第6話

『攻撃を確認。ボディ右側部への軽度の衝撃。損傷無し。状況を続行します』

 マシンはそう言って立ち上がった。ケイが食らわした全力に近い蹴り。それを脇腹に受けてマシンは40m近く吹っ飛んだのだ。生身の人間が喰らえば即死級。戦車でも装甲に大穴が空く。しかし、マシンは無傷だった。いや、黒いモヤに覆われているのでケイ達に傷を伺う事はできなかったが見なくても分かった。ピンピンしている。まるで、ダメージが感じられない。

「な、なんですかあいつ。どういう装甲してんですか! まともにケイさんの蹴りを食らって平然としてますよ!」

「防衛術式を組めば耐えるやつは居るよ。そんなに驚くことじゃない」

 しかし、そう言いながらもケイの表情は優れない。いや、明らかに動揺している。黒翼によって拡張された感覚で分かってしまったのだ。

「でも、あいつはそんなもん使ってない。正真正銘まともに食らって効いてない」

「そんな。なんなんですかあいつは」

「分からない。全然分からない。ただ、間違いないのは今までやってきたやつの中でもトップクラスにヤバイ奴だってことだけ」

「『パブリックエネミー』並ってことですか」

「さぁ。どこまでかはまだ分かんないけど」

 そう言うケイの表情には焦りと畏怖。マシンがとんでもない相手だとはっきり分かってしまったのだ。一体次どう動くべきか。どう動けば上手くいくのか分からない。マシンは完全な未知だった。

 しかし、マシンはそんな二人の気など知りもしない。

『敵性反応を確認。人間二名。内一名、魔力循環の異常を確認。検索。類似術式データ無し。検索。魔導機関との類似性を確認。対象の障害レベルをBと規定。排除します』

 そう言ってマシンは吹っ飛んだ。文字通り吹っ飛んだのだ。砲弾のように、という表現でも生ぬるい。マシンは落雷のような爆音ととてつもない衝撃波を発生させながらケイに向かって突撃したのだ。そしてマシンはその爆音より衝撃波より速くケイの眼の前に現れ拳を振るった。

「ちっ!」

 しかし、ケイは舌打ちをかましながらそれをすんででかわす。マシンはどういう原理なのかすっ飛んでいくこともなく、勢いを完全に殺しそのままケイに蹴りをかます。ケイはそれもいなした。そのままケイは膝蹴りをマシンの腹に打ち込む。マシンはまたもろに食らって十数メートルを転がった。そしてここでようやく爆音と衝撃波が追いついた。タキタが居るショップの周りが被害を受ける。タキタはそのまま一回転し、ショップの窓は全て割れた。

「ぎゃああ!」

 タキタは叫び、何とか受け身を取って起き上がる。

「なんですか! 何が起きたんですか!?」

 タキタには状況が把握出来ない。なにせ一連の流れは文字通り一瞬の間に起きたのだ。

「あっちが攻撃してきたから反撃したんだよ」

「攻撃? なにをしてきたんですか?」

「ただ、ぶっ飛んできて殴ってきただけ。とんでもない速度だったけど対応出来ないわけじゃなかった。こっちの攻撃を避けることもしなかったし」

 ケイが睨むマシンはまたすぐに立ち上がった。

『損傷無し。対象の障害レベルに対する戦闘結果に矛盾あり。スキャン。当機のシステム稼働率40%。現状では対象を排除するに至らない可能性が存在』

 マシンはまた一人でベラベラと話していた。相変わらず傷を負った様子はない。

「タキタ。逃げるよ」

「ええ? でも、一応戦えているんでしょう。なんとかならないんですか」

「どうも気味が悪いよ。何かまだ隠し玉があるような感じだ。とっとと撤退しよう。逃げながらの方が主導権を握れるから戦い易いし。ニールは?」

「そうですよ! ニール君を早く連れ出さないと!」

 タキタは公衆便所に急ぐ。ケイはマシンから目を離さない。

『システムの解放を要求。アップロード。接続、及び稼働まで180秒」

 マシンはそう言うとピタリと停止した。まったく動く気配がない。直立不動で砂漠の真ん中に立っている。ケイはそれを見た瞬間マシンに一瞬で近づき、全力で延髄蹴りをかました。マシンは吹っ飛ぶ。何度もバウンドし100m近くの彼方まで飛んでいった。しかし、マシンはやはり立ち上がりまたピクリとも動かなくなった。

「本当に気色悪いね」

 ケイはそう漏らした。



「ニール君! ニール君! 大丈夫ですか!?」

 タキタが公衆便所に駆け込むとそこにニールの姿はなかった。小便用の便器が並んだトイレの中に人影はない。

「ニール君! 居ますか?」

 タキタは呼びかける。すると、奥の個室からすすり泣く声がタキタに聞こえた。

「ニール君!」

 タキタが個室のドアを握ると開かなかった。ニールは中から鍵を掛けているのだ。そしてニールは声を殺して呟いていた。

「やっぱりこうなった...やっぱりだ...」

 タキタは一瞬思案したが迷っている場合ではない。

「恐怖でパニックになってるみたいですね。ショップの店長には悪いですが仕方ありません」

 タキタは懐からカードを取り出した。スペルコードの刻まれたinstant magic card。それをドアのノブにかざす。

「アクティブ」

 タキタが言うとカードから衝撃波が発生しノブが吹き飛んだ。カギごと吹き飛んだドアを引きタキタは個室に踏み込む。

「ニール君!」

 ニールはうずくまって頭を抱えていた。

「タ、タキタさん」

「逃げますよニール君! ここは危険です!」

「ぼ、僕のせいでこんな...」

「事情は今良いです! とにかく逃げなきゃ死にます!」

 タキタはニールの手を掴むとそのまま個室から引っ張り出した。ニールはもたつきながらもタキタに従う。ニールに合わせながらタキタはなるべく早く外に出た。

「ケイさん! どうなってます?」

「分からない。突然だんまりで動かなくなったよ。でも180秒がどうとか言ってたからあと2分ほどで動き出すかもね」

「あ、ケイさん。それは...」

 ニールは目を丸くした。もちろんケイの背中から生えている無機質な黒い翼を見てのことだ。

「まぁ、これは私の特殊能力ってとこだよ。とにかくタキタ。車を出して。さっさと逃げるよ」

「逃げるって言っても。あんなやつ相手に逃げれますかね」

「私が屋根から迎撃する。とにかく空港に向かって突っ走って」

「なるほど、空港に行けば常駐の軍が居ますね! 特級を見せて援護してもらいましょう!」

「いや、うーん。どうだろ。まぁ、良いよ。とにかく車を出して」

「了解です!」

 タキタは車まで行くとエンジンをかけニールを助手席に乗せる。

「しっかりシートベルトを締めて下さいよ。アクセル全開でぶっ飛ばします」

「は、はい」

 ニールは急いでシートベルトを締める。それを見るとタキタは全開でアクセルを踏み込みバックした。ニールは思い切り前につんのめる。

「ケイさん」

「うん」

 ケイはひとっ飛びで車の屋根に着地する。タキタはまたペダルを踏み込み急発進した。ニールは今度はシートに押し付けられた。ケイは振り落とされることなく屋根に乗っていた。そしてビーグルは道に出ることなく砂漠に突っ込んだ。

「さぁ! とにかく距離を離しますよ!」

 ビーグルのスピードメーターは限界まで振り切れた。最高速度で砂漠を突っ切り空港を目指す。



『アップロード完了。十二神機ヴァジュラ、システム開放率60%。目標の追跡を再開します』

 ケイたちの後方でマシンは再び動き始めた。

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