第3話

「さて」

 スミスは運ばれてきたコーヒーに口をつけると言った。3人は店の中央の方の4人掛けの席に移動したのだ。ケイとタキタは昼食を食べ終わり二人の前にもコーヒーが置かれている。

「それじゃ説明しようか」

「ええ、説明だけ聞きますよ」

「ああ、聞くだけでいい」

 スミスはまた一口コーヒーを飲んだ。

「ああ、ここのコーヒーは美味いな。コーヒー頼んだことねぇから知らなかったぜ」

「コーヒーのことなんて良いですから。早く説明してください」

「釣れねぇな」

「言ったでしょう。予定があるんですよ予定が」

「分かった分かった。じゃあ、まず仕事の概要だが。『荷物』は人間だ」

「出たよ。なんか訳ありの人なんでしょ。パスパス」

「まぁ、とりあえず最後まで話させてもうらうぜ。期限は4日。そいで、目的地はオルトガだ」

「出ましたね。オルトガなんてワードがそもそもきな臭いですよ」

 オルトガとはオルトガ自治特区のことだ。セルメド大陸の東の海に存在する人工的に作られた洋上都市である。自治特区などと言ってはいるもののほぼ国と言って差し支えのないほどの社会があり、国際的立場も確率されている。金融業と貿易で成り立っており小島ほどの面積の国土ながらその経済規模は世界でも上位に入っている。その海軍は世界最強と歌われている。そして、この国の最大の特徴はあらゆる国との相互不可侵条約である。オルトガはどの国とも戦わないし関わらない。完全中立国家なのだ。

「オルトガに行きたい人間なんて明らかに何かから逃げてるやつだよ」

「そうですよ。あそこに入りさえすればたとえ国家でも手出し出来ませんからね。どうなんですスミスさん」

「ああ、その辺はノーコメントだ。お前たちは知らなくて良い」

「怪しすぎますね」

「その代りにやばいと思ったらすぐに『荷物』を置いていってもらって構わねぇ。俺の方で後腐れないように調整もする。要するにリスクはほぼねぇんだ」

「信じられます? ケイさん」

「まぁ、信じられないよね」

 ケイもタキタも苦々しい顔全開だった。この世の全ての不快感が顔に張り付いているかのような表情だった。二人は今の所これっぽっちもスミスを信用していなかった。過去幾度となく苦い思いをさせられてきたからだ。前科何犯か分からないほどスミスにはハメられてきたのだ。

「やっぱ信用してもらえねぇわな。仕方ねぇ。これは虎の子だから見せんのはもっと詰めてからにしようと思ってたんだがな」

 そう言ってスミスは懐から紙を一枚取り出した。免許証と同じサイズの紙。スミスはそれを机の上にペイっと放った。二人はそれを見ると表情を変えた。驚愕したのだ。

「と、『特級』ですか!?」

「ああ、そうだ」

 『特級』とは『特級運搬証明書』のことだ。運び屋ギルド総本部が最重要として認可を下ろした依頼に発行される証明書だった。これ一枚あれば各国家、引いては管理局さえもあらゆる事由を差し置いてこの証明書の持ち主を支援する。パスポート代わりになるのは元より各公共機関への自由な出入り、情報の照会、果ては犯罪を犯しても逮捕の一時猶予期間まで与えられる。つまり、これが発行されているということはこの仕事がとんでもなく重要であり、かつ完全な後ろ盾があるということだった。

「な、なんだってこんなものをスミスさんが。しかもそんなメモ用紙みたいな扱いでポケットに入れてるんですか」

「まぁ、俺も引退したとはいえこの業界では重要人物だからな。本部のやつに泣きつかれてなぁ。それで仕方なくお前らのトコに来たってわけだ」

「そ、そんな。話があんまり突飛過ぎますよ」

 タキタはしどろもどろになる。特級などというものは運び屋をやっていても早々お目にかかれるものではない。無論ケイもタキタも見たのは初めてだった。

「まぁ、突飛だわな。普段の俺の振る仕事から考えると」

「そうですよ。いつもどこぞの重犯罪者の護送やら、軍隊の機密情報の入ったスパコンの輸送やらばっかりじゃないですか」

「革命家を運ばされた時は最悪だったね。あいつ自体の扱いも大概だったけどその後国際指名手配されかけたんだから」

「ああ、悪かったと思ってるさ。だから、この依頼を持ってきたんだ。これは俺の罪滅ぼしで恩返しだ。お前らにデカイ仕事任せてここらで運び屋としての地位を上げる手助けしてやろうって話だ」

 特級の仕事をこなした運び屋となればギルド内での扱いも相応のものとなる。常にトラブルばかり起こしている二人にとっては汚名返上の大チャンスだった。

「で、ですが。話がいきなりすぎて」

「ああ、急な話で悪いな。まだ、決め手が足りないか。なら報酬の話をしてやろう。この仕事の報酬は8000万トランだ」

「は、8000万!?」

 ちなみにタキタのビーグルはそこそこの価格の車で200万トランだ。それを40台買える大金である。普段の依頼がたまにある最上のものでも数百万トランなのでこの金額は破格だった。

「まぁ、さすが特級ってとこだ」

「す、すごい。すごいですよ。そんな金額聞いたこともない。さすが特級」

 タキタは明らかに気分が高揚していた。目深に被った中折帽に隠れた瞳が見えなくても輝いているのが分かる。

「まぁ、仕事の概要はそんなところだ。ルートも輸送方法もお前らに任せる。とにかく4日以内に『荷物』をオルトガに届けてくれれば良い」

「4日。4日ですか。空路も混じえれば4日あればオルトガくらい行けますね。出来る。出来ますよ!」

「何? 受けるのタキタ」

「え? えーと。そうですね。ケイさんはどう思います?」

「肝心のものが分かってないよ。『荷物』はなんなの」

「言っただろう『荷物』は人間だ」

「違うよ。どういう人間なのかって話。それが分かんなきゃ受けられないよ」

「なるほどな。抜け目ないなケイ」

 スミスはニヤリと笑った。そして、後ろに振り向いて手を振った。

「おい、ニール。こっちに来い」

 スミスが呼びかけるとその奥の席に座っていた人物が立ち上がった。そして、3人の座っている席の元まで歩いてきた。

「紹介する。こいつが今回の依頼で運ぶニール・エヴァンスだ」

「こ、こんにちは」

 ニールはペコリと会釈した。

「こ、子供ですか」

 そうだった。ニールは子供だった。年は12歳くらいだろうか。スニーカーにジーンズ。そして世界的に人気のキャラがプリントされたシャツを着ている。年相応の服装だ。ニールを見た二人の感想は『普通の子供』だった。

「な、なんで彼が特級の運搬対象なんですか?」

「その辺も知らなくていい。知らないのも仕事のウチと考えてくれ。とにかくお前らはこいつをオルトガまで運ぶだけで良い」

「で、ですが。どういう事情があるのか知ることで仕事の段取りを立てる部分もあるんですけどね」

「いや、知らなくても問題はねぇ。普通に運べば良いんだ。そう、お前らのいつも通りにな」

「そ、そうですか。いつもどおりですか」

 タキタは若干は腑に落ちなかった。しかし、そんな小さな違和感は8000万という額の前にキレイさっぱり消えてしまった。ニールは見た所普通の少年である。裏社会のドンの息子だとか、政治犯の手下だとかいうことはなさそうだ。それらを隠す演技が出来るような特殊能力者にも見えなかった。明らかに何らかの事情はあるのだろうがなにせ特級が発行されているのだ。今回の仕事には大きな後ろ盾がある。要するに『ギルド全体、もっと言えば世界全体の支援を受けながら4日以内に少年をオルトガ自治特区に運ぶ』というのが今回の仕事なのだとタキタは理解した。文字にして思い浮かべるとはっきりとタキタには感じられた。この仕事は出来る、と。自分の計画力とケイの戦闘力があれば間違いなくこなせる、と。つまり、手の届く位置に8000万トランが存在しているのだ。そう思ったときタキタの腹は決まった。

「ケイさん。この仕事受けようと思います」

「ええ? 受けるの? ホントに?」

「ケイさん! これはまたとないチャンスなんですよ!」

 タキタは強い口調で言った。

「一体全体この先私達にこんな仕事が舞い込むことがあると思いますか? いえ、ありません。恐らくこれを逃したらこの先永遠にありませんよ。これをこなせば我々にまとわり付いた良くないイメージも一掃、逆に一気に一流の運び屋の仲間入りです。しかも8000万の報酬。想像できますかケイさん。あなたの好きな服も音楽も買いたい放題。ライブも行きたい放題です。しかも、もう箔が付いてる訳ですからその後も良い仕事が次々舞い込み晴れて私達の運び屋ライフは順風満帆となるわけです。良いですかケイさん。この仕事を受けた暁には素晴らしい日々が待っているんですよ?」

 タキタは一気にまくしたてた。思いの丈を存分に舌に乗せたのである。しかしそれを聞いてもケイの表情は優れなかった。

「その依頼が本当に正規のものならね」

「なんですかケイさん。まだ疑ってるんですか? 特級ですよ特級」

「まだ疑ってるって、タキタもさっきまでまるで信じてなかったじゃん。大体さ。その特級本物なの?」

「え?」

 ケイに言われてタキタはもう一度特級運搬証明書を見た。

「ニセモノなんてことあるんですか?」

「このおっさんならあり得るよ」

「ひでぇ言いようだな。いくら俺でも特級を偽造なんて大それた真似しねぇよ」

「どうだか」

「疑うってんなら手にとって見てみろ」

 言われてタキタは特級を手にとって見る。目の高さまで上げてまじまじと偽物でないか確かめた。

「あ、大丈夫ですよケイさん。ちゃんと透かしもチップも入ってます」

「何? 特級ってそんな偽造対策してるの」

「おやおや、何も知らないんですねケイさん。問題ですよ? 特級はその有用性から偽造しようとする者も当然居ます。なので対策として様々な工夫が凝らされてるんですよ。今言った透かしにチップ。四方の角に小さくアルファベットも刻まれていますし。あとは....」

 タキタのうざったい言い方にすでに半ギレになったケイだったが一応有用な情報なので先を黙って聞く。タキタはその手にカードを乗せる。即席魔法を生み出す魔導機関内蔵のカードだ。タキタはそれを発動させる。発生したのは小さな炎だ。タキタは炎に特級をかざした。

「出た出た出ましたよ。本物の特級は熱を加えると『PORTER』の文字が浮かび上がるんです。これで本物なのは確定ですよ」

 見れば確かにタキタの持つ特級にはアルファベットが浮かび上がっていた。

「嘘ぉ。本物なのそれ」

「本物ですよ。間違いありません。よってこの仕事も本当に特級の仕事なんですよ。8000万も本当ってことです」

「ありえないと思うんだけどな。このおっさんがそんな美味い話持ってくるなんて」

「なんてことを言うんですかケイさん! これは我々の今までの労力が報われたってこと。そしてそれをスミスさんが認めてくれたってことなんですよ! むしろスミスさんには大感謝です。持つべきものはスミスさんなんですよ」

 タキタはもはやケイが何を言っても聞く耳を持たなかった。平然と今までの言い分と正反対の発言をしている。

「というわけで。この仕事受けますよケイさん」

「ええー。ホントに受けるの? これから始まるって事でしょ。3連休にするんじゃなかったの?」

「8000万の特級です。休んでる場合じゃないんですよ」

 そしてタキタはスミスに向き直った。

「では、改めましてスミスさん。この仕事引受させてもらいますよ」

「おお、そうか。そいつは良かった。お前らなら受けてくれると信じてたぜ」

「もちろんですよ。私達とスミスさんの仲じゃないですか」

 そう言って二人は笑いあった。ケイは実に不愉快な光景だと思った。いろいろと引っかかることばかりだったが、特級が本物だと言うなら仕事は本物だと言うことになる。本当に渋々従うわけだが残念ながらケイはタキタを止める理由を思いつけなかった。しかし、とりあえずケイは言っておく。

「タキタ」

「なんでしょうケイさん」

「この仕事を受けたのはアンタだからね」

「ああ、はいはい。分かってますよ。責任は私が全て受け持ちます。ご安心ください」

「それなら少しは安心したよ」

 実際安心などケイはしていなかった。やはり、どうも胡散臭い。色々都合が良すぎる。しかし、対論を思いつけないのでケイはそれ以上は何も言わなかった。せいぜい出来るのは注意深く仕事をこなすくらいだ。

「じゃあ、頼んだぞお前ら。こいつは預けたからな」

 そう言ってスミスはニールの肩を叩いた。今まで静かに会話を聞いていたニールはどうやら緊張していたらしかった。表情も体もカチコチだ。

「はい、間違いなく。ニール君。必ず君をオルトガに届けてあげますよ」

「よ、よろしくお願いします」

 ニールはタキタが差し出した手を握った。これでいよいよ仕事が始まるのだ。タキタは早速段取りについて頭を巡らせた。

「じゃあ、俺はこれで行くわ。後は任せたぜ」

「ええ、お任せください。いい話をありがとうございました」

「じゃあな。さて、ニール。ちょっと話がある。良いか?」

「は、はい」

 ニールは立ち上がりスミスと一緒に入り口の近くまで行った。そして二人は何かを話始めた。ケイとタキタは取り残される。

「なに話してるんだろうね」

「まぁ、彼の親御さんか誰かが依頼されたんでしょうし、そういった事情の話じゃないですかね。最後に注意点か何かをスミスさんがニール君に教えてるんでしょう」

 そう言ってからタキタは「はぁ~」と漏らしながら天井を見上げる。

「いや、それにしてもすごいことになりましたよケイさん。私達にこんな仕事が来るなんて。現実感ないですよ」

「私は実際本当かどうかまだ信じられないけどね」

「疑いすぎですよケイさん。特級は本物だったんですよ? あの熱で浮かび上がる文字は科学的な技術であることは元より魔力がある熱でないと反応しないので魔導的部分もあります。あれを偽造するとなるとそんなこと出来るのは世界でも数人でしょう。スミスさんが私達を騙すためにそこまでするとは思えませんよ」

「私も思いたくないけど。あり得なくはないのがあのおっさんだよ」

「疑い過ぎですって。それにニール君も普通の良い子みたいですし。この仕事は大丈夫ですよ」

 タキタはほくそ笑む。もはや頭の中は8000万のことだけだ。と、そこにニールが戻ってくる。見ればスミスが二人に向けて手をヒラリと振っていた。彼はこれで去るようだ。タキタも満面の笑みで手を振り返す。そうしてスミスは店を出ていった。残されたニールは相変わらず緊張で強張っていた。

「さぁ、どうも。改めてよろしくお願いしますよニール君」

「はい、こちらこそ」

 ニールの声は緊張で小さなものだった。

「そんなに緊張しなくて良いんですよニール君。あなたは私達が無事に目的地に送り届けます。私の計画と、そこのケイさんの戦闘力があれば何も心配はありません。大船に乗ったつもりで居てください」

「は、はい。お願いします」

 やはりニールの声は小さい。ついでにさっきから当たり障りのない返事ばかりだ。

「やはり緊張はほぐれませんか。まぁ、大丈夫ですよ。おいおい、慣れれば良いんですから。とにかくニール君は我々に任せてただ一緒に行動するだけで大丈夫です」

「は、はい」

「では、私は少し計画を練ろうと思います。あちらの席に移動して一人でじっくり考えるので、二人はここでお茶でもしていてください」

「はいはい。わかったよ」

 タキタは頭脳労働をする時一人になりたがる。本人曰く一人の方が能率が30%は上がるらしい。ちなみにタキタは自称『おつむの出来には自身がある人間』だがケイから見ればそうでもないといったところだった。

 そうして、タキタは自分のコーヒーを持って離れた壁際の一人用の席に行ってしまった。ケイとニールが残される。

「何か飲む? あっちの席に飲み物残ってるのかな」

「い、いえ。もう飲んだ後で片付けられてます」

「そう。ならなんか注文しなよ」

「い、いえ。大丈夫です」

「遠慮しなくていいよ。ここの飲み物安いし。それにタキタの話じゃこれからこの仕事をこなせば8000万手に入るらしいし」

「は、はい....」

 ニールは急に気落ちした様子になった。ケイはそれをまじまじ見つめた。

「ふーん....。君、なんでオルトガに行くの?」

「え、ええと。その、スミスさんに話すなって言われてて」

「ああ、そうだった。でも、ちょっとくらい話せないの。大まかな理由だけでもさ」

「ええと....」

 ニールは言いよどむ。その目は明らかに泳いでいた。焦っている。

「大丈夫だよ。それくらいなら話したって問題ないでしょ。それに私が誰にも話さなきゃバレるわけないし」

「い、良いんですかね」

「良いよ。少しでも情報聞いとかないとこっちも仕事に身が入らないんだよ」

「そ、そうですね」

 それから少年は少し表情を正した。ついでに姿勢も正した。どうやら本当に本当の事を言うつもりらしい。ケイはこの数十分を見てニールは実に分かりやすい人間なのだと思っていた。

「僕はやるべきことをやって少しでもましな人間になりたいんです」

「まし....ふーん」

「すいません、これ以上は言えないんです」

「良いよ良いよ。これで大まかな仕事の方向性は分かったから」

「そ、そうですか?」

「うん。そうだよ。だからもう大丈夫だよ。で、何頼むか決めた?」

「は、はい。じゃあアイスコーヒーのブラックを」

「へぇ。君ブラック飲めるの」

「はい。苦いほうが好きで」

「大人だねぇ」

 大人だねぇ、と言われるとニールの表情が少しほころんだ。やれやれ、とケイは思うのだった。

「さて、注文は」

 ケイは注文しようと店員を探す。しかし、今フロアに店員は居なかった。どうやら奥に引っ込んでいるらしい。それを見るとニールが立ち上がる。

「あの。僕注文してきますよ」

「そう? 悪いね」

「大丈夫です!」

 そう言ってニールは元気よく店員の居るキッチンの方へ向かっていった。途中で二度もイスの足に膝をぶつけていた。

 ニールが行くとケイは天井を見上げてため息を一つついた。

「やれやれ。あのおっさんまた大変な仕事持ってきたみたいだね、まったく」

 そうして、そう漏らした。

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