第33話

「やぁ、みんな元気の良いことだ。走れ走れ」

 男は静かに微笑んでいた。ヴェジュラから送られてくる映像を眺めながら。様々な人間が滅びに抗おうと躍起になっている様を見て。

「愉快な光景だ。色々な人間が色々な思惑を抱えながら一つの目標に向かって邁進している。まるで人間というものの縮図のようだ」

 男は優しく画面をなぞる。

「さぁ、走れ走れ。その先に見えている希望に向かって、その目に映っている希望を目指して。胸の内に宿る確かな意思を抱えて。そして、その心が砕け、その希望が全て絶望に反転する瞬間を見せておくれ」

 男は満足げに息を吐き出す。

「そして、私の本当の目的を叶えさせておくれ」



「むぎぃいいいいい!」

 タキタは相変わらずすさまじい顔でハンドルを切り、アクセルを吹かしている。トレーラーとの距離は相変わらずだ。中々追いつけない。しかし、今は先程とは違う。

「我々が援護する! お前はただ突っ走れ!」

 傍らでバイクを飛ばすドウダンが叫んだ。その隣にボロボロの鎧に身を包んだカレン、ビーグルの左隣には白銀の獣、ラングストンが走っていた。

「本当ですね!? 本当にケイさんは共闘を了承したんですね!?」

「ああ、こっちに来いって言ったよ」

「本当の本当ですね!?」

「本当だって言ってんだろ、しつこいやつだな。モテないだろう」

「関係ないでしょう今は!! とにかく、ケイさんが了承したなら話は決まりました。腹をくくりましょう」

「助かるぞショウ・タキタ」

 と、そんな会話をするタキタのビーグル、そこに亜音速で鉄塊が飛んできた。

「撃!!!」

 それにドウダンが術を使う。砲弾は弾道を逸らされビルの壁面に直撃した。ドウダンの防御術式だ。

「なにやってんですか。あれぐらい素手で弾いて下さいよ。ケイさんならそれくらい朝飯前ですよ!」

「あいつと一緒にするな! レールガンの砲撃を身体能力でどうこうするなんて人間業じゃないんだよ! この鎧着てたって無理だ」

 カレンが言い返した。そこに、もう一発砲弾がかまされた。ドウダンが再び術で防ぐ。そこに、ガトリングの一斉掃射だ。タキタは思い切りハンドルを切って弾道から外れる。アスファルトが激しくえぐられて行く。

 状況が変わったのはタキタの側だけではない。トレーラーの後方のドアからは今や様々な重火器の銃身が飛び出しまくっていた。マシンの残り一体はカレンとラングストンが始末した。その途端にこれだ。

「ドウダン。術で全部防げる?」

「全部か、無理だろうな。砲撃を防いだらその他に術を回せない。あんな嵐みたいな銃弾の嵐全部は私の術ではどうにもならない」

「レジスタンスでしょう! それで良いと思ってるんですか! ケイさんならあんなもん瞬く間に始末しますよ!」

「私らにケイ・マクダウェル並の働きを求めるな! そんなこと言ってるからモテないんだ」

「だから、関係ないって言ってるでしょう!!! とにかく、あの銃弾をどうにかしないと近づくことさえ出来ませんよ!! なんですか。加勢に来たとか言って白兵戦二人組はなんの役にも立たないじゃないですか!!」

「うるさいうるさい!! こっちもどうにかしようと考えてんだよ!!」

 カレンが喚く。それに反してラングストンは黙ったままだ。そして、おもむろに道路に転がっていた鉄骨を一つ手に取りそれをトレーラーに投げつけた。

 が、それに対してトレーラーが射撃する。巨大な火球が発生した。そして鉄骨は跡形もなく蒸発した。

「ああ、ダメですダメです。そんな手が通じるわけがないでしょう? あそこにはヴァジュラの本体が入ってるんですよ?」

「いちいち癪に触るんだよお前の言い方は!」

「元々敵だった相手にそんな優しい言葉かけるわけないでしょう!!」

「....すまない」

「ドウダンもそんな重い顔で謝らなくて良いんだよ!!」

「いや、やはり我々が行ったことは大義があったとしても正しい行いとは言えないからな」

「こんな時にクソ真面目発動させんな! それどころじゃないだろ!」

 再び重火器による一斉掃射。カレンとラングストンは壁を走って退避する。ドウダンは障壁をビーグルの前に張る。タキタは数秒だけ保つそれを頼りに銃弾から逃れる。路面が吹き飛び、ビルの壁が音を立てて崩れていく。そして、タキタはそれが終わると速度を落として後退する。

「近づいたら銃弾の嵐ですか。どうやって近づいたものか」

 と、タキタの頭上を飛び過ぎるものがあった。防衛用ドローンだ。まだ、生き残りが居たらしい。見ればビルの屋上を何人かの騎士団も走っていた。

「いや、賑やかになってきたね。総力戦だ」

「楽しそうに言わないで下さい。ここは世界滅亡の瀬戸際なんですよ? デリカシーが無いんですか?」

「あー、悪かった悪かった」

「しかし、この人数をかければあるいはどうにかなるかもしれんな」

「どうするんです?」

 ドウダンは少し考える。

「カレン、ラングストン。お前らにトレーラーを潰してもらう」

「どうやんの」

「ビルに登って迂回しろ。上からあのトレーラーの前に回り込むんだ。その間に私があの銃撃を引きつける。ドローンも一役買ってくれるだろう。話を聞くようなら騎士団の連中にも声をかけろ」

「アイサー」

 そう言うとカレンとラングストンは一気にビルの壁面を登っていった。

「私達はどうすれば」

「お前たちは何もしなくて良い。後ろで安全域で待機していろ」

「え、ええ。私達ここまで頑張って来たんですけど。おいしいところだけ持ってくんですか」

「一般人のお前達ではあの銃撃の中に入ったら一巻の終わりだ。そこに居たほうが良い」

「え、ええ」

 タキタの動揺の言葉も聞かずにドウダンは突っ走っていった。すかさずトレーラーの銃口達が火を吹いた。

「上手くいくでしょうか」

 そんな光景を見ながらニールがすがるように言った。タキタは蚊帳の外に追いやられ若干悔しそうにしながら返す。

「さぁて、どうでしょうかね。上手く行けば一番良いですけど。ヴァジュラが本気を出してしまってはどうなるやら」



『展開、展開』

 ヴァジュラは漆黒の刃を振るう。嵐のように間髪入れない動き、流れる水のように洗練されたコンビネーション。

「こなくそ!!」

 ケイはそれをギリギリで躱す。

「おら!」

 そして、そこに生じる隙に無駄と分かりながらも拳を見舞った。当然障壁に防がれる。

「ふん」

 ケイは一旦ヴァジュラの攻撃の射程範囲から離脱する。当然暴風のような追撃が襲ったが躱し、いなし離れる。

「さぁて....」

 ケイはヴァジュラを鋭い視線で睨む。それは今までの様子とは少し違った。今までのものは抗いようのない災害になんとか立ち向かっているようだった。しかし、今は違う。その目は絶対的な力に対して義憤と強がりで立ち向かっている類のもではない。まるで、獲物を睨む獣のような。相手の弱点を見つめているかのような目だった。

『追跡します』

 ヴァジュラはケイが離れるやニールのところへすぐさま向かおうとした。

「ちっ!」

 ケイはそんなヴァジュラの懐に潜り込む。ヴァジュラはすぐさま刃の嵐を見舞う。が、ケイはそのことごとくを躱した。それもギリギリで躱しているのではない。全て流れを作り、実に綺麗に躱したのだ。

「そら!」

 そして、ケイはそのままヴァジュラの顔面を殴りつける。甲高い音。障壁に防がれる。

『迎撃します』

 ヴァジュラは再び武具で、徒手でケイに攻撃を浴びせる。しかし、ケイはその全てを躱し、いなし。そして、その腕を掴んだ。

「ぜい!」

 ケイはヴァジュラをそのまま宙に浮かせる。そして、迫撃砲のような蹴りを思い切りかました。そして、ヴァジュラは吹っ飛んだ。障壁が発動しなかった。ヴァジュラはそのままケイの攻撃を食らったのだ。ヴァジュラはビルの壁面にぶつかり派手に崩壊させた。

 ケイはそれを見てニヤリと笑った。

「ようやく掴めてきたよ。お前の動きのリズムとクセが。まぁ、黒翼展開しながらこんだけ見てれば嫌でも分かるようになるけどね」

 そう言うケイの足元が赤く赤熱した。一瞬でアスファルトが蒸発する。しかし、そこにもうケイの姿はなかった。ケイはすでにヴァジュラの眼前に迫っていた。そして、そのままヴァジュラを天井に向けて思い切り蹴り上げた。やはり、障壁は通用していない。

「それから、あんたのその結界術式。私の攻撃に対して動いてるのはショックアブソーバーと対魔力壁、物理法則撹乱式の集合体みたいだけど、やっぱり結界術式だね。点滅してるよ。コンマ0000数秒にも満たない点滅だけどさ。その隙間に攻撃ねじ込めればやっぱり防げない。見たこと無いリズムだけど黒翼で拡張された感覚なら捉えられる」

 そう言うケイの足元が一階のフロアが吹き飛ぶ。大きく地盤が割れたのだ。しかし、やはりもうケイはそこに居なかった。そして、ケイはヴァジュラをさらに蹴り上げた。ヴァジュラは全ての天井を貫通し空高く打ち上げられた。

「もう、捉えたぞ。クソマシン」

 ケイはヴァジュラにさらに追撃を仕掛ける。

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