聖女と一般人

「奇跡……って、だから具体的に何をするんですか?」

「それは……」

「私達は何をすれば、その聖女としての役割を果たせるんですか……?!」


悠からの問い掛けに狼狽えたセドリックの様子に、痺れを切らした桃華が声を荒げた。


「……私達にも、聖女様の能力は分からないのです」

「は……?」


間の抜けた声が悠の口から洩れると、セドリックは余計に申し訳なさそうに口を開いた。


「今までの歴史の中でも何度かこの世界は聖女様に救われているのですが、聖女様の能力については様々なのです。どんな傷でも治してしまう不思議な能力を持つ場合もあれば、様々な種類の魔法を用いて全ての敵を殲滅する能力もある。聖女様により、どのような奇跡をもたらして下さるのかが変わるのです」

「……因みに今までの聖女っていつ能力に目覚めたんですか」

「それにつきましてはこちらを」


悠の一言に、そういえばといった顔を見せたセドリックが部下に目配せをすると、地図の代わりに大きな水晶玉が机へ用意された。


「聖女様は皆、異国の見知らぬ衣服を見に纏っていること。そしてこの水晶に触れた時、初めて能力を理解するとの言い伝えがございます。それでは、ええと……」


桃華を見つめたセドリックは言い淀んだ。聖女候補が一人ならば聖女様で通せただろうが、ここには残念ながら二人居る。


「あ……ええと、私は桃華です。櫻井桃華」

「ではモモカ様。お先にこの水晶へ触れて下さいませ」


言われるままに水晶玉へ恐る恐る右手を伸ばした桃華は指先からそっと手のひらを押し付けた。途端、水晶玉から発せられた室内を満たす柔らかな光と、桃華を包むように吹く風が数秒間続いた。


「おぉ、これは正しく伝承と同じ光景……!」

「……聖女は本当に存在したのか……」


初めて見る光景に歓喜するセドリックの隣で、今までずっとやる気の無い表情を見せていた青年が驚きに目を丸めた。光は段々と小さく一点へ集まった後に、まるでそこがあるべき場所のように桃華の胸へと吸い込まれていった。


「……私……本当に……?」

「おめでとうございます、モモカ様。それでは続いて……」


桃華の時と同様にセドリックが言葉を濁した。


「悠。橋本悠です」


悠は名前を呟くと同時に遠慮無く水晶玉へ触れた。のだが。


「…………」

「…………」

「…………おい、セドリック。こいつは何も起きないぞ」


数秒間待ってみたが、一向に反応が無い。光どころか風すらも起こらない。両手で触れてみても全く無反応な水晶玉を見下ろして、セドリックはこう判断せざるをえなかった。


「誠に申し訳ないのですが……ユウ様は巻き添えになってしまっただけの、ただの異世界人のようです」

「……待って下さい、それじゃ」

「だとしても、元の世界へ帰る術は無いのです。誠に申し訳ない」


深々と頭を下げるセドリックの後頭部を見つめながら、悠は混乱していた。

ただの異世界人、ということは異世界から来ただけの一般人ということだ。異世界から村人が来ても何の役にも立たないだろう。これからどうすればいいのかと尋ねようとした悠の質問は、いきなり立ち上がった青年によって遮られた。


「よし、決まったな。お前が俺の花嫁だ」

「え……?」


桃華の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた青年はセドリックに視線を向ける。


「おほん、ご紹介が遅れました。こちらはリアム・レスト・ハルベイン様。この国の王子でいらっしゃる。そして代々聖女様は王子と結婚し、末永くこの国を繁栄させていくために尽力いただく……という決まりがございます」

「と、いうことだ。お前だけが聖女ならば必然的にお前が俺の花嫁ということになる。来い」

「え……?! ま、待って! 離して!」


有無を言わせず桃華の腕を引いて扉へ向かう青年、改めリアム王子は嫌がる桃華には一切目もくれず長い足で遠慮なく歩く。


「離してって言ってるじゃない! 私はまだ、あなたの行動を許してないんだから!」

「はぁ……うるさい小娘だ。またその口を塞がれたいのか」

「変態! 離して……! 橋本さん!」


リアム王子の言葉に顔を真っ赤にした桃華は四肢をばたつかせ抵抗したが、呆気なく扉の向こうへと吸い込まれていった。流石に悠も駆け寄ろうとしたのだが、セドリックをはじめ、見渡したその場に居る全員から首を横に振られては何とも出来ない。王子と聖女の間に割り込むには一般人では無理なのだ。メイドにより扉を閉じられた後もしばらく桃華の声が聞こえていたので存分に暴れていたに違いない。

一人残され、急に心細くなった悠はセドリックに問い掛けた。


「……私は、どうなるんですか」


街の外に投げ出されるのかもしれないと考えたところで悠は泣きそうになった。知らない土地に無理矢理連れて来られ、何の力も無かったとなればありえない未来でもない。


「それについてはこちらの不手際ですので、ユウ様の暮らしについては一生困らない程度の援助をさせていただきます」

「それは……ありがたいお話なんですが」


衣食住が確保出来ると知った悠は内心喜んだ。けれども桃華の事を思うと手放しに喜べることでもなかった。

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