第2話 大人ってなんだろう

著者:えみり



 こ、(インクが滲んでいる)


 こんにちは。はじめからやっちゃいました。この日記を書くために奮発して高いペンを買ったんだけど、慣れないことはしないものだなー。

 改めまして、えみりって言います。たまに通学路が一緒になっておしゃべりする人から、交換日記を渡されました。1ページでいいから書いてちょうだい、って言われたんだけど、こういうのやるの好きだから食い気味でOKしちゃった!笑


 でも、いざ机に向かうと何を書こうか迷うなあ。

 そうだ。今やろうとしてること、この際だからチャレンジしてみて、それについて書いてみよう。


 私、家出します!



 なんで? って、みんな聞くと思う。

 確かに私は恵まれすぎてるくらいに、みんなに優しくしてもらってる。でも、なんだか子供扱い? な感じもしてて……

 だからここらでいっちょ、大人になるんだよ! これは修行の旅!



「あー、えみりちゃんちょうどよかった! 今試作のお菓子出来たから貰っとくれ」

 商店街でのお買い物中、仲良しのケーキ屋さんが話しかけてくる。

「ありがとう! でも、貰っちゃっていいのー?」

「味の感想を教えてくれよ、それで十分さ」

 店主のおじさんはいつもニコニコしている。嬉しいんだけど……純粋に嬉しいけど、この後どうなるかを私は知っていて……

「おお、えみりちゃんじゃないか、アンパン食べるかい?」

「でっかいイチゴだよ、持って行きな!」

「これ、お気に入りのマンガ。新作だよ」

「海外の珍しい石鹸を取り寄せたんだ、試していってよ」

 誰かが私を発見すると、商店街のみんながやってくる。そして人だかりがはける頃には、だいたいいつも両手とカバンが満員になってるんだ。若い人の少ない街だからかな、とても可愛がってもらえるのは嬉しいことだよね。って、自分に言い聞かせる。


「おぬし、疲れておるな」

 のろのろと家に帰っている最中の私に声がかかる。正直、もう勘弁してって思ったけど、無視するのはだめだと思って振り返った。

「ねこ?」

 ねこだった。占い師みたいな格好して、水晶玉にじゃれていたけど。

「人には贅沢な悩みと思われるだろうけど、悩みは悩み。そんなことで悩んでどうするのー、と自己嫌悪してしまっていることも含めて、おぬしは深く悩んでいる」

 じゃれた玉が落ちて割れた。ねこはこっちを見た。いや、私のせいじゃないってば。

「分かるの……?」

 いつも通る道にいつもはいないねこ。不思議な出会いだったけど、思っていることをズバリと当てられた驚きのせいで、その辺はどうでもよくなっちゃった。

「悩んでいるなら魔法をかけよう。君が大人に見られるようになる魔法だよ」

「大人になれるの?」

「大人になるのは君の問題だ。この魔法は、大人として見られるようになる、というだけのことさ」

 正直、違いはよく分からなかった。

 けど。

「お願い、やって」

「よろしい。お代はまぐろ缶いっこだ。また明日、ここで会おう」

 そう言いながら、ねこはぐるぐるとしっぽを振った。

 ……それだけ。ばーんって音がしたり、ぴかーって光ったりとかはしなかった。もう魔法がかかったの? って聞こうとしたけど、ねこはいつのまにか何処かに行っちゃったみたいだった。

 不思議な体験だったなーと思いつつ、家に帰った。


「ねえ、私って大人?」

 料理中の母さんに聞いた。

「どうしたのいきなり」

「いやぁ……少し気になって」

 今日あったことは言えない。変なこと言う子だって思われるだけだろうから。

「ふーん、恋でもしたの?」

「ぜ……全然違うよー!」

 思いがけない角度の質問がきたので、顔が熱くなる。

「なんだい、違うのかい。でもえみり、アンタはいくつになっても私の子供だよ」

 お母さんはニヤニヤと笑った。

 最後になんだか恥ずかしくなることを言われた気がする。


 次の日、家出を決行することにした。でも学校には行った。

 放課後、誰にも気づかれず帰るために、商店街とか人通りの多いところを避けた。我ながら完璧なプラン!

 あらかじめ用意していたリュックには、貰い物のお菓子がたくさん入っている。これで私の計算だと一週間はいけると思う。


 ひとまず電車に乗って隣街までやってきた。近い割にはあんまり来たことのないところだから、私のことを知る人はいないはず。

 駅前にアーケード街があって、私の街みたいに色んな店がやっていた。そこを無言で通る。誰も話しかけてこない。新鮮な体験だった! 本当に誰も私を知らないんだ!

 ……でも、嬉しいと感じたのは最初の方だけだった。途中からものすごく寂しくなった。まるで私が透明人間になったみたいだったから。情けない話だけど、わたしはすぐに帰りたくなった。でも……

「ここで帰ったら、大人になれない気がする」

 そう思った。だから、涙が出そうになっても進もうと決意したんだ。それに、泣いてる子はもういたから。


 迷子なのかな。年長さんか小学生か微妙な感じのちっちゃな女の子が、人込みに紛れて泣いていた。

「どうしたの?」

 駆け寄って目線を合わせてみる。泣き止みはしないし、返事もしてくれなかった。ここでも透明人間みたいな扱いかあ。ちょっと凹むなぁ。

 とにかく私がなんとかしないと、って思ったけど、どうしたらいいんだろう。……あ!

「あー、よし! わかった! ねえねえ、これ見てー?」

 いつか本屋のおばちゃんにもらった手品本を思い出した。親指切断! ってよく見るような、お手軽なネタがいっぱいの本。覚えてる簡単なやつでもいいからやってみよう。

「え、それどうやったの?」

 いつの間にか女の子は、私のマジック(って言えるかな?)に釘付けになってくれた。ああ、よかったー!

「えーと、さてさて、次はどうしようかな……」

 今や女の子は満面の笑顔で、次の手品を楽しみに目を輝かせている。でもね、自分でも分かってるよ。泣き止ませることには何とか成功したけど、根本的には何も解決してないってこと。こんな時に、大人だったらスマートに行動できるんだろうなあ。

 でも、周りには大人たちも多かったけど、心配そうな顔や迷惑そうな表情をするだけで、誰も助けようとはしてくれなかった。

 あれ? 大人ってなんだろう……?


「もう、見てらんないよ」

 いよいよネタが尽きそうになっちゃったとき、私の知ってる声がした。

「こういう時はまず警察よ。交番はだいたい駅前にあるからそっち行こう。ねえきみ、お母さんが心配してるよ。歩けるかな?」

「うん……」

 女の子はもう完全に落ち着いていたから、素直に話を聞いてくれていた。

「ねえ南香ちゃん、どうしてここが?」

「そんなおっきな荷物持ってこそこそしてるから、何を企んでるんだろうなーって思って」

 親友の南香(なみか)ちゃんはこっちを見ないで言った。


 女の子を交番に連れて行き、警察官に話をして一時間くらい。すぐに母親が見つかった。ちょっと目を離した隙に、人混みに紛れて見失っていたとのことだった。

「本当にありがとうございます! まだ中学生なのに……いいえ、歳は関係ないわよね。感謝してもし切れないです」

 母親は何度も何度も頭を下げてきた。そんなにしなくても、って言ったら、何かお礼させてくださいと返された。買い物カバンをがさごそと探って、私たちに二本の缶コーヒーが差し出された。

「とにかくもらってください、何かしないと気がすまないから」

 なんて言われたら断れないよね。

 この苦い飲み物は大人の飲み物。南香ちゃんと目を合わせて、仲良く受け取ることにしたよ!



「おなか減ったね」

「心配かけた罰として、買い食いは禁止よ」

「心配したの?」

「当たり前でしょ」

 重たいバッグをかわりばんこに背負いながら、家を目指す。

 私の家出は失敗に終わった。けれどそれでいいや。色んなことが知れたから。

「南香ちゃんはすごいね。私、ちっちゃい子が困ってるとき、何もできなかった」

「なに言ってんの。どうしたらいいかも分からないのに、助けようとしたんでしょ。しかもあの子、えみりと遊んでめちゃくちゃ楽しそうだったじゃない。なかなか出来ることじゃないよ」

「えへへ、そうかなあ?」

「すぐ調子に乗るんだから」


 夕焼けで二つの影は長く伸びる。肌寒い季節、だけど私の心はあったかかった。

 明日はあの場所にまぐろ缶をふたつ持って行こう。そんなことを思いながら、玄関をくぐった。


 この日記帳、次は誰に渡そうかな!



 追記:こんな面白いネタ、私に見つからないわけないじゃない。

    せっかくだし、これ貼っちゃおうっと。



《日記の最後に地方新聞のスクラップ記事がのり付けされている》


【お手柄中学生 迷子を保護】

 照れくさそうにピースをする金髪の少女と、こちらに背を向けた黒髪の少女がでかでかと掲載されていた。

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