(13)

「――じゃあ、あんたが俺の家の壁にペンキを塗ったってことなのか?」

 目の前に突然連れて来られた女の子の告白に、野辺は目を白黒させながら言った。

 横で野辺が大きな声を出すのを見ながら、かれんは思わず「やっぱり、迫力があるな……」と思ってしまった。


 野辺のことを良く知るかれんが「迫力ある」と思わず感じてしまうくらいだから、それこそ女の子は顔色を青くして縮こまってしまった。

 かれんは女の子をフォローしようとしたが、かれんよりも先に昴が「まあまあ」と野辺と女の子の間に入って来た。

「野辺さん、気持ちはわかりますけど、女の子が怖がってますよ」

 昴がニコニコしながら言うと、野辺は慌てて女の子から視線を逸らした。


 女の子は野辺の迫力で言葉を失ったみたいだったが、昴が「ほら、さっき、ちゃんと謝るって決めたじゃない」と小声で言うと、意を決したような表情になり、野辺に頭を下げた。

「すっ、すみませんでした! あの、私が可愛がっていた野良猫が車にひかれてしまって……。近くにいた人に『あの人がひいた』って言われて信じてしまったんです。その人も勘違いしていたみたいで……」

「当たり前だよ、俺、今までの人生で車で何かひいたことなんて一度もないよ」

「本当にすみませんでした! あの、壁の塗装代は出しますので……」

「そっちも当たり前だよ! いくら高校生とは言え、その辺はしっかり出してもらわないと……。でも、お金そんなにあるのか?」


 野辺が「お金そんなにあるのか?」と心配そうに言うと、女の子が下げていた頭をゆっくりと上げた。

 野辺の口調には「高校生の女の子にそんなお金が出せるのか」という心配よりも、「高校生の女の子がそんなにお金を出しても大丈夫なのか」という気持ちが込められているように聞こえた。


「あっ、小さい頃からお年玉貯めていたがあるので、そこから出せます、大丈夫です」

「そうか、まあ、でも、かわいがってた猫が車にひかれて死んでしまったのは、かわいそうだったな。あんまり、気を落とすなよ。――で、もう二度とこんなことするんじゃないぞ!」

 野辺が最後に念を押すように言うと、女の子は再び深々と頭を下げた。

「あっ、はい、本当にすみませんでした!」

「じゃあ、俺、次のアポがあるから行くわ。じゃあ、この話はまた後日詳しくな」

 野辺は昴とかれんに「ありがとうな」と礼を言うと、近くに停めていた車に乗って行ってしまった。


「――ほら、言った通りでしょ?」

 昴はニコニコしながら、女の子に話しかけた。「あの人、顔は怖いけど、根は本当は良い人なんだよ。事情を説明して謝ったら、ちゃんとわかってくれたでしょ?」

「私、もっと怒られるかと思ってました」

 女の子が昴を見上げながら言った。

「いや、そりゃあ、野辺さんだって、心の中ではもっと怒ってると思うよ。勘違いだったけど、いくら可愛がっていた猫を殺されたからって、犯人の家の壁にペンキを塗るのは絶対に良くないことだからね。

 まあ、あの人はああやって寛大になれる人で良かったかもしれないけど、でも、もう二度とあんなことしちゃいけないよ、絶対に」

「はい、わかりました」

「後、これからは人のことを外見や肩書だけで判断しないようにした方がいいと思うな。君、あのおじさんが怖い顔で、『猫をひいた』と言った人が有名な社長だからって、社長の話を信じちゃったでしょう? でも、社長の方が勘違いしてたじゃない。人の外見は確かに大切だけど、外見だけで人を判断するのは良くないからね」

 昴は女の子に向かって言うと、次にかれんの方を見て、意味ありげにニコニコとした表情をした。


 ――まったく昴は、とかれんは思った。


 人のことを外見や肩書で判断しないようにって言っているが、昴だって小さい頃から「かれんちゃんはかわいいね」とか、散々言ってたではないか。


 まあ、昴は確かに自分のことを、「外見だけ」では判断はしなかったけど……。

 昴が自分のことを外見だけで判断していたら、かれんだって昴と幼馴染とは言え、こんなに長く付き合ってはいなかっただろう。




「――ありがとうね」

 野辺に続いて女の子もその場を後にすると、かれんが小声で昴に言った。

「えっ? 何、なに?」

 昴はまるでかれんの言葉が聞こえなかったかのように訊き返してきたが、あの大きい切れ長の瞳が、嬉しそうにキラキラと輝いている。

「だから! ありがとうって言ってるの」

 かれんがさっきよりも大きな声で言うと、昴は満足そうにニコニコとした。

「かれんちゃんが僕に頼って来るなんて滅多にないことだし、解決して当然だよ。かれんちゃんに感謝されるなんて、嬉しいな」

 昴がニコニコしながら言うのを聞きながら、かれんはあのモヤモヤとした気持ちが込み上げてくるのを感じた。

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