8‐2.来訪者

「これはいったいどういう……」


『詳細はすべて送ったデータに書いてあるから、よく読んでおいてくれ。ワーカロイドのテストデータと人員は後日そっちに送る。では』


 石田は一方的に言い放って通信を切断した。


「なあ、生田。一ノ瀬と双葉がいなくなった直後にこれということは、だいぶ根回しされてるよな」


「私たちの周りはすでに石田さんの手の中だろう」


「あとは時間の問題か」


 半ば諦めながら、データに目を通す。


 ——二号機の開発。

 精神測定の義務化により、初号機の精神レベルが一定値を超えると思われる。初号機に蓄積された精神データの約半分を共有することで、妹という位置付けで二号機の開発を行う。

 

 ——セキュリティエンジニアの導入。

 前述の通り精神測定が義務化され、国民の精神データが豊富に集積される。精神データは各個人の個人情報であり、これを厳格に管理・保守する必要がある。今後は研究所にもサーバを設置し、併せてセキュリティの管理を行う。また、現場で速やかにデータをインプットすることも可能になる。


 メリットはあるが、同じくらい研究所に負担がかかる計画だった。

 セキュリティに関しては専門家を派遣するそうだが、二号機の開発に関してはそれこそ一ノ瀬と双葉がいないと実現は不可能に近い。


「ひとまず、集まった精神データで梨乃をアップデートして……。あとはあれか、ワーカロイドの家事のデータ。あれも入れないといけないのか……」


「一ノ瀬と双葉がいなくなって、同じタイミングで仕事が増える。やっぱり根回しのされ方があからさまだな」


 研究所を預かる身として、二人は久しぶりに窮地に立たされることになった。



   *   *   *



 うじうじしてても何も進まない。

 まずは送られてきたワーカロイドのテストデータを梨乃にインプットしていく作業を開始した。


 梨乃本人が自分はアンドロイドであると理解しているおかげか、更新は依然よりもスムーズに進めることができるようになった。


「前にやったのと同じだ。記憶はなくならないし、変なデータも入れないよ」


「精神レベルは上がるの?」


「いや、それはもう少し先。今回は掃除をやってもらうことになる」


 事情もある程度知っているため、回りくどい説明も誤魔化しも騙しも必要ない。やる側もやられる側も、かかる精神的負担は激減だ。


「掃除って、部屋とか廊下とか?」


「ああ、楽しみにしてろー」


「は、はいっ」


 生田はまた嫌な予感がしていた。急いで更新を終わらせないと面倒なことになりそうな、そんな予感。


 HMDヘッドマウントデバイスを梨乃の頭に装着したのを確認して、藤原が隣の部屋で起動させる。

 梨乃からすれば、何をされているのか分かっている状態で頭の中を書き換えられているわけだが、意外と取り乱すようなことはなく、バイタルも安定していた。


 ものの数分で稼働音が止まり、本当にあっという間の更新だった。更新中にセキュリティエンジニアが来ることもなく、生田は胸を撫で下ろす。


 ワーカロイドホームのテストデータを入れた梨乃は、藤原どころか生田が教える必要もなく掃除をこなしていく。その手捌きは、熟練された家政婦のごとく。

 やっている本人はその実力に驚きつつ、掃除を心底楽しんでいる。


「生田さん、見て。キレイになった」


「ホントだ。あいつらよりもキレイになってるな」


 生田は床を撫で、藤原に連れていかれるそいつらの方へ目をやる。


 普段廊下の掃除をしているワーカロイドたちは、梨乃に家事のスペックを軽く超えられてお役御免、電源を切られて倉庫に移動した。


「あのロボットはもう使わないの?」


「ああ、これからは梨乃が掃除してくれるからな」


「ふーん」


 廊下だけでなくトイレや食堂など、梨乃が他の場所も掃除していくせいで同時にワーカロイドたちも仕事を奪われ、次々と倉庫へと運ばれて眠りにつく。

 しばらく使われずに放置された機体は、開発元であるテクノに返却することになると、テクノの社長の山岸が言っていた。


「使わなくなったロボットたちはどうするの?」


 梨乃にそんな質問をされたときにこのことを伝えたが、可哀そうとだけ言っただけでさらに家事に精を出すようになった。



 更新から二日、梨乃は家事を毎日の日課にしていた。

 今日も普通に廊下を雑巾で拭きながら駆けていく。古典的だが、何気に一番キレイになる掃除方法だろう。


 廊下の途中、梨乃はこの研究室の出入り口で外から来る人の気配に気づいた。それを報告しに急いで監視室に飛び込んだ。


「誰か来た! 一ノ瀬さん? 双葉さん? 早すぎるから違うよね?」


「待て、落ち着け、梨乃。助っ人だ。あとで説明する」


 梨乃を家に戻らせ、藤原と生田、小松の三人は監視室のモニタをのぞく。

 入口のすぐ外側が映し出され、そこにはスーツ姿の男が周囲をキョロキョロと見回していた。


「こいつがセキュリティエンジニアか」


 この研究室には呼び鈴はない。監視室から訪問者を見てこちらから出ていく。


「小松、頼む」


「分かりました。気を付けて」


 藤原と生田は普段着の上に白衣を着て、若干正装に身を包んで部屋を出た。監視室のモニタにも二人が面会に臨む映像が映っている。

 二人が扉の前に着き、社員証を扉横の装置にかざすと、いよいよ研究所役員と外部からの助っ人が相見えた。

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