第19話

「わぁ、ダチョウですよ」

「へぇ、こんなでっかかったか。ダチョウって」

 二人は柵の向こうのダチョウを見ながら言った。ダチョウは桶に入ったエサを何度もすごい勢いでついばんでいた。

「ダチョウって見るの初めてです」

 ニールは目を輝かせている。

「それは良かったよ。でも、やっぱ公園に引っ付いてる無料の動物園じゃそんなに大きくはなかったね。ゾウとかキリンとか居れば良かったんだけどね」

「そ、そんなことないですよ。僕は十分楽しいです」

 サンタ・ヴィスタ動物園はこじんまりとした動物園だった。テニスコート二面分ほどの敷地にちょっとした動物たちの入った檻が並べられている。サルやペンギン、ポニーに羊やヤギ、牛。それらもそこそこメジャーだがいわゆる『動物園』に求められているようなライオンやらゾウやらは居なかった。しかし、それなりに地元の人間には愛されているようで人は結構居た。

「あ、ケイさんあそこ。魔獣じゃないですかあれ」

「あー、なんだったかなあれ」

 ニールが指さしたのは小さなケージだ。そこに巨大な飾り羽を尾から下げた鳥が止まり木に止まっていた。二人はそのケージに近づいていく。そこの看板には『マーブルバード』と書いてあった。

「ああ、魔力で飾り羽の色を変化させる魔鳥って書いてあるね。なるほど」

「テレビで見たことありますよ。へぇー、綺麗です」

 そう言っている間にもマーブルバードの長い飾り羽はみるみる変化していた。水に浮かべた絵の具のように変化には規則性が無い。

「なるほどね。あんまりマジの魔獣は飼えないけどこれくらいなら大丈夫ってことか。能力が色変化させるだけだもんね」

「そうですよねぇ。本当に火を吹いたりする魔獣なんか飼えないですよねぇ」

「一応アポロジカにはそういう魔獣を展示してる動物園もあるけどね。まぁ、それでも気性がおとなしいのだけかなぁ」

 魔獣は基本的に恐ろしく力が強かったり、人間の手に負えない特殊能力を持っているものばかりだ。なので、生半可な施設では一瞬で逃げられてしまう。もし、買おうと思うなら頑強な飼育施設や、魔力の流れを制限する装置など莫大な金額の設備が必要になってしまう。なので、物好きが過去何度も『魔獣の動物園』の運営に挑戦してきたがまともに成功したものはごくわずかだった。

「まぁ、魔獣はそうそう人間の手に負えるもんじゃないからねぇ」

「ドラゴンとか、絶対ムリですよね」

「ああ、ドラゴンは無理だね」

 ドラゴンは正真正銘の超常存在だ。魔獣どころか全ての生物の頂点に君臨する生物である。

「あれはヤバすぎて全部世界規模で行動が監視されてるからね」

「今世界に確認されてるのは17頭らしいですね。全部休眠中らしいです」

「ああ、そうらしいね。あれが動いたら世界中で大ニュースになるからね。昔戦争してた国で馬鹿な独裁者が敵国の軍隊を倒すのに起こして国一つ消滅したってこともあったらしい」

「そ、そんなに怖いんですか」

「ああ、怖いよドラゴンは。なにせ『大災厄』の時に暴れた十二神機のうちの3体を倒したのはドラゴンだからね。少なくとも十二神機並、下手すりゃそれ以上に強い」

 ケイは言いながら自分が戦ったマシンのことを思い出した。あれでも実際の十二神機には程遠く、実際は大陸を分かつ神のような存在でそれを真っ向から倒すドラゴンがどれほどのものか想像もつかなかった。

「な、なんか怖くなってきました。大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫だよ。連中頭が良いから機嫌を損ねない限り暴れたりしない。それに、連中の休眠期間は何百年単位だ。次に一番早く起きる個体だって160年後まで寝てるって話らしいし。少なくともニールが生きてる間は大丈夫だよ」

「そ、それは良かったです」

 ニールはほっと胸を撫で下ろした。

「でも、すごいですねドラゴンって」

「ああ、人間の手には負えないよ」

「なんかそれってすごいです」

 ニールは目を輝かせていた。自然災害そのもののようなドラゴンの圧倒制に感動しているようだ。

「ニールは本当に魔獣が好きなんだねぇ」

「そ、そうですかね。ちょっと好きなくらいだと思ってたんですけど」

「いや、大分好きだと思うよ。少なくともタキタのウンチクに付いていけるんだから」

「タキタさんも随分詳しかったです。お好きなんですかね」

「いや、あいつのはただの知識オタクだから。そこそこの知識を人に披露して喜ぶのが好きなんだよ。呆れたナルシストだよ」

 ケイは呆れながらムカついているという複雑な感情で眉をしかめた。

「そうでしょうか。タキタさんと話してると楽しいですけど」

「ホントに? あんた呆れた良いやつだよ。普通話してるだけでイライラしてくるもんだけど」

「そ、そんなものですか」

 ニールはケイの言葉に引き気味に答えるが、楽しそうだった。ケイに『良い人』と言われて嬉しかったのだ。というかニールは実に楽しかった。ケイと二人でこうして動物を見たり話をするが実に楽しかった。ニールはもっと楽しくなりたいと思った。

「あ、あの。ケイさん」

「ん? なに?」

「えっと....」

「なに。なんか言いよどむようなことなの?」

「い、いえ。このあとどっかでなにか食べませんか」

「ああ、もうお昼だもんね。ちょっと早いけど昼ごはんにしようか。わざわざ街に戻って店に入るのも面倒だしね。別にそれくらい素直に言えば良いのに」

「は、はい。すいません。なら、そうしましょう」

 動物園を回った後に食事、なんかますます『デート』っぽくなったとニールは思った。思ってしまった。食事に誘ったのは勢いだった。ニールはこんなに積極的に行動したのは初めてだった。もっと楽しい思いをしたいと思ったら思いついたのだ。どんどんデートっぽくなっていくのはニールにとって嬉しいような申し訳ないような思いだった。そもそもケイはデートだなんて微塵も思っていないだろう。そんな相手に対してデートっぽい動きに巻き込んでいくのはなにかイケないことな様に思われた。なので、誘おうとしたあとに言いよどんでしまったのだ。そして、言ってしまったあとも罪悪感が感じられた。

「どうしたのニール。なんか暗いけど」

「い、いえ。なんでもありません」

「まぁ、良いけど。なら、もうちょっと見てから行ってみようか」

「は、はい」

 そう言って二人はマーブルバードのゲージを後にした。

「あ、ポニーが作から出て歩いてますよ」

「あ、ホントだ。へぇ、ああやって公園を歩かせるんだ」

「触っても良いみたいです」

 見れば柵から出て飼育員に釣れられてポクポク歩いているポニーを子供が触っていた。ニンジンを食べさせている子供も居る。

「行ってみる?」

「は、はい」

 ニールは嬉しそうに答えた。それから二人はしばらくポニーと戯れ動物園から出た。



「なんですかねこれ」

「私も分かんないね。ハンバーガーのトゥキーナ版ってとこかな」

 二人は自分の手の中にある食べ物を見てまじまじと言った。二人は昼飯を食べるために少し戻って飲食店の立ち並ぶエリアまで来ていた。せっかくなのでトゥキーナっぽいものを食べたいということで選んだのがこの店だった。観光客向けというよりは地元民向けと言った感じの店でメニューにはケイとニールが見たことのないトゥキーナ料理が並んでいた。その中で二人が選んだのが『おすすめ』と書かれたこの料理だった。薄い生地を折り曲げてあり、その間にひき肉、パプリカ、レタスなどが挟まれている。これはカルネと呼ばれる料理でトゥキーナの国民食と言えるほどこの国ではメジャーな食べ物だった。実のところアポロジカでも売っている店はそこそこあるのだがケイはそのへんにうとく知らなかったのである。

「食べれば良いんですよね」

「いや、なんかこれをかけて食べると良いみたいなこと言われたけど」

 そう言ってケイはテーブルの横に置いてあるソースを手に取る。しかし、赤かった。とても赤かった。サルサソースと呼ばれるものだ。

「どうみても辛そうだね」

「す、すごく赤いですね」

 チラリとニールは他の席を見る。しかし、やはりカルネを食べているものはみんなこのソースをかけていた。中にはカルネが真っ赤になるほどかけているおっさんも居た。ニールはゴクリと喉を鳴らした。

「嫌だったら無理してかけなくても良いんだよ」

「い、いえ。せっかくですしかけてみますよ」

 ニールはそう言ってケイからソースをもらいそーっとかける。しかし、

「ああっ」

 そーっと出したつもりが案外ソースはドロドロ出てきてカルネはすぐに赤色に染まってしまった。

「あーあ。食べれるの? 大丈夫?」

「いえ、食べれますよ」

 ニールは半ばムキになっていた。そして思い切ってかぶりつく。そして、そのまま噛み締めた。

「うぉおっほぉ、おほっおほっ!」

 辛さで途端に咳き込んだ。ニールは涙目になりたまらず水を飲んだ。

「はははっ。だから言ったのに」

 ケイは珍しく笑った。ニールは苦しかったが嬉しかった。

「止めときなって。そっちは私が食べるからニールはこっちのを食べな」

 そう言ってケイはニールに自分のカルネを差し出した。

「あ、ありがとうございます。すいません。いただきます」

「良いから。もうちょっと水飲んどきな」

「はい」

 ニールは水をまた飲んだ。そしてケイはカルネを食べた。しかし、ケイは咳き込まなかった。

「へ、平気なんですか?」

「まぁ、辛いけど。私は割と辛いの平気なんだよ」

「す、すごいですねぇ」

 ニールは素直に尊敬した。若干額に汗は浮いているがケイは平然としている。ニールはそれからケイにもらったカルネに今度こそそーっと適量のサルサソースをかけてようやく落ち着いて食べた。しかし、まだやはり辛かった。ニールの額にも汗が浮かんだ。

「やっぱり辛いですね」

「はは、ニールは辛いの苦手なの」

「あんまり得意じゃないです」

「好きなのものとかは?」

 ケイは昨日車の中で聞かれた質問を返した。それでふと思った。自分はニールについてまだ何も知っていることが無いと。

「ホットドックが好きです。マスタードは無いやつですけど」

「ホットドックか。サムウェイのやつとか?」

「は、はい。あそこのアボガドのが好きで」

「へぇ。友達とかと行ってたの?」

 ケイが聞くとニールの表情が少し曇った。

「友達とはあんまり....。僕、どっちかっていうといじめられっ子で.....」

「ああ、そうだったの」

 ケイは少し申し訳なく思った。あんまり聞かない方が良かったと。それでも、先を続けた。ケイはニールのことを知っておきたかったのだ。

「それは大変だったね」

「はい、あんまり楽しくない思い出も多かったんですメイフィールドには。でも、それも僕がダメなのが悪い部分もありますから」

「そんなことないって。ニールは別にダメじゃないよ。良いやつだよ」

「ありがとうございます。でも、やっぱりダメなんです。僕、何やっても上手くいかないんです。全部人よりも出来が悪くて。運動も、勉強も、仲間内の遊びも全部ダメなんです」

 ニールはうつむきがちに言った。今までの生活を思い出しているのだ。

「本当にどうしてこうなのかなって思って。でも、戦うことも出来ないままここまで来ました。ずーっと僕は逃げてばっかりだったんです。色んなことに負けながら、逃げながら12歳になったんです」

 ニールはポツポツとケイに自分の思いを打ち明けた。

「本当に自分でもずーっと嫌だったんです。なんで自分はこうなんだろうって。どうして何もかも上手くいかないのかなって。お父さんもお母さんも居ないし。おばあちゃんにはそれは感謝してました。でも、やっぱり本当は寂しかったんです。僕はどうも他のみんなと違うんです。僕は他の人みたいに出来ないんです。僕はダメで落ちこぼれなんです」

 ニールの表情は本当に悲しそうだった。ケイはそれを見て言った。

「でも、オルトガに行こうと思ったんでしょ」

 それを見てニールは顔を上げた。本当に、本当に驚いていた。

「あんた言っただろ『やるべきことをやって少しでもましな人間になりたい』って。なら、あんたは今度は逃げてないよ。あんたは立派だと思うよ」

 ケイは続ける。ケイにとってはなんてことのない、本当にただ思ったことを。

「私はあんたはそれだけですごいと思うし、それにあんたならやり遂げると思うよ。必ずオルトガにたどり着ける。だから、そんなに落ち込まなくても良いんだよ」

「.....ありがとうございます」

 ニールは少し涙ぐんでいた。ニールは本当に嬉しかった。それはニールがずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。ニールはずっと誰かに背中を押して欲しかったのだ。

「ふむ」

 ケイは少し首をかしげて宙を見た。

「あんたが自分のことをちゃんと話してくれたんだ。私も自分のことを話そうかな。聞いてくれる?」

「は、はい。是非」

 ニールは力強く答えた。眼の前の小さな恩人で英雄の言葉に耳を傾けた。カルネの辛さはもう感じなくなっていた。

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