(2)


 かれんが実家に帰ってから、2・3日経った。

 その日、かれんは仕事が早く終わったので、真っすぐに実家には戻らずに、昴が店主をしている「マーズレコード」へと立ち寄った。

 理由はもちろん「莉子と妙子のこと」だった。


 かれんが「マーズレコード」のガラスの引き戸を覗き込むと、店の中でレコードのジャケット写真を眺めていた昴が顔を上げた。

 昴はガラス越しにかれんと目が合うと、慌てて持っていたレコードをテーブルの上に置いた。

 そして、嬉しそうにガラスの引き戸にかけ寄ると、「ガラッ」と引き戸を開けた。

「かれんちゃん、いらっしゃい! 今日はどうしたの? 僕に会いに来たの?」

 自分を見つけた時の昴の表情があまりにも嬉しそうだったので、かれんは軽く引いてしまった。

「まあ、会いに来たと言えば会いに来たんだけど……。ちょっと、話があって」

「話って何? とにかく入って。――かれんちゃん、実家に帰ってから店に寄らなくなっちゃったから、淋しかったんだ」

 寄らなくなったって、そんなのここ2・3日のちょっとの間の話ではないか、とかれんは少し呆れた。

 確かに実家に帰るのに時間がかかるので、ここ2・3日は昴の店だけでなく、どこにも寄らずに真っすぐ実家に帰っているが……。


 かれんが店に入ってテーブルセットのイスに座ると、昴がニコニコしながら紅茶を持ってきた。

 店内には相変わらず誰もいない。

 ただ、紅茶の香りと、蓄音機から静かに流れて来るボブ・ディランのオリジナルアルバム「フリーホイーリン・ボブ・ディラン(The Freewheelin' Bob Dylan)」が聴こえてくるだけだった。

「ああ、ありがと」

 かれんは礼を言って紅茶を一口飲み、やっぱり昴が入れる紅茶は美味しいなと思った。

 ただ、心の中では「美味しい」と思ったが、もちろん口に出して昴には言わなかった。

「かれんちゃん、それで、話って何?」

 かれんの向かいのイスに座った昴が、ニコニコしながら言った。

「そうそう。例の莉子ちゃんのことなんだけど……」

「ああ、明奈あきなおばさんのいとこの子どもだったよね。それで、どうなったの?」

 昴が瞳をキラキラさせながら、身を乗り出してきた。


 かれんは昴に莉子と妙子のケンカのことを話したのだが、昴はすぐに黒い瞳をキラリと光らせて、

「ねえ、かれんちゃん、その話、僕にもっと良く聞かせてよ」

 と、お決まりのセリフを言い始めたのだ。

 どうも、莉子と妙子の話は昴のお気に召したらしい。

 まったく、木村家が大変だというのに、瞳をキラリと光らせるとは不謹慎な……とかれんは呆れたが、昴はいつでもどこでもマイペースなのだから、仕方ない。

 

 ただ、昴に「その話、僕にもっと良く聞かせてよ」と言われても、その時点でかれんもあまり詳しいことはわからなかった。

 とりあえず自分が実家に帰って詳しいことがわかったらまた話すと、昴に返事をしておいた。

 そして、今日、昴にその「詳しいこと」を話しに来たのだが、莉子は相変わらず母親と口をきかない原因を何も言わないのだった。

 まあ、だからこそ昴に話を聞いてもらって、莉子が母親と口をきかない原因を解明してもらいたいという気持ちもある。

 かれんにとって、昴が莉子の話に興味を持ってくれたのはありがたかった。

 やはり、自分から昴に「莉子がどうして母親と口をきかなくなったのか解明してほしい」とは頼みにくいのだ……。


「どうもこうも……。莉子ちゃん、相変わらず妙子おばさんと口をきかない理由を一切話そうとしないの。元々そんなに元気ハツラツとした子どもでもなかったんだけど、何か時々思い詰めたような表情かおしてる時もあるし。本当、莉子ちゃんと妙子おばさんの間に何があったんだろう?」

「莉子ちゃんって、僕はほとんど会ったことないけど、かれんちゃんが妹みたいにかわいがっているなんだよね? それは心配だよね。

 ――大丈夫! 安心して、かれんちゃん。僕が絶対に莉子ちゃんが口をきかなくなった理由を突き止めてみせるからね」

 昴がニコニコしながら断言すると、かれんは「ああ、ありがとう」とお礼を言いつつ、(何でこんなに張り切るんだろう……)少し引きつった表情になってしまった。


「まあ、でも、莉子ちゃんのお父さんの透おじさんにちょっと会ったから、莉子ちゃんが口をきかなくなった前後の様子とかは詳しく聞くことはできたけど」

「そうなんだ。じゃあ、取りあえず、その透おじさんの話、聞かせてよ」

「うん、わかった」

 かれんは昴に莉子が母親の妙子と口をきかなくなった前後の様子を、詳しく話して聞かせた。

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