第66話心の底に


深紫のオーラが伊崎を纏う。

今までと違うところは、八対の翼がある事だ。


宙を飛ぶ伊崎に水の刃が迫るが、今までとは速度と大きさが劣っている。


「巧も巧で戦っているんだな」


水で象られた槍を、翼をはためかせる事で吹き飛ばした。


「悪いが二対一だ。もうお前に勝ち目はねえよ。巧を返してもらうぞ」


良いところ口を挟むようで悪いのじゃが、我も居るからな。


「知らん」


枯渇しかけていたはずの魔力が溢れるように体内を循環している。


伊崎は大きく息を吸い込んだ。

そして雄叫びを上げる。


体の調子を考慮すれば、長く持ちそうにもない。

だからこそ、ここで決める腹積もりだった。


最後の足掻きとばかりに、瀬良は今までとは桁違いの魔力を使い、天へと飛翔する龍を生み出した。


清く澄んだ青龍と黒く濁った悪魔。

二つがぶつかる。


余波が広がり、嵐のような暴風が吹き荒れる。


沈黙の中、立っていられた人影は無かった。

その中で、ゆっくりと起き上がる影が二つ。

瀬良と瀬良に支えられて立つのがやっとという様子の伊崎だ。


「もう、動けそうにねえや」

「そうだね」


二人は力無く倒れた。

だが、その顔に浮かんだ笑顔はとても晴れやかだった。






俺達は眼前に現れた男女と対峙していた。


「……何故なぜお前がここにいる。瀬良巧が居たはずだが」

「そっちは他の奴に任せたさ。ところで、お前達は何が目的でここまでやって来たんだ?」

「それを言うとでも?」

「そう易々と言ってくれれば、俺も楽なんだけどな」


振り下ろされる白く大きな剣──魔道具レリック白器はくき黒刃こくじんで防ぐ。


「あの夜よりも鋭いな」

「それを難なく防ぐのだ、お互い様だろう」


互いに距離を取り、隙を伺う。


真美と神無月は戦闘を行ってはいない。警戒はしているが、俺達の邪魔をしないようにしているのだろうか。

これ以上泥沼化しないように、ここでこの二人を捕らえておきたい。この状況で、今に至るまでの道筋が大方理解出来た。


同盟社の三者が互いに作戦を考え裏をかき、自分の目的を成す為に動いているのだろう。

神無月がフィリップスに嘘の情報を与え、学校への襲撃を実行させた。その過程で俺への対策として瀬良をフィリップスが捕らえたが、神無月がそれを伊崎にリークした。

故に、フィリップスは俺がここまで早く追い付くとは思っていなかった。


恐らく、この件に限らず最初からそうだったのだろう。魔道具レリック騒動の時から。革命家レジスタンス、フィリップス、神無月琴音の三者が組んだのは魔道具レリック騒動よりも前、だが最近の出来事でもある。

そこから、互いにある程度の情報を開示し合いながらも好き勝手に動いた。急に九州に飛んだり、部下を使って動かしたり、家を裏切ったりと。

こりゃあ、対策課もてこずる訳だ。


フィリップスも今になってこの状況に陥った訳を感づいたのか、細目を僅かに見開き神無月を見る。


「神無月、貴様裏切ったな」

「裏切り?はて、何の事でしょうか?帝さん、分かりますか?」

「俺に聞く理由も分からんな」


状況がより面倒になったな。


「ッチ!真美、神無月を抑えろ!」


俺は黒刃こくじんを突く。

フィリップスは難なく避けるが、反撃はしてこない。得物が大きいからか、細かな攻撃が出来ないらしい。

続いて繰り出した八撃を、白器はくきを盾にして防がれる。


「フンッ!」


押し出される白器はくきを後ろに跳び、かわす。


以前戦った時と比べ、力任せな戦い方をしている。

それに、白器はくきの能力を一切使っていないように見える。


投げつけた黒刃こくじん白器はくきで弾き、体を一回転させる事で遠心力を上乗せした威力が振るわれる。

しゃがんでかわしながら、フィリップスの腹を蹴る。

フィリップスはうめき声を漏らし、数歩後退あとずさったがなんとか堪え、白器はくきを薙ぎ払う。

後ろに下がるが、頬が切れている。


「そういう事か。傷口から魔力が垂れ流しになってるみたいなだな。これがその魔道具レリックの能力か」

「そうだ。この白器はくきによって生じたあらゆる傷から強制的に魔力を放出させる。そして、傷付けた対象から吸収した魔力によって白器はくき自身も成長する」

「意思を持ってるってか?」

「その通りだ」


フィリップスは薄ら笑いを浮かべ、白器はくきを振り上げる。


「神無月の言葉を信じてここまで来たが、それが偽りであったのならばやむを得まい。この手だけは使いたくはなかったが」


フィリップスの視線は神無月へ移る。


不味い。


「真美!神無月を守れ!」

「えっ?分かったわ!」


真美は驚きを隠せていないが、素直に了承した。

考えるより動くを素でいく真美だからこそうたがいもせずに動けるのだろう。


「フアァッ!」


白器はくきが漆黒に染まる。

そして、漆黒と純白の混ざりきった灰色の斬撃が放たれる。


「いくわよ!城獄じょうごく


炎の城壁が斬撃の進路を阻む。

見事に拮抗して見せている。


「真美、こらえろ!」


俺は蒼銃そうじゅう取り寄せアポートさせ引き金を引いた。

だが、フィリップスは防ぎもしない。


「どこまでもふざけた男だ。今朝、革命家レジスタンスがお前の正体を言っていたぞ。神無月は知らないがな。お前が聖王協会の全盛期の伝説を築いた一人とは思いもしなかったぞ──"神童"」

「昔の話だ」

「過去は消えんぞ。黄金に輝く英雄譚も流血と屍に彩られた罪深き所業もな」

「テロリストのくせして他人に説教とは、随分とめでたい奴もいたもんだ」


俺は銃口を向けたままフィリップスを笑う。


構えるフィリップスに蒼銃そうじゅうを投げる。

フィリップスは避けもせずに、顔に当たるが気にする様子は無い。

走る俺に白器はくきが迫る。

俺は右足で地を軽く前方に蹴る事で後ろに跳び紙一重で避け、左足を踏み込みフィリップスの頭を掴んだ。

そのまま頭を地面に叩きつける。

右手で白器はくきの持ち手を掴む事でを抑え、左手に魔力を集める。


「熱い。怒っているのか?神月帝。冷淡、冷徹、冷酷で有名な"神童"殿がこれ程まで感情的になるとはな」

「そう見えるか?」

「瞳は虚ろ、表情は消え失せているが、確かにお前は怒っている。まさか同情でもしたか?そんな訳がないだろう?お前の異名は無数に存在するが、"神童"を含めその中でも有名な呼び方はある。それを──」

「お喋りな口だ。だが、もう要らないよな」


顎を握り潰す。


フィリップスは悲鳴を上げる事はしなかった。代わりに笑い声を上げた。


フィリップスの砕かれた顎が次第に修復される。

骨が現れ、肉が付く。


「化け物が」

「お互い様だ」

「イカれてやがるな」

「これもお互い様だ」


フィリップスは余裕を崩さずに、面白そうに口を開いた。


「神無月の心配をした方がいいのでは?」


ここは、お前は自分の心配をしていろと言うべきなのかもしれないが、今は状況が違う。

俺に余裕はあれど、この場に余裕など無い。


神無月が両腕を抱き締め、堪えるようなうめき声を出している。


「……何をした」

「分かっているだろ?解き放っただけだ、あるべき姿に。お前の力は特殊すぎる。一部を手に入れたというのに寸分も理解出来ない。だが、使う事は出来る」

「なるほど。神無月の中にいる化け物の解放に一役買ったって事かよ」

「魔力にも質と強度が存在する。もし、他人の魔力を一切の調整を加えずに流れれば暴走する。特にお前のような異質な物であればその微かな余波だけで十分だ」


俺はフィリップスを解放し、心配そうに神無月をなんとか助けようとしている真美を神無月から引き剥がす。


フィリップスの居た場所に視線を向ければ、姿が消えていた。


「なるほど、革命家レジスタンスは最初からこうなる事を予測してこっそり付いて来ていたのかよ」


神無月のうめき声が全てを拒絶するような悲鳴に変わる。


「助けてあげてよ!帝ならなんとかなるんじゃないの?」

「お前は魔王だろ、見捨てるって選択肢は無いのか?」

「ううん、無いよ。もし、それをやってしまったら私はまた後悔する」

「もう後悔したくないってか?」

「うん」


真美は迷い無い眼差しを俺に向けている。


いつしか神無月の悲鳴は消えていた。


後悔をしたくない……か。後悔なんて、誰しも生きていれば幾らでも沸き出てくる物だ。

そんな事をいちいち考えるような生き方はきっと疲れるだろうな。少なくとも、今の俺には真似出来ない。

酷くもどかしくて、焦れったい。


「神無月琴音を助ける理由は何だ?」

「だって──」


真美は華やかに笑った。


「帝が助けてあげたそうな顔をしてたから」


真美は俺の両手を包み込み、視線を逃さない。


「きっとあなたは優しい。けど、他人からの好意を拒絶している。自分の本心を殻に閉じ込めて偽りのあなたを演じている。だから帝は素直じゃなくてとても不器用。きっと自分でも自分を見失って分からなくなってる。だから……だから私が理由になる」


大丈夫、あなたならきっと大丈夫。


かつて聞いた言葉が頭の奥底でよみがえる。何故なぜだろう。状況は全く違うはずなのに、真美とアイツは全然似てもいないのに妙に被る。

凄く懐かしくて、落ち着く声音で、包み込むような優しさで。

どうして真美が知っている?

いや、ただの偶然か。


こんな時、アイツなら、あの人ならどうしただろうか?

本当は分かってる。考えるまでもないよな。


「帝、あなたは私のヒーローよ」

「今時、高校生がヒーロー呼ばわりされて喜ぶかよ。少し……少しだけ、頑張ってみるか」


今は深く考えないでいよう。

きっと大丈夫。今度こそ。


神無月の体から深紅の魔力が漏れ出ている。まるで、出血しているようだ。


「これ程の濃度の魔力、これは一体何?」

「妖王と呼ばれる物だ。この世界における妖魔を統べる王。知能も実力も様々だが一言だけ言える事は、今の俺達では手も足も出ない」


創作物で人間が異界に転生したり召喚されたりすると、人智を超えた力を手にする描写があるし、実際に起こり得る事だ。

だがそれは、神や女神が主人公を不憫に思ったり世界を救う為に与えた力ではなく、世界と世界の狭間に漂う膨大なエネルギーが魂に付着し、能力へと昇華した物。この現象は人ならざる妖魔でさえ同様の事が起こる。

強力な妖魔の魂にエネルギーが付き進化を繰り返した結果、妖王へと至る。


「それならどうするの?それよりも、妖王って何?」

「一昔前に大暴れした化け物だ」

「一昔前ってどのくらい前?」

「五年くらい前だな」

「割りと──かなり最近ね」

「あの頃はサシで倒せてたんだが、今では魔王と組んでも正直厳しいな」

「サシでってあなたどんだけ化け物だったのよ!」

「全盛期だったからな。今ではその時の一割の力が出せれば上出来だ。五年に及ぶニート生活の弊害だな」

「それにしても弱くなりすぎよ!」


だが、奥の手はある。


そうだな、オレがいる。

だが、相手は妖王だ。もっと適任の奴がいるだろ。異界召喚に巻き込まれた時、助けてくれたろ?


「化け物には化け物か。理にはかなっている」

「えっ?何がよ?」

「こっちの話だ」


だが、今回はオレがお前に力を貸してやった方がいいかもな。アイツらが出れば、間違いなく被害は広がるのがオチだ。


赤い魔力は宙へと浮かび、遊ぶように漂っている。少しずつ、その形に丸みが帯びるようになり、球体へと変わっていく。

魔物の卵みたいだ。


「今のうちに攻撃したら倒せないかしら?」

「無理だ。攻撃を魔力として吸収するぞ」

「それにしてもどうして、妖王?まあ名前なんてどうでもいいけどそんなヤバイ奴があの子の中にいたのよ?」

「……今は関係ない事は考えるな」


予想はつく。

今は表沙汰になれば非難は免れないが五年前は違った。いや、この五年で大きく変わりすぎたんだ。


深紅の蜘蛛が殻を破るようにして現れる。

体長は二メートル程。地面に着地すれば僅かに見上げるくらいの大きさだ。

その妖王は、ゆっくりと焦らすように地へと降りる。ギシギシと金属を擦り合わせた音色を奏でる。


「真美、お前は下がってろ」

「……足手まといって事?」


ショックを隠しきれずに寂しそうな真美に首を横に振る。


「そうじゃない。俺の力は真美との連携には向いていないんだ」

「そう……なんだ」

「ありがとうな、お前が居たから俺はもう一度立ち上がれた」

「えっ?……そっ、そう?感謝しているのなら、後日お礼をしてよ。夜とはお出掛けしてたらしいし」

「……気が向いたらな」

「何よ、今の間は!」


それとこれとは話が違う。

そもそも、夜とはデートだとかそういったモンじゃなかったし。


「取り敢えず下がってろ。神月君は今から真面目にやるんだよ」


互いに黒く異質で特異な魔力が体内で混ざり始める。

瞳にはめたカラーコンタクトは溶け、切ったはずの黒髪は再び腰まで伸びる。

金糸の刺繍が施されている洗練された黒衣が体を包み、感覚が鋭くなり、もやが晴れたかのように頭が冴える。


「アイツ一人と混じった程度じゃ、ここまで力の増幅はしなかったな。異能力者の精神的成長は、更なる進化を引き起こすと聞いたが実際に起こるんだな」


いや違うな、そういう事か。

アイツの存在が俺にリミッターをかけていたのか。聖王協会を抜けてから時の経過と共に能力の衰えを感じていた。何が鍵かは知らないが、アイツが俺に語りかけるようになったのも聖王協会を辞めてしばらくしての事だった。


遠からず近からずだな。


心に直接囁くような声が響き渡る。


オレはもう少しで消える。だからその前に教えてやる。

オレがお前の中に居着いた原因はお前が自身にかけた認識阻害が原因だ。お前の使った認識阻害はかなり特殊だった。何せ魂に干渉するのだからな。そして、オレがお前の魂に入りついた。


つまり、認識阻害がトリガーとなり一つの魂に二つの魂が存在していたと?


そうだ。

お前がその認識阻害を解除した時、馬鹿みたいに痛かったろ?それはオレ達の混ざり合った魂を無理矢理引き剥がす事になるからだった。


まだ腑に落ちない事が山程ある。


オレはこれ以上は言えないが、その疑問もいつか解決する。

これは裏切りだ。何故なぜだろうな、怖いはずなのにそれでも後悔は無い。

どうやらお前の事は嫌いじゃなかったみたいだ。


だからお前は何者だ?


だから言ったろ?オレは神月帝だ。


そうして声は消えていった。


最後までふざけた奴だ。神月帝は俺だ。俺だけが神月帝だ。


俺は気を失ってる神無月の体を念動力サイコキネシスで俺の後ろに動かした。


「真美、そこで神無月を守ってろ」

「帝?」

「どうして疑問形だ?さっきから見てたろ」


凶悪な妖王相手に何故なぜか恐怖を感じない。別に容易に勝てる相手ではない事は知っている。

誰かを救う事が誇らしい訳でもない、誰かを助ける事が嬉しい訳でもない。


ただ──


「アイツならきっとこうした。今まで散々地獄を見て、奈落に落ちたんだ。今だけは格好つけてやるか」

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