鮮度が自慢の回転寿司たくちゃん亭!殺人事件

@taku1531

本作品は、「平日はお得! 鮮度が自慢のたくちゃん亭! 小説大賞」提出作品です

「へへへ刑事さん、いくら探しても凶器なんか出やしねえよ! 隣に座ってたこいつは突然喉からすごい勢いで血を吹き出したんだからよう!」

「うるせえ、そんな供述が通るわけねえだろうが!」

「あーん? そんなもなにも本当のことを言ってるんだぜ俺は。ここは新鮮な魚が自慢のたくちゃん亭! だからな、そいつも活きが良すぎたのかも知れねえ」


 突如起きた殺人事件の最有力容疑者、海老谷。この辺りでは有名なチンピラで、すぐ頭に血がのぼり刃傷沙汰を起こすことでよく知られていた。

 事件が起きたのは鮮度が自慢の回転寿司、たくちゃん亭。種類も豊富で老若男女が楽しめる回転寿司屋のたくちゃん亭! であるから、様々な人間がここには集まる。

 チンピラもいれば、刑事もいる。

 俺の名は本貝。アルコールも各種取りそろえており仕事の帰りにもピッタリなたくちゃん亭! を楽しみに今日の仕事を終えたにも関わらず、ビールを一口さえ楽しむ間もなく事件に巻き込まれるハメになった不幸な刑事だ。


「くっ……たくちゃん亭! は24時まで営業(※店舗によって異なります、詳しくはたくちゃん亭! ホームページで)している……現行犯逮捕ならばここの寿司を楽しむことも出来るのだが、凶器なしで自白を待つとなれば流石に……」


 そう。明らかな殺人事件にも関わらず、未だに凶器が見当たらないのだ。

 もちろん、喉から血が吹き出た人間の隣りに座っていたにも関わらず、ふざけたことを抜かすこいつを重要参考人で引っ張ることはワケがないが、そうなればここの世界各地を巡って集めてきた脂の乗った素晴らしい品質の寿司を楽しむことは出来ないだろう。


「刑事さん、俺のことなんか気にしないでここの寿司や酒を楽しんでもいいんだぜぇ? ここはごく一般的な生ビールはもちろん、各国の港と直接取引をして新鮮なネタを交渉して得てきた経験を利用して、世界各国の珍しい酒を揃えているんだからなァ! もちろん、魚との相性はバッチリだぜぇ……?」

「くっ……ふざけやがって、この事件が解決するまで俺は仕事中の刑事だ! 飲むとしてもお車を運転してきたかたにもおすすめできるノンアルコールビールだけに決まってるだろう!」


 凶器さえ、凶器さえあればここの寿司を目一杯楽しむことができるのに……

 海老谷はふてぶてしい態度を崩さない。注文していた一皿目の絶品のマグロを美味そうに口に運んでいた……だが、その瞬間俺の脳内に、雷光のような閃きが訪れたのだ!


「そうか!」

「!? おい、刑事さん、急にデケえ声を出すなよ。たくちゃん亭! では周りのお客様にご迷惑をかけるのはご法度だぜぇ?」

「ふん、言ってろ。おい海老谷、そのマグロ随分うまそうだな? ええおい?」

「……当然だよ、そりゃあ。なんたってたくちゃん亭! のネタはいつだって最高品質を追い求めてるからな」

「もしかしたらよォ、俺が探してる凶器ってのもそうやって……食っちまったんじゃあねえのか!」


 そう。たくちゃん亭! のネタの品揃えは抜群。ニホンザリガニからギンザメの活け締めまで多種多様なネタが楽しめるこの店にはもちろんアレがある……英語圏では"ソードフィッシュ"とも呼ばれる『メカジキ』が。


「隣の被害者と揉めたお前はとっさに回転レーンで流れてきたメカジキを掴んで、隣の男を刺した。メカジキは素早い動きでサメにすら致命傷を与えるという。油断している人間の喉なんて一撃だろうな」

「はっ……なにを言うと思えば。デタラメを並べやがって」

「そうですね、本貝刑事。惜しいとは思いますが、そのトリックはありえません」

「なんだとぅ……はっ! お前は!」


 俺の推理にケチをつけてきたのはこのたくちゃん亭で起きてきた数々の難事件を解決した名探偵、鮭谷だ。


「俺の推理がありえないというのはどういうことだ!」

「理由は簡単です、それは――」


 鮭谷は、豊富なメニューが所狭しと掲載されているたくちゃん亭! のメニューを掲げた。


「たくちゃん亭! は老若男女が楽しめるように設計された皆の楽園的回転寿司屋。品質や衛生管理はパーフェクトです。もちろん、子供が怪我をするおそれがある形でメカジキを出すことはありません。加えて――先ほど本貝刑事も見ていたはずです。彼があなたの目の前で食べたマグロは『一皿目』だった。メカジキを食べた後の皿はない――正規の客である我々にリーズナブルな価格で寿司を提供することに全力を捧げているたくちゃん亭! において、皿を不正に隠すことなどできません」

「た、確かに……じゃあ、こいつの凶器は一体どこに!?」

「そもそも、勢いで殺したというのが間違いだったのです。彼は最初から隣の被害者を殺すつもりだった」

「はっ。探偵さんも言いがかりはよしてくれよ、その証拠がいったいどこにあるってんだ?」

「証拠はあります。このたくちゃん亭! の寿司が旨すぎること――それです」


 俺も、海老谷もポカンとする。

 このたくちゃん亭の寿司が旨すぎることはもちろん知っている。だがそれが証拠?


「それがどうしたってんだてめえ!」

「あなたは先程『一皿目のマグロ』を食べましたよね……隣の人間と口論になるほど前からこの店にいたにも関わらず、絶品の寿司を一皿しか頼んでいない理由は?」

「!」


 そうだ、先程確認したではないか。やつが俺の目の前で食った皿……それが一枚目だったと!


「おそらく、入店してすぐに、持ち込んだ凶器で事件を起こしたのでしょう。では先程の疑問に戻ります。凶器はどこにいったのか?」

「そ、そうだ! 結局それがわかってねえだろうがてめえら!」

「いや、私にはわかっていますよ。 皿を不正に隠すことはできない――ですが、足すことなら? 不可能ではない」


 なんてことだ。盲点だった――隠すことはできないが、足すことは難しくないのだ!


「すぐに調べてください。彼が持ち込んだここの皿と同じ、あるいは似た柄皿だけがレーンを回っているはずです。ただし、皿の側面に刃が仕込まれているでしょうが」

「わ、わかった!」

「たくちゃん亭! はレーンの上や不正を厳密に管理している。寿司を食べてそのまま皿を戻すということが起きればすぐさまたくちゃん亭! 武装警備隊が駆け寄り客ですらない人間をネギトロにするはず。 そうなっていないということは、彼が皿を持ち込んだなによりの証拠です」


 回転レーンの出口で待っていたところ、あっさりと海老谷が仕込んだであろう凶器の皿が見つかった。たくちゃん亭! が提供している高級おしぼりで丹念に拭かれ気付きづらくはなっているが、確かに血液が付着している。

 自分のトリックを見破られ、証拠が見つかってしまった海老谷は崩れ落ちる。


「海老谷、大人しく捕まりな。これ以上……たくちゃん亭! で見苦しい真似をするんじゃねえ」

「……待ってくれ、待ってくれ刑事さん。捕まる前に……ここの寿司を一皿だけでも」

「馬鹿野郎!」


 あまりにも舐めたことを抜かすので、俺は思わず怒鳴ってしまった。たくちゃん亭は家族連れやカップルでも楽しめる穏やかな雰囲気の店だ。いけない癖だとはわかっているのだが。


「お前が殺したやつは、ここの寿司を楽しみに今日を生きてきたんだ! そいつを二度と寿司が楽しめないようにしたお前が、そんな甘っちょろいことを言うんじゃねえ!」

「ううっ……仕方ねえんだ、あいつがたくちゃん亭! の株主優待券を使ってお得に食べまくるんだ、と毎月自慢してくるのが悔しくて……」

「なにを言ってやがる! お得に食う手は株主優待券だけじゃねえだろ! 家族割やポイント、会員サイトでのクーポンをうまく活用すればいいだろうが!」

「そうか、そんな手が……刑事さんすまねえ、俺は学がなくてよ、そんなこと知らなかったんだ」

「学がないのはお前の罪じゃねえ……だが、人殺しは重罪だ。お前には重労働が課されるだろう。でもな、希望が一つだけある」

「なんですか、刑事さん」

「この国の重罪人に与えられる労役は、クリーンで風通しのいい職場の遠洋漁業、汗を流して社会との一体感を味わえる建築業務、温かみのある家族的な経営の工場勤務……どれもたくちゃん亭! の経営の助けになるものばかりなんだよ!」

「……! 俺、知らなかったよ刑事さん、たくちゃん亭! のために尽くして、綺麗になって絶対ここに戻ってたらふく食ってみせるよ」

「ああ、その意気だ! たくちゃん亭! の寿司の味、忘れるんじゃねえぞ!」


 探偵の助けもあったが事件は無事解決した。結局、事件の後処理でたくちゃん亭! の寿司やドリンク、サイドメニューを楽しむことはできなかったが、それでも青魚に含まれるDHAなどが俺の頭脳の明晰さを助け、この事件の解決に一役買ったのは疑いない。

 今日も、俺は仕事終わりの美味い寿司を楽しむため、刑事としてたくちゃん亭! に逆らう政治犯や粗暴犯を捕まえるのだ。

 つらいこともあるが素晴らしい仕事だと、俺は思う。たくちゃん亭! は最高だぜ!

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