第17話勇者っていつから雑魚キャラになったっけ?


「ハァ!」


王宮の広大な庭で、軽快な掛け声と共に、鉄剣が空を切る音が耳に入る。

勇者達に騎士達、そして黄色い歓声を上げる貴族令嬢やメイドなど、多くの人々がこの一戦を観戦している。


戦っているのは、召喚された勇者の一人である白凰優馬と三十代そこそこの金髪の筋肉質な体格をしている男だ。

その男は、野性的な獰猛な表情で丸太のように太い右腕で鉄剣を振るっている。


賢者という、極めて優秀な職業を手にした勇者の一人である白凰優馬は、何故か鉄剣を握らされ、騎士の一人と模擬戦をやらされていた。

何故なら、白凰の所持している技能スキルは、賢者と呼ぶにはあまりにもバランスが良すぎたからだ。


王国騎士団の団長であるクラウスとの模擬戦の戦績は二勝十三敗だ。

とはいえ、その二勝すらもクラウスが敢えて一本取らせただけなのだが。


白凰の持つ鉄剣がクラウスの鉄剣に弾き飛ばされる。


「これで、俺の十四勝目だ」

「そうですね、僕の敗けです」


後ろに転んだ体勢の白凰はクラウスの差し出した手を握り、立ち上がる。


「思ったんだが優馬」

「どうしたんですか?」

「優馬、お前は戦い方をどこかで教わっていたか?」


白凰の体が一瞬だけ硬直する。

クラウスはその一瞬を見逃さず、ニヤついた笑みを浮かべながら、口を開く。


「元居た世界では、見た目によらずヤンチャだったんだな」

「普通の一般人でしたよ」

「俺は、とてもそうには思えないんだよな。ずっと感じていたが訓練ではなく、実戦になれているように感じる。そして、俺が手を抜かれているのも分かっている」


射抜くような鋭さを持ちながら、優しさを内包した視線を受けても白凰は無言を貫いたままだ。


「黙りか。優馬がそう言うのなら、そういうことにしておこう」


クラウス団長は、心中で白凰にとってあまり踏み込まれたくない過去なのだろうと結論付け、それ以上は聞くことはなかった。


召喚された勇者達から、まるで実の兄のように慕われているのは、クラウスが不器用ながらも隠せない優しさが相手にも分かるからだろう。クラウスにとっては、白凰の過去に踏み込まないのが彼なりの優しさだった。

けれど、優しさだけではどうにもならないと気付く時は、すぐそこまで近付いていた。


「白凰様!」


トタトタとかわいらしい足音と共に駆けてくるのは、白凰達よりも三つほど幼い一人の桃色のウェーブした髪の少女。

彼女の両手には、冷水の入ったコップが握られており、彼女の白凰への気持ちは誰が見ても明らかだった。


彼女は、メソラリア王国の第二王女であり、頭にはかわいらしいティアラが乗せられている。

真っ白なドレスを着ており、髪と同じ色に染めた頬を隠しもせず、震える手でコップを白凰へ差し出す。


「ありがと、ライア」


白凰に笑みを向けられ、顔全体を真っ赤に染めたライアは、走って王宮の中へ逃げるように走り去っていく。


「何か、不味いことをしましたかね?」

「……お前な」


呆れたような表情をしているクラウスを見ながら、惚けた表情を向ける白凰。


この世界にやって来て、まだ三日しか経っていないにも関わらず、ハーレムを形成しつつある白凰は顔以外の選定基準は、誰が有益か無益かでハーレム要因を決定していることを気付いている者は非常に少ない。

それは、白凰の瞳に映るのは肉欲だけではないからだろう。

単純で浅はかな欲望ではない、全く別の他の何か。


「それにしても、職業が賢者なのにここまで強いとはな。国王陛下は気難しい方だが、期待してると思うぞ!優馬に限らず全員な!」

「……だといいんですけど」


空気を変えるように大声を上げるクラウスに、全員が視線を向ける。


勇者達はこの三日間で気付いたのだが、この世界では勇者は、ゲームや小説とは違い、たった一人で世界を変える程の力を有していない。そして、当然なのだが、他の人々よりも優れた技能スキルを持っているが、同じ勇者と言えども確固たる実力差が存在する。

その優越感と劣等感が思春期の不安定な心を大きく揺さぶり続けていた。


王宮では、既に勇者達の問題行動が多発していた。原因は自分達がさほど優遇されていないことと、生活基準が中世ヨーロッパと同等であるため娯楽がないことだ。

これに対し、国王であるユリウスは、いちいち対応する程の暇も余裕もない。

被害にあったのも、メイドの数人が一部の男子の勇者に襲われただけという甘い認識がユリウスにあったこともあるのだが──これが全ての原因なのだが──勇者達の寮は無法地帯と化していた。


「ところで優馬。聞いてるだろうが──」

「魔王は僕達がいなくても倒せるってことですか?」

「その通りだ」


クラウス団長は真剣は表情で、白凰ではなく空を見上げながら頷く。


「だから、何もするなと?」

「ああ、戦争とは面倒な代物だ。終わった後の方が大変だからな。犠牲がで続けている今よりもな」

「僕には、僕達には力がある!それを使えば、より早く戦争を終わらせれる!」


熱く語る白凰に、クラウス団長はただ首を横に振る。


「優馬、そうではない。これは政治の話だ。終戦を迎えれば、どの国の誰がどの程度活躍したのかが争点になる。それを、急にやって来たら優馬達が終わらせたのならば、他国はいい顔をしない。他国に限った話でもないがな」

「僕達は指を咥えて黙って見ていろと?」

「よく聞け。今、お前達が魔王を倒したと仮定するとしよう。そうなれば、結果的に世界の敵が魔王からメソラリア王国に変わる。それだけはなんとしてでも避けなければならない」


白凰とクラウスの話を聞いていた勇者達は、同調するように白凰の後ろに集まる。

その光景を見ながらクラウス団長は「やはりな」と呟く。


誰が見ても明らかだった。

その期待と野望に燃えた顔を見れば何を考えているかが分かる。


勇者達は世界を救うつもりはないのだと。自らが空想している英雄になりたいだけなのだと。


そして、クラウスもよく知っていた。

彼らのような未熟な勇者達を前線に送り込んでも何もできないと。

敵を倒す事と、敵を殺す事の明確な違いを理解していない時点で、戦場では役に立たない。

戦争の大前提として、最も重要な事はどれだけ敵を殺すかにかかっている。敵の指揮官だけならいざ知らず、末端の雑兵まで捕虜にする馬鹿はいない。


クラウスは喉まで出かかった言葉を一度飲み込み、言葉を改める。


「お前達は敵を殺せるのか?」


クラウスからの質問に、問題児の一人であるヤンチャな男子の勇者が答える。


「俺達は勇者だぜ?敵を殺す必要なんて無いって!それより聞いたぜ!前代の魔王ってかなりの美少女らしいな!もし、俺が見つけたら好きにしてもいいか?」


内心でため息を吐きながらクラウスは、できる限り冷静な口調で答える。


「ダメだ。前代の魔王には再び魔王の座についてもらわなくてはならないからな。世界の均衡のためにも」

「オイオイ、魔王って本来殺すもんだろ?何だよ、世界の均衡って」

「この世界はお前達が思っているものとは、全くの別物だ。難しいだろうが、そこを考慮してくれ」


クラウスに視線を向けられた男子の勇者は鼻で笑う。馬鹿にしていることを隠す素振りさえ見せない。


そこへ、一度話を切るように白凰が口を開く。


「つまりは、魔王討伐の作戦時はおとなしくしていろということですね?」

「そう思ってもらって構わない」

「分かりました」


その後、午前の訓練は終わりとなり、各々が自由時間を過ごす。

そんな中で、図書室で一心不乱に数多の書物を漁る勇者の一人──白凰優馬がいた。


近くの長机には、分厚い書物が積み上げられ、白凰の手にはこの世界の歴史が記された書物が収まっている。


「こんな場所に居たのかよ、優等生」


白凰が声の聞こえる方を見れば、先程、クラウス団長に下卑た質問していた男子生徒がいた。


「大塚くん、どうしたんだい?」


白凰は視線を書物に戻す。

大塚は、舌打ちをしながら白凰に近付く。


「あまり調子に乗るなよ。殺すぞ」

「君が僕に勝てるとは思わないけど」

「不意討ちすればどうだ?」


無言の白凰に、大塚は嫌らしい笑みを浮かべる。


「お前は本来、後衛職だからな。近接戦になればお前に勝ち目はない。分かってんだろ?」

「それで?」

「俺の下につけ。お前の侍らした女は俺が貰っておく」

「拒否したら?」

「わざわざ、言う必要があるか?」

「言わなくてもいい。僕が君に負けるとは到底思えない」


白凰は淡々とした口調で声を発しながら、書物のページをめくる。


「……負けるとは到底思えない……か。ならば、教えてやるよ!」


大塚は漆黒の槍を召喚する。

この槍は、ユリウスから与えられた魔槍。大塚は、魔槍士という戦闘職の中でもずば抜けた能力を秘めた職業を与えられている。

有した技能スキルは、怪力、速度向上、視力強化、刺突強化、攻撃範囲拡張の五つ。勇者達の中では白凰に次ぐ数だ。


大塚が殺意を込めた必殺の一撃を放つ。

だが白凰は手にした書物を閉じ、突き放たれた槍を軽く当てることで弾く。

吹き飛んだのは大塚だった。後ろの長机とぶつかり、積み上がった書物と一緒に後方へ吹き飛ばされていく。

日常的に訓練を行っているなら話は別だが、そうではない大塚は受け身を取れず、体の至るところに打撲や脱臼、骨折などの怪我を負う。普段、感じる事はない苦痛に涙目になりながらも大塚は維持で立ち上がるが、腰が完全に引けている。


「まだやるつもりかい?」

「舐めるな!」


大塚は槍を、唯一無傷の左腕で白凰へ向けて投げるが、利き腕ではないために、コントロールが上手くいってない。結果、全くの別方向へ飛んでいく。

両足の骨が折れていると勘違いしている大塚は、近くの椅子に掴まる。


「折れているのは足じゃなくて、肋骨だと思うけど?」


呆れた言葉と共に、再び書物を読み出した白凰に、恐怖に呑まれた表情を向けるが、すぐに威圧的な表情に戻る。


「いい子ぶるなよ、優等生」

「逆に聞くけど、優等生っていい子なんじゃないの?」

「うるさい!何だよ!そんな力があるって聞いてないぞ!」

「誰にも言ってないのだから当然だと思うけど」

「……どういう事だよ、それ」

「君が知る必要はないよ」


大塚は、白凰の優雅な佇まいに見入ってしまう。

白凰は、ただ書物を読んでいるだけにすぎないのだが、それでも大塚は白凰は自分には無い、何かを持っている事だけは理解した。


「白凰、お前は一体、何者なんだよ」


大塚の掠れた問いに誰も答えない。

愉悦の孕んだ狂気の眼差しは虚空を見つめる。

何も喋らない白凰に嫌気がさした大塚は、胸から吹き出るドロドロと濁った感情を込めて睨め付ける。


大塚は、赤橋中学校では不良になりきれない、ヤンチャな学生だった。

目立ちたいけれど最後の一歩が踏み出せず、相手より上に立ちたいけれど腕力以外では目立った能力は持ち合わせていない。そんな生徒だった。

運良く、俗に言う異世界へと勇者として召喚されたが、自分の望むような圧倒的で絶対的な能力を持っている訳でもなかった。

この世界での勇者とは、一般人より僅かに優れた能力を持つだけであり、努力した凡人よりも劣る可能性も十分にあり得るらしい。

自分だけが優遇される世界へやって来たと思っていたが、そうでもないと何度も思い知らされた。

それでも自分よりも強い者がいたとしても、いずれ全員を抹殺するつもりだったし、日本での生活を、家族さえも捨てる覚悟もあった。

だが、──


「何で、何で俺より強いんだよ!」

「さあ?素質じゃないかな?」


大塚の憎悪の叫びに、白凰はあっけらかんと興味が無さそうに答えるだけだった。

その手に持った書物を持ったまま図書室を出ようと一歩踏み出そうとする前に図書室に新たな入室者が現れる。


「フォッフォッフォ、随分と暴れたようじゃの、二人とも」

「……お前は、確か……」


思い出せそうで思い出せないといった表情の大塚に老人は笑う。


「儂は、お主達が召喚された時に少しばかり、顔を合わせた程度じゃから覚えてないのも無理がないわい」


老人の言葉に大塚は思い出したようで、何度も頷く。


「改めて、挨拶をしておこうかの。儂は、このメソラリア王国の宮廷魔導師をしておるインディじゃ。気軽にインディと呼んでくれて構わんよ」


インディは、近くに転がった椅子に座りながら長い顎髭を撫でる。


「身体中にいろいろと怪我をしとるようじゃな」


インディは大塚の体を何度も杖でつつきながら確認する。


「イテェぞ!クソジジイが!」

「オオ、怖い怖い。それはすまんの」


乱暴な扱いに大塚は憤るが、インディは気にした様子はなく、のほほんとした顔をしたままだ。


「それで、これはどういう状況なのか教えてくれんかの」

「まあ、よくある軽い喧嘩ですよ」


白凰へと視線を向けたインディは、視線を鋭くさせるが、対する白凰は変わらない態度で平静に答える。


「そうかの、とてもそうには見えんがの。程々に目立たぬようにの」


それだけ言うと、インディは図書室から去って行こうとするが──


「あっ!これだけは、やっておこうかの」


インディは杖を一度地面に叩くと、荒れた図書室が元の状態へと戻っていく。

まるで、逆再生の映像を見ているような光景だ。


「二人とも、何をやるにしても重要なのは、実行力と隠密性じゃよ」


インディはウインクをして去って行った。


「オッ?……怪我が治ってる」


身体中を確認しているハイテンションな大塚を見ながら、白凰は「嵐のようだ」と呟く。


「僕は行くよ、インディさんと話したい事もあるし」

「待てっ!話は終わってねえぞ、優等生!」


走り去る白凰の背中に、大塚の叫びがむなしく追いかける。






国王の自室では、ユリウスがまたもや頭を抱えていた。


「どうしたら、こうも問題を繰り返し起こせるんだ。あの馬鹿勇者達は……」

「しょうがありませんよ、お父様。誰しもいきなり力を手にしたら舞い上がるのは仕方がないですよ」

「ですが姉上、さすがに問題行動が多すぎるのでは?」


ユリウスの言葉を返すのは二人の男女。

一人はユリウスの長女であるナターシャ。母譲りの美貌を有する彼女は将来は間違いなく母であるディアンネ同様のような美女になるだろうと思わせる気品と礼儀作法を兼ね備えている。

彼女は仕事用の金糸を縫い込んだ簡素なドレスを身に纏い、かわいらしいシュシュで髪を束ねている。

対するもう一人はデリックだ。ナターシャと同じく母譲りの顔をした美男子。金色の鎧を装着し、腰には父同様、黄金の剣を差している。


二人は双子であるために、顔がそれなりに似ており、遠目では見分けがつかない事もある。

そして、召喚された勇者達と同い年であるために、生活面でのフォローをユリウスから押し付けられていたが、謙虚とは無縁な自意識過剰な勇者達に早くも心労していた。


「元の世界へ帰す方法はないからこそ、この世界から追い出──元の世界へと帰還させてやることができない。その上、四大国への通達も何とかしなければならない」


二人は、父の本音駄々漏れの発言に苦笑する。


次はデリックが口を開く。


「話が変わりますが、魔王城に保管されていた魔の三秘宝がなくなったようです。至急、探し出すように指示をしましたが、未だ二つの所在が不明です」

「何だと!」


ユリウスは驚愕に顔を歪め、ナターシャは両目を見開きながら両手を口に当てる。


「インディ様から、魔鏡展望台により発覚したと聞きましたが……。気付くのが遅くなり申し訳ございません、父上」

「落ち込むな。デリック、お前が悪い訳ではない。お前達が大変なことは私もよく知っている」

「ならば、万が一の事態のために、勇者達に本格的な訓練をさせるべきではないでしょうか?」


ナターシャの提案にユリウスは頷く。


「直ぐに手配しよう。ガザリア迷宮でいいだろう。距離的に日帰りが可能だからな。明日にでも行かせよう」

「そうですね、父上。念のために自分が動向しましょう。下手に死なれたら困りますし」

「頼んだぞ」

「はい、それと最後にもう一つ。既にお耳に挟んでいるかもしれませんが、ライアの事で」


ユリウスは宙を見上げる。


「ライアがどうしたのですか?」


話が理解できないナターシャはデリックに尋ねる。


「どうやら、白凰優馬に熱を上げているようだ」

「まあ!」


ナターシャはライアの初恋の報に破顔して喜ぶ。両手を重ね、瞳を好機に輝かせている。

王族の男女には、本来、恋など許されざる大罪だ。だからこそ、ナターシャは私心を捨てるつもりだが、いつか自分を救いだす王子様を夢見ている事もまた事実。

そんなジレンマを抱えているからこそ、他人の恋が気になるのだろう。


「お父様、デリック、しばらくは様子見にしませんか?」

「それはそれで残酷ではないか?変にあり得ない希望を与えるべきではない」


ユリウスは、遠回しに白凰とライアの婚姻は認めないと意思表示する。


「そうかもしれませんが、何事も絶対はありませんわ」

「姉上、そのあり得ないはずの絶対が起こった場合、婚姻を結ぶ可能性が高いのは姉上ですよ」

「そこは、デリックが裏で動いてくれますよね。私は、最低でも父上を遥かに凌駕する方でなければ、遠慮させてもらいます」


デリックはタメ息を吐き、ナターシャに言い返す。


「そのような化け物、少なくとも人間ではないと思いますよ」


その言葉に、本人であるユリウスは思わず苦笑する。


「来ますよ、すぐに」

「そういうことにしておきますよ、姉上」


満面の笑みのナターシャに、「またか」と呟くユリウスと呆れた表情のデリック。

だが、今回は本当にやって来るとは、誰しも思っていなかった。

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