第69話終結、そして


魔剣と赤雷を纏ったブレードの激突。


押し負けたのは諏佐だった。

いくら魔剣の力を解放したとはいえ、下半身に力が入らないまま体をひねり、振るった魔剣には天道の渾身の一撃に匹敵する威力はなかった。

諏佐は転がりながら体勢を直す。


「鞍手の能力も切れた。ラッキータイムは終わったぜ」

「次で仕留める」


満身創痍の天道は構えるが、対する諏佐は殆ど無傷に近い。

互いに円を描くように歩きながら隙を伺う。

だが、諏佐は力を抜き距離を取った。


「いずれお前を止めるぞ」

「重要なのはいつだってその時だぞ。今回、お前達は俺を止められなかった。要はお前達が俺を止める程の力を持っていなかったって事だ。お前なら俺達と同じステージに上がれる。その時を楽しみにしてるぜ」


諏佐はそう言い残し、船から飛び降りた。

天道は慌てて追いかけようとするが、意識を戻した鞍手に呼び止められた。


「天道、よせ」

「……鞍手さん」


ふと思い出したかのように鞍手へと質問をぶつけた。


「諏佐は鞍手さんの事を知っていましたが、以前に何かあったのですか?」


鞍手はしばらく思い悩むような表情をしていたが、重い口を開いた。


「この世界には、様々な不幸と不条理に晒された人生が無数にある。より多くの幸福の為には、多数を救う為に少数を切り捨てる事は必然だった。誰しも自身の幸福の為であるならば、他人に不幸を押し付ける。そして、その不幸は弱者にばかり回ってくる」

「それであの男が生まれたと?」

「……それは違う。あの男達だ。数年前、私がお前の前の"勇"だった頃、対策課は政府からの強い要請により、ある任務が課された。その任務は結果的には成功した。だが、代償はあまりにも大きかった」


鞍手は無くなった右肩の先に手を当てる。


「天道、お前は本当の敵を見謝るなよ」

「分かりました」






何度も揺れる船内でフィリップスと打ち合いを続ける。

この揺れの感じから、天道は高火力の攻撃を繰り出していると見える。それに対する相手は、間違うはずがない禍々し魔力。


「気が抜けているぞ」


振るわれる白器はくき絶禍ぜっかで打ち返す。


「フィリップス、もうお前には勝ち目なんてねえよ」


息を切らしながら片膝を突くフィリップスに刀を向ける。


「確かに普通に戦っても勝ち目はないだろうな」

「そうだ」


フィリップスの妙な言い回しに眉をひそめる。


眼前のフィリップスが胸元から取り出したのは、白と黒の歯車の付いた刀の柄のような物体。

見覚えのある代物だった。

他でもない、異能力者を操ると言われていた例の魔道具レリック


「正気か?」

「もう、この世には未練も期待も希望も無い。少しでも可能性があるのならば、それに賭ける」


魔道具レリックを転移させようとするが弾かれ、白器はくきと接合される。

直後、膨れ上がる魔力。

白器はくきが形を大きく変え、フィリップスを包み一体化する。


船内で派手な攻撃をすれば沈没は確定だな。

ヤバイなぁ、マジで。


大小大きさは様々な白骨を鎧のように着込み、顔は表情がこぼれ落ちたかのように虚ろだ。


そんなフィリップスにマーカスは叫ぶ。


「お気を確かに!」


その言葉にフィリップスは反応した。

マーカスに右腕を差し出すように伸ばし、右腕を覆っていた白骨が弾丸のように発射される。

転移させマーカスを背後に移動させたが、やりずらい。

マーカスの襟を掴み、もと来た通路を駆ける。


「フィリップスはどうしてこんな馬鹿な事が出来るんだ?仲間お前達がいるだろうに」


呟くように、語りかけるようにマーカスに尋ねる。


「……フィリップス様は復讐に囚われている。あの時からずっとだった」


マーカスは語り始めた。

まるで、胸の内の罪悪感を払拭するかのように。






フィリップス──彼は生涯の中で何度も名を変えた。その回数は十一回。


彼の本名はフィリップス・ウィルソン。

アメリカの田舎の異能力者の両親を親に持つ少年。

特に特筆する程の出来事は無く、目立った功績も悪事も無かった。

異能力については生まれつき強力ではなく、将来は一般人として生きていくと決めていた。当たり前のように大学へと進学し、婚約者フィアンセも出来、まさしく自分が望んだ順風満帆な人生だった。

少なくともこの時までは。


フィリップスは豪雨の中で手を伸ばす。

最愛の婚約者フィアンセに向けて。

黒いスーツを着た男達に抑えられながらも何度も立ち上がり、何度も立ち向かった。

後、数歩進めば手が届く。

だが、その僅かな距離が届かない。


連れていかれる婚約者フィアンセを、フィリップスはただ見つめるしか出来なかった。

そして、彼の果てなく膨れ上がった憎悪が彼の弱かった異能力の覚醒を強制的に引き起こした。






壁に寄り掛かりながら話を聞き、一度脳内で内容を纏める。


「それで、その婚約者フィアンセ何故なぜ捕まったっんだ?マーカスくん」

「政府の実験だ。各国政府上層部は異能力について認知はしている。一般人にしてみたら、異能力は見えない凶器を常に携帯しているようなものだという。だから──」

「一般人を強制的に異能力者に変える人体実験の話を聞いた事があるが、そのまさかか?」


マーカスは無言で頷いた。


この話は、聖王協会所属時に耳にした事がある。

何度か調査の任務に就いた事があるが、そのどれもが非人道的でとても現実的な計画ではなかった。そして最終的には、核に代わる新たな兵器としての実戦投入。

胸糞が悪くなるような話だ。異能力者を人間ではないと定義し、人権を奪い、解剖され、死んでも尚、酷使される。


「フィリップス様の婚約者フィアンセ殿は異能力者だった。そして革命家レジスタンスの実子でもある」

「そこで、縁も所縁ゆかりも無さそうな二人が繋がったって訳か」

「そうだ。婚約者フィアンセ殿の得意としていた異能力は精神支配」

「いかにも権力者が欲しがりそうな能力だな」

「異能力者と言えど、規格外の連中を除けば数の力には負ける。どれだけ強かろうがな」


銃で頭を撃ち抜かれれば、ナイフで心臓を突き刺されれば大抵は死ぬ。一般人も異能力者も関係無く。


「それで結局、パワーアップはしたが愛しの婚約者フィアンセは救えずにバットエンドか」

「いや、この話にはもう少し先がある。婚約者フィアンセ殿が連れ去られた直後、その政治家は失脚した」

「でも話の流れからして、帰ってこなかったんだよな?」

「そうだ。そして婚約者フィアンセ殿はその政治家の部下にあたる男に引き取られ、飽きられるまで慰み者にされ、最後には人身売買されて買い手が見つからずに処分された」

「……なるほどな」


権力に対する復讐となると、普通に戦っても勝ち目は無い。

それでテロリストとマフィアか。


「さしでがましい事は重々承知している。だが、それでもあの人を救ってやってほしい」


無力な男が復讐に身を焦がれ、マフィアの首領にまで成り上がり、このザマか。


「マーカスくん、頼む相手が間違ってますよ。少なくとも俺は正義の味方ではねえよ。俺が出来る事はフィリップスをぶった斬ってあの世に送ってやるくらいの事だろうよ。それとも、同情心でどうにかしろってか?ここで婚約者フィアンセはこんな事は望んでないとでも言えと?そんな事すりゃあ、あいつフィリップスへの侮辱になるんじゃないのか?俺はただ、俺の事情でフィリップスを斬り殺す。悪く思うなよ」


姿を現したフィリップスだった化け物を見ながら、笑って見せる。


「マーカス、お前は離れて見てろ」


一歩前に進む。


同化が進んでいやがるな。

白器はくきが体を覆っていたはずだが、皮膚と定着化している。手足は硬質そうな鈍い光沢を放ち、頭部は兜のように守られている。


絶禍ぜっかを構えず、不意を討つように突く。

フィリップスは腕を交差させて防いだ。

かがみ、頭上を通りすぎる右足をよける。


船内だとやっぱり、使えそうな魔術技マジック・スペルが無いな。船がもちそうにない。

かといって、絶禍ぜっかの能力を使えばマーカスは近くはないが巻き込んでしまいそうだ。


フィリップスの全身から刺が生え、射出される。


「何でもありかよ!」


空間を歪め、無数の刺の軌道を逸らす。

心臓目掛けて放たれた右腕を絶禍ぜっかで受け止め、フィリップスの顎を蹴り上げる。

華麗に命中したと思ったが、吹き飛ばされたフィリップスはすぐに立ち上がる。

空間を押しやり奥の壁に体を固定させるが、白骨を鞭のようにしならせたまま迫る。

俺は背を見せず、逆にフィリップスへと走りながら白骨を切り払う。狭い通路では搦め手もクセ技も難しい。

ならば、シンプルに剣技で決着をつける他ない。

フィリップスは眼前にまで迫った俺に右腕を振るうが身を低くしてかわす。

そして、一気に妖刀"絶禍ぜっか"を振り上げた。


「フィリップス、これで終わりだ。あの世で婚約者フィアンセとイチャついてろ」


フィリップスの体はボロボロと風に吹かれた砂のように散っていった。


「マーカス、撤収するぞ」


俺は振り返り、船外へと転移しようとフィリップスの散った場所に歩み寄るマーカスの腕を掴もうとするが──


「いや、ここでいい。俺は組織に忠誠を誓った訳ではないからな。死ぬ時は共にすると言ったからには守らないとな。俺達を終わらせてくれ」


マーカスは胡座あぐらをかくように座った。


「好きにしろ」


フィリップス、お前はもう少し周りを見るべきだったな。復讐するなとは言わない。

俺はそうするしか生きていけなくなった馬鹿を知っている。


「かみ……つ……き」


呼び止める声に振り返る。

そこには正気に戻ったフィリップスが口から血を吐き出しながらも苦し気に俺を見ていた。


「お前には、不要だと、思うが、一つ、忠告しておく」


フィリップスが途絶えそうな命の灯火を気力だけで繋ぎ止める。


「世界を信用するな」

「知っているさ」

「…………マリア、今行くからな」


銃声が二度響く。






船の上空に転移し、念動力サイコキネシスで体を浮かす。


派手に暴れてるなぁと思っていたが、加減を知らないのか船の破損の酷さが上から見下ろすだけでもよく分かる。

沈没まで後数分って感じだな。

それにしても、対策課が四人もいて諏佐を逃がすとはな。これには驚いていない。むしろ、今の天道なら逃げられると思っていた。

ぶつかる時期が少し早かったな。数ヶ月先であれば話は違ったろう。

それにしても、諏佐が誰一人として殺してないとは意外だったな。


上方からステルス機が近付いてくる。

船に近付いたステルス機内に転移して先にくつろぐ。


機内に入って来た天道を見れば、浮かない表情をしていた。諏佐は余計な事は言わないだろうから、恐らく考えられるのは圧倒的な力量で負けたのだろう。

まあ、自信過剰とは縁遠そうだから立ち直るのは早いだろう。立ち直るというより、単純に闘志を燃やす。

変にプライドが高い訳ではないし暴走の心配は無い。何も言うまい。


ステルス機は沈黙の中、夜空を駆ける。






──上海シャンハイ


薄暗い街角を歩く白人の男。

革命家レジスタンスだ。

彼が日本をターゲットにした理由は更なる協力者が力を貸す対価としてオーダーされたからにすぎない。

だが、計画の全てが水泡に帰した。

裏切られるとは思っていない。裏切られる訳がない。


「諏佐、わざわざ助けに来てくれたのか」


目の前の男を認識した瞬間、助かったのだと実感する。

ジョーカーや、かの"神童"に匹敵する強者。それこそが諏佐仙次郎。


安心に満ちたその顔が胴体と切り離される。

諏佐の右手には血に濡れた魔剣が握られている。


「お前にはを持つには荷が重い。役不足だ」


諏佐は革命家レジスタンスの上着のポケットから六芒星を象ったペンダントを取り出した。


「この世に災厄をもたらす可能性を有した六人──六天禍りくてんか。運命に導き導かれ、選ばれた者が必然的にこのペンダントを手にする」


このたった一つのペンダントが諏佐の本当の狙いだった。


「行くぞ、テメェら」


諏佐は闇に潜んでいた強者達を引き連れこの場を後にした。






船を襲撃してから一週間と三日が経過した。


伊崎と瀬良は今も仲良く入院中だが、今日は神無月の退院日だった。迎えに来たのは俺と真美と伊織──そして対策課の天道と千早。


「お前らは何で来たんだ?」

「大人の仕事に口出しするな」


天道とは今朝からこんな調子だ。


対策課の管理下に置かれた病院である為、身の心配はしていなかったがそれでも無事な姿を見ると、伊織はどこか安心したようにため息を吐いた。


仲が良いのか悪いのか、どっちかが素直になれば解決しそうだ。


「来てくれたの?」


嬉しそうに神無月は両手を合わせる。


「呼ばれたからな」

「ここは心配だったからって言うところでしょ」


横から真美が責めるように囁く。

つい先日、真美達に女心が分かっていないだの踏みにじっているだの散々言われたが、そもそも男という生命体は女心を理解するようには出来ていない。

男の心を持ちながらそれが出来る奴は大抵遊び人という認識だ。

つまり俺は誠実な男。

俺は何も悪くない。


「何か言いたそうね」

「……ん?」


妙に鋭い真美にとぼけて返す。


そんな俺達を見て神無月はクスクスと上品に笑う。


「普通に笑えてるな」

「ええ」


そして気安くなった。俺としてはこっちの方がやりやすいからいいや。


「それで今日からお願いね」

「今日から?何を?」

「聞いてないのか?神無月琴音は本日からお前と移住を共にする」


天道が決定事項とばかりに告げる。


「全く聞いてない」


真美と伊織が驚いた様子を見せない事から、知らないのは俺だけらしい。


ヴァルケンの仕業か。

あの悪魔的な龍神ならやりかねん。男女関係において、変に気を使ってるし。


「どうして俺なんだ?」

「もし同様の事が起きたらお前が止めろ」

「答えになってねえよ」

「神無月家は、他家への優位性を獲得する為に妖王を人工的に作り出し、制御しきれなくなった。そこで"封縛の魔女"と呼ばれる程の封印術を有する神無月琴音の体内に植え付けた」


それは知っている。


「その呪縛が完全に消えたかどうかは何とも言えないのが正直なところだ。そして神無月家は神無月琴音のを手放している。神月、お前がどうにかしろ。中途半端に救ってしまったからには最後まで責任を取るのが筋だ」

「面倒を押し付けたいだけだろ」


天道はそれ以上は何も言わずに、千早と共に帰っていった。


「俺もそろそろ帰るぞ」


伊織も背を向けて歩き出した。


何もせずに、何も救わずに生きるつもりが、この二人を助けてしまった。


「俺達も帰るか。愛しき平穏へ」






暗い世界で赤い髪の幼い少女が裸足で歩きながら一人で泣いていた。

誰からも見向きもされず孤独だった。

愛とは無縁、情とは無縁。ただ、道具として価値を見入られていただけだった。


いずれ少女の足は血が滲み、足を止めてうずくまる。

外界から断絶した世界を作り出すかのように膝を抱えた。


「おいお前、どうして泣いてんだ?」


黒髪の目付きの悪い、赤い瞳が特徴的な少女と同い年くらいの少年が少女に語りかける。


「だって、誰も私を助けてくれないもん」

「そりゃあ、お前を救えるのはお前しかいないもんな。苦しいのは当たり前だ。助けてほしけりゃ、いつか助けてやるよ。気が向いたらな」

「……名前は?あなたの名前は何?」

「帝だ」

「帝、いつまで油を売ってやがる。行くぞ」

「ああ」


そして少年は、仲間と思われる者達と去っていった。


瞳を開ける。


「なんだ、夢か」


どこか懐かしい情景だった。

まるで記憶の片隅に放り投げた記憶を拾い出したかのような気分だ。


ベットの上で上体を起こせば神無月が真横で無防備に眠っている。

その美しい魅惑的な肢体は布一枚でしか隠していない。神無月琴音は全裸だった。

いろいろ言いたい事はあるのだがそれよりも先に、一応俺の状態を確認する。


「服は着てるな。オーケーだ、一線は越えていない」


俺の呟きで目を覚ましたのか、神無月はいとおしそうに俺を見つめながら押し倒す。


「普通逆じゃね?」

「あなたが何もしないのが悪いのよ」

「おい待て、冷静になれ神無月。人間は勢いで動くと大抵後悔するモンだぞ」

「せめて、最中は名前で呼んで」

「最中って何を?」

「好きよ。初めて会った時から愛してる」


舌なめずりする神無月を見上げながら、俺は大量の冷や汗を流した。


机の上の六芒星のペンダントが、カーテンの隙間から差し込む月光に反射して妖しく光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る