第11話

 一番最初のことが起きたのは半年前でした。僕はメイフィールドの裏通りに住んでました。第14区画のです。そこでおばあちゃんと住んでて、おばあちゃんは僕が赤ん坊のころからずっと一緒でした。お母さんの顔もお父さんの顔も僕は知りません。僕はおばあちゃんに育ててもらってきたんです。でも、半年前におばあちゃんが死んだんです。おばあちゃんの知り合いの人にお葬式を上げてもらって、僕はこれからどうなるんだろうって思ってました。

 そんな時だったんです。知らない人が僕を訪ねてきたんです。おじさんでした。普通に街に居るような服装をしてたんですけど。でも、今はどうしてもその顔を思い出せません。その人は戸口で僕の顔を覗き込みながら、

「君は何か大事な物を持っているだろう。それをおじさんに渡してくれないか」

 って言いました。僕は良く分からないって答えました。おじさんは

「私は君のおばあさんの古い知り合いだ。おばあさんに自分が死んだらその大事なものを頼む、と言われていたんだ。だから、家の中を探させてくれないか」

 って言いました。僕はおばあちゃんの知り合いって言われて少し安心したけど、でも、なんだかそのおじさんが怖かったんです。だから、今は無理ですって答えました。そしたらそのおじさんは一瞬だけ怖い顔をしました。本当に怖い顔をしました。それから、

「失礼するよ」

 って、僕の言ったことが分からないみたいに家に入ってきました。

 僕は止めてください、って止めたんですけどその人はどんどん家の中に入っていきました。そして、僕の部屋に入りました。そこでその人は何か呟いて、それからその人の周りに模様の入った光の輪っかが出ました。おじさんはすぐにそれを消して、それから迷わず僕の机の引き出しを開けました。そこから僕が大事にしてた腕輪を取り出したんです。それは、僕がおばあちゃんの家にまだ赤ん坊だったときに来た頃一緒に持っていたものだっておばあちゃんは言いました。おばあちゃんに『それはとっても大事なものだから決して外に出したり、人に見せちゃだめだよ』って言われて、ずっと大事にしまってたんです。それをその人は手にとって、

「ああ、これだ。これだよニールくん」

 って怖い笑顔で言いました。僕はとっても怖くて返してください、って言いました。でも、その人はにっこり笑ってまた僕の言葉が聞こえないみたいにそのまま僕の手を掴みました。それで、

「さぁ、一緒に行こうニールくん」

 って言いました。その時は本当に今までで一番怖かった。僕は必死に振りほどこうとしました。でも、無理でした。その人は僕に手をかざしました。それでその人がまた何かを呟くとその人の手がぼんやり光りました。その光を見てると段々抵抗する気が無くなっていって。今思えばあのままだと僕は連れ去られてました。その時に、

「ちょいとごめんよ」

 って、スミスさんが間に入ってきて助けてくれたんです。スミスさんはそのままその人に剣で斬りかかって、そしたらその人はいきなり消えました。それで僕は助かりました。スミスさんは腕輪も取り返してて、それで僕をグッドモーニング・バーガーまで連れてって来れました。そこでスミスさんと話をしました。スミスさんは僕のことも知ってて、おばあちゃんとも知り合いでした。それで腕輪のことも知ってました。それでスミスさんは言いました。

「お前はこの街に居たらまたあいつみたいのが襲ってくる。逃げたほうが良い」

 って。僕は突然のことで良く分かりませんでした。

「この街を出た方が良いってことだ」

 ってスミスさんは付け加えました。僕は嫌だって言おうとしましたけど、あの家に入ってきたおじさんのことと腕輪のことを思ったら言えませんでした。スミスさんは、

「2つ道がある。腕輪を俺に預けてお前は俺の知り合いのところに行くか、もしくはお前が腕輪を持って安全な場所に逃げるかだ」

 って言いました。スミスさんは少し考える時間をくれました。でも、この店を出るまでに決めないと駄目だとも言いました。それで、僕は考えて腕輪と一緒に安全な場所に逃げることにしたんです。本当にごめんなさい。それでオルトガっていう国までスミスさんと一緒にお二人を騙して連れてってもらうことにしたんです。



「.......なるほどね」

 ニールの話を聞いてケイは腕を組んでイスにもたれかかった。とりあえず話を飲み込むことは出来た。

「やっぱりあのおっさんのお節介が発端だったか」

「本当にすみません」

 ニールは深々と頭を下げた。

「良いよ。それに関してはもう乗りかかった船だから」

 ケイは言ったがそこでタキタが食って掛かった。

「良くないですよケイさん。それでどうして私達に依頼が回ってきたのかの流れは分かりました。でも肝心のことがニール君の話には抜け落ちてますよ。その腕輪っていうのは何なんですか。あなたを襲ったのは誰なんですか。そして、何故あんなとんでもないマシンが私達をあなたを襲ってくるんですか。それが分からないと全然納得出来ないですよ」

 タキタがまくしたてるとニールは縮こまった。しかしケイが言った。

「話せないんでしょニール」

「はい.....」

 ニールはなお縮こまった。

「スミスさんにそういう話は絶対にするなって言われました。これはケイさんとタキタさんのためだそうです」

「そんな、原因やら理由やらも分からないままあんな化物と戦いながらオルトガまで行けって言ったんですかスミスさんは」

 タキタは唖然としていた。それは依頼を受けた時に出された条件だ。『詮索するな』。タキタは言われたとおりに動いた。しかし、状況が変わったのだ。タキタの予想を遥かに上回る障害が現れ、挙句の果てに依頼そのものが嘘っぱちだと来た。これでもなお概要を知ることさえ出来ないなんて言うのはタキタには理解出来なかった。しかし、ケイはなんとなく察しているようだった。

「タキタ。私を襲ったマシンはね、自分のことを十二神機だって言ってたよ」

「はぁ!?」

 タキタは今度はケイの言葉に驚愕した。飲みかけていたコーヒーを吹き出す。十二神機。その言葉はこの世界に住んでいる人間なら知らないものは居ない名だ。

「そ、そんな馬鹿な。そんな歴史の教科書に出てくるようなものの名前。大体あれは150年前の『大災厄』の時に全て破壊されているはずですよ。十二神機を騙った別の何かなんでしょう」

「でも、あんな常識はずれのハイスペックマシン今の世界に存在すると思う? 私はあながち嘘じゃないと思ってる」

「いやいやいや。そんな馬鹿な」

 タキタは額を抑えて笑っている。しかし、笑っていながらその表情には焦りの色が浮かんでいた。

「あの、十二神機ってあの十二神機ですか?」

 そんな二人にニールが聞いた。

「ええ、あの十二神機ですよ。この星の気候や地形を管理し人間の繁栄を恒久的なものにするために惑星規模で運営されていた環境管理システム。その暴走によって起きた『大災厄』の折、システムの尖兵として活動した12のマシンのことです。ニール君は詳しく知ってます?」

「いえ、教科書で習ったくらいです...」

「なら、この際ですから少し説明しておきましょう。そもそも、『大災厄』は惑星管理システムの暴走で起きたって話ですが暴走とは少し違うんです。あれはシステムがよりこの星を管理しやすいように改造しようとしたって話が有力視されてます。しかし、システムだけではそれを行うことは出来ません。惑星をコントロールするために大気圏内や地殻内部にナノマシンを散布してはいましたがそれだけでは力不足だったんです。そこで、自分の代わりに行動を起こす手足が必要だった。そのためにシステムがつくったのが十二神機です。1機1機がハリケーンを呼び起こし、砂漠に雪を振らせ、極地を高温にさらすことも出来、磁場を歪め、地震を引き起こすことも鎮めることも、火山を噴火させることも、果ては地殻をずらして山を築き、谷を作り、大陸を思うままに分割することさえ出来るモンスターマシンです。そして、その全てが人間に構造の解析が不可能なんです。それも当たり前です。あれは惑星管理システムが自分で設計し作ったのですから。『大災厄』の直前のシステムの動作状況はそれを制御していた人間にも理解できなかったそうです。いわく『システムは神の頭脳となった』だそうですよ。つまり人間を超えた神の頭脳が作ったオーバーテクノロジーなわけですね、十二神機は。そしてマシンたちは惑星を作り変えていった。そして、一度世界が終わった。それが『大災厄』なんですよ」

「なるほど」

 ニールは分かったのか分からなかったのか、しかし、重い表情でタキタの説明を飲み込んだ。

「そしてそういうほとんど神様みたいなマシンが私達を追ってるんだって言ってるんですよ、ケイさんは」

「でも、それが一番適当だと思うけどな。自分で名乗ってたし」

「まぁ、あの魔力量なら可能性はありますが、でもなら逆に十二神機にしては弱すぎるようにも思いますけど。だって、ケイさんが太刀打ち出来たんでしょう。本物なら黒翼を使っても手も足も出ないはずです」

「それはそうなんだけどね。でも、あれが本当に十二神機ならニールが話せないのにも合点がいくんだよ」

「どういうことですか?」

 タキタはケイの言いたいことがいまいち分からない。

「タキタ、十二神機は破壊されたってさっき言ったよね。誰がそうしたんだろう」

「『大災厄』の後に死闘の末、管理局が回収、廃棄したって話でしょう」

「そうだね。それからニールが向かっているオルトガ自治特区あそこは完全相互不可侵、完全中立を謳ってるでしょ。そして、それは管理局も例外じゃない。あそこは世界で唯一、管理局が手を出せない場所なんだ」

「そ、そんな....。それはつまり」

「追ってきているのが管理局が破壊したはずのもの。逃げ込もうとしているのが管理局の手の出せないところ。つまり」

「相手は管理局だって言いたいんですか。ケイさん」

 タキタはいよいよ全身の力が抜けてしまった。

「そういうことだよタキタ。相手は『世界の管理人』だ」

 ケイは忌々し気に言った。

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