やりたいことではないけれど

@misura

プロローグ


 いつしか、世界には異能と呼ばれる夢物語のような能力を持つものが出現し、徐々に異能を持つものが、国々の対応すら間に合わないほどの勢いで増えてしまった。それでも世界は、徐々に順応していった。様々な国で、日夜発生する異能犯罪に対応すべくそれ用の法律を作り上げ、またそんな異能犯罪に対応可能な異能警察とでも呼ぶべき組織を作り上げた。そうやって世界に異能というものはなじんでいった。

 しかし、犯罪というものは絶えぬものである。そこに異能という超常的能力が加われば、悪化もするというもの。異能自体は強力な物から、あるのかないのかわからないようなものまでピンキリではあったものの、世界中の治安は、異能がなかったころよりも確実に悪化していた。


 それでも世間は案外、犯罪そのようなことに関係なく平穏に過ぎ去っていく。


*****


 二人組の少女が、クーラーのよく効いたファミレスの一角でだべっている。それなりに込んでいて騒然としている店内の中でその二人がいる席だけはわずかな喧噪が漏れ聞こえるだけの空間となっていた。


「いやー、ほんとーに便利だよねえ、みーの異能。私もそーいうのがよかったなー」


 ぶー、とぼやきながら大きな瞳を細め、ぐでーっとまるで溶けるかのようにだらしなく机に広がる、ちーと呼ばれたコロコロと表情を変える少女――花澤ちひろ。そのだらけた表情ははっきりとした目鼻立ち、そして程よく焼けた肌と相まって、妙に艶めかしく見える。

 対して、明るい会話ではあるが表情の変化が乏しく、かろうじて苦笑しているとわかる程度の、すっと通った鼻筋に白磁のような透き通った肌、切れ長の瞳と凛とした気配を醸し出す少女――早坂みゆき。


「あはは。もー、いっつも言ってるでしょ? 案外使いにくいんだよ?」


 みゆきは嘘だけど、などと内心舌を出しながらも少女は友人にそう伝えた。みゆきは個人的な理由から、異能を偽っていた。


「それに私はちーみたいなののほうが便利だと思うけどなあ」

「私だってそんなに便利な物じゃないんだぞー」

「まあ、それもいつも聞いてる」


 二人は、今年の春に高校に入学したばかりの高校一年生だ。入学式の次の日に、同じクラスの前後の席になった、という理由から会話が始まりそのまま意気投合した関係であった。


 その付き合いは夏真っ盛りになった八月現在も続いていた。


 本来なら高校生の八月は夏休みとなっているものだが、みゆきから誘われて夏休みの間に課題を教え合うという名目で仲を深めていた。


「いやー、でもほんと、静かでいいねー。……『あっという間の一人部屋インスタントカーム』だっけ? この程よい静寂が心地いい……」


 『あっという間の一人部屋インスタントカーム』。それは早坂みゆきが保有する異能の名前だった。


 異能というものに基本的に名前は存在しない。すべての人々が自己というものが確立された瞬間からするもので、説明しろと言われたとして、名前を言うのではなく「これこれこういう事が出来て、こういうことが能力を扱うのに必要な行為ですよ」などとしか説明できないのだ。ちなみに異能は基本ただすごい能力という訳ではない。どの異能にも必ず発動するため、または使用後のデメリットあるいは発動条件、使用制限のいづれかが必ず存在しているのだ。

 そして、国は異能があまりにも世界に広がってしまったことによって、ある一定の年齢から異能報告を国に対して義務付けた。国で形だけでも管理しようという試みだ。しかし、本人から申告された内容をいちいち記録して、何かあるたびにその長々とした記録を探して引っ張ってくるのでは、あまりに格好がつかないという理由から、また、いちいち自分の保有する異能を公開されたくはないという人々の要望から、国は申告された能力に対して名前を付け始めたのだ。


 そして早坂みゆきの保有する異能にも、『あっという間の一人部屋インスタントカーム』という名があてられたという訳だ。

 みゆきのこの異能は簡単に言えば防音性に優れた透明な板のようなものを自由に組み合わせて展開することができるというもの。この能力はデメリットではなく使用制限が存在し、その制限は自身の周囲3メートルまでしか操作・維持ができないかつ、板は6枚までしか出現させられないというのものであった。


「でもちーの異能も便利じゃん」

「そうだけどー……私のって私自身しかまともに効果受けれないじゃーん? なんかそれがいやなんだよねー」

「ちーの異能は確か『鉄よりも露骨にフィクルサーモ』だったよね。正直私は対象が自分だけでも気にしないしなあ」

「知ってたー」


 ちひろは、みゆきの性格を半年もたっていない突き合いながらそれなりに把握していた。みゆきはその変化に乏しい表情通りに、あまり物事を深く気にしないタイプなのだ。


 花澤ちひろの異能、『鉄よりも露骨にフィクルサーモ』は自身の体温を自由に変化させかつ自身で変化させた体温に限り有害な影響を全てカットするというものだった。この異能はデメリットらしいデメリットや、使用制限・発動条件は存在していないが、一応は、自分自身にしか作用しない、使用できないというものがデメリットとして扱われていた。


「一応、この異能があったから、小さいころから温度関係で困ったことはなかったけど、ね。正直、私だけが平気でも結局周りが付いてこれなくなっちゃうんだよねー」

「ああ、それは確かに、言われてみれば」

「ま、結局便利なもんは便利なんだけどねー」


 二人して笑い合う。


「にしても最近は物騒だよねー」


 突然話題が180°変わるのも、このくらいの年齢の何も深く考えていない会話であれば、よくある話だ。

 ちひろは自分とは遠い世界、遠い物事だとでも言わんばかりの雰囲気で、みゆきにそう訊いてきた。


「昨日、そんなニュース、あったね。学校も休み前に気を付けろって言ってたし」

「まあ、正直何をどう気を付けろってんだって話だよねー。誰も面倒事にわざわざ首突っ込まないっつーのー」


 どことなくあきれたような空気を纏い、ちひろが言う。ちひろ自身、義務の一環として一応注意しているだけなのだと、内心では理解しているのだろう。


「ほんと、そうだよね」


 みゆきは普段の薄い反応はどこへやら。面倒事にわざわざ首を突っ込まないという点について大いに同意していた。その肯定の言葉には、妙な実感があった。


そんな、何でもないような、ごくありふれたのどかな時間。


 しかし、この時間は長くは持たなかった。異能によって荒れた治安は、決して他人事ではなかったのだ。


 ドゴン。びりびりと店内を揺らす、大きな音が軽い衝撃とともに響き渡る。

 みゆきの異能を通した音にしてはずいぶんとはっきり聞こえたことから、爆発の衝撃はかなりのものだとわかる。

 同時に、店の壁部分に使われている通りを見渡せる大きなガラスが黒く染まった。恐らく侵入してきた何者かの異能だろう。


「おらぁ゛! 誰も動くんじゃねえ!」


 二人の居た席が入口から離れたちょっとした間仕切りがある角の場所だったうえに、みゆきの能力でずいぶんと音は小さくなっているが、外で何を言っているかくらいは聞こえた。


「うっそ……。強盗? まじで?」


 先ほど、自分とは関係ないと、暗に告げていたはずのちひろが青ざめた表情でそういった。


「ほら、だぁれも自分から首なんか突っ込んでない」


 しかし、みゆきは慌てた様子など微塵もなく、むしろ少しばかり面倒だ、とでも言いたげに、だれにも聞こえないほど小さな声でそう愚痴る。


 一つため息を吐くと、軽く椅子を引いて間仕切りの後ろからどうなっているのか様子をこっそり確認し始めた。


「ちょ、ちょっとみー、大丈夫なの?」

「うん? ああ、大丈夫だよ。音は出ないし」


 少々おざなりに返事をしながら、本来の入口から少し厨房に寄ったガラスなどがない、大穴の開いた壁あたりで確認できたた3人組の輩の様子は、まるで何かを探しているかのようだった。


(ああ……本当に来たんだ……)


 実はみゆきは家業の関係でこのファミレスに来ていたのだ。


(ええっと、護衛対象は、っと居た居た)


 みゆきの視線の先には使い捨てのマスクをして髪を下ろして顔を見えにくくしている少女がいた。今回の護衛対象だ。彼女の父親はとある鑑定関係の仕事をしており、こちらもやはり異能を得て急成長を果たした。しかしそれを、異能が広まる前から経営していた同業者に疎まれたのだ。そして、その異能の持ち主がみゆきの視線の先にいる少女なのだ。


 このファミレスには商談に来ているらしい。みゆきは心の底から家でじっとしていてくれと思っていた。


 みゆきは護衛でここに来ていたが、別にSPの真似事が表の仕事という訳ではない。

 これはの護衛だ。みゆきの父親が、今回の護衛対象の旧友で殺害予告を受けたのだと相談を受けたことで今回の状況へとつながった。みゆきの父親は自身の職業を明かさず、知り合いに詳しいものがいるとその話を受けたらしい。

 みゆきの家業は、所謂「殺し屋」だった。こと『殺し』に関しては詳しいのも当たり前なのである。


 みゆきの家は異能が世界に広がったころに開業した新興の殺し屋集団で、大した期間も経たないうちにあっという間にその手の界隈で有名な殺し屋集団となったのだ。一番の理由は、異能そのものの強さ――ではない。確かに異能自体もかなり強いものではあったが、同業者の誰もが口をそろえて言う理由があった。それは、勘の良さ。結局のところ異能を使いこなすコツなどと言うものは存在せず、みなただ何となく使用しているのだ。それを同業者は勘の良さと呼んだのである。そこに加え実際の勘もかなりいい。人の気配などにも簡単に気が付く。これは勘がいいと言うよりは感覚が鋭いというべきだが、これらも一緒くたにされている。


 そしてみゆきの父親は昔のよしみで内容を詳しく調べ、殺害が本当に計画されていること、それが同業者に依頼をしてのかなり本格的なことだとわかりみゆきを派遣したのだ。


 そう、このファミレスにはほかにも何人かみゆきの関係者がいる。

 

 ひっそりと一人で座る男性に目を向け、合図を待つ。


「ねえ、どうしよ――」


 なにやらちひろが聞いてきていたが、ちょうどそれを遮るように先ほど視線を向けていた男性が声を上げた。


「うおぉおぉぉぉぉ! 俺が壁を作る! みんな、逃げろぉぉお!」


 瞬間、犯人グループと客を分断するように土壁がせりあがった。同時に通りに面したガラスが、鋭い何かで切られたかのように通りに向かって倒れ、割れた。


「俺の仲間が開けた道から、早く!」


 店の中にいた多くの客は、明らかに別の異能によって作られた道に困惑していたが、男性がそう声を上げると我先にと逃げ出していく。


「み、みゆき! 私たちも早く逃げよう!」

「うん!」


 勢いよく返事をしたみゆきだが当然逃げる気などさらさらない。護衛対象には先ほどの男性以外の仲間がすでに合流しているだろうし、私の担当はそもそも、「殺し」だ。


 会話をしてごまかしながらも、いかにして彼女を先に逃がし、自分だけがここに残りかつ、すぐに出て行かずとも怪しまれない状況を作れるかを考える。


 気が付くと先ほどの男性が通り過ぎざまにウインクをしている。みゆきはそれだけで自分をここに残す作戦を立ててくれたのだと悟った。


 次の瞬間、都合よく土壁が吹き飛ぶ。壁だったそれが大小さまざまな破片となってあたりに飛び散った。一部は天井すら破壊している。


「きゃあ!」


 ちひろが実にかわいらしい悲鳴を上げた。


「糞がぁっ! 俺様の邪魔をしたのはどこのどいつだ!」


 恐らく犯人グループの一人の野太い声が聞こえ、そのすぐ後に正面の方から先ほどの男性の声が聞こえた。


「くっ! そこの二人、早く!」


 気が付けば店内にいる客はみゆきとちひろの二人だけとなっていた。


 天井の崩落がうまいこと出口をふさいでくれそうだと見るや否や、みゆきはこれ幸いと、ちひろがもう少しで出られそうなのを確認し、わざとつまずいた。


「みゆきっ!」


 普段はあだ名で呼ぶはずのちひろが普通に呼んだ。それだけ切羽詰まっていた。


「気にしないで行って! 絶対に脱出するから!」


「みゆきぃぃぃ!」


 悲痛な叫び声とともに、瓦礫が外との繋がりを塞いだ。


「……はぁ」


 一つため息をつくと、何もなかったかのように軽く砂埃を掃いながら、みゆきはゆっくりと立ち上がった。


「さて、始めましょうか」


 みゆきが視線を向ける先、まるで奇跡のように、トンネルのような空洞を作り上げる瓦礫の隙間から射す光に照らされて、砂埃の中から三人組の男が現れた。


 先頭のガタイのいい、しかし無駄な筋肉のついていない男がみゆきを視界にとらえると、軽く観察してから一つ鼻で笑い、みゆきに声をかけた。


「よお、ぶっ殺してやろうか?」

「挨拶がなってないわ。そこは『ごきげんよう、気分はいかが?』でしょう?」

「……ぶっ殺す」


 みゆきは心の中で愚痴った。


 ――あの糞お父様、情報を漏らしやがりましたね。


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