第5話

「どうですニール君。これが砂漠ですよ!」

「す、すごいです」

 ビーグルはようやく砂漠へと入った。見渡す限りの荒野。地平線までずっと荒野だ。その中にポツポツと岩と岩山が並ぶ。荒涼とした景色。もしくは、なにもない清々しい景色とも言える。その中を空港まで続く一本道が走っていた。空港に続く主要道なだけあり砂漠の中にも関わらず車通りは案外多い。タキタたちと同じ空港利用者の乗用車や荷物を積んだカーゴがすごい速度で突っ走っていた。

「この道を行った砂漠の真ん中に空港があるわけです。空港は広い敷地が必要になるので砂漠を開拓して作られたわけですね」

「な、なるほど」

「海に面した港を拡張して作られた空港も多いみたいですけどなにせメイフィールドは内陸ですからね。と、いうよりもメイフィールドが今から行くアポロジカ・セントラル空港を中心に発展したんですが。普通と順序が逆だったわけです。」

「な、なるほど」

「砂漠の真ん中だからクソ暑いんだよね、あの空港。ていうかもう暑いけど」

「は、ははぁ」

 ニールの一辺倒な返答にも段々慣れてきた二人だった。そしてケイの言う通り暑かった。エアコンは最大になっており空調の音で会話が聞こえづらいくらいだったがそれでもまだ暑い。3人の顔にはじっとりと汗が滲んでいる。メイフィールドも砂漠に隣接して作られているだけあり本来は暑いのだが、行政が冷却パイプを地中に通したり、気温を安定させる術式を使用するなどして日常生活においては影響がないようになっている。それだけに砂漠に出ると暑さがより強く実感出来るのだった。「はじめての砂漠、興奮が収まらないでしょうニール君」

「は、はい」

「へぇ。メイフィールドに住んでて砂漠見たこと無いんだ」

「ニール君は住んでるところからあんまり出ないんでしょう。まぁ、そういう人も居るんです。その分こうやって私達より感動が増すわけですから。それはそれで良いことなんじゃないですか?」

 タキタは小奇麗な言葉で小奇麗な理屈を並べた。

「す、すみません。僕本当は砂漠初めてじゃないです。学校の授業で一回来ました」

「やっぱり。メイフィールドに居て砂漠を見たこと無いなんてそうそうあるもんじゃないよ」

「ニ、ニール君。そういう事は早く言ってください。私なんだか恥ずかしいじゃないですか」

「すみません...」

 そうこしているうちにも車は進んでいく。道は砂漠の中を突っ切っていくが空港と街との間で魔力を通すために導線は走っている。砂漠の真ん中にある空港は魔力に乏しいため街から引いているのだ。いくつもの導柱に合金製の架線が走りそれがずっと向こうまで並んでいる光景は壮観だった。そして魔力が来ているということは魔導機関も動くということであり、人が営みを行えるということだ。なので多くはないがパワースタンドや商店が建っているのだった。

「ちょっと休憩しますか。空港の売店は品揃え悪いですし。ここらのドライブインに入りましょう」

「は、はい」

 タキタは手近に現れたショップにウィンカーを出し駐車場に入って駐車した。ケイとタキタも何回か利用したことのある小さな店だ。ただ、カーゴが入れるように駐車場だけはやたらと大きい。日用品から食べ物や飲み物まで、必要なものは大体ある店だった。

「ぼ、僕トイレしてきます」

「おや、ニール君。我慢してたんですか。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」

「す、すいません」

「謝る必要はないですよ。どうぞ行ってきてください」

 タキタがそう言うとニールは一目散に店の隣に付いているトイレへと駆け込んで行った。

「よっぽど我慢してたみたいですねぇ。さて、我々は買い物をしますか。ん? どうしました、ケイさん」

 ケイは端末を操作して画面を見ていた。見ているのはギルドのサイトだ。

「無い、無いね。検索しても今受けてる依頼が影も形も無いよ」

「ケイさん。まだ疑ってたんですか? 特級ですよ特級。そんな一般の依頼と一緒に表示されるわけないじゃないですか」

「それはそうなんだろうけど、掲示板にもまるで書き込みがないよ。普通特級が出たら噂ぐらいは立つもんだけどね」

「ケイさん。それはこれが正真正銘の重要案件だってことですよ。極秘中の極秘なわけです。我々は大役を仰せつかったわけですよ」

 タキタは偉そうに腕を組んでふんぞり返った。

「そう? 私にはこの仕事がそうだとは思えないよ」

「疑り深すぎですよぉ」

「まぁ、もう受けちゃったんだから言っても仕方ないのは確かだけどさ。子供が輸送対象じゃ簡単に投げ出すのも後味悪いし」

「煮え切らない事言わないで。何度も言いますけど8000万ですよ8000万。私達が20年以上かけてようやく稼げる金です。こんな仕事はないんですよ? 私達なら絶対上手くやれます。何が来てもケイさんの戦闘力なら問題ないですしね。戦車じゃ相手にならない、軍隊とも張り合える。本当にケイさんに勝てる相手が現れるっていうなら是非見てみたいもんです。まぁ、世界は広いから居るんでしょうけど一握りですよ。要らない心配してないで買い物に行きましょうよ。ケイさんは缶コーヒーで良いですよね。ニール君はなんかジュースで、私は.....」

 言いながらタキタは商店に足を向ける。その時だった。突如として轟音が響いた。それとともに閃光。緑色のものだ。そしてその後に爆風が巻き起こった。二人の居る商店にすさまじい砂埃が吹き付ける。

「な、何事ですかこれは!!!!??」

 タキタは中折帽を抑えながら地面に必死にしがみついている。ケイも姿勢を低くしていた。

「始まったってことだよ」

 ケイは実に面倒そうに言った。そして、爆風の中心地を睨みつけた。舞う砂埃が風に流され爆心が顕になる。

『起動。状況把握。G627J37ポイントに誤差0.006で転移完了』

 そこに居たのは人型のものだった。ただし、人間ではない。身長こそ成人男性のそれと同じくらい、発する声は電子音の男性のもの。だが、その肉体は金属製だった。近いものは軍用のパワードスーツだろうか。全身が合金と強化繊維で覆われている。しかし、やはりそれもどこで見たものとも違う。そもそも、足の関節が逆関節になっており人間が入っているとは思えない。顔には目にあたる部分に4つのレンズがあった。

「なんですかあれはなんですかあれは!!」

「どうも、マシンみたいだね」

 ケイは最大限の警戒を持ってその来訪者を凝視する。ケイの記憶に何か似たものが無いか考えているのだ。いや、見た目だけならそう真新しいデザインでもない。軍用の自立駆動のマリオネットの一体と言われればそれまでのような何の変哲もないデザインだ。しかし、

「なんなんだこいつ....!」

 ケイは激情から歯を噛みしめる。その激情は驚愕と恐怖だった。

「おかしいですよケイさん! あのマシンから吹き出してる魔力の量が尋常じゃありません! どう考えても大型の魔力炉5機分くらいはあります!」

「ああ、そうだね」

 タキタは会敵した際相手がどういった術を使うのか、どの程度の規模の実力なのかを図る参考として魔力計を持ち歩いている。それで実力の全てが分かるわけではないが知らないよりまし程度の意味はあるからだ。特にマシン相手なら駆動させるための魔力の規模でそのマシンの起こせる現象にもある程度当たりがつく。その魔力計、タキタがを大枚はたいてかなりの量まで計測出来る魔力計が今まで見たこともないような数値を表示していた。ケイもその能力の性質上肌で魔力を感じられる。魔力炉5機分以上。2機で都市一つの魔力を賄えると言われている。眼の前のマシンは都市2つ分の魔力炉以上の魔力を垂れ流してるのだ。二人は目の間の存在の異常性をはっきりと感じた。

『目標探査開始』

 マシンの首が動き、4つのレンズが辺りを見回した。ケイは警戒する。まだ、はっきりとこのマシンが敵と分かった訳ではない。だが、ケイの勘はもうそうだと告げていた。そして、こいつが何を探しているのかも知っていた。レンズは止まった。それは、ニールが入っていった公衆トイレだった。

『目標発見。鍵の回収を開始します』

 そうマシンが言った時だった。

「な...。まだ、魔力が上がるんですか!!?」

 マシンの魔力が跳ね上がり、そしてその周りを何かが覆い初めた。それは小さな黒いモヤだった。それはマシンにまとわり付き、さながら黒い鎧のようになる。

「そんな、ナノマシンですよあれ!」

「ナノマシン? あれは『大災厄』があったから使用が禁止されて、その後どうしても仕様が必要な時には厳重な認可が必要なはずでしょ?」

「そうですよ。もはや軍事目的で使用されることも稀です。使用した国は国際的な信用を完全に失いますからね。だから、こんなところで出てくるはずがないんです」

「そう。じゃあ、こいつはそういった話の外側に居るやつってことか」

 マシンはその逆関節を低く下げた。

『状況を開始します』

 そして、そのままトイレに向かって吹っ飛んだ。

「黒翼展開!!」

 しかし、マシンはそのまま横に吹っ飛ぶ。ケイが横蹴りを食らわせた。ケイの背中には片翼の凹凸のない真っ黒な翼が伸びていた。

「なんにしてもどうやらこいつが今回の面倒みたいだね」

 ケイは忌々しげに言った。

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