第28話

 ガガッ、ギギギギ、ググッ!

 機体が軋む音は、ますます耳障りなものに変わってきている。

 いつまで持ってくれるか……? 不安がよぎる。

 海に向かおうとしていた巨獣を捕まえ、押さえつけ始めてから、どれくらい時間がたっただろう。アル美は、とてつもない長さに感じていたが、実際はまだ八分ほどの出来事だった。

 一応、ブルバスターがマウントを取っているものの、一瞬たりとも気が抜けない、命を懸けた持久戦の様相をていしている。

 何とか体力を保っていられるのは、パイロットスーツの性能によるところが大きかった。スーツ自体がパワーアシスト機能を持っているため、身体を保護してくれるほか、体力の維持にも一役買ってくれているのだ。

 とはいえ、予断を許さない状況であることに変わりはない。

 アームの爪を脇腹にガッチリ食い込ませているのは好材料だったが、それでも巨獣の暴力的なパワーはまったく衰えていなかった。

 全体重でのし掛かっているブルバスターを背負いながら、ズルリ、ズルリと、這うように海に近づいている。

 上から押さえつけているだけでは、いずれ海に引きずり込まれてしまう。

 その危険を察知したアル美は、巨獣にまたがったまま、ブルバスターの膝から下を振り上げ、強く地面に打ちつけた。脚部をくさびにしようというのだ。

 しかし、龍眼島のサラサラの砂質がそれを許してくれなかった。ウミガメが通ったような痕跡を残すだけで、巨獣の前進にブレーキを掛けることはできない。

 波打ち際まで残り二メートル。しかも、風が吹き始めたせいか、波は次第に高くなってきている。

 海に潜り込まれたらおしまいだ。

 それを阻止する方法は? 頭をフル回転させて、起死回生の策を練る。

 ブルバスターに搭載されたメインウエポン、機関砲は弾切れだ。残された飛び道具は、予備のスタンショット一発のみ。それを打ち込むのが一番手っ取り早いが、電気ショックのダメージを最大限に生かすためには、弾を体内にねじり込む必要がある。

 沖野が初陣でしたように、口に撃ち込むのが今のところ一番確実な方法なのだが、この体勢では不可能だ。

 うまく仰向けの状態にひっくり返せればいいが、それを狙いにいくのは、かなり分の悪い賭けになってしまう。苦し紛れに行う一発勝負のギャンブルで、本土の人々を危険にさらすわけにはいかない。

 考えがまとまらないうちに、波はもう目の前に迫っていた。海に引きずり込まれるのは時間の問題だ。

 追い詰められたアル美は、そこで雷に打たれたようなひらめきを得る。

 どうせ海に引きずり込まれるなら、それを利用してやればいい!

 逆転の発想だった。

 アル美はさっそく、今、自分とブルバスターができる、最善の方策を実行に移した。

 這いつくばって進む巨獣の頭が波に浸かった瞬間、脇腹に突き刺していたアームを引き抜き、首根っこをつかんで海底に押しつける。

 巨獣を窒息させようというのだ。

 これまでの経験から、巨獣が肺呼吸しているのは間違いない。ウミイグアナのように、例え〝水陸両用〟だったとしても、潜水時間には限界があるはず。その限界を超えさせてやればいいのだ。

 その狙いは的中したようで、顔を海中に押し込まれた巨獣が苦しそうにもがく。吐いた空気が、ゴボゴボと上がってきているのは、やはり肺呼吸である証拠だ。巨獣は、ほどなくして活動限界を迎えるだろう。

 そう思った矢先、一際大きな波が不意に押し寄せてきた。

 巨獣ごと浜に打ち上げられるブルバスター。

 体勢を立て直す暇もなく、今度は引き波にさらわれる。

 ブルバスターと巨獣が、波打ち際でもつれ合う。

 このまま海の間際で戦っていては不利だ!

 そう判断したアル美は、とにかく巨獣を海から引き離そうと、わずかな隙を見計らい、砂浜に吹き飛ばすイメージで敵の胴体を蹴り上げた。

 その狙いはハマり、巨獣を陸側に押し戻すことに成功した。

 身を起こし、改めて真正面に対峙する両者。

 しかし、その構図こそが巨獣の狙いだったことが分かる。

 両足をドッシリと地面に降ろしている巨獣と、足元を波に洗われているブルバスター。どちらが俊敏に動けるかは、火を見るより明らかだった。

 死角から、強烈な尻尾の一撃がブルバスターを襲う。

 後方に弾き飛ばされて、機体が完全に海水に浸かってしまった。

 すぐ立ち上がろうとしたが、次から次に押し寄せてくる波に揺さぶられて、マシンを制御することができない。

 陸に目を向けると、巨獣がこちらの様子を注意深く観察していることが分かった。一瞬の気の迷いか、恐怖心からきた幻覚か。アル美には、その顔が、勝利を確信して笑っているように見えた。

 おもむろに体勢を低くする巨獣。一気に飛び掛かってくるサインだ。

 それが分かっていても、アル美には、攻撃を避ける術がなかった。

 今度は、自分が海底に押しつけられて、もがき苦しむ番……!?

 絶望的な恐怖が押し寄せてくる。

 ズザッ! という音と共に、巨獣の体がフワリと空中に舞い上がった。直接、ブルバスターの機体にのし掛かるつもりだ。

 最後の祈りを捧げるためか、アル美の手が、首元のチョーカーに伸びる。

 次の瞬間、黒い筋が、ブルバスターの数メートル上空を切り裂いた。

 音が聞こえてきたのは、その後だった。

 キュイィィン。シュパパパパッ!

 空中で攻撃姿勢を取っていた巨獣が、真横に弾き飛ばされる。

 アル美が、音の発信源に目を向けると、ブルドーザーのようにずんぐりとした機体が、砂浜を横切って、こちらに急接近してくるのが見えた。

 ブルローバーである。

 剥き出しの操縦席には沖野の姿。肩口の発射口からは、薄く煙が上がっている。

「ううあぁぁぁー!!」 

 沖野の雄叫びが、ヘッドセットから聞こえてきた。

 キャタピラ駆動のブルローバーは、砂浜を物ともせずに加速し、倒れている巨獣に、そのまま突っ込んでいった。

 ズッドォォーン!!

 地響きのような音と共に、体当たりを食らった巨獣が後方に吹き飛ぶ。

 あまりの急展開に面食らったアル美だったが、すぐに冷静さを取り戻し、自分がやるべきことを悟った。

 ARディスプレーを操作し、スタンショットを起動させる。電力供給完了まで五秒。その時間を利用して、体勢を立て直す。

 反撃のお膳立ては整った。

 アル美は、切り札のボタンに指を掛け、タイミングを待つ。

 ブルローバーの捨て身の体当たりが、よほど効いたのだろう。肺が潰れて息が詰まっているのか、巨獣の口が半開きになっている。

 アル美は、照準を合わせると同時に、スタンショットを発射!

 シュパン!

 空気を切り裂き、超高電圧のミサイルが、巨獣の口に飛び込んでいく。

 グワウォーーーーン!

 断末魔の叫び声を上げながら、巨獣が卒倒した。

 内部からバチバチバチというスパーク音が聞こえ、体のあちこちから煙が立ち上る。巨獣は、しばらくビクビクと体を痙攣させていたが、やがて完全に動かなくなった。

 沖野は、巨獣が息絶えたのを確認すると、ブルローバーのコックピットで、ふうぅ~と大きく息を吐き出した。

 見ると、海から上がったブルバスターが、歩いて近づいてくるところだった。

「怪我は?」

 アル美の問い掛けに、あえて軽い口調で「大丈夫ッス!」と答えた。

 互いの無事を確かめた二人。どちらともなく、横たわる巨獣に目を向ける。

 無残な死に様には、どうしても慣れることができなかった。

 周囲は、今までの激しい戦闘が嘘だったかのような静寂に包まれている。聞こえてくるのは、寄せては返す波の音だけ。

 どっと疲れを感じた沖野だったが、気力を振り絞って、本部に報告を入れた。

「こちらブルローバー。巨獣の駆除、完了しました」


 その声は、龍眼島の港で待機していた武藤にも届いていた。

「ご苦労さん」

 本部より先に応答する。

 今になってみれば、怪我人を本土に搬送する際、艀を切り離すのを忘れるという痛恨のミスも、手柄のひとつに思えてくる。結果的に、こうしてブルローバーを島まで運んでくることができたのだから。

 もろもろの経緯を踏まえて、武藤の口からも、ふうぅ~という安堵の息が漏れた。

 続いて、本部の田島から、労いの声が届く。

「二階堂君、沖野君、二人ともよくやってくれた。本当にお疲れ様!」

 沖野とアル美が、その言葉に応える前に、せっかちな武藤が二人を急かす。

「もうすぐ海が荒れる。早いところ、ずらかろうぜ!」

 武藤の頭に一瞬、ブツクサと文句を言うシオタバイオの猪俣の顔が思い浮かんだ。しかし、今回ばかりは言わせっぱなしで構わないと思った。

 波止の社員は全員、精神的にも体力的にも、とうに限界を超えている。仕留めた巨獣の搬送は明日以降。文句を言うヤツなど、無視してしまえばいい。

 そんなことを考えていると、突如、右足に激痛が走った。

 操船中も、痛みはずっと続いていたが、時折、発作のような激痛に襲われる。

 さすがに早く病院に行った方が良さそうだ。

 武藤は、苦々しい表情で自身の右足をさすりながら、ブルバスターたちが間もなく姿を見せるであろう、防波堤の方角に目を向けた。


 武藤に尻を叩かれ、急いで港に戻っていた沖野とアル美。

 すると不意に、ブルバスターのコックピットからアラームが聞こえてきた。

 アル美が、その意味を思い出して、「えっ!?」と驚きの声を上げる。

 同じ音は、ヘッドセットを通して、沖野の耳にも届いていた。

「アル美さん、その音って……」

 確認するまでもなかった。

 アル美の声が緊張でこわばる。

「箱罠に、何か掛かった!」


 ブルバスターが、二階堂邸のある集落を目指して、緩い坂道を上っていく。

 そのすぐ後ろには、ブルローバーが続いている。

 沖野とアル美は、アラームが鳴ってすぐ、箱罠を確認しに行くことを決意した。

 田島や武藤の制止を振り切っての、独断行動である。しかし、嵐の襲来で数日間、島に渡れなくなる可能性が高まっている中、罠を回収できるタイミングは今しかなかった。

 両機はやがて、目的地の周辺に差し掛かった。

 アル美は、罠を仕掛けに来た時と同様に、手前の駐車場から裏庭に回り込む。沖野もそれにならい、茂みを抜けていく。

 裏庭に足を踏み入れると、〝ソレ〟はすぐ目に入った。

 機体を停止させるや否や、ハッチを開き、ブルバスターから飛び降りるアル美。

 沖野は、その無防備な行動を見て、慌てて周囲に警戒の視線を走らせる。

 別の巨獣が潜んでいるかもしれない状況で、不用意に外で出るなんて……。

 沖野は、アル美が普段の冷静さを失っていると感じた。

 近辺に気配がないことを確認した沖野は、箱罠に近づいていくアル美を、急いで追い掛けた。

 体毛がない表皮。剥き出しの牙。そして、潰れてふさがった片目。

 檻の中に収っていたのは、目的の小型巨獣だった。

 箱罠の二メートルほど手前で足を止めたアル美の口から、悲しみを帯びたつぶやきが漏れる。

「シロ……」

 近づいてきた人間に気付いていないはずはないのだが、シロと呼ばれた小型巨獣は、威嚇するような素振りをまったく見せず、一心不乱にドッグフードをむさぼり食っている。

 その点では、二階堂家の家族だったころの本能が残っている可能性もあった。しかし、ビジュアル面では以前の面影が絶望的に消えていた。

 それでも、アル美の脳裏には、甘えてじゃれついてきた当時の記憶がよみがえっていた。同時に、その記憶が、在りし日の幸せな家族の光景に繋がる。

 アル美の目から、涙がこぼれ落ちた。

 それを目にした沖野は、何だか見てはいけないものを見てしまったような気がして、顔を背けるように箱罠の方に視線を戻した。

 しかし、アル美は、今まで抑えてきた感情が決壊してしまったようで、泣き止む様子はなかった。肩を震わせながら、その場に立ち尽くしている。

 あまりにも痛々しい姿を放っておけなくなった沖野は、一歩、二歩とアル美に近寄った。

 アル美の視線が宙をさまよいながら、最後は沖野に向けられる。

 沖野は、何もせずにいたら消えて無くなってしまう、霧の中の幻のようなはかなさを、アル美に感じた。

 それが消えてしまわないように、この世界に引き留めなければならない。

 沖野は、自分でも説明できない不思議な感情に突き動かされ、気づけばアル美をそっと抱きしめていた。

 沖野の肩に頭を乗せ、泣きじゃくるアル美。

 ブルバスターの放つ光が、スポットライトのように二人を照らしている。

 龍眼島をめぐる戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。

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