第42話面倒な奴って適当な理由をつけて近寄ってくる


俺はヴァルケンを引き連れ、山奥にそびえ立つ洋館に向かう。


「認識阻害に人払い、対異能力者を想定した防御結界に攻撃性の結界に他多数。魔術陣のオンパレードだな」

「流石と言うべきでしょうね」


ヴァルケンでさえ、顔には出していないが驚いているようだ。

この龍神が他の異能力者を素で称賛するのは非常に稀だ。


俺達は黒く大きな、立ちはだかるかのような門の前で止まる。


一応、来る事は伝えているため開けていてほしかったが、文句を言っても何も始まらない。スマートフォンを起動させ、電話をかけようとした隣で、ヴァルケンが開かれた右手を門へと向ける。


「待て待て待て待て、早まるな。出禁になるわ」

「そうですか」


ヴァルケンは少々残念そうな表情をしたが、知り合いの家を爆撃したなんて話が広がると面倒極まりない。


閉ざされた門を二度ノックし、数歩下がる。

これで開かれなければ、あの女が門を開けるのを待つしかない。

侵入者を報せる魔術陣、侵入者の重力を増幅させ圧殺する魔術陣に光線を穿つ魔術陣。この洋館は要塞だ。そんなイカれた建物に無断で入る事は避けたい。


「開かないな」

「お帰りになられますか?」

「そうだな、出直すか」


門は、俺達がきびすを返した直後にゆっくりと開け放たれる。






「開くのなら、直ぐに開けてほしかったな」


相対する碧眼の美女は穏やかに笑う。

ショートボブの茶色の髪と赤いハイヒール、そして春らしい華やかなドレスは普通ならば似合わないだろうが、この女の場合は非常によく映えている。

容姿は確かに間違いなく美しいが、どこか人間らしさ、人間味を感じられない。分かり易く言えば、人外の美しさ。この女は夢魔サキュバスなのだから当然と言えば当然なのだが。

名はエリザベス、異名は鬼婦人きふじん

なのだが、エリザベスという名は本名ではないだろう。恐らく偽名だ。


「それにしても、随分と早い段階で帰ろうとしましたね。わたくしは驚きましたわ」

「うるさい。似非えせセレブ。居るのなら、早く開けてくれ」

「以後、気を付けますわ」


こうは言っているが、次回やって来た時も同様の事をするだろう。

人をからかうという悪趣味極まりない生き甲斐を持っている夢魔サキュバスには、これ以上、何を言っても意味はないだろう。


「その椅子にかけてちょうだい」


俺は言葉に従い、皮製の黒いソファーに腰掛けた。


狭すぎないが、二桁数の人が使うには狭いと感じる程の広さの部屋一面に敷かれた紅玉色のカーペット、煌々とした輝きを放つシャンデリア、一目で上物だと分かる家具の数々、壁に掛けられている歴史を感じる浮世絵。

他にも、至る所に財が費やされている。


「いきなりで悪いが、教えて欲しい事がある」


ヴァルケンは隣室で待機しているため、この部屋には俺とエリザベスしかいない。

俺だけではないと思うのだが、あまり反りが合わない誰かと一緒に居れば、一瞬一秒が異様に長く感じられる。

俺は今、この感覚を味わっている。


「もしかして、例の魔道具レリックの事ですか?」

「ああ、話が早くて助かる」


エリザベスは一呼吸置き、ゆっくりとぷっくりとした桃色の色っぽい唇を動かす。


「あの魔道具レリックは、不可視の幻影ファントムが開発した代物──」

「──だが、その不可視の幻影ファントムは既に無い。問題は、何処どこの誰が何の目的を持って、あれを出回らしているのかだ」

革命家レジスタンスの話は聞いておりますか?」

「聞いている。迷惑な事にこの国にやって来たらしいな。だが、そこは俺の領分じゃあ無くてな。どうやら対策課が対処するらしいし、大した情報はない」


エリザベスは、一度頷き悦に入った微笑みを浮かべる。


「何か知っているのか?」

「帝さんはどう思いますか?」

「それは俺には判別しかねるな」


だが、何も知らない人間はそのような反応はしない。

何かしらの情報を掴んでいると見ていいだろう。


「何か知っているのならば教えてくれ」

「いいですわ。帝さんも勘づいているでしょうが、魔道具レリック革命家レジスタンスは無関係ではありません。ですが、密接な関わりがある訳でもありませんが」


ここまでは知っている。

エリザベスは、ティーカップに入った紅茶で喉を潤し、再び口を開く。


「帝さん達が行っているように、魔道具レリック革命家レジスタンスを別個に叩くというのは本来であれば一つの手でしょうが、今回は例外と考えた方がいいでしょう。どちらかが叩けば、もう片方は逃げられるでしょうね」

何故なぜだ?」

「それは、互いの存在が互いの警報装置となっているからです」

「……なるほど」


……互いの存在が警報装置。


つまり、例の魔道具レリックを管理している連中と革命家レジスタンスは一心同体ではないという事。

互いに隙を探り、利用出来ないか、裏をかけないかと暗躍と計略に奔走しているのだろう。

経験上、一丸ではない組織を相手にするのは苦手だ。一つに纏まってないだけに、次の一手や相手の作戦の全体像が読みづらいからだ。その上、組織が潰れかけると、千々に蜘蛛の子を散らすように好き勝手に散らばる。

そうなれば、もう手がつけられない。負ける事は決してないのだが、降参したい気分に襲われる。


同時に叩けばいいのではと思っていたが、それも難しいな。革命家レジスタンスの担当は対策課、つまりは俺達のように少数ではない。組織だ。ウィークポイントが多い分、何かしらの情報を知られる事も考えられる。

それも相手は、悠々自適な暮らしをしている名家の者達ではなく、百戦錬磨の猛者。戦いに強い訳ではないが、このような情報戦には非常に慣れている。

となれば、対策課は動けば悟られる可能性は非常に高い上に、最悪、魔道具レリックを管理している組織と対策課が革命家レジスタンスに揃って手のひらの上で踊らされる事もあるだろう。


だが、今は俺は自分に与えられた仕事をこなすべきだ。エリザベスは、俺に与える情報を渋っているように感じられるが、どこまでの情報を開示するつもりなのかは俺には分からない。

正攻法で聞き出してみるか。


「俺は、例の魔道具レリックをどうにかしなければならない」

「だからこそ、わたくしの知っている事の全てを話せと?」

「そうだ。全て話してくれるとありがたい」

「……わたくしは構いませんが、別料金をいただく事になりますよ」


エリザベスの言う別料金とは、恐らくは俺の魔力。

夢魔サキュバスに魔力を与える事は、更なる力を与える事と同義。

ただでさえ、高等な技術と叡智を要する魔術陣を張り巡らせる事を可能とするこの女にこれ以上の力を与えるのは危険だ。できるだけ避けたい。


「それなら、やめとく」

「それは残念です」


エリザベスは口元に手を当てながら上品に笑う。優雅で気品を感じられる。


「ならば、革命家レジスタンスの方はどうだ?」

「それは先程おっしゃってましたが、帝さんの領分では無いのではなくて?」

「そうだな、その通りだ。俺の領分ではないが、知っているに越した事はないからな。対策課じゃあ、荷が重そうだしな」

「そうでもないと思いますよ。最近、めっぽう強い方が八面六臂はちめんろっぴの活躍をなさっていると耳にしましたし」

「違うかもしれないが、それらしい事は対策課の長官殿から聞いた。どうやら、新しい"勇"の奴が強いらしいな」


話が逸れたが、全く興味のない話題でもないため、そのまま会話を続行する。


「そいつがどんな能力を持っているのか知ってるか?」

「雷を操る二刀使いの異能力者と記憶しています。実際に見た者から話を伺ったところ、ゼウスの降臨と言っていました」

「ゼウス……ギリシア神話の主神か。あの神は二刀流じゃないだろ」


一気に胡散臭くなったな。

そのうち、元兄にして現弟のポセイドンかハデスの息子とか出てきそうだな。


「取り敢えず、雷を操る能力って事か?それだけなら、大して強いとも思えないが」

「脅威なのは、その稲妻の出力と卓越した剣技ですね」

「まるで、実際に見たかのような言い方のような気がするが……まあいい」


おおよそはあらかじめヴァルケンに調べさせた情報と合致している。

嘘は吐いていない。

エリザベスは俺の何気無い視線に、ただ微笑むだけだ。


「もしかして、裏切りを疑ってます?」

「逆に、俺が誰かを完全に信じると思っているのか?」

「ないでしょうね」


エリザベスは迷いなく即答する。


俺は誰かを信じる事は有れど、完全に信用しきる事はない。

だが、それは俺に限った事ではないだろう。

よくある事だ。


「つい最近に、身近な相手から裏切りを受けて暴走した奴がいてな。いつもより疑い深くなってるんだよ」

「そういう事でしたか。てっきり、自身の過去がフラッシュバックしたのかと勘違いしてました」

「それを俺の前で言うとはな。……度胸だけは一級品だな。度胸だけはな」

「そうですか?わたくしは、心身共にか弱いレディですよ」


思わず、大きなため息が漏れる。


「話を戻すが、革命家レジスタンスについてだ。何か知らないか?」

「あの方ならば、既に関東にはおりませんよ。直ぐに戻ってくるでしょうが」

「ならば何処どこに?」

「福岡に」


福岡と言えば、国立魔術高等学校福岡校しか思い当たりがないが、それさえ異能力社会の国際的な指名手配犯がわざわざ足を運ぶ必要がありそうな物でもない。

豚骨ラーメンに明太子に水炊きなどのグルメを味わいに行った訳でもないだろう。

そのような間抜けであれば、とうの昔に捕まっているだろう。


「福岡って何かあったか?」

「数日前、怪盗オペラが現れたようですよ。それも国立魔術高等学校福岡校に」

「怪盗オペラって数世紀前の怪人だった気がするんだが。それにしても随分と思いきった事をしたな」


全ての国立魔術高等学校には、高い能力を有した複数の異能力者が常駐している。そこに現れるとは、余程自信があるのか、自意識過剰の思い上がりの馬鹿のどちらか。


「知らないのですか?怪盗オペラは弟子を取り、師から弟子へと継承していくのですよ」

「知らないな。正直に白状すれば初耳だ。それで、革命家レジスタンスは怪盗オペラを勧誘しに行ったのか?我が強い相手への勧誘は、成功確率は著しく低いと思うんだがな」

「追い詰められているのでは?」

「もしそうであるのならば、福岡に行かずに国外逃亡するだろうな。いつものように」


逃げの速さと見切りの早さだけは、ジョーカーさえ両手を上げていたと記憶している。


ただの行動理由が好奇心ならば、対策課にすれば屈辱的だろう。


「そう言えば、エリザベスは対策課について詳しいが、革命家レジスタンスに対しどういった対応を取っているのか知っているか?」

「"勇"が動いているようですね」

「一人でか?」

「五名で動いているようですね」

「……おぉ」


天井を仰いだ。


五人か。

これは無理ゲーもいいとこだろう。

経験を積ませる目的があるのかもしれないが、聖王協会でさえ、数十人単位で動いていた。場合と状況によっては、百を越えた事もある。

この状態から察するに、対策課の狙いは──


革命家レジスタンスをこの国から追い出す事。最初から捕縛を視野に入れてなかったって事か」

「それならば、幾つかの辻褄つじつまは合いますね」

「他にも狙いがあるんだろうな」


その狙いについては、一歩下がった地点から火の粉が降りかからないように気を付けながら傍観を決め込もう。

むやみやたらに干渉する必要性も利得も皆無だ。俺自身もお手並み拝見と言える程の余裕がある訳でもないのだが、対策課に所属する異能力者の実力を確認する事が出来るかもしれない。


革命家レジスタンスを追って行った異能力者はいるか?」

「六名ですね」

「その中の五人は対策課の異能力者として、残りの一人は何者だ?」

「対策課の"勇"の妹君のようですね。大層美しいともっぱらの噂のようですよ」

「俺は聞いた事がないけどな」


幾ら過保護──"勇"が過保護であるとはまだ分からないが──だとしても、普通は連れて行くか?


「その妹も、かなりの実力者だったりするか?"勇"の妹であるのならば強くても納得出来る」

「ええ、かなり強いようですね。対策課の正式な職員ではありませんが、"勇"と双璧を成す実力だとか」

「へぇ、それはおっかない」


鞍手のオッサンを越える異能力者が二人も在籍しているとはな。他にもゴスロリチビに長官に千早もいる。

歴代最弱の聖王協会に歴代最強の国土異能力対策課。現時点では、まだまだ力関係が引っくり返る事はないだろうが、侮れない猛者が揃っている。

対策課の評価を幾らか上方へと修正する必要があるな。


「話は以上だ。失礼する」

「お聞きしたい事がいつでもいらしてくださいね」

「ああ」


ソファーから立ち上がり、扉へと進むが、立ち止まり振り返る。


「それと、一つ頼んでもいいか?」


エリザベスは、一度頷き了承の意思を示した。






翌週の月曜日、俺は自分の席に座る。


「いつから、舎弟を取るようになったんだ?」

「そんなモン、取った覚えはねぇよ」


伊織の指摘を受け、嫌々ながら後ろへと視線を向ければ先週の金曜日にAクラスの男子生徒と揉めていた一人の大柄な体格の少年が厳つく獰猛な笑みを浮かべている。


「何か用か?」

「挨拶が遅れました!自分は本日から帝さんの第一の舎弟にならせていただく五十嵐恒平いがらしこうへいッス!」


この男は綺麗に敬礼を決めながら宣言した。

巨漢の突然の大きな声量での発言に、教室だけでなく廊下の生徒までもが立ち止まり俺達の方へと視線を送ってくる。


「舎弟?何でそんな、……いきなりどうした?」

「帝さんがAクラスの奴らを難なく返り討ちにしたのでその強さを学びたく思い──」

「──長い長い。舎弟になりたいのなら、取り敢えず……焼きそばパン買ってこい。無ければコロッケパンでも可」

「まだ焼きそばパンを売ってる時間帯じゃないでしょ」


真美のツッコミが軽快に入る。

直立不動の五十嵐に、夜が質問を投げ掛ける。


「帝さんに憧れを持ったのは理解しましたが、何故なぜ舎弟なのですか?仲良くなさりたいのであれば友達から入ればよろしいのでは?」


俺の気持ちを汲み、実行に移す所を見ると、非常に優秀な従者なのだと改めて実感する。


夜と五十嵐の会話を聞いていると、伊織が小声で話し掛ける。


「どうするんだ?」

「それは俺が一番聞きてぇよ。どうするも何も、全く考えてないな」

「だと思った」


伊織と翔は舎弟ではなく友人の間柄であり、俺とフェーンは主従関係だ。後者の主従関係の方が舎弟に近いと感じるのだが、実際に我が身の事として考えてみると、全くの別物なのだと身に染みて分かる。

不良漫画じゃあるまいし、勢力を広げたい訳ではない。と言うか、面倒だから勢力なんて物とは無縁でいたい。

何が悲しくて、舎弟なんて持たなくてはならないのか。

まず、第一に距離感の測り方が分からない。雑に扱うべきなのか、一友人として接するべきか。

取り敢えず面倒くさい。


「帝、どうした?人間って本当に百面相出来るんだな」

「そんなに顔に出てたか?」

「出てたぞ」


伊織の奥では、翔が頷く事で同意を示す。


「考えれば考えるだけ、愚痴しか出てこない」

「なら断るか?」

「この雰囲気、断れるか?有耶無耶にして誤魔化した方がよさそうだ」

「さあな、頑張れ」


それだけ言うと、伊織は机にうつ伏せになった。


結局、どうするかね。どうしよう。

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