第36話しつこい奴は嫌われると言うが、大抵自覚してないから不毛な言葉


「他に何か用があるか?俺は帰りたいんだが」


睦月弟は俺の態度が気に触ったのか、ここで引くつもりはないらしい。


「君がどこの誰かは知らないけど、その言葉遣いは直した方がいいんじゃないか?」

「論点をずらすなよ。それに、これは生まれつきだから今更直そうだなんて思わねえよ」

「僕は睦月家次男である事を知ってて言っているのかい?」

「お前自身はただの身の程知らずのガキだろ」


逃がしたくはないが、話の争点については何も思い浮かばないのか、結局自分の家柄の権威を語りだした。


それにしても呆れしか出てこない。

兄である睦月恒四郎と違い魔眼保持者であるため、全てにおいて優遇された人生を送ってきたのだろう。

その結果がこれか。教育ミスだな。


睦月弟はにこやかに俺に話しかけているが、憤りを口調の端々から感じる。


「おいおい、何の騒ぎだ?」


睦月弟の後ろから姿を現したのは一人の巨漢。


彼は、恐らく同級生なのだろうが背伸びすれば二メートルに手が届きそうな程の身長を有しており、恵まれた体格をしている。

首から重量感のある首飾りをしており、俺を睨むように見下ろしている。


「大樹か。彼に少し礼儀を教えているんだよ」


礼儀……か。


この男にも興味はないが、真美がそろそろフラストレーションが天元突破しそうだ。顔に張り付けた笑みにヒビが入っている。


「お前は?」

「神月帝だが」


大樹と呼ばれた男は俺に興味がないようで、自分の名は名乗らない。

だが、伊織が代わりに耳打ちする。


「彼は永田大樹。睦月王子の親友だよ」

「本当に類は類を呼ぶんだな」


伊織は苦笑する。


それにしても今日は非常に疲れる。


「帝さんって、神月帝って言うんですね!」

「そうだな」

「織姫、この男は見た通り野蛮だ。近付くべきではないよ」


前席から、からかいが入る。


「野蛮だってよ」

「止めろよ。照れるだろ」

「近付くべきではないってよ」

「妥当な判断だな」


俺達の軽口が気に入らないのか、永田は俺の胸ぐらを掴む。


「ふざけているのか?」

「俺は自由に気楽にいい加減に生きるって決めてんだよ」


一瞬で緊張感に包まれる教室内で、永田は掴んだ俺の胸ぐらを持ち上げる。


立ち上がったフェーンと翔を手で制す。


「口には気を付けろ」

「無理だな。これが自然体だ」


ピリピリとした一触即発の空気がジワジワと広がる。


「止めて大樹くん」


織姫が永田の腕を掴む。

永田はしぶしぶとした、それでいて納得いかない様子で腕を下ろした。


そして、教室に新たな二名の乱入者が現れる。


「王子、止めなさい」


睦月弟を睨み付けながら、真っ直ぐ歩み寄って来るのは長い金髪を右から流したグラマラスな少女。

つり上がったキツい瞳は鋭いが、少女本来の凛々しい美しさは損なわれていない。

両親のどちらかが外国人なのか、日本人離れした顔立ちをしている。


そして、その後ろに追随するように歩く黒髪の金髪の少女と対照的にスレンダーな少女は、髪を後ろでシュシュで束ねている。

金髪の少女と同じく凛々しい印象を受けるが、彼女の場合は古き良き日本人特有の美しさだ。


二人の少女は、一目で状況を察したのか睦月弟と永田を責めるような口調で嗜める。


そして俺は何事も無かったかのようにしれっと着席する。


「大丈夫?」


真美が心配するように俺へと声をかけるが、「大した事ない」と小声で告げる。


それでも、やっぱり睦月弟には聞こえたようで──


「君はやっぱり反省していないみたいだ」

「反省?どこら辺が悪いのかさっぱり分からないんだが」


冗談めかして伊織が笑う。


「全てじゃないか?」

「それならどうしようもないな。大人しく諦めて帰るとするか」


俺は帰宅しようと席を立つ。


「伊織、帰ろうぜ」

「ああ、それにしても疲れたな」

「待て!話は終わっていない」


呼び止める睦月弟に視線を向けずに答える。


「俺はお前との話はない。じゃあな」


伊織達は俺に付いてくるが、俺の肩を華奢な手が掴んだ。


「何のようだ?」


俺は金髪の少女に振り返る。


「織姫から話は聞いています。その節は織姫を守っていただき有難うございました」

「成り行きだ、気にするな」


金髪の少女はクスッと笑う。


「織姫から聞いていた通りですね」

「聞いていた通り?」

「ええ、とても不器用で優しいと言ってましたよ」

「ちょっ、ちょっとシャルちゃん!それは言わないでよ!」


織姫は羞恥で顔を赤くさせ、抗議するように手をバタバタと振っている。


「それと」


金髪の少女は話を続ける。


「これも織姫から聞いたのですが、とてもお強いと聞いています。いつか、手合わせをお願いしてもよろしいですか?」

「気が向いたらな」


俺は気乗りしなさそうに返す。


「いい返事を期待して待っています」

「期待しないで待ってろ」

「遅くなりましたが、私は如月シャーロットと申します。そしてこちらが、日吉楓です」


如月は、一緒に教室にやって来た黒髪の少女を紹介する。


「じゃあな、そろそろ帰るぞ」

「それではごきげんよう」

「帝さん、また明日!」


俺は軽く手を振り、この場を後にする。






校舎を出た所で騒がしい足音が後方から聞こえてくる。


「また会ったな。名前、忘れたけど」

「睦月王子です」


直ぐ様、夜が耳打ちして名前を教える。


睦月弟は一人で走ってきたが、後ろから近付いて来る気配を感じる。

デジャブだ。さっきと同じパターンらしい。


この睦月弟は兄の恒四郎と違い、思慮深さとは無縁らしい。

感情的で猪突猛進、そして他人より高い能力を有しているため、その全てが正当化される。

今まではそうだったのだろうが、俺には関係ない。


「何の用だ?いい加減、しつこいぞ」

「話は終わっていないぞ」

「とても建設的な思考が残っているようには見えないけどな」

「残っている!」


感情的に動いている時点で、不毛で無価値な話にしかならない事は自明の理。それをどうしたら建設的な考えを可能にするのか聞きたいところだ。


睦月弟を追いかけるように駆けてきた永田達はそれなりに顔が知れているようで、注目が更に高まる。


如月達に全てを押し付けたいが、それだけでは何も変わらない。後日、再び同じ事を繰り返すだけだろう。

面倒事は早い段階で叩くに限る。


「話だけなら聞いてやる。話せ」

「帝、言い方な」


睦月弟より先に伊織からの指摘が入る。

そして、遅れて睦月弟が口を開く。


「織姫から君の話を聞いた。だが、そのどれもが荒唐無稽な物ばかりだ。恐らく記憶操作か、幻術をかけたのだろう。だから──」


織姫から幻術の類いは効かないと聞いたが、この男は聞いていないのだろうか?

口が軽いから敢えて伝えていないのか。


「──今すぐ、織姫を元に戻すんだ!」

「……悪い、話聞いてなかった。もう一度説明してもらえるか?」

「帝、あなた鬼?結構長く話してたわよ」


真美から引かれたような声音で呟かれたが無視する。


「やっぱりいいや、長いみたいだし」


それ以上に時間が勿体ない。


「これだからFクラスの落ちこぼれは」


睦月弟は侮蔑のこもった呟きを放つ。


それにしても沸点が低すぎるな。煽ったつもりは決してないが、何かが気に触ったらしい。


遥か遠方でこの一連の流れを興味深げに眺める気配がいくつか感じる。その内の一つは既に知っている。

まだこの険悪な雰囲気の状況を収める腹積もりはないようだ。


「Fクラスだの落ちこぼれだの、どうでもいいが、俺が織姫に何か魔術的な干渉をしたとしても、卯月家の検査で分かるんじゃないか?それで織姫、何かあったか?」

「何も異常は無かったです」

「これが結果だ。話はこれで終わった。俺達は今度こそ帰るぞ」


織姫が俺を認識した以上、織姫の言う"救世主"が俺である事は隠す事はできないが、睦月弟のように信じるつもりがない者がいればその分有耶無耶になる。

今は出来る限り敵対的な感情を抱かせておくのが最適解だ。中途半端な関係の相手よりも、完全に対抗心を持った相手の方が動きをコントロールしやすい。


睦月弟に背を向けるが、何のアクションも起こされない。

どうでもいい所でプライドだのルールだのを持っているのかもしれない。そんな物、ただの枷にしかならないのにご苦労な事だ。

俺なら迷わず攻撃する。この場所が戦場であれば。


だが、加速度的に魔力の高まりを感じる。


「王子、落ち着きなさい!」


俺は振り返りもせずに正門から出ようとしたが、前に立ち塞がった男により阻まれた。


「お前は、そこで待っていろ」


睦月恒四郎は重々しく告げると、睦月王子に近付く。

睦月弟は雷帝の名に相応しく、青い稲妻を体に宿らせており周囲に雷を槍のように放出している、対して睦月恒四郎は無防備に校章の刺繍された黒い腕章を付ける。


睦月弟のあれは感情の高まりによる魔力暴走。

魔力暴走は、一般の成人異能力者の少なくとも数倍の魔力を有していなければ起こり得ない。そして、魔力操作が致命的に稚拙な者が起こる現象だ。

所持魔力の総量が高ければ、必ず魔力操作の訓練から始める事が常識であるため、魔力暴走が起こったという話は滅多に聞かない。


「王子、あれ程に注意したというのに。惨めだな」


睦月恒四郎はそれだけ言うと、睦月弟の額に自らの右手を当てる。

その手からは、黄金に煌めく雷が睦月弟の体を包み、青い稲妻は消し払っていく。


「帝、帰らないのか?」


誰もが二色に輝く雷に見とれる中、伊織は俺に尋ねる。


「帰れっこねえだろ。帰った所で明日呼び出しくらうかもしれないし」

「確かにそうだな」


蒼が消え、黄金が遅れて消える。


魔力暴走は無事に収めたらしい。

遺伝子が近ければ、魔力も似る。故に、魔力暴走は収め易い。

実に最適な行動だ。


睦月恒四郎は弟を永田に任せ、俺の方へ歩み寄る。


「また待ったな、神月帝」

「俺は顔すら拝みたくなかったけどな」


目の前の男は俺の冗談には取り合わず、話を繋げる。


「先程から話は聞いていた。やはりお前だったようだな」

「朝の時点で目星付けてただろ」

「否定はしない」


睦月恒四郎は一度だけ睦月弟へと視線を向け、話を続ける。


「愚弟が世話をかけたな」

「お宅の弟、かなりしつこい性格してるな。ありゃあ、婚約者候補から遠慮されるのも頷ける」

「そう言ってやるな。あれも、魔眼を生まれながら持ち合わせてしまったが故に苦労しているんだ」

「魔力暴走があの程度の規模だから、そこまで大した能力ではないだろ」

「それは、個人の基準が判断する事であって俺が決める事ではない」

「確かにそうだな」


少なくとも、左右の瞳にそれぞれ能力が宿った重複セベラルではないな。

魔眼とは、そもそも身体中を巡る魔力が本来はあり得ないが、一定量目に行き渡る事で発現する。

絶対ではないが、所持魔力が多ければ多い程、魔眼になる確率は上がり、魔力の能力も強力な物になる。

そして、更に魔力量が多ければ二つの目にそれぞれの能力を有した重複セベラルとなる。

とはいえ、俺が知っている限りで重複セベラルなのは、ジョーカーとトワイライトの吸血鬼くらいだ。和尚とエンシェント・ドラグーンは違う。重複セベラルは存在事態が伝説となり、知っている者はあまりいないだろう。

俺は魔眼確認の検査をした事がないからどうなのかは知らないが、二つ目の能力を感じた事はないから重複セベラルではないと思う。

まあ、能力を考えたら俺の魔眼はこの上なく強力で万能であるため文句はない。


「見事でした、恒四郎くん」


言葉と共に小さく鳴る拍手に意識を現実に引き戻される。


「あなたが……そうですか。私は生徒会長の出雲英玲奈いずもえれなです。以後、お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも。俺は1年Fクラスの神月帝です」

「ええ、存じていますよ。一度お会いしたいと思っていました」


黒髪の美女──俺の二歳だけ上であるが、真美と比べても纏う色気はそれ以上の雲泥の差がある──が優雅に歩み寄る。

女子にしては高い身長から伸びる、ウェーブのかかった長い黒髪と右目の下の泣き黒子が更に色気を膨れ上がらせ、優しげな瞳は包容力を感じさせる。


それにしても今度は出雲家か。

しかも三皇家の一つ。

十二の名月と立場上の優劣はないが、十二の名月よりも歴史が長い一族。

一度会いたいと言っているが、恐らく出雲の先代当主から俺の事を全てではないが、ある程度聞いているのだろう。


その中でも出雲家は炎帝という二つ名を持ち、睦月家とは犬猿の仲ではないが、友好的でもない。

だが、この二人は互いにいいライバルとして認め合っているのか、敵対的な意思は感じない。


「それで、睦月家の風紀委員長、帰っていいか?」

「そうだな。お前と話がしたいが、愚弟のせいで目立ち過ぎている。今ここでの話は避けるべきだろう」

「だったら、私が帝くんを借りるわね」

「いや、俺、今から帰るんで」


服の袖を抱え込んだ出雲を引き剥がし、一歩距離を取るが、出雲は耳元で色っぽく囁く。


「お父様が帝さんを連れてくるようにと」

「次の機会にしてくれ」

「そうですね、確かに急すぎますね。でしたらまたの機会にしておきましょう」

「ああ、楽しみにしている」


こうは言ったが、絶対に行きたくない。


あのオッサンとは何度か戦った事があるが、話すだけでも非常に疲れる。

初めて会った時、強烈すぎてその日の夜に夢に出てきた程だ。言うまででもないが、勿論悪夢だった。今は、出雲家長男に家督を譲り、隠居したと聞いているが。


「神月、帰る前に事情を聞かせてくれ」

「事情なんて分かってんだろ?」

「兄上!僕が話します!」

「お前達はもう帰れ」

「ですが!」

「聞こえなかったか?」


睦月恒四郎の憤りを凝縮した視線が睦月弟を貫く。


「分かりました。ですが、僕は無実です」

「それを決めるのはお前ではない」


睦月弟はとぼとぼと帰っていった。

そして、周囲の野次馬達も散り散りに去っていく。


「実の弟に容赦ないな」

「そうかもな。腹違いであれば情も薄れる」

「それは恒四郎くんだけじゃないかしら?出雲家は皆仲が良いわよ」

「腹の中までは覗けまい」


睦月家は仲が悪いのではなく、いろいろと複雑なのだろう。

魔眼を持たず、弟を遥かに越える実力を有する兄。

魔眼を持ち、誰からも期待される弟。


神無月家もそうだが、名家は名家で大変そうだな。

他人からの一方的な期待なんて、ただの足枷以外の何物でもないのに。気持ちは誰よりもよく分かる。


「それで事情聴取だったか?そんなもん、必要ないだろ?」

「そうだな。如月から連絡があったからな。大体聞いている」


睦月恒四郎は俺へと歩み寄りながら再度口を開く。


「それで、やはりお前が"救世主"みたいだな。俺はお前の実力に興味がある。安心しろ、他言はせん」

「それって、先月のショッピングモールの話よね?」

「そうだ」


今度は出雲も、更なる興味を俺へと向ける。

俺は自然と背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「ねえ、個人的に興味があるのよ。少しお姉さんとお話ししない?私、帝くんがどんな異能力を持っているのか気になるのよね。例えば、全てのガラスを割ったりとか」

「それは、まあ、魔道具レリックで」

「そうなの?ならば、かなり高位の魔道具レリックだと思うのだけど。もしかして帝くんって、とんでもないお金持ち」

「知り合いから譲り受けただけですよ」

「へぇ、そうなのね」


出雲は引き下がるが、信じていなさそうだ。


それにしても、魔道具レリックを付けていなくてよかったな。実力の高い異能力者は、高位の魔道具レリックを見抜く事があるからな。


その後、二、三の質問を受け、解放された。

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