第65話親友と覚悟と


図書館に転移してから十数人は倒した。

奇襲ばかりで、個々の強さは大した事はない。


「だから何で俺が先頭なんだよ。何で一列に並ぶんだよ。俺達は勇者ご一行じゃねえからな。ボスキャラ退治に行かないよ。分かってんのか?」

「もちのろんよ!」

「言うまでもねえ」


一人ばかし、反応が古臭い奴がいたぞ。

どこの魔王とは言わないが。


「奇襲に対して難なく対処出来るお前が先頭に立った方が良いに決まってるだろ」

「そうよそうよ」

「こういう時だけ意見が合うよな、お前達」


「ハアァ!」

「奇襲するなら黙って攻撃して来い。後、気配と殺気でバレバレだぞ」


顔面に必殺の左ストレートをお見舞いした。


「アホしか居ないな。ミイラ探しのはずが、本しか見当たらねえよ」

「図書館だからな」


伊崎アホに真面目に素で返された。

軽いツッコミくらいあると思ったのに。


「伊崎」

「ああ、分かってる」


俺の後ろに居る伊崎は顔を引き締めた。


濁流が本棚を押し退けながら、膨大な質量体となって迫る。


「伊崎、俺がやる。お前は魔力を温存しておけ」


水流を気化させ、体積の膨張により発生した衝撃波を押しやった。


「巧」


伊崎の苦々しげな呟きが流れる。


無数にあった本棚は倒れ、視界を遮る事はなくなった。


瀬良巧、例の魔道具レリック騒動の際に、魔道具レリックを偶然手に入れた三流組織の末端構成員と繋がりを持っていた少年。あの時は、律儀に魔道具レリックを受け取らずに警戒する必要はないと思っていたが。


「マジかよ」


例の魔道具レリックを使っていやがる。恐らく体内に入れられて無理矢理行使させられているか。

瀬良の瞳は虚ろで生気を感じられない。死んではいないが、非常に危ない状態だ。俺が直接何とかしないと助かりそうもないな。


「神……つ……き」


焦点の定まっていない瀬良の瞳が俺を射抜く。

そして、瀬良の体内の魔力が急激に高まる。


「おいおい、こりゃあ半分人間辞めてるレベルだぞ」


元々、魔力が高いと思っていたがここまで化けるとはな。


水の球体を作り出したかと思えば、龍に形態を変化させる。

吹き抜けとなっている空間を上手く利用している。

龍が口を大きく開けながら、俺を喰らおうと舞い降りる。


「オォラァ!」


龍の顔を横から伊崎が殴る。


「帝、先に行きな」

「伊崎、お前一人で大丈夫か?」


伊崎は大きな笑い声を上げた。


「お前は一体誰の心配をしてんだ。俺は伊崎晴也だぞ。俺はな、本当はEクラスの頭なんかやりたくはなかったんだ。だから、やるからにはルールを決めた。クラスの馬鹿共に誓ったルールと俺自身に誓ったルールだ。それに、俺はこの馬鹿を救いに来たんだよ。巧がお前を狙っていようがこいつはEクラスの仲間うちのモンだ。馬鹿の不始末は俺がつける。これ以上、後悔はしたくねえ。頼む、ここは俺に任せて先に行ってくれ」


伊崎は瀬良から視線を逸らさなかった。


「分かった、貸し一つだ。終わった後で必ず返せ、馬鹿野郎」

「返してやるさ、馬鹿野郎」


真美を引き連れ瀬良の隣を走りながら通り過ぎる。

案の定、攻撃をする為か魔力の激しいうねりを感じる。

天井にシャンデリアのように輝く巨大な刃が精製されるが、深紫の球体がピンポイントに直撃し形の維持が途絶える。


「お前の相手は俺だぞ、巧」


俺は真美の腕を掴み、逃げるように縮地を使った。






水が化け物を生み出す。

水が武器を精製する。

水が瀬良巧を守る。

まるで、過保護な親が子を守るかのようだ。水が過剰なまでに緻密で精緻な宮殿を作り、瀬良は中央の玉座で座ったままだ。


「こんな雑魚じゃあ、足止めにも時間稼ぎにもならねえよ!」


伊崎が水で構成された化け物を一掃し、武器を重力で押し潰す。

そのまま深紫のオーラを拳に宿し、水の宮殿を殴り付ける。

透き通しる程澄んだ水は一瞬で紫へと変色し、宮殿は崩壊する。

そのまま瀬良の頭を掴み、傷を負わせないように気を付けながら床に押し付けた。


「これで終わりだぞ、巧。お前がこんな事を仕出かしちまうとは情けねえな」

「う……るさ……い」


水の刃が伊崎の背を襲う。


「グアッ!」


口と背から血を流しながら、すぐさま出血を止める。

そして、体を浮かせ物陰に移動した。


「情けねえのは俺の方か」


出血を止めても痛みまでは止まらない。

伊崎は顔をしかめながら様子を伺う。


「俺は最初からどうでもいいってか。あくまでも狙いはあいつかよ」


伊崎は傷口に手を押し当てながら立ち上がった。

無数の本棚を浮かせ、瀬良へと飛ばす。

だが、水の刃に切り払われる。


「燃費悪いがしょうがないな」


伊崎はオーラを全身に纏わせた。


「巧、こんだけ人様に迷惑をかけたんだ。拳骨の一発くらいは覚悟しろよ」


切り刻まれた本棚を瀬良に向けて飛ばすが、瞬時に展開された球状の水の膜にその全てが阻まれる。

その刹那に伊崎は瀬良の視界から消えた。

天井に張り付いていた伊崎が足を振り下ろした。

僅かな均衡、そして水の膜は形を失う。

振りかぶる腕に少しの抵抗を感じたが、伊崎は瀬良の頬を殴り飛ばした。


「この状態であれば、直接干渉の異能力は全て弾くと思ったが、この馬鹿相手じゃあ勝手が変わってくるか。ほんの一瞬だけだったが、俺の体内の水分に干渉しやがった」


壁に激突した瀬良は重さを感じさせずに、まるで幽霊のように一度だけ体を浮かせてその身を地へと下ろす。


「体がどうなろうがお構い無しって事かよ。趣味が悪いな」


伊崎は、例の魔道具レリック騒動について殆ど何も知らない。

風の便りで聞いた事はあったのだが、そんな奇妙な物は都市伝説の類いと思っていた為、今の瀬良の状態もあながち間違いではないのだが洗脳だと勘違いしていた。


「正気に戻るまで殴り続ければ、巧の方が耐えきれないかもしれないな」


大蛇を蹴り、矢を払い、狼を殴る。


「巧の魔力底無しかよ。いくらなんでも限度ってモンがあるだろ。……まさか死ぬまで異能力を酷使するつもりか?」


伊崎は今になって最悪の想像が頭をよぎった。


異能力者の異能力の異常なまでの酷使は、死と直結する。演算能力の異常行使による脳へのダメージ、魔力の急激な消費による身体への計り知れない負荷。

これで死亡した異能力者は長い長い久遠にも思える歴史の中に無数にいる。そして、その事も異能力者達は教えられる。決してやってはならない禁忌として。


「あの馬鹿はどれだけ異能力を使ったか。どれだけ魔力が残っているか。やれるのか?この俺に」


伊崎は脳に蔓延はびこった心の古傷を思い出し、一歩引いてしまった。


繰り出された水の猛威は、深紫のオーラが全て防いだ。


あの日、半ば強制的にEクラスのリーダーを押し付けられた時に伊崎はクラスメイト達に誓った。


「お前らが馬鹿を仕出かして道を踏み外したら、ぶん殴ってでも連れ戻してやるよ」


夕焼けが差し込み教室で教壇に座りながら、冗談半分で言ったような雰囲気で照れていたが、本人はいたって真面目で真剣だった。

そして、人知れず自分自身にも誓った。


もう逃げない


この誓いに至った経緯は、伊崎晴也の過去に触れる必要があるだろう。






伊崎晴也という少年は物心がついた頃から非常に変わっていた。

肝が据わっていた。要は度胸の在り方が度を越えていた。よくある、目立ちたいが為に無謀を行うという心理ではない。

それは、彼の両親が伊崎晴也に日常的に虐待を行っていた事が要因の一つだろう。罵詈雑言は当たり前、暴力は基本、ご飯を与えられない事さえよくあった。

通っていた一般の小学校の教員は、深くは関わりたくないが為に過酷な家庭環境に踏み入れる事はしなかった。それどころか、容認するような態度を取り、学校でも自身のクラスの平穏を守るという理由で伊崎一人をイジメの標的にするように促した。

子供は純粋だ。特に他人の気持ちを理解出来ない幼い子供は容赦が無い。


彼を助ける者などどこにも居なかった。

彼を救う者などどこからも現れなかった。


それでも伊崎は救いを求めはしなかった。ただ単に、伊崎にとっては興味が無かった。

両親も担任もクラスメイトも所詮は他人をおとしめる事でしか心の平穏を保てない弱者。子供ながらにそう結論付けた。


ただ殴られるなら我慢出来た。

伊崎晴也の体は強かったから。


ただ心無い言葉を投げ掛けられるなら我慢出来た。

伊崎晴也の心は強かったから。


ただ、産まれたばかりの幼い妹が両親の憂さ晴らしに殴られる事だけは我慢出来なかった。


とある晩、両親が妹へ暴行を行っている光景を目にした。

父が酔っぱらい、妹を殴っていた。

母が笑いながらその光景を見ていた。

彼の心の中の何かが壊れた。


伊崎の中に眠っていた膨大な力が目覚める。

膨れ上がる歓喜に意識が押し退けられる。

伊崎の両親は決して異能力者ではない。だが、伊崎には力が眠っていた。ただそれだけの事。


伊崎が目を開けると家ではなく病院だった。

その腕の中には愛する妹が安心しきった表情で眠っていた。


「目が覚めたか?」


眩しい日差しのせいで顔がよく見えなかったが黒い服を着ている事だけは分かった。


「俺は……あの馬鹿達はどうなった?」

「お前の両親は死んだぞ」

「そうか」

「随分と淡白だな、実の両親だろ。親子は何物にも変えられない大事な繋がりだ」


伊崎は鼻で笑おうとしたが、胸に感じる重さを思い出し思いとどまった。


両親がどうなったのか、本当は分かっていた。

俺が殺したと。


「何があったかは聞かん。今は休め。後の事は全て我々──国土異能力者対策課に任せておけ」

「なんだよ、そのダセェネーミングセンスは」

「俺に聞くな。俺の名前は鞍手哲二だ。何かあれば連絡しろ」


伊崎は差し出された名刺を受け取ろうとしなかったが、鞍手は無理矢理伊崎のポケットに入れた。


「また来るぞ」


そう言った鞍手は、立ち止まる。


「人には誰にも救われる権利がある。少し前、お前と同じくらいの年の子供が俺の仲間を殺した。憎いが、元の原因は我々だった」


それが、異能力の世界に足を踏み入れた最初の一歩だった。

伊崎は小学校を休学し、対策課の施設で訓練を行った。異能力に関する知識に異能力の使い方などを一年かけて休む暇も無く叩き込まれた。

伊崎の通っていた小学校は聞こえはいいが厳罰を受けた。この一件は対策課のみならず、国家権力までもが倫理的に重大な問題があるとして動いたからだ。


その後、国立魔術高等学校中等部に入学した。

並みいる秀才達を抑え、次席という成績を叩き出した。


学校に入ってからは、能力が目覚めてからの自衛手段だった強い態度を全面に押し出した。

対策課の施設内であれば全くというか、もはや逆効果だったがこの学校では効果はてきめん。すぐに周囲に人は寄り付かなくなっていた。


これでいい。これで誰もが平穏に三年間を過ごせる。

そのはずだった。どんな環境にも救いがたいクズはいる。


気弱そうな少年を集団で囲み、笑いながら蹴る集団。嫌でも思い出される過去。

制服のネクタイの色を見る限り三年。


「おい、お前ら面白そうな事をやってんじゃねえか。俺も混ぜろよ」


気付けば体が動いていた。

相手は年上の異能力者五人。それも物心がついてから訓練を受けているであろう上級生。それでも、彼らでは伊崎を相手にするには足りなかった。覚悟も経験も度胸も何もかも。

対策課の異能力者との訓練が壮絶だったのもあったが、最たる理由は伊崎本人の覚悟と資質。


「ったく、つまんねえ事してんじゃねえよ。馬鹿が。おいお前、立てるか?」

「えっ?ボクですか?ボクならこの通り大丈夫ですよ」

「大丈夫そうに見えれば聞いてねえよ」


これが伊崎晴也と瀬良巧の出会い。

そして、伊崎が暴君として名を馳せるようになった最初の出来事。


いつしか、不器用ながら真っ直ぐな伊崎の周りにも人が増えていった。

出雲啓太に高柳兄弟、次第に多くのクラスメイト達に認められるようになっていった。

そして、今に至る。






伊崎は壁に打ち付けられ、オーラは消え去り、意識は朦朧もうろうとしている。


「も……うお……わり」

「終わって、ねえよ」


伊崎はぼろぼろの体を気力で動かす。


「痛ってえな。そしてダセェな、俺ら。一丁前に格好付けてこのザマとはな。あぁ、視界までボヤけてきやがる。魔力も大して残ってねえし、三途の川まで見えてきやがった」


何も言い返さない瀬良に伊崎はゆっくりと歩きながら語り続ける。


「そういえば、お前が最初のダチだったな。その後、あの馬鹿五人組の仲間から奇襲を受けったっけか。そしてたまたまそこに居合わせた啓太と仲間になったよな。そして龍と虎とは喧嘩した。その直後、翔に滅多打ちにやられたのを聞いて笑っちまったよな。いつからだ?いつからお前は俺に本心で話さなくなったんだ?俺が気が付いてないとでも思ってんのかよ。バレバレなんだよ」


瀬良の表情に少しだけ変化が訪れる。嬉しそうで悲しそうな笑み。

他人であれば分からないような変化も、伊崎であればどんな間違い探しよりも容易い。


「やっぱり巧、居るんだろ?俺を見てんだろ?待っとけよ、助けてやっから」


無慈悲で容赦の欠片も無い龍が創成される。

対し、伊崎は右手にオーラを集中させる。一歩しくじれば死は免れない。

だが、その顔には不安の色は無い。いつも通りの不敵な笑みだ。


龍と拳が衝突する。






「ここはどこだ?」


突如暗い空間が現れた。空間が現れたのか、自身が空間へ誘われたのかは分からない。


誰かのすすり泣く声が聞こえた。

よく知っている。ずっと追い求めていた相手だ。


「よぉ、巧」


いつも通りのように、片手を上げながら笑いかける。

だが、巧は何の反応もしない。


「無視かよ、つれねえじゃねえか」


反対側を向き、うつむく瀬良に伊崎は無遠慮に近付く。


「何で来たの?ボクの事は放っておけば、神月くんがボクを殺してくれた」

「残念だったな、お前の相手は俺だったぞ」

「ボクは人を不幸にする。ずっと前からそうだった」


顔を見ようともしない瀬良に、伊崎は背中合わせに座った。


「人には誰にも救われる権利がある」


伊崎は思い出すように暗い空を見ながら呟いた。

その言葉に瀬良が顔を上げた。


「俺を救った恩人の、俺を救った言葉だ」


伊崎は立ち上がった。


「帰ろうぜ、皆がお前を待ってる」

「助かってもいいのかな?」

「もちろん」

「今度こそ救われてもいいのかな?」

「当然だ」

「誰かに文句を言われないかな?」

「そんな奴はぶっ飛ばす」


瀬良が嬉しそうに笑う。

そして、伊崎の差し出した手を掴んだ。


「戻ったら、互いの腹の中をさらけ出そうや。まずは、お前をむしばむあれを破壊する」

「うん」


二人の視界の先には黒と白の巨大な歯車が今にも止まりそうな程ゆっくりと回っている。


「やってやるぞ、相棒」

「うんっ!」






拳を覆うオーラのエネルギーの出力が急激に増える。

そして、龍に象られた水を消し飛ばす。


異能力者の心理的な成長は、能力の向上を促す事がある。伊崎はそれを成し遂げた。


「さっきの話しはそれなりの時間は経ったと思ったが……。なるほど、現実での時間の経過はないって事か」


伊崎の体内から莫大な力が満ちる。


ようやく我の声が聞こえたか。


「はぁ?今喋った奴、誰だ?」


お主の力じゃ。これで我もお主に存分に力を貸せる……と言いたいところじゃが、お主はまだまだ未熟じゃ。軽い手助けくらいはしてやろう。


「そんな事いちいち説明するなよ、耳障りだ」


お主の友を救うのを助けよう。


「……勝手にしろ」

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