第73話懐かしい顔


翌日、学校に通う途中で真美達と別れる為に適当な言い訳を考える。


「先に行っといてくれ」

「どうしたの?」

「ちょっと電車に忘れ物したらしくてな。取ってもらう」

「……走って取りに行こうか?」

「フェーン、お前は今日の夕刊の一面を飾りたいのか?そうじゃないならやめとけ」


真美達を先に送り出し、駅のベンチに座る。


「まさかお前に仲間がいるとはな。その上、女まで囲っているとなるとシルフが倒れそうだな」


腕を組み、ゆっくりと隣に腰を下ろしたのは金髪碧眼の青年。

この国では外人である事は珍しく、尚美しい為通りすがった女性の半分は振り向くだろう。

夏に入ったというのに、黒い革の手袋をはめている。


「お前と違って俺はモテるんだよ」

「抜かせ」


軽く笑い、男は厚い茶封筒を渡す。


「ルクス、余計な気は回さなくていいぞ」

「何を言っている。中を見てみろ」


茶封筒を開け、中を取り出すと全てが写真だった。


「これは諏佐か」

「そうだ」

「それにしてもあの馬鹿がしでかしたのは一ヶ月も前の話だろ。どうして今さら」

「どうやら諏佐は革命家レジスタンスを自身の手で始末したらしい。そして今、世界中で水面下ではあるが活発に動き回っているようだ。すぐに止めなければ後戻り出来なくなる」

「だから俺にどうにかしろとでも?」


ルクスは頭を左右に振った。


「総帥に任せられたのは俺だ。今の聖王協会には影響力はあれど、かつてのような猛者がいる訳ではない。正直、お前に戻ってきてほしいくらいだ」

「俺がどう答えるか分かってんだろ?」

「そうだな。……総帥も言ったかもしれないが、第八次妖魔大戦が終わり円卓の騎士──つまりは幹部だが、大半が組織を去った。大抵はお前と同様、穏やかな隠居生活を送っている者もいれば、監獄に収容された者も悪の道に進んだ者もいるのが現実だ。結果、俺が五の席に着いている」

「良かったじゃないか。一兵卒だったお前が今では幹部だ。聞いた話じゃ和尚は幹部の座を返上したんだろ?なら、お前の上にはジョーカーとエンシェント・ドラグーンの他に二人いると思うが誰なんだ?」

「二と四は永久欠番扱いになってる」

「要は、いつでも戻ってこいってか?やだね、俺は戻らねえよ」


人波が通りすぎるまで、話を中断する。


「それにしてもお前が五の席か。だったら縁談とかひっきりなしに来てるんじゃないのか?それとも、今でもエマのケツ追っかけてんのか?」

「どれだけ昔の話をほじくり返すつもりだ」

「世界が一巡するくらい前だったかもな。昔すぎて覚えてねえな」

「とうの昔から諦めていたさ。あいつの目には最初から俺は映っていなかった。ただそれだけの話だ」

「ビターだねぇ」

「それに、縁談はいろいろ来ている。本人が送った訳ではないだろうがバチカンの聖女との縁談の話もあった」

「それで?受けたのか?色男さんよ」

「まさか」


ルクスは天井を見上げながらため息を吐き出した。


「どこかで聞いた話だが、家庭を持てば誰しも守りに入るらしい。俺はそれだけはごめんだ」

「守る事も大事だろ」

「救える者は可能な限り救うさ。だが、愛する誰かがいれば己の目が曇る。俺達は一般家庭を支えるサラリーマンじゃない。聖王協会が崩れればこの世界は滅びる」


ルクスの瞳が俺を射抜く。


「ルクス、変わったな。お前は」

「変わった?俺がか?」

「ああ、変わったとも」

「そんなつもりはないが」


俺が知ってたお前なら聖王協会の為にここまで自身を捧げるような真似はしなかった。

あの頃の俺達はそんな大層な生き方を、考えをしていなかった。


「帝、お前は変わらないな」

「少年が五年で変わると思うなよ」

「いや、それよりもずっとずっと、気が遠くなる程も前だ。帝は何も変わっていない。だから諏佐もお前を見て安心しただろうな。先日、あいつと会った時、つまらなくなったと言われた」

「それで?ショックだったとでも言うつもりか?」

「正直に包み隠さずに言ってしまえばな。上司の言葉よりも、背中を預け、苦楽を共にした幼馴染の言葉の方が響くな」

「ジョーカーに何か言われたのかよ。あいつ怒るときはにこやかな表情だから余計に怖いよな」

「俺は何も言わんぞ」


本当に口を閉ざしたルクスに話を投げ掛ける。


「聖王協会は、あの馬鹿を──諏佐をどうするつもりだ?」

「捕まえれば、一度監獄行きになり、その後死刑だろうがそう易々と捕まるような男ではない。正面きって戦ったとしても、勝てる見込みがある者がいないのが事実だ」

「ジョーカーは聖王協会の総帥だから論外として、エンシェント・ドラグーンが出ればどうにかなるんじゃないのか?無傷ではすまないだろうが、痛み分けくらいには持っていけるだろ」

「その痛み分けが大きいんだ。傷を負えば、それだけ動けなくなる。その痛みで他方で発生する被害がどれだけ防げると思う」

「人間の命は地球よりも重いってか?そんなモン、ただの綺麗事の戯言だろうが。地球より重い物は自分自身であって他人じゃねえよ」


ルクスは呆れた眼差しを俺に向ける。


「こんなにひねくれた人間が、人類守護の最後の砦だったとはな」

「過去の話だろうが」

「過去だろうが事実は事実だ。過去は変えられない。それは俺達がよく理解しているはずだ」

「それもそうだな。それにしても、いつになく会話がジジイくさいな」

「確かにな」


原因はルクスが真面目すぎる事にあると思うのだが、言ったとしても認めないだろうし本人に伝えるような事はしない。


「それで帝、この国で最近多発している異能力者殺しについてだが──」

「昨日会ったぞ」

「それは聞いている。会ったついでに捕まったらしいな」


冷たい口調が俺の心を貫く。


「嫌みを言うなら別を当たれ。俺は情報収集の為に頑張ったんだよ」

「捕まる事を頑張ったのか?気は確かか?そんな事を頑張る奴などお前くらいのものだぞ」

「そうやってコツコツ誰もしないような努力をする奴が英雄になるんだよ」

「どんな英雄だ。ただ捕まっただけだろ」


ルクスは冷静に返した。

腕を組み、両目をふさぎ、神経を尖らせている。


「帝、見られているな」

「気付くのが遅えよ」

「数は三か」

「戦うか?」

「奴らの相手はお前だ。総帥からの指示でその事を伝えに来た。諏佐については俺の興味だ」

「そうかよ」


ジョーカーがあの三人組に目をつけるとはな。

関わるとしても、俺に押し付けずにさっさと実行部隊を送り込むと思っていた。


「つまりジョーカーは、彼女らに興味を持ったって訳か」

「彼女?女という事か。まさか手を出したのか?」

「そんな訳があるか。お前はどうしてそっちへ話を持っていくんだよ。ムッツリスケベが」

「ムッ、ムッツリ、ムッツリスケベ!取り消せ、その言葉!」

「過剰に反応しすぎだ。お前、心のどこかで自覚でもしているのか?」

「……そんな訳があるか」

「おい、今の間は何だ?お前、格好いい事言って結婚しないみたいな事を抜かしていたが、単にヘタレだから一歩踏み出せないだけか」


ルクスはしばらくの沈黙の後に口を開いた。


「戸畑も対策課相手に揉め事を起こしたらしい」

「あぁ、三月の件か。俺はちょうど別件があったから少ししか知らないがな」

「あの銀髪の少女の異界の件は総帥から聞いている。あれもあれで一つの悲劇だ。多数の幸福の為に少数が踏みにじられる。よくある話だ」

「そうだな。よくある話だ」

「帝、お前は──お前だけは変わるなよ」

「変わるつもりはねえよ」


ポケットに手を突っ込みながら話を続ける。


「過去は変えられないし逃れられない……か。どれだけ抗おうが背中に張り付いたままらしい。どこかで悲しみは時間が忘れさせてくれるとか聞いたが、あれは絶対に嘘だな。忘れられない事は忘れられない」

「そうだな。帝、話を戻すぞ」

「ああ」

「お前が交戦した者達は、ここ最近の話題のメインディッシュである異能力者殺しで間違いない。総帥は、その者達を対処しろとの事だ」

「俺は使いっぱしりにされるのは嫌なんだが。これじゃあ、聖王協会を抜けた意味がないだろ。俺じゃなくて対策課に頼めよ。情報を与えて一方的に恩を売るとかやりようはいくらでもあるだろ?」

「今までならそうしたかもしれないが、今回はお前に頼んでいる」


今回はっていうか、今回もだな。


「対策課ではダメな理由でもあるのか?」

「俺は聞いていない」

「聞いていない、ねえ。知ってはいるのか?」

「俺の口からは何も言えないな」

「やっぱり何か知ってるのかよ。知っているなら知っているで教えてくれないかね」

「お前に言ってもろくな事は起きないだろ。いずれ分かる、それまでは地道に頑張れ」

「なげやりだな、オイ」

「話は以上だ」

「本題の扱い、雑だな」


唐突に殺気が吹き荒れる。

感じた事がない異質な殺気。快楽的ではなく機械的でもない。

晴華せいかの言っていた四人目か。


俺達はベンチから離れる。

天井を突き破り、空から降ってきたのは赤い髪の少年。

両手に刃の長いナイフを持ち、感情の感じない虚ろな眼差しをしている。


問題は襲ってくるのはこいつ一人かそうではないか。この少年にも魔力を感じない事からも、おおよその強さが分からない。その身のこなしで察するしかないだろう。


「この少年が帝と戦った者か?」

「違うな。俺が戦ったのは全ての頭のネジがサイズ違いの阿呆だった」


ルクスが驚愕の声を上げる。


「どうした?」

「異能力が発動する直前に魔力が消えた」

「いきなり無様を晒してんじゃねえよ」


魔力が消える、か。

本来、異能力の発動には魔力は必要不可欠だ。故に異能力発動に消費される魔力が無ければ発動出来ない。

それを応用した能力なら、あらゆる異能力者にとっては脅威だな。


赤髪の少年が俺へと駆け寄りナイフを投げる。

投げられたナイフを人差し指と親指で摘まむ。


「よぉ、お前か」

「お前とだけ言われても何も分からないんだが」

「昨日、あの無能共に捕まった雑魚だよ」

「それは俺だな」


赤髪の少年の上空から、幾重にも分岐しながら赤い閃光がシャワーのように降る。

体を前方に宙返りしてかわした赤髪の少年はルクスを睨んだ。


「どうやらお前の能力は目視した相手の魔力の動きを完全に停止させる事か。一切の動きがないから魔力が消えたと錯覚していたが、全体の総量を見れば変化はなかった」

「ああ、あんたの言う通りだ。俺の能力は異能力者の体内の魔力の完全停止」

「それだけか?」


俺の質問には、赤髪の少年は視線を送るだけで何も答えない。


あの少女も見た限り二つの能力を有していた。この少年が複数の能力を持っていてもおかしくはない。


赤髪の少年が拳銃を取り出した。

俺とルクスは近くの柱に体を隠す。

体術での勝負なら負ける気はさらさら無いが、拳銃なら話は別だ。可能なら、逃げ足の速い異能力者という認識をしてもらいたい。


銃声が連続して何度も鳴り響く。

コンクリートの柱の端が削れているのか、破片が飛び散っている。


「ルクス、どうする?お前幹部だろ、何とかしろ」

「あんな能力は聞いた事がない。異能力者には天敵だな」

「他人事みたいに言うなよ。目視した相手の魔力の完全停止なら隠れてる今、異能力使えるんじゃないのか?お前の能力は攻撃に向いてるというか攻撃しか出来ないんだからここでいいとこ見せとけ」

「……魔力が動かない。帝、お前はどうだ?」

「俺は動くぞ。おそらく異能力で攻撃した異能力者にマーキング出来るんだろうな。マーキングする相手の数に制限があるのか無制限なのかは知らないが」

「厄介な相手だ」

「無力で丸腰の異能力者にこれはキツイな。俺は関係無いが」


どのみち、俺もあの赤髪に攻撃したらルクスと同じような目に遭うんだろう。

だが、何も手を打っていない訳ではない。そもそも、昨晩に逃げた時点でこうなる事は予想がつく。


場の雰囲気を崩すような着信が鳴る。


「もしもし、そっちはどうだ?」

『帝殿、こちらは首尾よく終わりました』

「そうか、よくやった」


俺の通話相手──晴華せいかに頼んでいたのは、通学中に襲ってくる者の捕縛。正確にいえば、あの三人組トリオだ。

そのはずは、予想していなかった訳ではないのだがまさかの四人目からの襲撃。その少年の能力の魔力の完全停止は完全に予想の範疇ではなかったのだが。


「そこの赤髪、お前の仲間は捕まったらしいぜ。そこでだ、取引しないか?」

「取引?何を温い事を。何の役にも立たない無能は強者の足を引っ張る。好きに殺しておけ」

「冷たいな、仲間だろ?」

「ハッ、お前達に言われるとは思っていなかったな」

「何が言いたい?」


ルクスが冷たい声音で尋ねた。


「それはお前達自身の方がよく分かっていると思うけどな。俺はお前達のような目をした人間を知っている。そいつは自らの大事な者を失ったと言っていた。そして仲間も部下も、当然のように使い潰すような男になった。経緯はどうあれ、お前達二人は他人に興味がないんじゃないか?」


赤髪の少年があざけるように言い放つ。


「あそこの赤髪がああ言っているがルクス、お前はどうなんだ?」

「少なくとも俺は違うな。部下は大切に扱う」

「そこは、仲間って言わないんだな。その妙な基準のない線切りが人間関係に亀裂を入れるんだよ。気の弱い相手に強く出たりしてないか?お前、影でそんな事をしてそうだ」

「陰湿とでも言いたいのか?失礼な。お前こそどうなんだ?学校に通っていると聞いたが、お前は不良生徒になっているビジョンしか見えん。気の弱い女子を苛めてたりしてそうだ」

「お前からの俺の評価って散々だな」

「普段の行動を一つ一つを省みてみろ」

「最近は特に問題を起こしてないぞ」

「そんな事を口にしている時点で既におかしい事に気付け」


ルクスからの冷静な指摘に、ぐうの音も出ない。


「まずはこのクレイジーレッドヘアーを何とかしないとな」

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