第2話

「何故、今日に限ってピザがないんでしょうかね」

「店長が寝込んで生地の仕込みが出来なかったからだって言ってたじゃん。スパゲッティはあるんだから我慢しなよ」

 二人は窓際の席について昼食を取っていた。ジョゼットは大通りから入った路地の奥にあり。馴染みか物好きが主な客層なので店内の客はまばらだ。お昼真っ只中ならもう少し人は居るが、少しずれているせいもあった。ケイの前にはチャーシュー麺があり、タキタの前にはナポリタンスパゲッティがあった。ケイはラーメンをすすり、タキタはがっくりした表情でうなだれていた。

「いいえ、この店に無いことに落胆してるんじゃありませんよ。なんで今日に限ってないのかという運命に落胆してるんですよ。ここに来るまでの空艇の中でもう決めてたんですよ。今日はピザとパスタって。そう、またスパゲッティって言いましたね。パスタです。それはともかく決めてたんです。決めてたんですよ私。なんでなんですかね」

「訳解んないよ。なんでも良いから食べれば。まぁ、お代は各々だから食べたくなければ食べなきゃ良いけど」

「いえ、食べます」

 そう言ってタキタは目の前のナポリタンにようやく口を付けた。

「おいしいです...。おいしいですよ..。ここは色物ですけどナポリタンだけは間違いないですね。たらこパスタよりこっちを押せば良いのに...」

「それはたらこスパゲッティでしょ」

「いえ、パスタです...」

 食べながらもタキタはどこか悲しげだった。よほどピザが食べたかったらしかった。

「まぁ、それはともかくとしてさ。次の仕事はどうする?」

「ともかくとしますか。まぁ、ともかくとされますよね。そうですね」

 タキタは情報端末を取り出しボタンを押した。立体画面が端末から表示される。タキタは浮かび上がったそれをいくつか叩き、ギルドのページの依頼一覧を出すとスクロールした。

「もう何日働きましたっけ」

「前の依頼と今の依頼はどっちも国外だったから、ここに戻ってきたのは20日ぶりだね」

「で、2つの依頼の間に4日休みを設けましたよね。そこから移動と下準備と実働で6日働いたわけですか」

「そうだね。じゃあ、2日くらい休みにする?」

「ええ!? せいぜい1日にしましょうよ。今回の報酬、仕事の割にずいぶん少なかったじゃないですか。今月の目標に届かないんですよ」

「ええー。良いじゃん目標とか」

「あなたは良くても私は良くないんですよ。私の野望のために」

「野望ってお店開くだけじゃん」

「立派な野望ですよ」

 タキタがこの仕事に就いたのは金払いが良いからだった。もうケイと組んで2年になる。この仕事で金を貯め自分の店を開くのがタキタの目標だ。その店でほどほどの収入でほどほどに残りの人生を送るのがタキタの人生設計である。その目標に向けて毎月コツコツと報酬を貯蓄しているのだ。しかし、ちなみに何の店にするかはまだ決まっていないのだった。

「とっとと金を貯めてこんな危険で不安定な仕事とはおさらばですよ」

「まぁね。私も他に出来ることがあれば遠慮したい仕事ではあるけど。でも、それ言い続けてもう2年だね」

「言わないで下さいよ」

 貯めた金は様々な事があり、溜まっては消えを繰り返して牛歩の前進状態なのだった。

「じゃあ、とりあえず明日は休みで。それで明後日も休みだね」

「それは状況次第です。いい仕事があったら声をかけるのでお願いしますよ」

「ええー。ブラックだよ」

 ケイは実に嫌そうな顔だった。とにかく予定も立ったところで二人は食事を再開する。このまま雑談でもしながら昼食を終えればとりあえず二人は自分の家に帰るのだ。ようやく仕事のカタがついた開放感、明日は休日だという安心感。和やかな空気が流れていた。

「おい、ケイ、タキタ」

 と、二人に声をかける者があった。二人は肩を震わせた。聞き覚えのある声だった。そして聞きたくない声だった。

「や、やぁ。スミスさん。偶然ですねこんなところで」

 二人の後ろにはおっさんが立っていた。汚れたトレンチコートにハンチング帽、無精髭を生やした身なりの良くないおっさん。彼はスミス。ギルドの職員であり前メイフィールドギルド長だった男だ。現役時代は名うての運び屋だったらしい。今は一線からは退き半ば隠居生活を送っているが度々仲介業のような事を行っている。そして、ケイたちに仕事を持ってくるのだ。だが、二人はスミスの顔を見るのが実に嫌だった。なにせ彼の持って来る仕事は大抵厄介な面倒を抱えた依頼人ばかりだからだ。

「偶然じゃねぇさ。お前らを探してた」

「へ、へぇえ。私達をわざわざ探してらしたんですか。良くここが分かりましたね」

「まぁ、勘だ。なんとなくお前らは食いたいもんの意見が割れてなんでもあるここに来てると思ってな」

「ははぁ。相変わらず鋭い勘をしてらっしゃいますねぇ」

 ケイは一言も話さずスミスを睨んでいた。実にしかめ面だった。

「なんだケイ。あからさまに不機嫌だな」

「当たり前でしょ。どうせまた私達に厄介な仕事を押し付けに来たに決まってるんだから」

「言うじゃねぇか。ずいぶん嫌われたもんだ。まぁ、そのとおりだから何も言い返せねぇがな」

 スミスはニヤリと笑った。

「ははは。いやぁ、スミスさん。申し訳ないですけ私達これから3連休にしようと決めたところだったんですよ。ケイさんも私も疲れてましてね。ゆっくり休むことにしたんです。なので仕事は引き受けられないんですよ」

 仕事があったらすぐ呼ぶ、と言っていたタキタだったがさっきとは随分違う言葉だった。

「まぁまぁ。何も選択の余地もなく押し付けようなんて思ってねぇよ。今回のは随分と厄介だからな。流石に気が引けてんのさ。だから、とりあえず話を聞くだけで構わねぇ。無理だと思ったら断ってくれ。そしたら他に当たるからよ」

「いやいや。もうこの後予定があるんですよ。私もケイさんも」

「時間は取らせねぇさ。すぐ済む。だから、話だけ聞いてくれよ。頼むぜ。実を言えば俺も弱ってんのさ」

「いやいや、困りますよ」

 そんな風にタキタとスミスは「申し訳ありません」「聞いてくれ」という応酬を不毛に繰り返す。ケイは心底うんざりしてラーメンをすする。もう麺が伸び始めていた。それでケイは重ねてうんざりするのだった。そして何十回かその応酬が繰り返され一向に引こうとしないスミスにタキタが業を煮やした。

「もう、いい加減にしてくださいよ。引き受けないって言ってるじゃないですか」

「引き受けなくて良いって。話を聞くだけだからよ」

「本当にですね。本当に話を聞くだけですね?」

「ああ、本当だ」

「本当に本当にですね? 妙なやり方で私達を騙したらもう私達ギルド抜けて別の街に行きますからね?」

「ああ、肝に銘じとくよ。だから話だけ聞いてくれ」

「分かりました。聞くだけ聞きましょう」

 そして、とうとうタキタは折れた。

「あーあ。聞くことにしちゃった」

「なんですか。聞くだけですよ」

「知らないよ私は。どうせこのおっさんのことだから私達が引き受けるって目算持って来てるんだよ」

「いや、でも妙な手は使わないって」

「なにかあるんだよ。その証拠にそのおっさんの顔が明らかに緩んだよ」

 そう言ってタキタが見るとスミスは口の端を吊り上げてニヤリと笑っていた。

「心配すんなよ。本当に話を聞くだけで良い」

「はい、そのつもりですよ。そしてどんな仕事でも引き受けるつもりはありませんからね」

「ああ、それで良い」

 そう言ってスミスは一層笑みを深くしたのだった。

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