舞花亭part2
「ナイト? キッコに何か用事があるのかい?」
どうやらナイトの名前、あるいはニックネームは『キッコ』というらしい。
「はい、まあ……ちょっと」
「なら、私が伝言を作ってあげる。そのコーデを着てみなさい。でも、アレをやって見せておくれよ。できるんだろう? 神人様にしかできない、あの着方が」
「は、はい、やってみます」
「ちょっと待ってください」
と、クルミが口を開く。
「アキラはいま疲れています。女子力を使うのは控えたほうがよいのでは?」
「これはそんなに強力な女子力を必要とするコーデじゃない、大丈夫さ」
そうナオの保証を貰ったので、アヤネに教わった呪文でコーデをカードにして、それを身につけてみる。すると、瞬間、それに宿る女子力の使い方が本能的に解る。
右の掌に精神を集中。すると、すぐにそこで柔らかな風が渦を巻く。
ナオが窓を開けながら、
「なんて伝えたいんだい?」
「明日、訓練場で会いたいと」
解った、と頷いて、ナオはアキラの要望通り言葉を風の渦へと囁く。そして、それへとフッと息を吐く。
すると、スルリとした感触を残して、風の渦は空へと舞い上がっていった。どうやら成功したらしい。
「今日は風がないし、すぐに届くだろう。でも、アレに何の用だい? アレはそんなにアテになるような人間じゃないよ」
「え? でも、ナイトの役職者なんじゃ……」
「役職者にも色々いるさ。所詮、みんなただの人間なんだから。でも、アレも可哀想な子なんだよ。いつも立派な親と比較されて、悪し様に言われてばかりいたからね」
「ナイトのお母さんも、ナイトの役職者だったんですか?」
「いや、ポーンの役職者さ。別に、役職は血で継がれていくものじゃないからね。クイーンに限っては大体そうだけど」
「へえ……って、あ、ありがとうございました。このコーデ……本当に貰ってしまってもいいんですか?」
「アンタは神人様なんだから、遠慮なんてするんじゃないよ。欲しいのがあったら、どんどん他にも持っていきな」
「はあ、じゃあ……この『ムーンバタフライコーデ』を……。ちょっと試しに着てみてもいいですか?」
もちろん、と頷くナオに礼を言って、アキラは女子力を確かめるため、一旦そのコーデをカード化し、それから身につけた。
「どうだい?」
「解りました。これは――『風の手ウィンディ・ハンズ』」
風を自分の手のように扱うことができる女子力。しかし、押したり触れたりするのが限度で、精密な動作は難しい。風力も、さほど強くは出すことができない。
「あまり強くはない女子力……かもしれません」
「それはどうかね。確かに、下位とされるコーデの女子力は、色んな意味で弱いかもしれない。でも、それぞれ必ず長所はあるんだから、結局は使い方次第、着る人間次第さ」
「……確かに」
大事なのは判断力と、女子力への深い理解、そして弛まぬ鍛錬。最も重要なのは力そのものではない、それを使う人間なのだ。アキラは改めて、そう気づかされる。
ナオが窓を閉めながら言う。
「で、そうそう。それで、宿を探していたんだったね。よかったら、うちに泊まっていったらどうだい。こんなしがない宿屋だけどさ」
「それは助かります。じゃあ、部屋を二つ、お願いできますか」
「二つ? 悪いが、うちはいま一部屋しかないよ」
「一部屋……?」
流石に、クルミと同じ部屋で寝起きをするのはマズいだろう。そう思ってクルミをちらと見ると、
「私の許可を得る必要はありません。どうぞご自由に」
クルミは相変わらず無感情にこちらを見つめる。クルミには悪いが、仕方がない。
「じゃあ……お願いします。でも、本当にいいですか? お金を払わなくても」
「構わないよ。――ああ、けど、やっぱり条件が一つある」
「なんですか?」
「ちょっとこっちへ来てもらえるかい? ――ああ」
と、ナオはクルミを見て、
「アンタは先に部屋に行ってな。奥の廊下を進んだ突き当たりが客室だから」
「いいえ、私はアキラの護衛です。アキラの傍を離れることは――」
「大丈夫。クルミは先に部屋で休んでいて」
「……解りました」
どこか不満げな顔のクルミを先に部屋へとやって、アキラはナオと共に玄関を入って左手のほうにある部屋へと入った。
そこはどうやらこの家のリビングで、見せたい物があるのはこの部屋ではないらしい。ナオはさらにもう一つ、奥の部屋へ入っていく。
と、その部屋に足を踏み入れた瞬間、こもったような不快な空気がむっと臭った。
カーテンの閉め切られた、狭い部屋だ。そこにはベッドが二つ置かれていて、そのうちの一つには中年の男性が横たわっていた。
その、ぼんやりと天井を見上げたまま動かない男性を見て、アキラはすぐに解った。
「この人は……暗霧病ですか?」
「そうさ。それで、その……こんなことを他の人に秘密で頼むは悪いと思うんだけど……神人様、この人をどうにか治してあげられないかね?」
「え? 私が……?」
ああ、とナオは横たわっている男性の痩せ細った手をさすりながら、
「この人は私の旦那で、この国一番の花師はなしなんだよ」
「花師?」
「この国では、季節ごとに『花祀祭かしさい』っていうお祭りがあってね、そのために花を育てるのが花師さ。その中でも、この人ほど上手に冬の花を咲かせる人はいないんだよ。
もし、またいつかプリンセスがお目覚めになって、花祀祭が開かれるようになったとしても、この人がいなかったら、もう二度とあの景色は見られないんだ。だから――」
「すみません。私には、何もできません」
と、アキラは目を伏せるしかない。
そうか、と心の裡で納得する。この人は、神人の自分なら旦那をどうにかできるかもしれないと思って、それで宿へ迎え入れてくれたのだろう。コーデをくれたのも、自分の機嫌を取るためだったのだろう。
ナオは小さく息を呑んでから、微かに震えた声で、
「神人様でも……できないことなんてあるのかい」
「……はい。むしろ、できないことばかりで」
「……そうかい」
重い沈黙を挟んでから、ナオは悲しげに微笑する。
「無理を言ってすまなかったね。でも、アンタ、今プリンセスのために何かをしていると言っていたね」
「はい」
「どうか……どうか頼むよ。あのお方は、この世界の魂なんだ。きっとあのお方がお目覚めになれば、うちの人の具合もよくなるはずさ。この人は、プリンセスに花を褒められたことが何よりの自慢話だったんだ。プリンセスがお目覚めになったと聞いたら、きっと飛び起きて喜ぶはずだよ」
「……そうですね」
根拠はない。しかし、自分もそう思う。きっとプリンセスが目覚めさえすれば、この世界は救われる。それはおそらく、間違いない。
ナオは、男性が身体に掛けている毛布を整えながら、
「じゃあ……どうぞ部屋をお使い。風呂とトイレもすぐ傍にある。夕食は、時間になったら呼びに行くよ」
「え……? いいんですか、泊まっても?」
自分は何も力になれなかった。やはり泊められないと追い出されてもおかしくない。そう思っていたのだが、ナオは当然だ、と微笑んだ。
父や門下生のためだけではない、プリンセスのためだけでもない、自分はこの国の人たちのためにも戦わなければならない。
その決意が、アキラの胸にはっきりと刻まれた気がした。
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