第70話新たなる脅威


廃れたビルに風が吹き荒れ、不協和音を奏でる。


上部が砕かれた白い柱に鎖で巻かれ身動きが取れない俺。

こうなってしまうまでの経緯は話せば長くなる。別に、間抜けを晒してこのような事態に陥った訳ではない。

お前、力がある程度戻ったんじゃねえの?とかいきなり何捕まってんだよ!とか思われても仕方がない事は重々承知しているけどね、これにはふっかーい事情があるんですよ。






闇夜、薄暗い路地を走る人影。


その男は左手で右腕を押さえており、血の滴が路面を赤く彩る。


「クッ!」


男は自身を追いかける者達からは逃げられないと悟ったのか、足を止めて振り返った。

男の視界には路上の中央を歩く常に姿がブレたり、半透明になっている者と、その者の半歩後ろから続く背丈が見上げる程大きい者の二人。どちらも白い面を付けている為に、顔を伺う事は出来ないが体つきからして、片方は男、もう片方は女である事は容易に想像がつく。


「……何が目的だ?」

「さあな」


仮面から響く無機質な中性的な声。


何故なぜ私を狙う」

「それが仕事だからだ。弱者の為に死んでくれ」

「貴様は、貴様は私が異能力者というだけで殺すのか?私には妻も娘もいる一人の人間なんだぞ」

「そうか。それで?」


有無を言わさぬその口調に、男も押し黙るしかなかった。


張り詰めた静寂の中で高まる緊迫感。

女は下がり、代わりに男が前に進み出る。


「私が誰だか分かっての狼藉か?」

「分かっているからこそだ。自分は殺しを楽しむ愉快犯ではない」


巨漢が拳を構え、男は幾何学模様の描かれた手袋と腕輪を見せつけるように前方へと掲げた。


「いくぜ!」


巨漢が男に迫る。

男は虚空から雷を放つが、巨漢は肘を前へと出し雷を受け止める。

口から苦悶の声が僅かに漏れるが、その勢いが衰える事はない。むしろ、加速している。

男は手袋をはめた手を地へと叩きつける。


「何だ?」


男の足が路面のコンクリートに埋もれる。

その深さはどんどんと深くなっているのか、次第に巨漢はコンクリートの沼に引きずり込まれ、膝まで埋もれてしまう。


「阿呆が」


呆れるような中性的な声。

実際に呆れているのだろう、仮面を被った顔をやれやれとでも言いたげに振っている。


男はその呟きが聞こえたのか、その巨体をがむしゃらに動かしコンクリートの沼からの脱出を謀る。

だが、それは逆効果だったようで首まで埋まってしまう。


「うおらぁ!」


巨漢は雄叫びを上げながら、階段を昇るように沼から抜け出した。

そして、勝ち誇ったように男へと好戦的な眼差しを向けた。

だが、その余裕は再びなくなった。男が優雅な仕草で指をならせば男は胸に手を当てながら苦しそうにうずくまる。


「降参するなら今のうちだ」


男の冷酷な声が響く。

それに返ってきたのは中性的な声。


「相変わらず使えない奴だ」


声の主はうずくまったままの巨漢へと歩いて近付き頭を蹴り、意識を刈り取った。


「自分が相手だ。悪く思うな」

「思わんさ。これで最近、我々にちょっかいをかける不届き者を粛清出来る。むしろ感謝しているとも」


面の女は巨漢へと視線を向けずに声をかける。


「お前は自分の身くらいは自分でどうにかしろ」


面の女は巨漢の男の抗議するような声に耳を貸す事はない。

意識は目の前の男へと向かっている。


「フッ!」


男は掛け声と共に駆ける。

逃げるのではなく、向かってくる。

面の女は驚愕のあまり、瞬間的にたじろいだ。それも当然だろう。男の体は華奢きゃしゃではないが筋肉質ではない。まさしく中肉中背。倒れたままの巨漢と比べるとその差は強調されてしまうが、それを考慮しなかったとしても近接戦に向いているとはお世辞でも言えない。

そんな男が容赦無く手刀を放つ。

狙いは面の女の首。

風を纏い、弧をなぞるように首へと吸い込まれる。

手刀が首を裂くように通りすぎる。

だが、首は切られていない。胴と繋がったまま。

面の女と男の視線が交わる。

男はありのまま起こった現実に理解が追い付けず、後ろへ下がろうと地を蹴るが──


「何!?」


何故なぜか進んだのは前方──面の女の居る方向だった。


面の女の突き出した腕を男が払おうとするが、またもや触れる事すら出来ずに通りすぎた。

代わりに、面の女の腕が男の腹をえぐった。


「任務は終わりだ。処理班を呼べ、ペレファーリ」

「リョーカイ、ペレデレを呼ぶんだよな?一人だけなんだから班じゃないだろうに」


巨漢は立ち上がりながら、ポケットからスマートフォンを取り出し連絡を取る。


「思ったよりも手間がかかったな。ここまで強いとは聞いてなかったが」


倒れた男を見ながら見つめる。

そして、面の女は周囲を警戒しながら見渡す。こういった任務の場合は何の関係も無かったとしても、僅かにでも見られてしまえば処理しなければならない。これは、自身の信頼の守護と共に自身守る事でもある。


唐突にスキップするような足音と共に、上手く吹けていない口笛が響く。

静まり返った夜道である為に余計に響く。男との戦闘時は、彼女の能力で音を人の耳に入らないようにしていたから誰かが聞き付けてやって来た訳ではないだろう。

つまり、ただの偶然。


「うわぁ」


曲がり角から姿を現し、気の抜けるような声を発したのは目付きの悪い黒髪の少年。目付きさえ悪くなければ紅顔の美少年と言えるだろうが、赤く爛々と輝く瞳があまりに虚ろ。

面の女の本能が警鐘を鳴らす。


この男とは戦ってはならない


面の女達の能力は極めて異質だ。

既存の異能力とはまた違った存在だ。その点を上手く利用すれば勝てるかもしれないが、戦闘回数が二度、三度となれば勝ち目は無いと思っている。

今までの暗殺任務は今回の件も含め、初見であった事が勝因であり唯一の優位性。


少年は曲がり角に姿を隠し、ひょっこりと顔だけを出しながら状況を確認するように視線だけを動かしていた。


「悪いがお前には死んでもらおう」


面の女が下したのは冷酷な判断。

この少年を逃がすも戦うも危険である事には変わりない。ならば、少年を殺すべきだと判断した。

最悪、二人がかりで戦えばなんとかなるだろうという楽観的な考えがあった。


「ペレファーリ、殺るぞ」

「はいよ」


巨漢──ペレファーリは頭を面倒そうに掻きながら、スマートフォンをポケットに戻した。


ペレファーリが身を低くして戦闘体勢を取る。

対し少年は変わらずに顔を曲がり角から出したままだ。


「ハァ!」


ペレファーリが少年に向かって走る。曲がり角を直線的に進み、壁を破壊する。

少年は身軽に地を蹴り、華麗に宙を舞う。


あっぶねえな。いきなり何すんだ?この野郎」


余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子の少年に、ペレファーリはまたもや迫る。


「だからあぶねえって、言ってんだろ」


少年は怒鳴りもせず、先ほどとは変わらぬ口調のままペレファーリのあ頭部を片手で掴み、突進を止める。少年はペレファーリの勢いに負ける事なく、後ろに後退する事はない。


「……嘘だろ」


面の女──ピエガーレが思わず呟いた。

先ほどの男よりは体つきはいいが、華奢きゃしゃだ。だが、よく見れば筋肉質ではある。それでもペレファーリの突進を片手で止めれるようには見えない。

まるで化け物という言葉では形容出来ない神話に出てくるような人外が人の皮を被っているような感覚だ。底が見えない。核シェルターを外から素手で押しているような気分だった。


ペレファーリが叫び声と共に拳を振るう。

その拳は少年の顔面の右側に命中するが、びくともしない。

まるで「何をしたいの?」と尋ねるように首をコクンと曲げ人差し指で拳を顔からのかす。


「何だ?……何が何だか、簡単には想像出来るがまあ、あれだ……眠い」


少年の足がペレファーリの腹を穿った。

明らかに加減をしているにも関わらず、ペレファーリは腹を抱えてうずくまる。

口からは血を吐き出し、あえぐようなうめきき声が苦し気に漏れている。


「待てっ!」


ピエガーレが少年を呼び止める。


「俺はなぁ、帝さんは眠いんだよ。何が悲しくてこんな夜遅くにコンビニまで行かなくちゃならないんだ?」

「お前の事情はどうでもいい。問題は──」

「俺もおたくの事情は興味無いからお互い様だ。お疲れ」


もはや聞く耳を持たない両者。

無防備に背中を向ける少年に、ピエガーレは足音と気配を極限まで殺して走り寄る。

右手には月光を反射したナイフが光る。


これも仕事だと思いながらナイフを逆手に持ち変え、首を薙ぐ。


「はっ?」


ピエガーレは驚愕に 目を見開いた。

ピエガーレ自身透過能力を持っている為、お前がその反応をするなと言われても仕方がないのだが、彼女の意識は非現実的な現象に持っていかれていた。


「首に触れた部分だけが消えて──」


無関心な瞳を向ける少年からの裏拳が、ピエガーレの頬を襲う。


「ったく、散々だな。琴音の奴のせいだぞ、何もかも。後で仕返しでもしてやるか」


少年は路上に落ちたビニール袋を拾い、歩き出した。


ピエガーレは意識を手放し、ペレファーリは未だに呻き声を漏らしている。

そんな彼女らを助けに来た訳ではないのだが、遠くで待機していた彼女達の仲間が少年がいなくなったのを確認して姿を現した。


「ミーまで出ていたらヤバかったのだな。二人そろってここまで一方的にやられるとは思いもしなかったのだな」


小人こびとのように小さな背丈の男がペタペタと足音を鳴らしながら夜道で作業を始めた。






黒い制服を纏った異能力者達が路上にて鑑識を行っていた。


実際に鑑識を行っているのは対策課の下部組織の一つ。


「これは荒れるかもな」

「マジでそうなるだろうな。殺されたのが如月家の当主となれば他の十二の名月が黙っていないだろうな」

「如月家は実戦が不得手だと聞くが、それでも並の異能力者と比較しても破格の戦闘力を有する。魔術陣に関しては右に出る一族は他にない。故に刻印の一族」


千早涼は一面の青空を見ながら話を続ける。


「マジでこれで、何件目だ?異能力者の殺人事件は」

「七件目だ。被害者が異能力者に限って言えばな。そもそも、殺人事件なんて物は毎日のように起こっている」

「マジで俺達の立場で言っちゃ不味いだろ。一応、警察なんだから」

「そうだな」


天道は、鑑識を行っていた男から報告を受ける。


「被害者はやはり如月家のご当主殿で間違いないですね。それと、異能力者の発動の形跡がありません」

「つまり、如月家の当主は抵抗する間も無く闇討ちされたのか?」

「いえ、言い方が不味かったですね。正確に言えば、如月家のご当主殿に対して発したと思われる異能力の行使の形跡がありません」


天道は遺体の状態を思い出す。


「心臓を貫くように胸に穴が空いていたよな?」

「ええ。その断面を見る限り、素手で貫いたようですね」

「素手でか?一般人が素手で心臓を貫けるのか?山奥の秘境の武術家達ならまだしも」

「マジで心臓を貫くトリックは後で考えるとして、この前はコンクリートの槍で頭を一突きだった。殺し方が毎度違うな」

「パターンが毎回違う事からも複数犯と見て間違いないないでしょうね」


鑑識からの結論を受け、唸る二人。


「全容が全く見えんな」


天道が諏佐と交戦して一ヶ月と少しが経過したが、対策課には休む余裕は無かった。

目頭を押さえる天道に鑑識はいたわるような視線を送る。

ここ最近で苦労人が板についてきたと影で言われている事には気がついていたが、今までは気にはしていなかった。少なくとも今までは。


「どうした?」

「いえ、何でもありません」


そそくさと逃げるように遺体の転がっていた場所まで戻る鑑識の背を見つめる天道に対して千早が苦笑した。


「お前も何だ?千早。何か言いたい事でもあるのか?」

「マジで頑張れよ、苦労人」

「俺は職務をまっとうしているだけだ。断じて苦労人などではない」

「マジでそうかい。それで──」


千早は天道の耳元に口を近付ける。


「三時の方向からの視線の主が実行犯だろう。それにしても、この時期にフードを被っているからよく目立つな」

「お前のがそう判断したのならそうなのだろう」

「マジでどうする?」

「今は野次馬が多い。変に追い詰める訳にもいかないだろう。取れる手段は限りなく少ない」


天道はスマートフォンを取り出し、メールを送るとすぐにポケットに戻す。


「これから追いかけるぞ」

「はっ?えっ?マジでか?」


いきなり歩き始めた天道の肩を千早が掴む。


「マジでお前の発言と矛盾してないか?取れる手段は限りなく少ないんだよな?」

「そうだ、少ない。その取れる手段の一つが直接話を聞く事だ」

「いやいやおかしい、マジでおかしい」


千早はなおも歩き続ける天道の両肩を掴みながら、両足をブレーキ代わりに地に付ける。


「マジで、一般人が巻き込まれて死傷者が出ればどうするつもりだ?お前の首一つじゃあつぐないにもならないぞ」

「その時はお前も道連れだ。安心しろ」

「マジでどこにも安心出来る要素が何一つ無いから」


千早の説得かどうかは分からないが、千早からの言葉に耳を貸して立ち止まった天道に、内心で胸を撫で下ろした千早は肩から手を離す。


「マジで分かってくれて何よりだ」

「あっ、逃げたぞ」


慌てて走る去る後ろ姿を二人はただ黙って見つめていた。


「マジで、風のように逃げていったな」

「監視カメラを辿たどっていけば拠点くらいは分かるだろう。放っておくか」

「マジでもう少し職務を真面目にやれよ、天道」

「お前よりは仕事をこなしているさ。ただ、最近は厄介な案件があってな」

「あぁ、あれか」


千早は思い出すように宙を見上げる。


「マジで聖王協会の総帥が個人的に面会を求めてるってやつか」

「そうだ。長官を通してだから引き抜きの線は考えづらいが、あの千技の魔術師トリックスターの異名を持つ人物だ。警戒するに越した事はない」

「マジで何故なぜ面会を求めてるのか少しくらいは聞いてないのか?長官が許可するのだからそれなりに重要な内容だろ?」


天道は渋るような表情を見せたが、口を開く。


「チームを作ろうとしているらしい」

「チーム?」

「それ以上は知らん」


千早はそれ以上聞く事はなかった。

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