第35話

「ケイさん」

「ん....」

「ケイさん!」

「ん...? ああ、ニール」

 ケイは目を覚ました。場所はさっきまでと同じ第一ポート市の戦場だった。ケイはヴァジュラの機能停止を見届けると糸が切れたように意識を失ったのだ。それから十数分。ニールがケイを起こしたというわけだった。

 ケイの視界にはニールの顔、そしてその向こうにはさっきまで異常気象が嘘のように綺麗な青空があった。

「タキタさんが戻ってきましたよ」

「あ? ああ、戻ってきたのタキタ」

 見ればニールの傍らにはタキタの姿があった。割とボロボロだ。

「ええ、ケイさん戻りましたよ。偉大な偉業を成し遂げショウ・タキタ、帰還しました」

「ああ、そりゃ何よりだ。ご苦労さん」

「軽いですよケイさん。明らかに私もっと評価されても良い働きをしたんですけどね」

「だから、ご苦労さんって言ってるだろ」

「いえ、もっと素晴らしい言葉があるはずですよ。まぁ、良いですよ。これでようやく終わったんですからね」

「ああ、本当にね」

 ケイとタキタは揃って息を大きく吐き出した。本当に深く、大きく吐き出した。ようやく、十二神機ヴァジュラを倒した。ようやく、追手を退けた。それはつまり、仕事がほとんど完了したということだった。二人はようやく一番大きな肩の荷が降りたのだ。

 ケイは大の字で広がり、タキタもその横に腰を下ろした。

「いや、疲れましたよケイさん。本当に疲れました」

「いや、私のほうが疲れてるよ」

「いえ、最後の働きをこなした私のほうが疲れてますよ」

「もう、どっちでも良いよ。全員頑張ったしね」

「ええ、本当に。ニール君も最後良く演技して時間を稼いでくれましたね。いや、助かりましたよ」

「いえ、お二人の働きに比べれば」

「なんだい。いっちょ前に謙遜するじゃないか」

「いや、本当のことですし」

 ニールは笑った。そして、周りの景色を見渡した。瓦礫の山どころか焦土が広がっている。そのおかげで青い海と空が良く見えたがこれは滅びの景色だ。街が跡形もなく消えたのだから。

「この街もどうなるんでしょうか。というか、ここに居た人たちは」

「この街は地下にシェルターがあるし、海上への脱出も容易になってる。騎士団がみんなちゃんと非難させてるよ。ただ、建物ばっかりはどうにもならないけどね」

「こんな状況で大丈夫なんでしょうか。あの壁の向こうは」

「ヴァジュラは管理局の手先だったからね。外交の問題も考えて向こうには手を出してないみたいだね」

「なるほど.....。でも、僕はあの向こうに行けるんでしょうか。街がこんなじゃ手続きもクソもないです」

「さぁ、どうなるかな。そのへんはスミスに任せるしか無いね。あいつは向こう側につてがあるみたいだから」

 ケイはあくびをひとつかました。

「さて、もう旅も終わりですねニール君。お疲れ様でした」

 そして、タキタが言った。

「.......はい。ようやくです。たった3日だったなんて嘘みたいだ」

「本当に色々あったからね」

「はい、本当に色々ありました」

「私達の不手際もあったからね。本当にすまなかったよニール」

「それは、もう良いんですよケイさん」

 それから3人はこの3日のことを振り返って話した。たった3日。それだけの内容なので話すこともそんなに無いかに思われたが話し始めると止まらなかった。

 ケイとタキタが始めニールを疑いに疑っていたこと。

 最初にヴァジュラに襲われた時の騒動。

 特急が嘘っぱちだったこと、そこから仕事がご破算になりかけたこと。

 空挺の中でタキタとニールが魔獣のことで手がつけられないほど盛り上がったこと。

 トゥキーナでニールとケイが公園で遊んだこと。

 レジスタンスにニールが連れ去れたこと。

 そして、オルトガでの最終決戦。

 全部話したらたった3日で起きたことだとは話している本人達が信じられず夢物語のようだった。でも、振り返ってみたらあっという間だった。

「いや、3日でこんなメチャクチャだったのも初めてでしたね」

「そうだね。なにせ世界の命運がかかった仕事だったからね。こんなのは金輪際ごめんだよ」

「大変でしたか」

「ああ、こんな大変だったのは初めてだったよ。でも、あんたは本当に良くやったよニール」

「そうでしょうか」

「ああ、あんたはちゃんとオルトガまでたどり着いたよ。あんたはちゃんと腕輪を持ってここまで来たんだよ。あんたはちゃんと世界を救ったんだよ。ニール、あんたはようやく上手くやったんだよ」

 その言葉はニールに良く染みた。疲れも手伝い実に良く心に響いた。

「ありがとうございますケイさん。でも、やっぱりケイさんとタキタさんのおかげですよ」

「大した事はしてないよ」

「そうですよニール君。我々は報酬さえもらえればそれで良いんですからね」

「また、金の話すんの」

「当たり前ですよ。IMC山程買って2000万は随分目減りしたんですから。8000万はしっかり貰います」

 タキタは得意げに笑った。ケイは面倒そうに顔をしかめた。そうやって、こんな風に何の気兼ねもなく二人と話せたのは初めてだとニールは気づいた。今までは世界の命運だとか、何かに追われているだとか、そんな風な背景の中で話していたのだから。だから、今がやっと心から明るく二人と話せる時だったのだ。

 そう思うとニールは嬉しくて笑えた。

「おや。来ましたか」

 と、そんな3人の会話に割って入るように轟音が轟いた。空艇だ。それも、5艇。その機体にはオルトガの自治憲章が刻まれていた。

「相変わらず薄情な国だね。今更出てきたのか」

「まぁ、不可侵を徹底してますからね、ここは」

 空艇のスピーカーから声が発される。

『こちらはオルトガ自治特区私設軍空艇部隊第4師団だ。そちらに居るのはニール・エヴァンスで間違いないか』

「はい! 間違いありません!」

 ニールは声を張って答えた。

『第一ポート市が壊滅したため君の入区審査を我々が代行することになった。ついては君を本船に収容する。異論はないか?』

 その言葉にケイは驚愕で眉をひそめた。

「すごい連中だね。街がこうなってても入区審査はこなそうとするんだ」

「まぁ、そういう国ですからねぇ」

 タキタは肩をすくめた。ニールは若干おろおろしている。

「ええと....」

「要するに街がこんなで必要な手続きが出来ないからあの船の中で代わりにしてくれるって話しらしいよ」

「な、なるほど」

 ニールはようやく話を飲み込めたようだった。だから答える。

「異論はありません!」

『分かった。君を収容する。オルトガ自治特区は君を歓迎する。ニール・エヴァンス』

 空艇はゆっくりと高度を下げ、そしてハッチを開いた。

「歓迎するんなら今すぐ入れてもらいたいもんだけど、審査にはきっちり1日かかるんだろうね」

「まぁ、そういう国ですからねぇ」

 3人は空艇に乗り込んでいった。これで、ようやくことは済んだ。本当に旅はようやく終点にたどり着いたのだった。3人はそろって深く安堵の息を漏らした。

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