二人目との遭遇
「それでは、御用がございましたらお呼びください」
「あ、ありがとう、ございました」
それだけ悠へ告げたメイドは案内前と同じくお辞儀をして部屋を後にした。残された悠は少し安心しながら部屋を見渡し、大きなベッドへと腰を下ろす。
「メイドさんと二人きりだったらきまずいと思ってたんだ……助かった」
仰向けに寝転ぶと腕を広げて体を伸ばしてみる。どこまでも沈んでいく柔らかい布団に数秒で夢に攫われそうになると、慌てて上半身を上げて部屋を隅々まで確認することにした。
「机に椅子、無駄に広いベッド……それから、あー……うわぁ」
タンスを開いて確認すると見事に木製ハンガーに掛けられた簡素なドレスがずらりと並んでいた。この時代は明らかに現代ではないためパンツスタイルが許されるとは思っていなかったが、目の前の衣装を見るとどうにも、私には似合わないだろ、という気持ちしか悠には生まれない。
「けど制服……皺になるのは嫌だしなぁ」
ずっとこのまま制服だけを着てボロボロになっても困る。唯一の向こうの世界での服だ。万が一戻れるとなった時に世界を繋ぐためにアイテムが必要となれば紛れもなく制服だろう。
しばし悩んだ悠は一番端にあった一番装飾が少ない藍色のシャツドレスを選び、着替えることにした。
散々悩んだ結果、メイドに尋ね黒タイツと焦げ茶色のショートブーツを借りた悠はその場に座れとは言われなかったが、無言の圧力を受けて椅子に座らされ、髪も綺麗に結い上げてもらった。ずらりと並んだリボンを選べとばかりに差し出された時は必死に首を横に振り拒否したのだが、全く意思の疎通が出来なかったために一番細く目立たない濃い緑のリボンを選んだ。
リボンを付けたのは幼稚園児以来だった。リボン自体は嫌いではないが、他人と比べて似合わないことを自覚した時にやめてしまったのだ。今だって桃華は似合うから付けていても構わない程に愛らしいが、悠は自分の容姿はリボンに負けてしまうので似合わないと思っている。
「そういえばどこをうろついちゃいけないか聞かなかったな」
カツカツとブーツの靴裏を鳴らしながら適当に廊下を歩けば、ここは実際の中世辺りの世界ではないのだと思うことが多かった。
まずは靴がとても履き心地が良い。フェイクレザーではなく本革なのは触ったことの無いしっとりとした気持ちいい感触で察した。昔の靴ならば現代の靴を履き慣れた悠には合わない筈なのだが、とてもしっくりと馴染んだ。
次に部屋の机に用意されていたお菓子の数々。一番最初にクッキーを摘んだのだが、普通に現代のものと遜色なかった。マドレーヌも粉の塊ではなくきちんとお菓子として成立していたのできっと料理も美味しいに違いない。食のストレスも心配しなくても良い環境は正直助かった。
そもそも普段使っていたような精巧な作りの黒タイツがこの世界にあることに疑問しか浮かばない。全ては魔法の素材と言えば何でも許されそうな世界ではあるのだが。
「……おや?」
前方から見知らぬ男性が近付いてくる。この世界に来て悠が出会った男といえば大司教のセドリック、そして俺様王子様のリアムのみなので出会う人全て見知らぬ、と付くに違いない。
少しピンクがかったミルクティー色の髪が遠目から見ても分かるほどに窓から降り注ぐ光を受けてきらめいている。それだけではなく、本人の整った顔立ちも相俟ってのきらめきだろう。
悠は何事も無かったように男の隣をすり抜けようと足を踏み出したが、男の長い腕に阻まれて叶わなかった。目の前に伸びた長い腕からはいい匂いが漂っている気がした。
「キミって噂の聖女様じゃなかった方の子だ」
先ほどより近くなった距離から聞こえる男の声に顔を上げることも出来ない。顔を上げればきっと近過ぎる距離に輝くお顔が鎮座していることを察していたからだ。
こういう時にはどうするべきなのか悠は知らなかった。乙女ゲームでは初対面イベントとしてスチルがあってもおかしくない状況だが、悠は聖女ではない。正しくイベントをこなすのは主人公であって自分ではないことをくらいは察していた。
というより、異世界に呼ばれた美少女と聖女という称号、整った顔立ちの王子、目の前に居る整った顔立ちの男。憶測だが、今桃華が話をしているのは世界を守るために選りすぐられた整った顔立ちの男達なのだろう。
「ねぇ、聞いてる?」
噂とは何だ。もしかして私はこの先、聖女じゃなかった方、と呼ばれ続けるのか。
ひとまず聞きたいことは二つほどあったが、悠はイケメンに言い寄られるという出来事に遭遇したことがなかったので。
「よっこいしょ」
とりあえずはのれんをくぐるように男の腕を下から押し上げつつくぐり抜けることにした。
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