(11)
かれんが木村家に莉子の荷物を取りに行った次の日。
かれんは仕事帰りに久しぶりに昴が店主を務める「マーズレコード」を訪れた。
昴は「取りあえず、僕なりに考えて調べてみるよ」とは言っていたが、その後、特に調べてみた結果の連絡などは、かれんの元に来ていなかった。
さて、あの謎解きの好きな昴は、今どこまで「莉子と妙子のケンカの原因」の謎を解いているというのだろうか。
かれんが「マーズレコード」のガラスの引き戸を覗き込むと、店の中でレコードを棚にしまっていた昴が顔を上げた。
昴はガラス越しにかれんと目が合うと、持っていたレコードを慌てて棚に入れ、嬉しそうにガラスの引き戸に駆け寄って来た。
「かれんちゃん、いらっしゃい! 久し振りだね」
引き戸を「ガラッ」と開けながら笑顔で言って来た昴を見て、かれんはまた軽く引いてしまった。
まったく、この男、どうして自分がやってくるとこんなに嬉しそうな表情をするのだろうか……。
別に半年とか一年会わなかったというわけじゃないのに。
「久し振りって言ったって、この間、莉子ちゃんの家に一緒に行った時振りじゃない。久し振りってほどでも……」
かれんがクールに言い放つと、昴はブンブンと首を横に振った。
「ううん、それって、すごく久し振りだよ。――とにかく入って。今、お茶入れるから」
かれんが店に入ってテーブルセットのイスに座ると、昴は店の奥にお茶を取りに行った。
店内には相変わらず誰もいない。
ただ、この間も流れていたボブ・ディランの「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」が、蓄音機のスピーカーから聴こえてくるだけだった。
テーブルの上には「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」のレコードジャケットが置いている。
かれんはジャケット写真のボブ・ディランと当時ディランのガールフレンドだったスーズ・ロトロが仲良く腕を組みながら歩いている様を見ながら、昴がお茶を持ってくるのを待った。
「かれんちゃん、お待たせ」
お茶を持って戻って来た昴は、ボブ・ディランのレコードジャケットを見ているかれんに気付いてニッコリと笑みを浮かべた。「そのディランのレコジャケ、すごくステキだよね」
「あっ、うん。まあ、そうだね」
かれんが慌ててレコードをテーブルの上に置く様子を、昴はニコニコしながら見ていた。
「で、かれんちゃん、今日はどうしたの? 何か用事? それとも用事がなくても僕に会いに来てくれたの?」
「用事って言うか……。その後、莉子ちゃんの件、どうなったのかと思って」
「ああ、あれね。今日、返事が来るかもだから」
「えっ? 返事? 一体、何の返事が来るっていうの?」
かれんが意味がわからず訊き返すと、昴はまたニッコリと笑顔を見せた。
「うん、返事。この間は違ったみたいだけど、今日はそうかもしれないから、もうちょっと待ってね。――そうそう! かれんちゃん、この間、妙子おばさんの家を『それこそ絵に描いたような幸せな家庭なの』って言ってたけど、あれは本当?」
「えっ? 何それ?」
突然の昴の質問に、かれんは口元まで持ってきていたマグカップの手を思わず止めた。
「うん、何か木村家で問題とかないのかなって思って。例えば、透おじさんとか妙子おばさんのお互いの両親の遺産相続の問題とか、ご近所さんとの仲とか、透おじさんが働いている会社で何かないとか」
「何でそんなこと訊いてくるの? 特に問題なんてないみたいだけど。透おじさんと妙子おばさんの両親はどっちも元気だし、親戚が亡くなって遺産のゴタゴタがあるとかって聞いたことないし。ご近所さんとも別に問題なさそうだし、透おじさんの仕事も順調みたいだし……」
「莉子ちゃんも学校は楽しく行ってるんだよね?」
「えっ? もちろん行ってるけど。莉子ちゃんはいつも通り。でも、相変わらずケンカの理由は話してくれないけど……」
かれんは木村家のことを話しながら、この間、妙子と会った時のことを思い出して、思わず言葉を詰まらせた。
「どうしたの? かれんちゃん。何かあったの?」
昴がかれんの顔を覗き込んだ。
「何かあったって言うか……。ねえ、昴。妙子おばさんって、やっぱり浮気してるのかな?」
「どうして?」
「だって、この間、莉子ちゃんの荷物を取りに妙子おばさんのところへ行ったの。仕事帰りに行ったから結構遅かったんだけど、透おじさん、まだ帰って来てなくて」
「うん」
「妙子おばさん、すごく暗い顔してて……。私、心配になって『何か悩みごととかあったら、何でも言ってください』って言ったんだ。そしたら、妙子おばさん、涙ぐんじゃって。急に『ごめんね。莉子とのケンカのことは、今はちょっと話せないの。もう少し心の整理がついたら』って言い始めて……」
「もう少し心の整理がついたら?」
「うん、この心の整理って何だと思う? やっぱり、妙子おばさん、浮気してるのかな? だって、昴、さっき『何か木村家で問題とかない?』って訊いてきたけど、本当に何も問題がないんだもん。莉子ちゃんと妙子おばさんがケンカしたくらいしか……。
妙子おばさん、やっぱり浮気していて、透おじさんと莉子ちゃんがいない間に、他の男の人のところへ行こうかどうか迷ってるのかな? 私には到底そうとは思えないけど、他に何か問題とかなさそうだし、今までの話とか合わせてみると……」
「かれんちゃん、ちょっと待って」
昴が急にテーブルの上に出ていたかれんの手首を掴んだ。
かれんは突然昴に手首を掴まれビックリして、思わず胸をドキッとさせた。
「えっ? 何?」
「かれんちゃん、落ち着いて。ほら、僕、よく言ってるじゃない。先入観とか価値観に捕らわれ過ぎると、物事の大切な部分が見えてこないよって。かれんちゃんは妙子おばさんが浮気するなんて信じられないって思ってるんだよね?」
「もっ、もちろんそうだけど。でも、妙子おばさんを目撃したって近所の人が……」
「でも、その近所の人が妙子おばさんと男の人が二人きりで会ってるところを見たってわけじゃないんだよね? もちろん、近所の人から話を聞いたって透おじさんも見てない。だとすると、真実はかれんちゃんが考えていることとは違うかもしれないよ」
「でも……」
かれんが言いかけた時、テーブルの上に置いてある昴のスマホの着信音が鳴った。
「あっ、来た! かれんちゃん、ちょっとごめんね」
昴はかれんの手首から手を離すと、スマホの画面を見始めた。
誰かからラインかメールでも来たのだろうか。昴はスマホの画面を見ると、大きく頷いた。
「昴、どうしたの?」
「うん、かれんちゃん、
「えっ? 莉子ちゃんに?」
「そう、ちょっと確かめたいことがあって」
「確かめたいことって何?」
「うん、妙子おばさんのことだよ。莉子ちゃんに確かめて、僕の考えが正しかったら詳しく教えるね」
昴はそう言うと、かれんに向かってニッコリと笑みを浮かべた。
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