2巻発売記念!1章を公開!

第2巻 プロローグ

 龍眼島。

 白み掛かった街をブルバスターが滑るように進んでいく。

 その十メートルほど後ろを、クローラー軋ませながらブルローバーが走っている。

 周囲に広がっている住宅街には、人の気配がなく、不気味な静けさが漂っている。中には、半壊した建物も見られ、街は完全にゴーストタウンと化している。

 聞こえてくるのは、海から吹き付けてくる風の音と、二機のロボットから響く走行音だけだ。

 ブルバスターに搭乗しているのは、二階堂にかいどうアル。クールな眼差しを、マシンの周囲を映すARディスプレーに向けている。その表情から感情を読み取ることはできないが、深く澄んだ瞳は心なしか悲しげに見える。

 現在使用中の装輪走行モードは、車の運転と同じ感覚でかなりのスピードを出すことができるのだが、今は搭載されたライトで前方を照らしながら、時速十五キロほどのスピードで慎重に進んでいる。

 道は舗装されているとはいえ、倒木や崩れた塀の残骸があちこちに散乱しているため、薄明かりの中では油断できない。ブルバスターは、すぐ後ろに続くブルローバーを先導する役割を果たしていた。

 ブルローバーの操縦席には、沖野鉄郎おきのてつろうの姿がある。

 ブルバスターの取り扱いならお手のものの沖野だが、ブルローバーはいわばマニュアルタイプの旧型機。慣れない機体のせいで、運転は少々ぎこちない。

 ただ、そう見える理由は、不慣れなマシンというだけではなかった。

 ブルローバーは今、左右のアームを前方に伸ばし、抱えるようにして大きな鉄の檻を運んでいる。それを無事、港に停めてある船に積み込み、本土まで運ぶという任務の重要性が、沖野を緊張させているのだ。

 檻の中には、一体の生物が収まっている。

 ヌメッとした表皮に覆われ、口から鋭い牙をのぞかせている不気味な獣。つぶれてふさがった片目が、禍々しさをいっそう際立たせている。

 昔の面影は、もはやほとんど残っていなかったが、その生物こそ、アル美が家族同然に思っていた、愛犬シロの変わり果てた姿だった。

 沖野とアル美は、龍眼島に現れた謎の生物〝巨獣〟の生態解明のために、イヌから巨獣に変異しかけていると思われるシロの捕獲を計画した。そして、箱罠を使うことで生け捕りに成功。夜から始まった作戦は、結局朝まで掛かってしまったが、今こうして本土に移送しているのだった。

 ブルバスターが先導係、ブルローバーが運搬係という役割分担は、必然的に決まった。そもそも、ブルバスターは戦闘に特化させた機体であるため、重い物を運ぶのに適していない。……というより、構造上、不可能なのだ。

 いっぽう、ブルローバーの方は、戦車のようなクローラー駆動で、重心が低く、安定しているため、ある程度の荷物なら問題なく運ぶことができる。

 結果、話し合うまでもなく、役割は決まった。なお、ブルバスターは専用のパイロットスーツを着ていないと操縦ができないので、どちらがどの機体に乗るか、という問題も議論の余地はなかった。交代しようにも、パイロットスーツは、個人の体型に合わせて作られた特注品なので、アル美用のスーツを沖野がちょっと拝借……なんてことができないのだ。

 いずれにせよ、作業は慎重を要する。

 今は不思議と、檻の中で大人しくしているシロだったが、いつ興奮状態に陥って、暴れ始めるか分からない。柵の強度には、それなりの自信を持っている沖野だったが、中で暴れられてはバランスが取れず、移送どころではなくなってしまう。

 なるべく刺激を与えないように、港までの道をゆっくり進んでいるのには、そうした理由もあった。

 シロの捕獲に成功したことは、会社にも伝えてある。今頃、巨獣の分析を依頼しているシオタバイオに運ぶ段取りがつけられているはずだ。

 やがて、前方に運搬用のボートが停めてある港が見えてきた。

 極度の緊張から解放され、思わず「ふうーっ」と大きなため息を漏らす沖野。しかし、そんな気の緩みが、思わぬミスを誘発させてしまう。

 ブルバスターのアル美は、後続にもはっきり分かるように、前方の障害物を迂回した。しかし、沖野はその動きを見逃し、ソフトボール大のブロック塀の欠片に、クローラーを乗り上げてしまったのだ。

 ガガ、ガツン!

 けたたましい音と共に、ブルローバーの車体が傾き、アームで掴んでいる檻が激しく揺さぶられる。

 〝伏せ〟のような体勢でいたシロが、驚いて檻の中で立ち上がる。

 沖野は、慌てて機体のバランスを取り直したが、もはや遅かった。

 機体ごと転倒するという最悪の事態は免れたものの、シロはすっかり興奮した様子で、ガツン、ガツン! と猛烈な勢いで檻の柵に体当たりしている。

 グルルルゥゥゥ~。

 腹の底まで響くような低いうなり声が、剥き出し状態の運転席まで直に届き、沖野の恐怖を駆り立てた。

 しかも、操っているのは、操縦に不慣れなブルローバー。檻を落とさないように、小刻みにアームを動かすだけで精一杯の状況に陥ってしまう。

 檻を落としても壊れないなんて保証はない。今、シロに逃げられてしまえば、これまでの努力が、すべて水泡に帰してしまう。

 極限状態の中、沖野の耳に、まったく予期していない人物の声が届いた。

「沖野君! 聞こえるか?」

 呼び掛けてきたのは、沖野が籍を置く害獣駆除会社『波止工業』で経理を担当する片岡金太郎かたおかきんたろうだった。

 本土の社屋にある管制室から、無線を通じて呼び掛けてきたのだ。

 沖野は、手が離せる状況ではなかったが、基本的に、出動中のパイロットに管制室から呼び掛けていいのは緊急事態のみ。ということは、片岡の用件も、かなり緊急性を帯びたものだと考えられるため、やむなく応じることにした。

「はい、こちら沖野! 聞こえています!」

「君が提出した経費精算書なんだけどね、領収書が一枚、貼ってなかったんだよ」

「はあ? 領収書!?」

 あまりにも意外な通信理由に、沖野は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 その間も、シロは檻の中で暴れ続け、今にも飛び出さんとしている。

 それを阻止するべく、奮戦する沖野。

 しかし、音声だけのやり取りのため、危機的状況は片岡にまったく伝わっていない。沖野も、説明するだけの余裕がないため、片岡の場違いな話は続いた。

「帰ったらすぐ、私のデスクまで来なさい」

 今は、帰ってからの話なんてしている場合じゃないんですけど!

 沖野は、そう怒鳴りつけてやりたかったが、これ以上、声を発すると手元が狂いそうで、喉元までせり上がってきた言葉を飲み込んだ。

そのとき、一段とシロの動きが激しさを増した。

 ガッ、ガガッ! ゴゴトン!

 強い衝撃を受け、檻の枠を掴んだアームが外されそうになる。

 とっさの操作で、その危機は何とか回避できたものの、檻が地面に落下するのは、もはや時間の問題に思えた。沖野の背中を、冷や汗が伝い落ちる。

 しかし、部下の窮地など露知らない片岡は、自分の用件を話し続けた。

「整備用の工具とか、オイルとか、いろいろある中で、メモリーカードの領収書だけが見当たらないんだ。提出前にちゃんと貼ったか、確認したんだろうね?」

 それ、今聞くこと!?

 叫びたい衝動に駆られた沖野に、片岡が〝トドメの一言〟を浴びせかける。

「今日の朝一が締め切り時間だから。わざわざ指摘してあげたのは、私の温情。遅れたら払わないよ」

 グ、グウォ~!

 片岡の宣告とシロの雄叫びが重なり、沖野の絶望感はピークに達した。

 唯一の希望は、異変に気づいたアル美が踵を返し、ブルバスターでこちらに戻ってきてくれていることだった。

 檻を落としたら終わりだ! アル美さん、早く来て!

 沖野は、祈るような気持ちで、操縦桿を握る手に力を込めた。


*****

本日から毎日11時に第1章を集中連載していきます。



“経済的に正しいロボットヒーロー物語”『ブルバスター2巻』は9月5日発売です!!

  

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