第43話いつだって厄介はやってくる


五十嵐との舎弟云々の話が有耶無耶にならないかと願いながら時の経過を待つ。


この憂鬱な時間を終息させたのは、クラス一のクールビューティーこと、Fクラスの担任である綾瀬川澪。

女性にしては低い声音で、生徒達に席につくように促した。


「入学初日に言ったが、お前達は落ちこぼれだ」


朝っぱらからの嫌な現実を突き付ける担任の話をあくびを堪えながら聞き流す。


「だが、その評価を覆す事も出来る」

「それはどのようにですか?」


初日に"落ちこぼれ"という発言の撤回を求めた少女が手を上げながら質問した。

対し、我らの担任は蠱惑的な笑みを浮かべる。嫌な予感しかしないな。


「本日から一週間、同学年であれば好きに模擬戦をしていい。詳しい審査基準は明かせないが、取り敢えず勝ち続ければ何かしらの特典がある」

「その特典とは?」

「残念ながら、クラスがFからEやDへと変わる訳ではない」


落ち込んだような空気が一瞬で充満した教室を見渡した担任は、より一層笑みを深めた。


「ただ、その結果で学年で何番目に優秀なのかを正式に改められる」


クラス内にざわめきが広がる。


あの言い方では、俺達がそれなりの結界を残せば最優秀の実力を有したクラスへと下剋上を起こせるという事か。興味ないけど。

クラス分けの基準は俺は知らない。

だが、睦月弟と伊崎を比較して判断した場合、異能力者としての実力で見れば、断然Eクラスの伊崎に軍配が上がるが家柄を考慮すれば睦月弟だろう。

情報が少なすぎる。全く分からん。

生徒には公表されていない規則や基準が幾つもあるのだろうと仮定する。


それよりも、担任から好きに模擬戦をしてもいいと言われたが、許可さえあれば模擬戦は可能だと聞いていた。恐らく、その許可の基準が無くなる事はないだろうが、限りなく緩くなるだろう。

そんな事よりも、落ちこぼれであるこのクラスにとっては評価を改めたいのなら絶好の機会と言えるだろう。伊崎に神無月という同学年で頂点とも言える強さを持つ実力者は興味を示さないだろう。

あのような、一種の孤高さを持つ人間にとっては他人からの評価など、眼中に無いからだ。

だが、睦月弟は張り切りそうだな。俗物程、他人の目を気にしすぎる。


「帝、面白そうね!やりましょうよ!」


魔王である真美が瞳を輝かせている。

ここは俗物ではなく、庶民的と言っておこう。


「お前は禁止な」


真美は不承不承とでも言いたげに、頬を膨らませるが俺は敢えて無視をする。


この魔王の力を完全に取り戻した阿呆は、力の加減が果てしなく下手だ。聖王協会の幹部ならまだしも、学生相手に模擬戦をやらせれば間違いなく死人が出る。

可愛らしいキャラクターを育成するアプリゲームを、何度死んだかのキル数を競うゲームと勘違いしていた馬鹿だ。絶対にやらかすに決まっている。


上の空の俺に対し、伊織が興味本位の質問を投げ掛ける。


「帝はどうする?」

「興味無いな。伊織もだろ?」

「ああ。だが、教室中を見てみろよ。やる気に満ち溢れてるぜ」

「頼もしいや。これには、何かしらのルールが定められるはずだがどんな物かね」

「どうしてルールを決めるの?」


真美が首を傾げながら疑問を呈する。


「ルールを決めなきゃ無法地帯になるだろ。不意討ち、恐喝、騙し討ち、八百長、買収、何でもありになるだろ」

「なるほどね」


納得したように頷く真美を横目で見ながら、説明に一つ付け加えた。

模擬戦への拒否権がなければ、自身よりも弱い誰かを狙い、何度も繰り返し模擬戦を行わせる事も出来なくはない。

買収に関してはどうする事も出来ないな。生徒のプライバシーにまで干渉は出来ないだろうし。

詳細は一切聞いていないが、こうも裏をかけそうなお遊びを始めるとは思えない。何か裏があるのだろう。


担任の詳しい説明を聞いていると、再び伊織が振り返る。


「少なくとも睦月から模擬戦の申請が来るだろうな」

「嫌な事、思い出させるなよ」

「それと、もしかしたら伊崎からもあるかもな」

「それはやだな。俺は平和主義者だし」

「あいつは、興味を持った相手に申請を送るだろうな。このふざけたゲームを利用して」


俺は、これ以上は伊織に何も言わなかった。

少し、担任からの牽制するような視線に怖じ気づいたからだ。


説明が終わり、端的にホームルームを済ませた綾瀬川はいつもならば、直ぐに教室から出ていくが今日は違うらしい。

卓上の書類を何度も纏めるような動作を何度も繰り返しながら、時折俺ではなくへと視線を巡らせている。


教室を出ると、追うように綾瀬川も出てきた。


「何か用ですか?」

「ほぉ、敬語を使えるんだな。生徒会長の話によれば、敬語は一切使わなかったと聞いていたが」

「相手によって変えますよ。小心者の小市民なもんで。話を戻しますが、俺に何か言いたい事でも?」

「ここで話す事でもない。着いて来い」


俺が連れられたのは屋上。

綾瀬川は、先程通った階段へと通じる扉を閉まったのを自らの目で確認すると、即座に口を開いた。


「神月、お前は今の自分の現状に満足しているか?」

「いきなりですね」


あの模擬戦へ積極的に参加させるつもりなのだろうか。


「満足しているか、していないのか。判断は出来ませんが、少なくとも自己顕示欲を満たした程度ならば、何も変わらないと思いますよ」


一応の牽制を投げつける。


「達観しているんだな。だが甘い。もし、そんな物ではなく、他に得られる物──それも本来得られないがあったとしたら?」

「そう言えば、この学校の設立理念は試練の踏破でしたね」

「よく覚えているな」

「これもそのの一つと考えてよろしいのですか?」

「その通りだ」


俺は嘲笑するような表情を向ける担任を無表情で見つめる。


「そうですか。話が終わりでしたら、自分は教室へと戻ります」

「待て、神月」


きびすを返した俺を呼び止める。


「俺はクラスがどうなろうと知ったこっちゃありませんので、不干渉を貫かせてもらいますよ。先生の説明によれば、あらゆる不正は厳重な処分対象になり、模擬戦の申請を断る事も出来るようですね」

「そうだ」

「ならば、自分は全ての模擬戦を辞退しますよ」

「さっきも言ったが、普通では手に入れる事が出来ないがあるとしてもか?」

「俺はあるかどうかの確証も無い物の為に奔走するつもりは毛頭ありません。好きにやらせてもらいますよ」


話を終わらそうとした俺に対し、間髪入れずに綾瀬川は冷ややかな視線を送る。


「逃げは、試練の踏破とは言えないな」

「そうかもしれませんが、一つの手段ですよ。争いではなく、逃げる事での平穏の維持。これも試練に対する答えの一つでは?」

「それはただの問題の先送りだ。根本的な解決とは言えない」

「一週間が過ぎればいいんですよ」

「だが、一週間以降はどうする?模擬戦が禁止されていない以上、卒業までの平穏をもたらす解決策ではない。睦月王子と一悶着あったそうだな。あの坊っちゃんは、遅かれ早かれお前とぶつかるだろう。それも、しつこく何度も何度も」


伊崎という前例があるから、その可能性は高いだろうな。


「それは、こちらが根負けしなければよいだけですよ」

「上手くいくと思っているのか?」


綾瀬川は俺に背を向けて、話を続けた。


「人間という生物は、そう単純に作られてはいない。感情に惑わかされ、欲望にたぶらかされる」

「それで?」

「睦月王子の話は、奴が中等部の頃から聞いている」

「それでどうしろと?まさか、睦月弟を倒せだなんて言わないでしょうね」

「そのまさかだ」


困る俺をその目に焼き付けようよしているのか、頬を緩めながら俺を見る。


「私はお前に忠告した。どうするかはお前次第だ」


確かに、面倒事に発展する前に叩く事には賛成なのだが、あまり目立ちたくはない。


何故なぜ、わざわざ忠告をしたのですか?単なる親切心ではないでしょう?」

「ただの親切心だとも」

「とてもそうには見えませんが」

「どう思おうがお前の勝手だ」

「そうでしょうね。あまり関係ない話ですが、この試練とやらは毎年同じ内容なのですか?」

「同じ物もあれば、違う物もある。だが、この試練は恒例行事ではない。私も今朝、いきなり聞かされて驚いている」

「大変参考になりました」

「それは良かった」


三年間もの学園生活の中で、繰り広げられる試練は生徒だけの物ではない。教員達にも、何かしらの影響があるのだろう。出世に関わる物か、個人的な物かは分からないが、少なくともこの綾瀬川澪という人間は学校から課せられる試練に、決して小さくはない執着、もしくは妄執に囚われている。

俺にはFクラスの行き末は興味も関心もない事には変わらない。


「睦月弟は倒しますよ。そう言えば、模擬戦の申請は試練の期間中であれば、生徒会だけでなく全ての教員も承認出来ましたよね」

「その通りだ。なんなら今、申請するか?」


暗に、どうせしないのだろうという視線を受けるが、ここは敢えて笑う。


「お願いします。時は今日の放課後の五時、場所は何処どこでも構いません。断られたら連絡をください」

「いいだろう。睦月王子には私から伝えておこう」


俺は屋上を後にした。


教室に戻れば既に授業が始まっており、軽い叱責を受けたがそれだけだった。


「睦月弟と模擬戦をする」


授業が終わった直後、伊織に打ち明けた。

伊織は面白そうに笑いながら、視線で続きを促す。


「今日の五時から、場所は我らの担任に一任した」

「そうかい。このクラスのモチベーションは絶賛急上昇中だからな。発破をかける意味でもいいんじゃないか」

「そんなつもりはなかったが、発破をかけたところで他のクラスに勝てるのか?」

「難しいだろうな」

「なんだそりゃ。逆効果じゃねぇか」


なるようになるさ。






放課後、五時。


場所は、睦月弟が伊崎に敗北した屈辱の地──と大袈裟に言ってはいるが、睦月弟本人の希望らしい。綾瀬川から聞いたところ、屈辱を払拭したいらしい。


周囲を見渡せば、野次馬──もとい観客が大勢詰めかけている。

そりゃあ、落ちこぼれのFクラスがBクラス所属の名門の御曹司に模擬戦を吹っ掛けたのだから当然だろう。しかも、試練の初日に。

今日は、俺達以外では模擬戦を行われないらしい。様子見を行っていたのだろう。

1年だけでも、かなりの数の生徒が来ているようで、睦月弟の幼馴染や伊織達Fクラスの大半だけでなく、伊崎に神無月まで目にしている。他にも、話した事はないがそれなりの実力者も数名確認した。

綾瀬川を含め、教員達もいるようだ。


審判は会長、立会人は委員会。

初日で手短に終わらせるつもりだったが、随分と話が大きくなりすぎたらしい。


四方30メートルのフィールドの端にいる睦月弟は、黄色い歓声を送っている女子生徒達に手を振っている。


余裕で圧勝出来そうだな。


互いにフィールドの中央に進み、審判である会長が口を開く。


「ただいまから神月帝と睦月王子の模擬戦を開始します。互いに魔道具レリックでの攻撃は禁止。そして、決着はどちらかが降参するか、気を失うかのどちらかです。もし、規定以上の威力、もしくは効果を持つ異能力の発動を確認した場合、その方は反則となります。そうなった場合は、立会人が力ずくで止めますからそのつもりでいるように」


委員会は、確認するように俺と睦月弟を交互に視線を送る。


どうやら、フィールド外に出して勝つ事は出来ないらしい。


「説明は以上です。それでは、赤のラインまで下がってください。開始の合図は私が出します」


会長がフィールドの外へと歩き出したのを傍目に、睦月弟はあざけりを含んだ目で俺を見る。


「余裕だね、制服のまま模擬戦を行うとは」

「そう言うお前こそ、たかだか模擬戦くらいで魔道具レリックの防備を持ち出すとはな」

「僕は用意周到なのさ」

「それで伊崎に負けたんじゃ、ただの笑い者だな」


俺は、赤のラインにまで下がる。


所詮は模擬戦だ。実戦ではない。

楽に力を隠しながら勝つ方法を模索していたが、やっぱりやめだ。

それでは、また模擬戦を吹っ掛けられる。……今回、吹っ掛けたのは俺だったな。

大勢の人が詰めかけた以上、この模擬戦の詳細は大勢に知られる事になるだろう。全力を出すつもりはないが、既に知られている能力、知られても問題ない能力を駆使して徹底的に叩く。反撃の意志さえ沸かないくらい徹底的に。


「始め!」


会長が腕を振り下ろすと同時に、二筋の雷が山なりな軌道を描き飛来する。

30メートルもの距離を一瞬で詰め寄る。魔術でもなければ、魔力による身体強化でもない。

聖王協会所属時に、和尚から叩き込まれた歩法の一つ。

宿地法。

魔力を一切使用しない移動法なのだが、これがまた使い勝手が悪い。


莫大な時間を費やし、訓練を積み続けなければ、一回行うだけでかなりの体力を消費するし、足への負担も大きい。それに、直線的な動きしか出来ないために、狙い打ちをされる事もあるらしい。

だが、ある一定のレベルを越えた習熟度を過ぎればこれらのデメリットは全て無くなる。


驚いた表情をする睦月弟のみぞおちに拳を叩き込む。

即座に後方へ跳んだのか、何度も床を跳ねながら吹き飛び、壁に激突した。

立ち上がろうと膝を立てた睦月弟の足を払い、再び転ばせる。

顔面へと直撃させようと拳を振るい上げるが、金色こんじきの光が煌めく。


「そう言えば、魔眼持ちだったな」


俺は後ろに下がり、睦月弟の出方を待つ。

睦月弟は余裕ある笑みを浮かべながら、ゆっくりと近付いてくる。


うぜぇ。


殺していいなら幾らでもやりようはあるが、殺すのは不味い。このフィールドには念動力サイコキネシスで動かしてよさそうな物は見当たらない。せいぜい、質量エネルギー体を作り、攻撃を防ぐくらいだし、攻撃に転用したらえげつない事になる。

やむを得ん。もう少し、力を使うか。


睦月弟は光を束ね、剣を形作る。

それだけではなく、自身の体にも光を纏わせた。当の本人は驚愕の表情を浮かべている事から、自身でも知らなかったか、成功した事がなかったか。


それにしてもあれだな。

強敵に追い詰められて、理不尽な理解不能なパワーアップを遂げる主人公みたいだ。


雄叫びを上げながら走り寄る睦月弟の周囲の空間を歪め、振り上げられた剣と纏われた光を消失させる。

結果的に無防備に防御を投げ捨てた体勢の睦月弟の腹部に手のひらを押し当て、暴風を発生させる。防御用の魔道具レリックを身に着けている為、多少強くても問題ない。

虚空を掴み引き寄せれば、壁に叩き付けられた睦月弟の体躯は糸に引っ張られるように地と平行に動く。

睦月弟の腹部に膝を穿った。

遅れて漏れる肺から吐き出すような呻き声。

俺は睦月弟の頭部を鷲掴みにして地へと背中から叩き付けた。

睦月弟の意識は刈り取られ、俺はジャッジを求めるように会長へと視線を向けた。


「勝者、神月帝!」


歓声とざわめきが同時に響く。

異能力者同士の模擬戦で、あまり異能力を用いず勝利を収めるのは下策らしい。理由は、本来模擬戦とは見栄えを重視した戦い方が、観客側からすれば面白いからだそうだ。


空間操作の能力は、ショッピングモールで織姫に見られている。

隠すつもりはない。


実戦同様、何でもありなら直ぐに終わらせれた。加減して戦うのも存外、難しいもんだな。

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