(12)

「――何なんですか?! あなたは!」

 中田が突然大きな声を出した。「だから、何だって言うんですか? 私だってあの時はそう言うしかなかったんだ。私だって、あの猫をひきたくてひいたわけじゃなかったんだ!」

 中田は言い終わると、ハッとした表情をした。


「やっぱり、あなただったんですね、野良猫をひいたの」

「――」

 中田はバツが悪そうに昴から視線を逸らすと、ポツリポツリと真相を話し始めた……。




-----------


 中田が「あっ!」と思った時には、もう遅かった。

 中田は慌てて車を停めると、車から降りてアスファルトの上に倒れた猫の元に駆け寄った。


 猫は倒れたまま、ビクリとも動かない。

 思ったよりも血は出ていなかったが、あのぐったりとした表情には、もはや「生きている」という印象はかけらも感じられなかった。


 ――この猫、自分が車でひいて殺してしまったんだ。


 中田は猫を動物病院かどこかへ連れて行こうとも思ったが、どんなに早く連れて行っても手遅れであることは明らかだった。


 ――どうしよう。

 

 中田が猫を前にオロオロしていると、後ろから「きゃあ」と言う声が聞こえてきた。

 中田が声の聞こえた方を振り返ると、B高校の制服を着た小柄な女の子が、自分の方を見ている。

 女の子は今にも泣きそうな表情をしながら、ビクリとも動かない猫のところへかけ寄った。

(――もしかして、このに見られたか?)

 自分が猫をひいたところを女の子に見られたかと中田が身構えたが、女の子は猫に悲しそうな視線を向けるだけで中田の方には批判がましい目は向けて来ない。


「この野良猫、かわいがっていたのに……」

 女の子は猫を抱き上げると、中田の方を見た。「車にひかれてしまったんですか? もしかして……」

 そう言って黙った女の子の視線が、さっき中田が恐れていた批判がましいものに変わろうとしたのを中田は見逃さなかった。

「わっ、私じゃないんです」

 中田は慌てて首を振った。

 最近、会社が好調で、自分へマスコミの取材が頻繁に来るようになっている。

 この間は全国放送のテレビ番組にも出演した。

 そんな自分が猫を車でひいて死なせてしまったということが知れ渡ったら、例え動物の話とは言え、自分へバッシングが来るかもしれない。


 ――どうすれば。


 中田はふと、自分の視線の先にある駐車場に車を停めようとした男が目に入った。

(――あの男)

 この間、部下と一緒に営業に来た、求人広告会社の部長だ。

 確か、「株式会社スカイ」の野辺とか言っていた。


「じゃあ、誰が……」

 女の子が猫を抱きかかえたまま自分の方に近付いて来たので、中田は慌てて野辺の方を指さした。

「私じゃないんです、あの、あの男が……」


「あの人、私の学校の近所に住んでいる人だ」

 女の子の批判がましい視線が、野辺に向けられた……。


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「――ふーん、それでとっさにたまたま通りかかった野辺さんが猫をひいたと女の子に言ってしまったということですか?」

「そういうことだ」

 中田は昴から視線を背けたまま言った。「多分、あの男なら、女の子も信じるだろうと思ったし……」

 かれんは中田にムッとした気持ちになった。

「まあ、確かに野辺さん、見た目は怖いですしね」

 昴がニコニコしながら言うと、かれんは昴に対してもムッとした気持ちになった。

「でも、あの女の子、あなたの言葉を真に受けて、野辺さんに仕返ししたんですよ。野辺さんの家の壁にペンキを塗っちゃったんですよ。どうしましょうか?」

「わかった。ちゃんとあの二人に事情を説明して、野辺さんの壁の塗装代は私が……」

「いや、それだとまずいんだな」

 昴はチラリとかれんが隠れている木の方に視線を向けた。


 かれんは慌てて木の影に隠れた。

 昴は自分がここにいると気付いていないだろうと思っていたが、まさか気付かれていたとは……。


「まずい?」

「それだと、野辺さんにあなたが罪をなすりつけたということがバレてしまうでしょ? それだとまずいな。あなたと野辺さん、それに『株式会社スカイ』との関係が悪くなるようなことはしたくないな、と思って」

「何で、あなたは野辺さんのこと……? しかも、何で『株式会社スカイ』のことまで知っているんだ? 第一、あなたは一体何者だって言うんですか?」

 中田が不思議そうに訊くと、昴はニコニコした表情を中田に向けた。

「僕ですか? 僕は古町にある『マーズレコード』って言うレコード屋の店主ですよ。ただのね」

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