第48話巫女の始動


聖王協会の本部にて、金髪の青年のように見える男が机に置かれた、緑色をした一辺十センチ程度のキューブを眺めていた。


「これは帝から渡された物だけど、どうしたらいいかな。もしかしたら、あの計画に使えるかもしれない」


聖王協会の解析部門に回したが、返ってきた結果は不明の一言。

未知の異界での未知なる魔力の塊であるという言葉を添えられていたが、それはもう既に知っている事だ。

実質、成果は無し。


ポケットに入れたままだった石ころと綿菓子のような重さを感じない物体を机に置いた。

聖王協会の管理庫に入れるべきか、ジョーカーは迷っていたが、入れるという選択を選べずにいた。

もしこれらが暴走した場合、即座に自分が対処出来るからだ。


片付けなくてはならない書類の山を思いだし、気が遠くなった頭を何度か振った。

この行為に何の意味も無い。


立ち上がったジョーカーへ、部屋の外からイーサンの声がかけられる。


「ジョーカーさま、客人です」


その言葉にジョーカーは思い出す。


「今日は面会の予定は無かったはずだけど?帝が来たのかい?」

「……いえ、そちらではなく」


イーサンの苦々しげな口調で全てを察した。

同時に乱暴に開け放たれる扉。


扉の奥に居るのは、金髪をストレートに腰まで伸ばした碧眼の絶世の美少女。

大人びた妖艶な色気を放ち、男女問わず誰もが立ち止まり二度見する程の美を司る女神フレイアの再来と言われても疑わないだろう。在り来たりな白いワンピースと赤いフレアスカートを着ていたとしても、彼女が着れば絵になる。

細く白い華奢きゃしゃな腕。すらりと伸びたなまめかしい足。

厚底のブーツをいている為、少しばかり普段よりも背は高く見えるが、一般的な女子高生よりも僅かに上回る程度の身長を有している。


そんな美少女相手にジョーカーが浮かべたのは、ひきつった苦笑い。

普通の反応ではない事だけは確かだ。


「どうした、私がわざわざ来たというのに大した歓迎だな」

「来るなら来るで一報くれれば、それなりの歓迎はするよ。カーミラ・べティエラ・べティアーネ」

「本名で呼ぶな」


カーミラは、ふてくされた表情で端に置いてあったソファーに寝そべる。


「それにしても聞いたぞジョーカー」

「聞いた?一体何を?」

とぼけるのはよせ。帝が異界へ行ったらしいな」

「否定はしないね」


再度、前触れ無く扉は開かれた。


「ジョーカー、任務の報告に来たぞ」

「何だ、貴様かゴリラ。お前は美しさが足りんの。エンシェント・ドラグーン」

「おお、あめでも食べるか?」

「ガキ扱いするな!私はこう見えてもお主よりも長く生きとるわ!」


カーミラはエンシェント・ドラグーンの足を蹴るが、金属音のような音が響き、涙目になったカーミラが右足をさする。

その光景にジョーカーは呆れた眼差しを送る。


「せめて神童さえ居てくれれば可愛がったのに。私の可愛い坊や」

「帝はもう坊やと言えないよ。見た目だけならね」

「あいつは、もう十五か。人の成長は早いからな」


ジョーカーの言葉にエンシェント・ドラグーンが付け加えた。


「そうか、見た目だけなら私と同じくらいか」

「そう、見た目ならね」


ジョーカーのさらっと吐いた毒に気が付かず、カーミラは虚空を見つめたままだ。


「一度、顔でも見に行くか」

「それはダメだよ。日本は対策課の縄張りだから」

「あんな貧弱な連中にビビってるのか?少数精鋭とは出任せだからな。私一人で壊滅出来る」

「それは難しいんじゃない。今は数年前と違って、優秀な子が集まってるらしいからね」

「それでも私の敵ではない」


良くも悪くも有言実行、初志貫徹しょしかんてつな少女にジョーカーとエンシェント・ドラグーンはため息を吐いた。


「行こう!黄金の国ジパングへ!」


ソファーから立ち上がり、本当に行こうとしているカーミラの前にエンシェント・ドラグーンが立ちはだかる。


「何だ?ナンバー2ごときが私に楯突たてつこうってのか?」


引く気がないカーミラへ、エンシェント・ドラグーンが優しい口調で言葉を投げ掛ける。


「もしニューヨークに、他組織の異能力者が入ってきたらどうする?」

「そりゃあ、聞くまでもないだろ。この世に存在してしまった事を後悔させる。美しければ余の玩具にする」

「ならば、対策課は寛容な組織ですが海外の他組織、それもおさがじきじきに何の連絡も無しに用も無くやって来ればどうなるかは分かるだろ?」

「うむ」


カーミラはうつむき断念したかのように見えた。

だが、見えただけだった。


他所対策課他所対策課、内は内、私は私だ!」


カーミラはエンシェント・ドラグーンを押し退ける事はせず、かわして部屋から走り去っていく。

だが、しばらくしたら走りながら戻ってくる。


「何だ?……ジョーカー、貴様か」

「誰しも諦めが肝心だよ。成したい事だけを成してはならない。大小問わずね」


威圧するようなジョーカーの笑みにカーミラは黙って頷き帰っていった。

ジョーカーから渡された緑色の箱を片手に。






皆さん、元気でしょうか。


私はルーン・ウェンデバーといいます。

自由の国に住む15歳の女子高生です。


先ほどの質問の続きですが私は元気です。一応、まだ元気と言った方が正しいでしょうか。

私は今、バンボデー──トラックの後ろに引っ付いてる箱みたいなやつです──に乗せられています。

別に拉致をされてるとか、誘拐をされているとかそんな物騒な話ではないんですよ。

ライフルを持った男性に囲まれていますが、お腹が空いたらおやつを腹一杯いただけますし、ペコペコと頭を下げる親切な忠犬のような方ばかりです。

確かに、最初は強引だったかもしれません。ですが、人間は分かり合える生き物だと実感しました。


そもそも、私が何故なぜこんな事になっているのだろう?

思い当たる節が無い訳でもない。


私は生まれながら少し変わっている。

物心がついたのか頃から人間以外の動物や植物、調子がいい時には石や水などの声だって聞ける。それが、他の人と違うという事を知ったのは幼稚園の時だ。ママに人の前で使っちゃダメだときつく注意されたからだ。

だから、この力は隠し通せていたと思う。

問題は、つい最近目覚めた力の方。


家で飼っていたシェパードのアースが近所に住んでいた富豪の一人息子で同い年のピッグ・ポークくんの尻に噛み付いた。

ピッグくんは名前の通りの体格をしている。

バランスボールを三つ積み重ねたようにコロコロとしているから、ご馳走の肉と勘違いしたのかもしれない。もしかしたら、いつもイタズラをされる私の代わりに仕返しをしてくれたのかもしれない。

それでも、問題は問題。

ピッグくんのママが家に文句を言いに来た。ピッグくんのパパはなだめていたけれど、ピッグくんとピッグくんのママの勢いを止める事が出来ずに、アースの殺処分が決まってしまった。

妹は泣きじゃくり、ママとパパは必死に頭を下げていた。

私は妹を抱き締め、嫌らしく笑うピッグくんを睨み付ける事しか出来なかった。


アースの殺処分は明日。

妹は最後の晩は一緒に寝たいと、同じベッドで寝ている。


私は願った。

この状況をどうにか出来ないかと。


私は望んだ。

この事態を打破出来る手段が無いのかと。


私は私室の窓から月を見上げた。

いつもよりも月が大きく感じる。おかしいな、絶対に泣かないと決めていたのに。

視界がぼやけているのか、どんどん月が大きくなっている。


「……あれ?もしかして、本当に大きくなってる?いや、そんな事は……無……くもないな。本当におっきくなってる!」


パジャマの袖で瞳を拭うが、水滴一つ付いていない。

どうやら涙のせいではなく、本当に月が近付いているみたい。


「パパ!ママ!ミラ!」


家族の声を叫ぶが返事はない。

ドアノブを掴むがうんともすんとも動かない。

窓ガラスを木製バットで叩いても手が痺れるだけでヒビ一つ入っていない。


その時の私の心は申し訳なさでいっぱいだった。

迫り来る月が地球に落ちる前にと遺書をしたためた。

だが、遺書を書いている内に心のどこかで冷静さを取り戻した部分が私に問いかける。


月、降ってくるの遅くない?


確かにそうだ。

私が確認してから二十分は経過している。


窓越しに月を探す。

月はすぐに見つかった。

見つかったというか、光の球体が何度も窓ガラスにぶつかっている。


もしかして、私の部屋に入りたいのかな?

でも、ドアは動かないけど、窓は動くかもしれないという一縷いちるの望みをかけて窓を解放する。

窓の方は、簡単に空いた。


光のボールは一度部屋を周り、最後に私の胸の中に入ってきた。

比喩的な表現ではない。物理的な意味でだ。

ポカポカと感じる胸に触れながら、私の心は現実に引き戻される。

月は私の勘違いだけど、明日になればアースとは離ればなれなんだよね。


「私にもっと誰かを助けるがあればな」


呟いた言葉に呼応するかのように、私の体に何かが巡っているのを感じる。

両手からは桃色の粒子のような光が溢れ、机に置かれた手鏡を見れば金色だった髪はピンクへと変わっていた。

青かった瞳までピンクに変わった。


「嘘っ!どうなってるの?」


驚愕のビフォーアフターに一睡も出来ずに、私はベットの上で座りながら天井を見続けた。


朝になっても私は部屋から出なかった。

変な球体を取り込んだ──勝手に入り込んで来た──が為に、変わってしまった。


「お姉ちゃん…………大丈夫?」


長い長い間を空けてからの心配そうな声。

あのには、多分の意味が含まれていると思う。


「ちょっとイメチェンに失敗しただけだから気にしないで」

「……イメチェンなんだ」


いつも通りであればからかわれていた。

妹の心はきっと限界なのだろう。だから、姉である私が妹を守らなくてはならない。

そんな思いを胸に秘め、部屋から出た。


昨晩扉が開かなかったのは、鍵をかけていたからだった。


リビングに降りると、パパとママは両目を見開いた。


「あーっと、ルーンか?」


パパは警戒しながら私に問いかける。


「ちょっとイメチェンに失敗しちゃって」

「イメ……チェンか。随分とぉ、大胆だな」


ママは挙動不審に私をチラチラしながら朝食を作りにキッチンへと向かった。


アースは、ちゃんと私だと分かったみたいで駆け寄ってきた。

最後になるかもしれない、愛犬への抱擁。


凄く悲しいけれど、ピッグくんの家には逆らえない。逆らってはいけない程の権力を持っている。

ピッグくん達がやって来るのは、十時ちょうど。

後、五分。


まだ十時ではないのにインターホンが家内に響く。まるで弱った獲物をいたぶるように嫌らしく何度もインターホンは無慈悲に鳴り響く。


妹をリビングに残したまま、パパについて玄関へと向かった。

扉を開ければ、思った通りピッグくんがニヤニヤと笑っていました。しかも一人で。


「ブヒヒ、オレの告白をあの馬鹿が断ったのが仇になったな」

「……そういえば、そんな事もありましたね」


今の今まで忘れていましたけど。


オレの最初の女だから、今晩家に来いと言われたから、彼女なら養豚場で探してきてくださいと丁寧に断ったはずだけど、何かが不味かったのかな?

でも、アースの件が私のせいならば、私が何とかしなきゃ。


「……あの時の話ですけど」

「何だ?しょうがないから聞いてやろう。というか、お前誰だ?」

「……ふぇっ?」


ピッグくんは真顔で尋ねてきた。

パパは何も言わずに私をリビングに帰そうとしたけれど、それよりも先に声が響いた。

力強くも凛々しい声が。


「邪魔ね、この豚。ねえグレー、何とかしなさい」


その言葉に従った長身の男性がピッグくんの首根っこを掴み、外へと乱暴に放り投げる。

その灰色の髪をした青年は、黒いスーツを見に纏い、血のように赤いネクタイを付けている。


そして、その青年の奥からやって来たのは金髪碧眼の美少女。

鮮やかな金と突き刺すような力強い蒼、蠱惑的な唇。


「帝程ではないけど、なかなかの上玉だ」


品定めするような美少女からの視線に思わず背伸びしながら、舌舐めずりするその姿に、思わず身震いする。

もしかして、そういう趣味なのかな?


少女は私の心をかのようなタイミングで口を開いた。


「私は美しければ何だっていいの。男だろうが女だろうが幼子だろうが老人だろうが、美しければ何だってでる。それが私、カーミラ・べティエラ・べティアーネ。まあ、あなたはギリギリ合格といったところかしら。でも、その程度の美しさではでる気にはならない」


私は心の内で安心した。


「それで、多忙な私がわざわざ出向いてまで来たのは、あなたの中に入った物、それを調べる為。言いたい事は理解できた?」

「……はい」


間違いない。この人は全てを知っている。


「ブヒヒ、どこの誰かは知らないけど、このオレに逆らったらどうなるかを教えてやる!」


ピッグくんは叫ぶ。

対し、カーミラさんは冷徹な光を瞳に宿し、冷静に対応した。


「悪いけど、いくら私でも家畜の言語は理解できないの。人間に転生してから出直しなさい」


少し言い過ぎな気もするけれど──実際に、腰から拳銃を抜き放ったし──少し私の代わりに仕返ししてくれたようでスッキリした。

この人ならもしかして──


「ブヒヒ、謝るなら今のうちだぞ」


この町では、ピッグくんの行いは全てが許される。


カーミラさんへと向けられた拳銃は、鈍い光を放つ。同時に銃声が響いた。

パパが私を守るように抱き付いた。

その隙間から私は見た。


いつの間にかカーミラさんの前に立っていたグレーさんの指に、鉛玉が挟まれていた。


続いて響く銃声。

でも、グレーさんもカーミラさんも無傷のまま。

グレーさんが握られた拳を開いた。開かれた手の中には銃弾が二つ。


現実離れしすぎてついていけない。


少女はピッグくんを見向きもせずに嘲笑った。


部屋の奥からアースが走って来た。


「アース!待って!」


妹が追うようにやって来た。

ピッグくんはその光景を見て、口を歪めた。


「もういい、その犬を──」

「何だこの犬っころは?美しい毛並みだ。私の下僕にしてやろう」


何かよく分からないけど、私の理解の範疇を越えた話の流れに向かっていっているのは分かった。


「何を言っている!この駄犬はオレの尻に噛み付いたんだぞ!今から殺処分する!」

「犬に噛まれた程度で殺すとは器の小さい男だな。容姿が醜いのに、中身まで腐っているとは救いようがないな。どうだ、そこのピンクの。この犬は私が預かろう」

「はっ?えっ?」

「殺されるよりも、私の下僕になった方がいいに決まっている。グレー、その犬を抱えてこい」


グレーさんは無言でアースを抱える──のではなく、頬を染めながら肉球を触り始めた。


……この人、硬派気取ったヤバい人だ。


この状況に待ったをかけたのは、ピッグくん。


「オレの言う事に逆らえばどうなるか分かっているのか?」

「私に逆らえばどうなるか分かっているのか?」


同様の言葉を返されたピッグくんの顔が理解出来ずに固まる。

開けられた口からよだれが垂れる。

少女はそんなピッグくんに追い討ちをかけた。


「私がその気になればたかだか富豪ごとき、瞬殺だ」


絶大な殺気が周囲に広がる。


そしてピッグくんは泣きながら走り去った。






それから三十分、カーミラさんとパパとママとの話し合いの後、なし崩しにトラックに詰め込まれて今にいたります。


どこに行くのか全く分からない私は不安です。

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