第16話勇者って、もう弱いイメージしかない


物語を紡ぐ舞台は一度地球を離れ異界へ。






つい先程まで私立赤橋中学校3年13組の教室にいた二十名程の男女は世界強制排除魔術陣によって、異界──ライトノベルで言うところの異世界──に召喚されていた。


だが、世界強制排除魔術陣が昨今のファンタジー小説に出てくる魔法陣と違うところは、魔法陣によって地球から異界に引っ張り込むのではなく、世界強制排除魔術陣により、一度地球から強制的に追い出され、その後、魔術陣の敷かれてある異界へと漂着するということだ。


その世界強制排除魔術陣で彼ら彼女らを巻き込んだ張本人の一人はどこか遠くから光景を眺め、嘲笑う。

これにてあの者達との契約は完了した。だが、まだ彼との契約は残っている。

誰にも見られていないのにも関わらず、その者は頭に乗せた赤いハットで顔を隠しながら、自らの姿を変える。






神月帝のクラスメイトだった少年少女は戸惑う。

何故なら、摩訶不思議な光に包み込まれ、気が付けばどこかも分からない王宮のホールと思われる場所に居たからだ。

王宮と思われると言っても、実際に現代社会で王宮を目にする十代は滅多にいないだろうし、せいぜい資料集で見たことがあるくらいで、現物を見たのはこれが始めてであることが普通だろう。


ここがどこであるのかも、どうやってここにやって来たのかも、どうやったら帰ることができるのかも、全てが理解の範疇には存在しない。


彼らが周囲を見渡せば、多くの者達が好奇を隠すことなく粘着質な視線を向けられる。長い髭を蓄えた貴族のような中年男性や、見目麗しいメイド達。例を挙げていったらキリがないくらいの様々な人達の注目を集めている。


今のこの状況で事態を察した者は、それぞれの胸にそれぞれの感情を宿す。


ある者は歓喜。

ある者は恐怖。


それぞれの将来の妄想を膨らませているが、現在の自分達の立場を理解できている者はこの中にはたった一人だけ。


「皆!ひとまず、落ち着くんだ!」


白凰優馬だ。

持ち前のリーダーシップを駆使し、クラスメイトを纏め上げる。

勿論、これは彼の計算の内の行動だ。自分の知らない者達の視線に晒されている。彼にとってはこれは好都合だ。彼らの前でクラスメイトを纏めれば、自分の付加価値は自ずと上がる。

白凰は内心で能天気なクラスメイトを嘲笑いながら、笑顔の仮面で心の内を隠す。


「皆、まず落ち着いて。誰か居ないクラスメイトがいたら報告してほしい」


白凰はクラスメイト達にそう告げながら、ここには居ないクラスメイトの存在に気付く。

神月帝という、どこか不思議なクラスメイト。あまり、彼に関する記憶はないが、確かにクラスメイトの一人だったことは間違いない。

それでも何故か、心の奥底では違うのではないかという声が響いている。だが、クラスメイト達はそうは思っていないことは確認が取れている。

これは、3年13組の中で白凰優馬だけが魔術に対して耐性が高いことに起因している。


「優馬くん、皆揃ってるみたいよ」

「……そうか、ならよかった」


白凰は疑問に眉をひそめる。

赤橋瑠奈の表情を流し見るが惚けている様子も、意地悪をしている様子もない。他のクラスメイト達も同様だ。

特定の部分の記憶だけが抜け落ちているように不気味で、白凰は、まるで自分だけが取り残されたような感覚に陥る。

だが、白凰は胸の内の、何か、自分を妨げるような嫌な予感を敢えて無視する。


「全員居るのであれば、責任者と話がしたいんだけどね」


白凰の言葉に応えるように、杖をついた白衣を着た老人を引き連れた一人の男が現れる。

その男の頭には太陽のように黄金に輝く王冠を、背中には燃え盛るような紅蓮のマントを、引き締まった体には白銀の甲冑と腰に差した剣を身に纏う。

だが、それ以上に目を引くのは、全てを包み込むような優しさと、全てを焼き尽くすような苛烈さを内包した覇気。それは正しく、王者の覇気だった。

三十代にも見える若々しい男は、ハンサムと言える程の整った顔立ちをしており、鍛えられた長身は一種の威圧さえ感じる。

王冠を被っている時点であの男が王であることは明白なのだが、それが無くとも彼が王であると気付くだろう。それ程までに強力な覇気だった。


国王と思われるその男は白凰の前に歩むと視線を向ける。


「勇者を召喚したつもりはないが……まあいい、今日はゆっくり──」


国王は興味がなさそうな口調で告げるが、国王の発言を遮るように赤橋が大声を発する。


「何よアンタ!私達を日本に戻しなさいよ!ホラ!早く!」

「随分と威勢がいいようだ。私達は君達を元の世界に還すことはできないし、そもそも君達を呼んでもいない」

「じゃっ、じゃあ!私達はどうすればいいのよ!」

「君達が決めろ。俺に君達の人生を決める権利も権限もない」


白凰は、国王のこの発言に意外感を持つ。

勇者として召喚されたのであれば、それなりの能力を有しているはずだ。ならば、兵器として戦場に送り込まれると思っていた。

現に、周囲の貴族と思われる男達の顔には、困惑の色が浮かんでいる。

だが、この国王は自分達を利用するつもりはないようで安心したが、他のクラスメイトに視線を向け、大きなため息を吐く。

クラスメイト達は、今の国王の発言は、自分達を蔑ろにされていると思っているようで、面白くなさそうな表情をしている。状況を察して、瞬時に肥大化した自尊心が大きく傷付いたらしい。


一人の男子のクラスメイトが国王に対し、罵声を浴びせる。

その様子を見ていた貴族は国王を見ながら顔を青ざめるが、罵声を浴びた国王本人は──


「見栄を張るだけが取り柄の愚者が言葉を発したところで、何も響いてこないぞ」


男子生徒を見向きもせずに、玉座へと歩き出す。

男子生徒は憤慨した表情で国王へ殴りかかろうとするが、半透明の壁に阻められる。


「フォッフォッフォ、威勢はよいのお」


白衣の老人が杖を軽く一度床に叩くと、半透明の障壁が消える。

膝下まで伸びた真っ白な髭が印象的なその老人は、にこやかな笑みを浮かべながら、召喚された学生を見渡す。


「うむ、なかなか悪くないようじゃの」


一通り学生を見た老人は、自らの髭を触りながら愉快そうに笑い声を上げる。


「どうした爺?」

「いや、少々面白い少年がおってのお」


玉座に座る国王に、老人は白凰へ視線を向ける。その瞳は細められ、何かを納得したように何度も頷く。


「陛下、儂はそろそろ行こうかの」

「爺、どこへだ?」

「秘密じゃ」


老人は愛嬌のある表情で国王に対し、ウインクをしながら答える。

本来であれば、不敬罪に問われてもおかしくなさそうだが、そうしないのは、国王の老人への信頼感からだろう。

老人は杖をつきながらホールを出ていく。


改めて視線を交わらせる国王と学生達。


「国王陛下とお呼びした方がいいでしょうか?」


先に口を開いたのは白凰優馬だ。


「どうでもいい。君達の好きなように呼ぶといい」


一見、気さくな言葉に感じるが、貴族達の表情を見ればこの国王は恐れられていることが分かる。

白凰は油断せずに話を続ける。


「それでは、お名前を伺っておりませんので、陛下と呼ばせていただきます」

「好きにしろ」


国王は変わらず興味がなさそうな表情だ。

決して見下している訳ではない。ただ、何故か召喚された勇者達を自らの目で見て、青いと感じたまでのことだ。

つい先程まで、普通の学生だったのだから当たり前と言ってしまえばそれまでなのだが。


「ですが、一度だけでも、お名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

「ユリウス・レイモンド・メソラリアだ。大臣!後は任せる」


ぶっきらぼうにそれだけ言うと、ユリウスはホールを出ていく。

クラスメイト達が憤る中、白凰は考えを巡らす。


冷静に考えれば、ユリウスのあの ぞんざいな態度は、自分達勇者をどうにでもできる自信の現れでもあるだろう。どう見ても、あの国王は非常に優秀だ。何も対抗策を講じないはずがないし、現時点で既に手の内にあると考えていい。

だからこその、勇者と呼ばれた自分達への、あそこまでの興味のなさなのだろう。


「勇者様方、一度注目していただいてもよろしいですかな」


パンパンと手を叩きながら、大臣と呼ばれていた男が白凰達勇者に近付き声を発する。

そして、視線が集まると再び口を開く。


「私はアベル・ヘルダーと申します。以後、お見知りおきを」


アベルの簡潔な自己紹介に勇者達は軽く礼をして返す。


「いきなりこの世界へ喚ばれて、分からないことは多いでしょうが、その都度仰ってください。生活面に関しては、最低限度は保証しますのでご安心を」


まるで流れるようなアベルの言葉に、一人のオタク気質の勇者が質問を投げ掛ける。


「この世界にはステータスってないんですか?」

「ステータス?質問を返すようで申し訳ありませんが、何ですか?それは」


アベルの返答にもならない返答に、自分達の思っていた異世界召喚との違いを感じた生徒の一部は、疑問に満ちた表情を浮かべる。

そして気付く。


この世界の勇者は、ファンタジー小説に描かれているように、特別優遇された存在ではないのではないかと。

確かに自分達はこの世界では優秀なのかもしれないが、より上の存在がいるのではないかと。


「まあ、ステータスという物が何かは存じ上げませんが、個人に与えられた職業と技能スキルならありますよ。勇者である皆様であれば、非常に優秀な技能スキルを持っているでしょう。今から確認しますので、私に付いて来てください」


アベルのその言葉に勇者達は顔を輝かせながら、歩き出したアベルの後ろを追従する。


連れて来られたのは、中央に大きな水晶が置かれている薄暗い一室。

水晶は薄紫色の光を放ち、部屋を自らと同じ色に変色させている。


「アベルさん、職業や技能スキルを調べるのには、あの水晶に触るのですか?」

「その通りでございます」


白凰の質問にアベルは答える。


「水晶に触れると、水晶に職業や技能スキルが表示されるのですか?」

「ええ、そして、表示された文字を記録するのが、このプレートです」


アベルはそう言いながら、一枚の銀色の鈍い輝きを放つプレートを取り出す。


「このプレートには、職業や技能スキル以外にも、名前や性別、年齢などの個人情報も自動的に記されるため、身分証明にもなります」


そしてアベルは一呼吸した後、勇者達を見渡す。


「最初は誰がこの水晶に触れますか?」


ここは、異界の生活においてとても大きな分岐点になることは、勇者達も自覚していた。だからこそ、好奇心もあるが、もしものことがあるかもしれないという思いが、足を膠着こうちゃくさせる。

最低限度の生活は保証されると聞いているが、自らの立場と欲望の達成まで保証される訳ではない。


「皆が行かないなら、僕が最初にやるよ」


白凰が水晶に近付き、その手で触れる。同時にアベルが一枚のプレートを水晶に押し付ける。

水晶は薄紫の光を強める。一瞬だけ光が消えるが、直後に光は戻る。


「もう、手を離して結構ですよ」


アベルの言葉に従い、白凰は水晶から手を離す。その顔には、尋常ではない緊張が浮かんでいる。


「どうですか?」

「……非常に優秀ですね」


アベルは首を傾げながらプレートを白凰へと差し出す。

白凰の貰ったプレートを覗き見しながら、瑠奈は口を開く。


「優馬くんでも緊張するんだね」

「まあね、僕だって緊張くらいするさ。別の世界にやって来たら、なおさらね」


白凰は、次々と水晶に手をかざすクラスメイト達を見ながら、手の中のプレートへと目を向ける。

そこに表情されていたのは、賢者という職業と幾つかの技能スキル。そして、一番下には勇者と書かれている。

見たところ、他のクラスメイト達の技能スキルは多くても三つ。対して、自らのプレートに表示されている技能スキル数は七つ。

アベルが驚いていたのは、このことだろうか?と思いながら、一喜一憂するクラスメイト達へと、再び視線を戻す。


「これで、勇者様方の職業と技能スキルの確認が終わりました。お疲れでしょうから、部屋へと案内させましょう。それと皆様、ここは勇者様方の居た世界ではありません。故に、我々の指定した規則を守ってもらいます」


勇者達は不満そうな表情を浮かべている者が大多数だが、大臣は一切気にしていない。


勇者達は、部屋へと入ってきた騎士達に案内され、それぞれの与えられた部屋へと向かう。






その頃、国王、ユリウス・レイモンド・メソラリアの自室では──


「誰かは知らないが、余計なことをしてくれたものだ」


左肘を机につきながら、右手に持った国政に関する資料を見ている。

豪奢が極まったこの部屋には、ユリウス以外は誰もいない。

つまりは、独り言だ。


ユリウスの顔には、先程の勇者達との面会とは違い、隠しようもないイラつきが浮かんでいる。


そんな彼の気分を無視するかのように、部屋に木製の扉をノックする音が響く。


「入れ!」

「失礼します」


ユリウスの言葉を聞き、部屋に入ってきたのは一人の妙齢に見える一人の女性。彼女は、メソラリア王国国王の王妃である、ディアンネ・レイモンド・メソラリアだ。

流れ落ちるシルクのような美しい金髪とサファイアのような瞳。ユリウスと同じく実年齢は四十代近くなのだが、とても若々しく、そうには見えない。


ディアンネは夫であるユリウスを気遣うように、心配そうな表情で歩みより、肩に手を乗せる。


「大変そうですね」

「そうだな、よりによってこんな時期に」


ユリウスは、ディアンネに手に持っている資料を見せる。

その資料は、先日の戦争での戦死者の名簿の中の一枚だった。


ここ数十年は、──正確に言えば、前々代の魔王から前代の魔王に代替わりしてからだが──人類と魔王との間には、大小問わずいさかいは無かった。

状況が変わったのは最近になってからだ。魔王が統治していた魔国内でクーデターが起こり、今まではナンバー2だったトゥールが魔王を名乗るようになった。


全てはそこから大きく変わった。

トゥールは世界に向けて宣戦布告を行うと同時に総攻撃を始めた。

トゥール率いる魔族は個の力が優れているが、数の力で大きく劣っていた。

故に、着実に追い詰められていた。現在では、人族と亜人族に、いつ降伏するかと思っていた。

そんなタイミングで勇者達がやって来た。勇者が異世界に召喚される前に、魔王は劣勢どころか王手一歩前という、昨今の異世界ファンタジーでは考えられない状況なのだが、実際に勇者達がやって来られたら迷惑この上ない。


「今更勇者がやって来たところで、やるべき事も、元の世界へ帰る方法もない。そんな事より、魔王を名乗る不届き者はいつになれば諦めるのかが分からん」

「私にも分かりません。もしかしたら、引き際が分からなくなってるのでは?」

「それならば、馬鹿が世界中を巻き込んで暴走しただけではないか」


ユリウスの乾いた失笑が部屋に響く。

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