舞花亭part1
城から南西へと伸びる大通り――ポーンストリートを越えて、『服飾区』というらしい地区に女性の宿屋はあった。
「舞花亭……『マイカ』というのは、あなたの名前ですか?」
「いいや、それは私の旦那つけた店の名前。私の名前はナオさ」
軒先に掛かっていた看板を見て尋ねたアキラにそう笑って、ナオはベルのついたドアを押して店内へと入る。
それに続くと、中は寂れた石造りの外観からは想像できないほど華やかな空間だった。
淡い黄色を基調とした花柄の壁紙が室内を明るくしているというのもあったが、それ以上に華やかだったのが、置かれたラックいっぱいに掛けられているコーデの数々だった。
「ここは……宿屋じゃなくて服屋なんですか?」
「両方さ。ここは何代も前からの服屋で、私の祖母の代からは宿屋もやってる。と言っても、今はどっちの客も全然で、誰も着る予定のない服を作る、よく解らない店になっちまってるがね」
「誰も着る予定がないのに、こんなに服を……?」
「何も趣味だけで作ってるわけじゃないよ。お城が仕事をくれているのさ」
「城が?」
「ああ。服屋が全て潰れるようなことになったら、この国もいよいよお終いだからね」
「なるほど……」
窓以外の壁を全て埋め尽くしたようなラック、そこにぎっしりと掛けられたコーデを見回して、
「ところで、ここにあるのは全部、ナイトコーデですよね? これを全てあなたが?」
「そうだよ。ここにあるのは、何から何まで私の手作りさ」
「凄い……。こんな細かいデザインまで……」
手近にあったコーデの胸元につけられた小さな造花の精密さに、アキラは舌を巻く。
ナオはフンと鼻を鳴らして、
「何。これくらい作れないと免許なんて貰えないんだから、普通と言えば普通だよ」
「免許?」
「神人様から授けられたカードを元にした服やアクセサリーを作っていいのは、国から『職人』としての免許を受けた人間だけなんだ。アンタ、神人様のクセにそんなことも――って、ああ、悪いね。なんだか親しみやすいから、つい口が悪くなっちゃって」
「いえ……」
確かに、『女子力』なんていう力を宿す服を、誰にでも自由に作らせるわけにはいかないだろう。そう納得しつつ、やはりここでも興味なさげなクルミの手を引いて店内を少し歩き回っていると、ナオが微笑みながら言った。
「よかったら、気に入った物を持っていきな」
「え? いいんですか?」
「あの子たちに寄付をしてくれたお礼さ。好きなだけ持っていって構わないよ」
それはアキラにとって願ってもない言葉だった。じゃあ、とアキラは思わず夢中になりながらラックからコーデを引っ張り出して、
「これ、私が何度も着た『クールポーン・ミッドナイトパーティコーデ』! あ、これも……これも好きだった! ナオさん、私、ナイトコーデが一番好きなんです!」
「そうかい。アンタのサイズなら大抵なんでも着れそうだから、そっちの部屋で試着してみても構わないよ」
と、どこか嬉しそうなナオの言葉に甘えて、部屋の隅の試着室で試着をさせてもらう。
赤を大胆に取り入れた、ゴシックワンピースの『クールポーン・ミッドナイトパーティコーデ』。
「クルミ、これどう?」
「解りません」
月から舞い降りる漆黒の白鳥をイメージしたデザインの、『セクシーポーン・シャドウスワンコーデ』。
「クルミ、見て! これ最強じゃない!?」
「知りません」
ショルダーレーシーのトップス、深い紫のアシンメトリースカート、黒いハイヒールに蝶柄の網タイツが大人っぽい『セクシーナイト・ムーンバタフライコーデ』。
「クルミ、これは!? こっちのほうが似合ってる気がするんだけど!」
「いちいち私に訊かないでください」
クルミは一貫して冷たいが、鏡に映る色々な可愛らしさの自分を見るのが楽しい。美少女の自分を見るのが、とても楽しい。
次から次へと色々なコーデを試着してしかし、アキラは鏡に映る自分を見て、はたと我に返る。耳に蘇るのは、父の言葉。
『お前は女装趣味でもあるのか』
「…………」
もしかしたら、そうなのかもしれない。アキラはそう認めざるをえなかった。
――俺は『プリキン』でプリンセスに会いたいだけじゃなくて、美少女にもなりたかったのか……?
そう自覚してみると、はしゃいでいた自分が妙に恥ずかしくなってくる。クルミの冷たい目もいよいよ痛い。こほんと咳払いしながら姿勢を正して、
「ところで、何かオススメはありませんか? 便利な女子力が宿ってるものとか」
「便利? じゃあ……これなんかどうだい」
ナオが勧めてきたのは、大きく襟が開いたノーズリーブのトップス、アシンメトリーのスカート、ハイヒールブーツを組み合わせた、『セクシーナイト・ムーンウォーカーコーデ』だった。
黒と紫が基調の、大人っぽい雰囲気のそのコーデをアキラへ渡しながら、
「このコーデに宿ってるのは、『風の言葉ウィンディ・レター』。風に言葉を載せて、相手に届けることができる女子力さ。まあ、風上にいる相手には、届くまでかなり時間がかかるっていう弱点があるけどね」
つまりは電話のようなものか。この世界には携帯電話などはなさそうだし、確かに便利かもしれない。アキラはふむ、と頷いて、
「少し、女子力を試してみてもいいですか?」
「いいけど、ここにいる人間が知っている相手じゃないと言葉は遅れないよ。誰に送りたいんだい?」
「じゃあ……ナイトに」
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