
それこそ昴が「頑張る」とか焦り気味な言葉を吐いたことなんて、現在店主をやっている「マーズレコード」を立ち上げた時くらいだった。
あのレコード屋を立ち上げる前、昴はかれんに、
「かれんちゃん、僕、頑張るね」
と言ったのだ。
かれんは本当にビックリした。
かれんと昴の両親がこぞって昴の絵に描いたようなニート振りにしびれを切らしてガミガミと言ったのが原因でもあるが、それでもあの昴が「頑張る」と言ったのには本当にビックリした。
(――まあ、今となっては懐かしい話だけど)
かれんはその時のことを思い出して、何となく笑いたいような気持ちになった。
* * *
かれんは週の半ばの仕事帰り、莉子の着替えなどを取りに木村家を訪れた。
かれんの実家にいる莉子は、相変わらず良い
別にかれんの母親も莉子がかれんの実家にずっといたって良いくらいだが、さすがにずっといるのはマズいだろう、とは言っている。
「私は莉子ちゃんがここにずっといたって構わないとは思ってるよ。莉子ちゃん、良い
母親の明奈はそう言ってため息を吐いたが、かれんも同じ気持ちだった。
「――妙子おばさん、こんばんは」
木村家に着いたかれんがインターフォンを押して言うと、妙子が暗い表情をしながら玄関先に出て来た。
「ああ、かれんちゃん、いらっしゃい」
(――あれっ? もしかして、妙子おばさん泣いてた?)
妙子の目元が潤んで、涙で光っているようにも見える。
まるで、今妙子が付けている透からのプレゼントのダイヤモンドのネックレスのように、目元が光っている。
かれんは妙子に「今、泣いていたのか」ということを訊こうかと迷ったが、やっぱり訊けないと思った。
「遅くにすみません。莉子ちゃんの着替えとか取りに来ました」
「かれんちゃん、本当にありがとうね。どうぞ、上がって。莉子、どんな感じかしら?」
泣いているように見えた妙子はそれでもかれんに笑顔を見せると、かれんを家に上がらせた。
「莉子ちゃん、相変わらず元気ですよ。お母さんのお手伝いもしてくれて助かってます」
「そう、よかった」
かれんはリビングに入ると、リビングには誰もいなかった。
「透おじさんは?」
「ちょっと、仕事が遅くなっているみたいで……。かれんちゃん、どうぞ座って。今、お茶入れるわね。後、これ、莉子の荷物」
「はい」
かれんは答えながら、透おじさんはいつからこんなに仕事が遅くなったのだろうかと首をひねっていた。
木村家とかれんが通っていた大学が近いということもあり、大学時代のかれんは頻繁に木村家に通っていた。
その頃、透はこんなに遅くまで帰って来ないような感じではなかったと思ったが……。
「どうぞ、かれんちゃん」
「ありがとうございます」
かれんは妙子が持ってきたお茶を一口飲んだ。
何だか、「マーズレコード」で昴がいつも入れてくれるお茶とは違うな、とかれんは思った。
昴の入れたお茶が妙子の入れたお茶よりも美味しいとかそういうことではない。
妙子の入れたお茶には、何か「重さ」とか「暗さ」みたいなものが混じっているような気がした。
妙子おばさん、相当悩んでいるのかな、とかれんはお茶を飲みながら感じたのだ。
「本当に莉子がお世話になっちゃって、ありがとうね。今度、明奈ちゃんにもお礼を言わないと」
妙子に話しかけられて、かれんはお茶に向けていた視線を妙子の方に向けた。
妙子の顔は莉子に似て、優しく女性らしい。
こんな
「――あの、妙子おばさん」
「何?」
「あの……。何か悩みごととかあったら、その、莉子ちゃんのことでも莉子ちゃんのこと以外でも何でも聞くので、私で良ければ何でも言ってください」
かれんは言いながら、一体自分は何を言っているのだろうかと思っていた。
妙子のあの暗い表情を見ていたら、何とも居たたまれない気持ちになったのだ。
(――でも、どうしてだろう?)
もし、透の言うことが本当だったら、妙子は浮気をしているのだ。
夫の透や娘の莉子のことを裏切って、他の男と密会していることになる。
しかも、浮気がバレて娘の莉子が口もきかなくなってしまっているのだ。
でも、かれんは妙子を責めるような気持ちを感じることが出来ず、むしろ同情とかそういう居たたまれない気持ちを感じてしまったのだ。
妙子はかれんが真剣に言うのを聞きながら、かれんの顔をマジマジと見つめていた。
そして、ふと顔を
「ありがとう、かれんちゃん。でも、ごめんね。莉子とのケンカのことは、今はちょっと話せないの。もう少し心の整理がついたら……」
「あっ、すみません。莉子ちゃんのこと話してほしいとかそういう意味ではなくて、何か私に出来ることがあれば何でもって思って……」
「本当にありがとうね、かれんちゃん。本当に、私、自分が情けなくて……。明奈ちゃんとかれんちゃんが莉子の面倒を見てくれるだけで、十分過ぎるくらい」
妙子は目頭を手元で抑えると、顔を隠すように慌ててキッチンの方へと行ってしまった。
かれんは誰もいなくなった広いリビングで手持ち無沙汰になってしまい、気を紛らわすようにお茶の入ったカップを手に取った。
(――「もう少し心の整理がついたら」って、どういう意味なの?)
かれんは妙子が声を詰まらせながら言った言葉が気になった。
莉子がかれんの実家に身を寄せている間に、妙子は心の何を「整理」しているのだろうか。
(――まさか、莉子ちゃんと透おじさんと別れて、浮気相手と一緒になるための心の整理とか?!)
本当に妙子が浮気していると言うことであれば、莉子がいない間に透と離婚するかどうか考えているのかもしれない。
透も仕事が遅いようだし、莉子も家にいないとすれば、専業主婦である妙子は日中かなり手が空くはずだ。
そうなると、今後をどうするか考える時間は十分取れる。
(――そんな)
かれんは思わず手に持っていたお茶の入ったカップを落としそうになってしまった。
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